第3話 お裁き
ノザンの一味たちと、縄と縄で結ばれご領主さまの城へと連れて行かれた。そこでようやくギルティ一家とは別の部屋に。そこにはボルトとロテプもいた。
「姉さん!」
「サンディさん!」
「あなたたち。よく無事で……よかったわ」
「姉さんに開放されてハルカの街の入り口まで行くと、すでに親衛隊の方々が隊列を組んでいたんだ。そこで話をしたら、すぐに突入して行ってくれて」
「そうだったの」
「今から、我々とギルティ一家を一堂に会してお裁きをするそうです」
「悪は必ず滅びるわ。ご領主さまのお裁きに期待しましょう」
一夜をそこで明かし、早朝。
城の中庭に引き連れられた私たち。そこには粗末な敷物が並べられ、私たち三人は左側。ギルティ一家は右側に座らせられた。
正面にはご領主さまが屋根がついた東屋に座り、左右には剣を持った親衛隊を侍らせていた。
ご領主さまは、ウェーブのかかった長い金髪を胸まで垂らし、銀色の眼鏡をしていた。華奢な風体だが威厳がある。これがもしかして、私の夫だったのだと思うと顔が赤くなった。
そのうちに文官らしき人たちが数人入って来て、まとめた書類をご領主さまへと手渡していた。ご領主さまはそれらを一読して静かに声を上げた。
「ではこれよりハルカで起こっていた数々の事件について調べる。ノザン・ギルティよ。そなたは、領民に金を貸し出し、その高利を貪って時には領民を家や土地から追い出した。以上相違ないか?」
そうよ。そもそもノザンたちの金貸しによってハルカや他の街は乱れた。それを調べた父さんも殺されたんだわ。
ノザンはふてぶてしく笑いながら答える。
「そんなご領主さま。滅相もございません。慈善事業のようなものです。どこでそんなウワサがたったのやら。こういう商売をしてますと、妬みやっかみは必ず起こるものでございます。助けたもののうちに、少数はそんなやっかみ連中がいてご領主さまに訴えた──。ただそれだけのことです。私は被害者です」
「ふむう。そなたを調べていたハルカの執政官であるバズ・ランドーは、調査中に殺害されハルカの路地にその死骸をさらされた。この件に関してそなたが関わっていると聞いたが、これはどうか?」
「まさか! 初耳でございます。バズ様は表向きでは勇猛果敢でそれでいて知恵者と讃えられた英雄でございましたが、その裏では女を囲い、私のところから金を借りておりました。私のところだけでなく悪いウワサのある金貸しからも借りていたので、払いきれずに権威をかさに踏み倒そうとしたのではないでしょうか? 私のところでもそうでしたので……。それで恨まれたのでは?」
ノザンのあまりの言葉に、私は弁論を許されていないにも関わらず叫んだ。
「そんな……! そんなこと父はしません!」
「そなたは?」
「バズの娘、サンディ・ランドーです」
「ノザンの話では、そなたの父は借金をして恨まれて殺された。そうなのか?」
「まさか! 父は街を守り、ご領主さまや家族を思う、優しい父でした。人から恨まれるだなんて! それに、ノザンは父を殺し、先代のご領主さま、ご後継さまを毒殺したのです!」
そう叫ぶと、ご領主さまはティーカップを摑んで暫しのティータイム。そして眼鏡の奥の眼光鋭く私を睨みつけたのだ。
「まことか? にわかには信じられぬ。そなたはそれを知ってなぜ今まで黙っていた」
「いえ、昨日、ノザンの屋敷に忍び込んで偶然聞いたのです」
「それは本当か? ノザン」
「なにをたわけたことを! この女は、私の屋敷から盗みを働こうと忍び込んだに違いません。我々が捕まえようとしたらとんだ騒ぎに。それで親衛隊のかたがたにとんだご迷惑を。こんな下町女の言い掛かりなど信じてはいけません」
「本当でございます! ご領主さま!」
「まったく往生際の悪い女だ。こんなのに付き合っているヒマはありません。私は帰らせて貰いますよ」
ノザンは地面に手をついて中腰になった。こんなに悔しいことはない。証人もいない、証拠もない。私はただ声を上げて表向きは名士のノザンを中傷しているだけだ。
このままでは──。
そうだわ! あの時、もう一人居たじゃない!
「そうだわ……。あの時、あそこにはゴルさんというかたがおりました!」
しかしノザンの失笑。いやらしく鼻で笑う。
「そのゴルはどこにおりましょう。たとえ居たとしても、そのコソ泥女の片棒。ろくなもんじゃございません」
ご領主さまも、それにうなずいて私のほうを一瞥した。
「それでサンディ・ランドーよ。そのゴルはどこにおる」
「それが……」
「ここにはおらぬのか?」
「は、はい。でもきっと捜します!」
ハルカの街をくまなく捜せばきっと……。
しかしご領主さまは目を見開いて叱責された。
「ならぬ!」
「な、なぜでございます?」
「容疑者はおいそれと釈放できん。悪しき前例となるからな」
そ、それはそうだわ。しかし私が捜さないことには……。
私にはもう手立てがない。安心したギルティ一家は勝ちを確信して下品に笑った。
「ふふん。サンディ。残念だったな」
「では我々はここで帰らせて貰いましょ」
次々に立ちあがるギルティ一家。悪が目の前に居るのに。なんて無力なの?
「ご、ゴルさんは来るわ」
「なんでそう言える?」
「け、結婚の約束をしたもの」
「ははーん。ではみんなでゴルを呼んでやろう。せーの!」
「「「ゴール。ゴール。ゴール。ゴール」」」
ギルティ一家は馬鹿にしたように囃し立てる。手拍子しながら、中庭を回った。
「はーい」
そこに、小さいながらも返事が聞こえる。しかし辺りを見回して誰もいない。
「──ゴルさん?」
私はもう一度彼の名を呼んだ。
「はーい」
みな一堂、声のほうを向くとそこにはご領主さまが小さく手を振っていた。
「ご領主さま。ご冗談を」
ご領主さまは自分の首にあるループタイへと手を伸ばし取り外した。その紐を髪に巻き付け一つにまとめた。
そして眼鏡を外すと見覚えのある顔。
「まったく。どうしようもねぇ悪党だな。手前ェらは。情状酌量の余地はねぇぞ?」
ご領主さまらしからぬ凄んだ言葉。だがそれは聞き覚えのある言葉だ。
彼はそのままシャツを摑むと己の手で引き裂いた。
そこには──。
「月夜に輝く船食い鮫を見忘れたとは言わさねェぞ?」
そこにいた一堂、見覚えのある入れ墨に驚いてただ目は凝視するばかり。
ご領主さまの胸には昨晩見た船を噛み砕く鮫の入れ墨があった。
「はわわわわわ……」
「そ、そんな、まさか」
「ゴル……さ……」
ご領主さまはそのまま背筋を伸ばし、ノザン・ギルティを睨みつけた。
「自分の野望のために余りにも汚ぇぞ。お前のやり方。俺とサンディの親の仇! 本当は一寸刻みに殺してやりたいが、せめて人道的に絞首刑にしてやる。連れて行け!」
ご領主さまが叫ぶと、親衛隊たちがギルティ一家を押さえ付けて刑場へと運んでいく。私たちは震えながらそれを見送った。
ご領主さまは私の方に近づいてきて腰を落として私の顔を覗き込んだ。
「すまねぇなサンディ。怖い思いをさせたろ?」
「そ、そんな! 滅相もございません!」
「オレのこの入れ墨な、養子先でグレちまって不良仲間たちと誓い合って入れたんだ。親に捨てられたと思ってたんだな。でも──やっぱり親ってものは考えてたんだなァ」
「あ、あの……その話し方……」
「そうなんだ。執事頭が行儀にうるさいから普段は領主のしゃべり方だけど、ホントはゴルの話し方が普通なんだ。はははは」
「はは……。あのう。わたくし、知らないとはいえ、とんだご無礼を──」
「なんで? サンディはオレのヨメになるんだろ?」
「いえ、あのう。ご領主さまとは身分も違いますし、昨晩の話は無効でございましょう」
「な、なんでだよ。約束だろ?」
「ご領主さまにはきっと身分相応しきかたが現れます。私のような酒場の下女にはもったいありません」
ご領主さまはあたふたと豪華な貴族の服をまさぐると、折りたたまれた手紙を出してきた。
「そのう……。あまり親たちに頼りたくはないし、自分の魅力で惚れさせたかったのだが仕方がない。ちゃんと、キミの親とウチの親との間で、二人は婚約していたんだ。読むぞ?」
「え、ええ」
「親愛なるプラティア。こうして手紙の中だけだな。昔のようにお前、俺で話せるのは。聞き入れてくれて嬉しいよ。ゴールディ様を男爵家に養子とするなんて考えたじゃないか。ゴールディ様が成長したら外から牽制して貰えるな。それに、うちのサンディがゴールディ様の妻か。ありがたい。お受けするよ。サンディは小さいながら、妻に似て美しい女の子だ。きっとゴールディ様も気に入って下さることだろう。ゴールディ様が16歳。サンディが14歳となったら輿入れするとしよう。よろしく頼む。キミの親友、バズより」
ご領主さまは手紙を畳んでニコリと笑う。
「正直、この手紙を見つけたとき、どんな娘だろうと思ってハルカに忍び込んだが想像以上だったよ。働き者で愛嬌がある。一目惚れだった。両親の約束とは4年もズレちまったが、まさか親の約束を反故にするなんてこたァないよな。もう嫌だなんて言ったらバズが悲しむぞ? それに、これでもダメなら領主の権限で捕縛するぞ?」
私は思わず笑ってしまった。
「そんな上からおっしゃって、なおさら脅しまでするなんてゴルさんらしいわ」
「ノザンよりゃマシだろ?」
「さぁて? どうでしょう?」
「おいおいおい」
私たちは声を揃えて笑った。
あれから、母の病状はメキメキと回復した。
ギルティ一家の屋敷はランドー家の屋敷へと戻り、家督をボルトが継いだ。ボルトは父のようになりたいと剣術を習い始めて、筋が良いと褒められているようだ。
妹のマーヤは、ロテプの長男へ婚約し、ジャム造りに精を出している。
伯爵領に平和が戻った。
私とゴールディ様と言えば、たくさんの領民たちに祝われて次の年の春、盛大に結婚式を行った。
二人とも、なかなか貴族の暮らしに慣れなくて、執事頭に叱られている。
でもそんな毎日が幸せ。
自分たちで勝ち取った未来。そして父に感謝しなくちゃ。