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「ミルカ・シャルドウィッチ嬢、いや、災厄の魔女よ!私との婚約は破棄し、貴様は国外追放だ!」
凛とした声がシャンデリアの釣り下がる豪華な広間に響き渡る。
場は一瞬で静寂に包まれ、人々の視線は先ほど名指しされた令嬢に集まった。
「……」
その令嬢はただ、ただそこに立っていた。
背筋は伸ばしているが生気のない肌は青白く、濃紺の髪は星をちりばめたようなきらめきを携え、琥珀色の瞳には何の感情も映していない。傾国の美女とまではいかないが、ひと際目を引くその容姿を携えた彼女はこの王国の今代の魔女としてこの場にいる者は知っている。
否、そうであろうと暗黙の了解となっていた。
「貴様が我が国に災厄を招こうとしていることは既に分かっている。この異世界から訪れた聖女様によってな」
もう一度凛とした声が響く。
発するのはこのアルメリカ国の第一王子であり、名指しされた少女──ミルカの婚約者であるルートジェリ・アルメリカだった。金色の髪は艶やかに、翡翠の瞳は冷たく光り、その表情には何も感情を携えていない。
その横には色素の薄い茶色の髪と漆黒の瞳を携えた可憐な少女が立っている。
「なにか申し開きはあるか」
「…………ございません」
ぽつり、独り言のようにミルカは零す。
それは何を言っても無駄だと思っているのか、はたまた本当に災厄をもたらそうと企んでいたのか、周りの人々にはその判断がつかない程、表情にも声色にも感情が灯っていない。
「やっぱり…あなたはこの国を滅ぼそうとしてたんですね!!」
王子の横にいた聖女が一歩、前へ出て甲高い声をあげる。
「…………」
「あなたはこれまでたくさん贅沢をして暮らしてきたのでしょう?魔女といえば、この国の誰よりも大事にされてると聞きました!なのに、なのに何故、そんなことを……っ」
「なんて恐ろしい…」
「今まで我々は何を大事にしてきたんだ……」
「人間じゃないから感情というものがないんじゃないの…」
聖女の声に呼応するかのようにひそひそと人々が囁く。
「ルートジェリ様!国外追放なんてただ逃がすだけです。魔女であろうときちんと罰は受けるべきだと思います!」
「……いや、この魔女はこの国と契約を結んでいる。そして契約内容の中に『国境を越える事があればその力は消滅する』というものがある。だから、国外追放すれば勝手に野垂れ死ぬだろう」
「え、そ、そうなんですね」
それなら……?と首を傾げつつ、納得する聖女。
囁いていた人々も「そのような契約が……」と初めて明かされた事実に驚き、魔女がどうしてこの国に根差したのかを理解したように頷いていた。
魔女──それは、太古の昔より人間と共に存在した異なる種族。
その力は自然を従え、時に人を誘い、時に人を導き、時に人を陥れた。
故に人間は魔女を畏れ、敬い、恐れ、崇める存在として受け入れて来た。
留まっている間はその国に繁栄をもたらすとも言われている魔女を手に入れたい国は多く、けれど、魔女は一つの国に肩入れすることは歴史上類をみないことでもあった。
そんな中、この王国は魔女と契約し、発展を続けてきた。
なぜ魔女がこの国と契約したのかは定かではない。
けれど国境を越えれば力を失うというのであればさもありなん。
「貴様に災厄を招く行為をさせぬ為、家に戻ることは許さずこのまま追放とする。衛兵、即刻つれていけ。……皆の者!魔女を追放して国の行く末を心配する者もいるだろうが安心して欲しい。この異世界から訪れてくださった聖女様がこれからの国の繁栄を約束してくださった!なにも心配は要らぬ。さあ、パーティーを続けようか」
朗々と響く王子の声に会場は賑やかさを取り戻す。
佇んでいた魔女は衛兵に囲まれて静かに会場を後にし、それを見て聖女は誰にも知られぬように小さく嗤うと王子の腕に腕を絡めて自分のお披露目パーティーへと軽やかに踏み出した。
王子の瞳が未だ何の感情も宿していないことに誰も気づかぬまま──