腹黒緑の話をする
見知らぬ
緑の洋服、
そして
黒にはご注意
怪盗、肝川角乃は、盗んだ宝石でプロポーズしている真っ最中だった。お気に入りの緑色の服を着て、髪型を雑誌で見たのとおんなじに揃えて、あ、めがねも、言葉遣いも。
何もかも完璧になってみせた。
なのに、まただ。
何回目かわからないが、角乃はフラれた。
「あなたって、らしさがないのよね」
なんて、言われて。
怪盗らしさだろうかと悩んだが、まだ、彼の職業はバレてないはず……
「この緑の服がいけませんでしたか?」
角乃が聞くと、何人目かわからない彼女が、はぁ? という顔をした。
「鏡みたことある?」
「かがみ、ですか」
「あなたみたいなひとが、到底買えそうじゃないような宝石を、ばっと差し出してきたら、
気持ち悪いの」
そりゃあそうだ。
彼の職業は、表向きはサラリーマンだが、
本当は怪盗。
地味な見た目、雑誌で見た言葉をなぞるだけなコミュニケーション力。
どうにか、人に混ざり生きているという風だ。
彼と、石の価値が釣り合う気はしないだろう。
しかし、ここで引き下がる彼ではないのだ。
「ひどい、ひとを見た目で判断するだなんて」
泣く真似をしてみた。
彼女は宝石を突き返して言った。
「ほら、そういうとこ。何から何まで、本当、ずれているわ」
やがて、
さよなら、と去った彼女。
らしくない、
を見た目の話だと理解した肝川角乃。
やっぱり、顔なのだろう。
イケメンになるべく、日々トレーニングをかかさなくなった。
ある日、玄関に知らない箱が届いていた。
いつも読んでいた雑誌の懸賞だろうか。
中に入っていたのは緑色の襟つきのシャツ。
彼のお気に入りにそっくりだ。
「よく知らないけど、ラッキー」
彼はそれと同封されていた紙を見た。
「心が綺麗に見えるシャツ」
と書いてあった。
それはすごい、と早速着て、またトレーニングした。
月日が過ぎた。
彼はやがて、イケメン、と呼ばれるようになり、いろんな女性と話すようになった。
雑誌に頼った日々さえ、もともとの実力だと錯覚を始めていた頃。
新たに、仲のいい女性にアタックしてみた。
仕事先の同僚だった。
「その緑の服、似合ってるわ」
彼女の印象はよく、
彼も、トレーニングの成果にうなずいた。
「嬉しいよ、これから食事でもどうだい」
デスクにかっこつけて座りながら誘うと、彼女も頷いた。
「おっと、ごめん」
事務員のおじさんが、
彼のきどって伸ばした足の先でつまずきそうになった。
場所をとったことに気がついてひっこめたときには、おじさんの持っていたコップの中身がばしゃり。
「あーあ、服を着替えなくちゃ」
その場で思わず脱ぎかけて、気がついた。
腹部が、煤のようなもので汚れている。
人目も気にせず、がばっと服を脱ぐと、
腹が真っ黒だ。
「うわああ!」
ぬぐっても、ぬぐっても。
やがては緑色が溶け出して、彼の腹は、黒みを帯びた緑色になっていく。
「きゃー、なにそれ」
女性が、悲鳴をあげる。
「その服、なんなの、真っ黒じゃない。
気持ち悪いイタズラして、服を脱いで。
私をからかったの?」
「ちがう、ちがうっ!」
「こぼしたのは、わざとじゃないんじゃ」
失神する彼の耳元では、誰かがクスクス笑ってささやいた気がした。
……お、じさん?
――ほら、心が、きれいに見えたでしょう?
(2018/7/31 更新)