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わたし達の体育祭(矢部)

 34話、矢部視点です。

 わたし、矢部雫には、好きな人がいる。

 事の発端はそう、去年の2月、高校受験の当日の朝。あの日、体調の優れなかったわたしが──(以下略)──。そして去年、今年と同じクラスになり、この想いは彼に対する恋慕なのだと、あの日(ゴールデンウイーク)の一件(での出来事)を通してわたしは確信した。


「─!がるるるる…!」


 体育祭の昼下がり、クラスのテントの直ぐ側で。

 わたしと想い人たる井口君の間に割り込んだ暁さん(クラスメイト)は、小動物が威嚇するように可愛らしい声を上げてくる。


「な、何…?」

「がるるる!がるる──イテッ」


 パコっといい音を立てて、彼女の背後で溜息を吐く井口君。

 軽く頭を叩かれた暁さんは、そんな彼に抗議するよう向き直すと、両手を上げて騒いでいる。


「…大丈夫、彼女にそういう意図はない」


 目の前に繰り広げられる、井口君(好きな人)と女がゼロ距離になっている光景。

 言い聞かせるように呟いて、醜い自分を無理矢理押し込める。


 ──暁未冬さん。今、クラスで隣の席になっている、井口君の幼馴染うちの1人。普段は寝てたり何か描いてたりするところしか見えない、良い人、ではあるけど不思議な女。

 わたし自身、彼女が嫌いなわけではないし、いざ関わってみたらむしろ人としては表裏が無く好きな方だったけれど…彼女の唯一といっていい嫌いなところとして、ほぼ確実に、井口君からの好意は彼女に向けられていることがある。

 …そう、この恋慕の行く先の、間違いなく最大の障害に、ね。


「あーっ!ユウヤの馬鹿!それ後で食べようと取っておいたのに!」

「良いだろちょっとくらい…」

「ダメ!ダーメーなーのー!」


 眼前で繰り広げられる2人だけの空間に、後ろで組んだ手を抓って無理矢理平常心を保つ。…大丈夫、これはいつもの昼休みと同じ光景、暁さんはアプローチしてるわけでもない。うん。


 暁さんの無駄に大きなお弁当箱からおにぎりを拝借した彼は、両肩を掴む彼女を前に嬉々としてソレを口の中へと運んでいる。


 そういえば、この前ふと質問した時に言っていた事が本当なら、井口君が食べているアレ(おにぎり)はやっぱり暁さんの手作りなんだろうか…?──だとしたら、井口君は女の子の手作り料理とかに喜びを感じるのかもしれない。…うん、今度練習しておこう、かな?


 いつの間にか、空になっている彼女の大きなお弁当箱を見て、わたしは思わず時計を確認する。


「まずい…あと少ししかない」


 気付けば昼休憩も残すところあと3分。

 楽しそうに話をする彼とその幼馴染達(暁さんと真田さん)を前にして、わたしは焦るような感覚を覚えると、残りのお弁当を勢いよく流し込んだ。



ーーー



 時は昼休み後最初の種目である玉入れが行われる真っ最中。

 次の種目として、わたしと暁さんが出場する借り物競走を控えて、クラスのテントを後にする。


「あれ?井口君?こんな──」


 こんなところで何してるの、と。テント裏に出たわたしが言葉を紡ごうとして、それ以上を前に自らの身を隠す。


 目の前にいるあの女は誰?

 暁さんでも、もちろん真田さんでもない、ちんまりとした1年生であろう1人の女子生徒。

 親しげに話す2人を前にして、モヤモヤとしたドス黒い感情が、わたしの心を蝕んでいく。


「──うん、じゃあ頑張ってね」

「はい!」


 元気よく返事をして、入場ゲート方面に脚を運んでいく女子生徒。

 詳しくは聞こえなかったけど、多分井口君に激励されたのだろう。一瞬見えたその表情は、完全に恋する乙女の(わたし達と同じ)顔だったけど。

 今の下級生といい、2人の幼馴染(暁さんと真田さん)といい、相変わらず、恋敵ライバルは多いけど、(これ)ばかりは負けるわけにはいかない…いや、負けたくない。


 井口君が1人になったのを確認して、わたし話しかけようと一歩を踏み出す。

 大丈夫、彼と話をする口実も既に考えてある。邪魔が入らない今のうちに、少しでも意識させておかないと。


「井口君」

「ん?──あ、矢部さん。どうしたの?」


 こちらを見るなり微笑んで、わたしの鼓膜を震わせてくる爽やかな声。胸元に注がれる彼のその視線すらも、むしろ心地よく感じる。

 

「あ、えっと…」

「…?」


 しどろもどろになる自分を隠すように、思わず彼の顔から視線を逸らす。

 また、いつものように、自分の心音が頭の中に酷く反芻ている。


 …落ち着け、落ち着くのよわたし。まずはなんとかかこつけて、2人になれる既成事実をつくらないと。


「あ、明日はその、学校お休みじゃないですか。ど、どうせなので…わたし達学級委員で企画して、体育祭の打ち上げとか」

「打ち上げ?」

「はい。だからその、この後時間あったり──」


 わたしがそこまで言い掛けて、不意に周囲に響くピストルの音。

 井口君もほぼ同時に、グラウンドの方へと振り返って、話は無理矢理切り上げられる。


「1年生の部が終わったか…」


 ポツリ、と。しかし確かにわたしの耳に届いた井口君の呟く声。

 どうやら、玉入れの前半が終わってしまったみたいだ。…だとすると、わたしもそろそろ召集がかかる時間かも。

 視線をそっと向き直して、申し訳なさそうに頭をかく彼の言葉の続きを待つ。


「ごめん矢部さん、この後美優が出る番だから話はまたあとで、な。綱引きが終わったあとくらいなら多分時間取れると思うし」

「…!じゃあ」

「俺達で主催するんだろ?2人でしっかり話そう」


 ニカッとこちらに笑いかけて、自分の席へと身体を向き直す井口君。

 歩き始めようとした彼は、思い出したように「あ」と声を上げると、一瞬こちらを振り返って、爽やかにサムズアップをしてくる。


「この後の借り物競走、応援してるからな」


 頑張って、とそう言い残して、彼は足早にその場を離れていく。


 これは…少しだけ、予想外ではあったけど。2人きりになれる言質だけでなく、わたしのこともちゃんと覚えていて、直接激励されるなんて思ってもみなかったのに。

 高鳴る鼓動を感じながら、わたしはニヤけているであろう表情を無理矢理もとに戻すと、軽い足取りで入場ゲート方面へと身体を動かした。

 次回は優陽視点を予定しています。

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