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「万事滞りなく──いささか思い通りに進みすぎて怖いが、君の婚約が破棄できたようでよかったよ、ミルカ」
「……えぇ。私、本当に、国の外に居るのね」
未だ実感が沸かぬような顔をしてミルカは目の前の人を見つめた。
目の前の──フードを外した最初の御者はその様子に微笑む。
フードの下にしまわれていた金色の髪は額の汗で少しばかり張り付いているが艶やかで、その下にある翡翠の瞳は穏やかな色を携えてミルカを見ていた。
彼──第一王子だったルートジェリ・アルメリカは声を弾ませる。
「ああ、間違いなくミルカは国外にいる。本当に。破棄された音もしっかり聞こえた……もうあの場所は君を縛らない」
その言葉にミルカもふわりと微笑む。
「……ごめんなさい、ルート。そして、ありがとう」
「感謝の言葉だけでいいんだけどね。僕が言い出したんだから」
「ふふ、『一緒に外へ出よう』だなんて初めて言われたから、あの時は本当に……びっくりしたわ」
王城の塔にルートジェリがやってきたのは彼が6歳の時だった。
『あなたが僕の将来のお嫁さん?』と、くりくりした大きな翡翠の瞳で問うてきた少年に、ミルカは少しだけ考えてから『……そうなりますね』と頷いた。
今までも魔女が王妃──つまり婚約者となると聞いた王太子がその魔女の居る塔へやってきたことはあるが、姿を見て歳の差に愕然とされたり、お前の娘が俺の嫁かと聞かれたりはしたが、嫁かと聞かれたことはなかった。だから、答えて良いか迷ったものの、結局はいつもと同じくすぐに関心は無くなるだろうと思って頷いた。
しかし少年は肯定を見て『よろしくね!』と嬉しそうに笑った。
その笑顔に、ミルカは自分の中に嬉しさという感情が蘇るのが分かった。
私に向かって笑ってくれた。
それだけで、数百年かけて擦り減り無くしてしまった感情は蘇り、彼の笑顔をもっと見たい。そう思った。
ルートジェリはミルカにとても懐き、合間を縫っては塔へと訪れる。
それまでの王子達は一度会えばほぼそれきりで、次に会うのは婚約式と結婚の場くらいのものだった。だからだろう、ルートジェリは誰も気づかなかったことに気づいた。ミルカの姿が何年経っても変わっていないということに。
出会ってから数年経ち、学園へと入る手前の歳に、彼は勇気を出した。
「ミルカ、どうして……君の姿は変わらないんだ?」
それを聞いたミルカは首を傾げて、あら、と声を出す。
「そういえば……この国の人達は勘違いをしたままだったわね。私たち魔女は、不老不死なの。だから、創生以来この国の魔女と王妃は私一人きりよ。初代国王様と交わした契約の通りに」
「不老不死…?」
驚愕に見開かれるその翡翠にミルカは少しだけ懐かしむ顔をした。
「……えぇ。魔女には生殖機能がないから、子を成せない。私たちは大樹から生まれ、そこへ還る以外で命が枯れることはないの。ふふ、びっくりされたのは初代国王様以来ね」
「し、しかし、歴代の王妃である魔女は皆、姿が……」
「それは姿を偽る魔法をかけていたのよ。初代国王様にね、ずっと姿が変わらないなんて忌避されるだろうから、嫁ぐ時は全て姿を変えて欲しいとお願いされたわ。人間の感覚を考えるとそれもそうかなと思って」
「なんというか……魔法とは、すごいものなんだね……」
「そうかしら」
「ああ。すごい!……だが、なぜミルカはそうまでして王妃の座に?国政には関わってはいないし、ずっと塔にいるだろう。なにか目的があるのか?」
「目的……」
ふわり、ミルカの髪が揺れる。
なにかを考えるように空を見上げてから、そして、気付いたように頷いた。
「私ね、初代国王様に恋をしたの」