3話 ロリコンと生徒会長 3
「死人って…ホントだったら大事件じゃ……ガチなの?」
「そんなわけないでしょ〜」と、話していた拓斗だが、彩那のガチっぽい顔を見て言い辞める。そして、また顔が青ざめていく。
「ホントに何があった?!」
「……楓が澪のパンチ食らって昇天した」
「楓って…生徒会の会計くん?」
「そ。そいつが死んだ」
「わーお。そいつはヤバい。学校崩壊するじゃん」
実は、楓は部活動の予算決め以外は大真面目に仕事をしている。しかも、その有能さは歴代トップクラスで、確実に無駄なく予算を決めていくから先生は大変感謝している。そして、それと同時に戸惑ってもいる。「「教師の立ち位置とは……」」と。
この学校の生徒会は副校長並…いや、それ以上の権限を持つ為、何にどう金を使うか、いくら使うか、その金で何をするのか、その全てを生徒会が決める。まあ、最終的な判断は校長だが、意見横入れしたことは一度もない。いや、言えないのだ。出してくるプランが完璧過ぎて。
ということで、楓が死んだら結構大変なのだ。二年生の会計役員は仕事をサボっているので、楓がいなくなったらこの学校の予算は全て消え去る。
「…私が言い出しっぺだから言うのもなんだけどさ、澪に話すって言ってもどう話すつもり?」
「そうだな…やっぱ普通に「付き合わせてください」かな」
「何となく察してたけど最悪だね…」
だが、そんなことは別に二人にはどうでもよかった。彩那も協力して作戦会議を始める。正直楓のことなんて一切気にしていなかった。
「一応アドバイスしとくと――」
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「ハッ! 閃いた!」
――ゴンッ
「ちょ、離さないでっ」
「この際楓はどうでもいいですっ! 兎に角閃いたんですよ!」
「…何を?」
一人がけソファーで死んだ楓を、横になれる長ソファーに運んでいる時、澪が「閃いた!」と言って楓の足を離した。そのまま床にぶつかって、楓がピクっと少し反応する。
だが、たまたまそれを見ていなかった二人。楓からはおびただしい量の冷や汗が流れ、莉音は澪の言葉に『?』マークを浮かべる。
「萌葉から拓斗くんを奪うのが難しいなら、拓斗くんを惚れさせればいいんですよ!」
「ゴメン、何言ってるか分からん。どゆこと――」
――ガチャ
莉音が言いかけた時、生徒会室のドアが開いた。
対話から自然とそちらに意識が向く。そのドアの近くに居たのは、ある男子生徒。スラーっとした身長と体型。異常なほど似合っている制服。整った顔に髪留めが付いている綺麗な髪の毛。「あれ? どっかで会ったことあったっけ?」と莉音が思ったのと同じタイミングで――
「た、拓斗くん?」
楓の足が床にぶつかった「ドサッ」という音と共に、澪がそう言った。莉音はすぐその言葉が理解出来ずに、「拓斗…? 誰だそいつ」と思うが、さっきまでの記憶が一瞬でフラッシュバックする。そして――
「えぇ?!」
めちゃめちゃ困惑した。
「拓斗?! 稲垣拓斗?! ロリコン?! えっ?!」と。莉音は楓の頭を持っていたのだが、ビックリして離してしまった。楓は頭を床にぶつけて「アガッ?!」と唸り声を上げる。
拓斗は無言のまま部屋の中を歩き、澪の前で止まる。互いの顔を見つめながら静止し、険悪ムードが溢れ出る。
莉音は無音でスッ…と壁際に移動し、楓は「痛ってぇ…」と頭を抑えながら四つん這いで壁際に移動する。そこに無言無音の彩那がやって来て、二人の横に並び立つ。
「さ、彩那。なんで稲垣がここに?」
「…私戦犯かも。さっき拓斗に「ちゃんと説明した方がいい」とか「澪は話が分かるやつだから、丁寧に話せばいける」とかアドバイスしちゃった…」
「なるほど…それで希望を見つけた拓斗くんが部屋に入ってきたと…馬鹿だねぇ、彼」
「それ言わないでくださいっ! あんな奴でも幼馴染なんです!」
「天邪鬼だなお前。ツンデレとはまた違う感じだな」
小声でそうやり取りしながら、三人は澪と拓斗を見つめている。
二人は一切動くことなく見つめ合っている。そして、なんとその状況が五分続いた。初めのうちは楓達も「ピリついてんな…」と我慢出来ていたが、五分もする頃には「長ぇよ!」と思い初めてきた。彩那に至っては我慢出来ずに地団駄踏んでいる。
その時、楓があることを思い出した。
「あ、俺誓約書書かないとだった」
「誓約書? なんの?」
「いや、一年風紀が埋まってねぇだろ? 一応候補者見つかったから、それを仮決定する為の誓約書。澪が俺に命令…お願いしてたんだよ」
楓がそう言ってリュックから紙と筆記用具を取り出す。その光景を横目で見ていた澪の頭上で電球が弾けた。
無言のまま翻り、生徒会長専用の机に置いてある紙を一枚破り、物凄い勢いで何かを記入していく。そして、その紙を持ったまま楓達の方に歩いて行く。
「楓、これどう思う?」
「ん? ……ははっ! いいんじゃね? お前らしいし。清書は…ほら、書記が二人もいるぜ?」
澪が提示した紙を見て、大笑いする楓。その紙は拓斗からは角度的に見えない。拓斗は「俺の似顔絵でも書かれてたのかな…」とか色々憶測する。
楓に催促され、生徒会書記の彩那と莉音がその紙を覗き込む。
「……うわっ、とんでもない姉だね。私澪の妹じゃなくて良かった〜」
「ですね。でも私はいいと思うよ? 清書は任せて!」
拓斗が「何してんの?」と切り出す前にどんどん話が進んで行っていく。澪の下書きを元に、バリバリと彩那が清書していき、楓と莉音が細部を指摘していく。そして三分後。半分に折られた紙を手に、澪が再び拓斗の前に立った。
「ねぇ拓斗くん。きみは萌葉が好き?」
「……あぁ。好きだよ」
「あっそう……因みにABCだったらどこまでいった?」
「?! そ、それ聞く意味ある?!」
「もっちろーん。私は萌葉の姉! つまりきみの義姉になるわけだ! という事ではよ。はよはよ」
ここぞとばかりに立場を利用して言いまくる澪。壁際三人衆はあえて無言を貫いている。でもしっかり心の中で「嫌な姉だなぁ」と思ってる。
拓斗がモゴモゴと口雲ること数十秒。他の人に聞かれるのが恥ずかしいから、澪の耳に口を近付けて――
「…普通にAですよ。体が未熟なんでBもCもやる訳にはいきませんし。Aってもほっぺですよ。澪さんの家でやった時もそうでしたし」
「……マジ?」
「マジマジ」
思い浮かべれば、確かに口にしていた光景を見た訳じゃない。だが、結局はAまで到達している。そこに澪は「う〜ん…」と思うが、本題はそれじゃないので一先ずスルーする。
「…じゃあさ。萌葉と付き合いたいなら……この紙にサインしてくんない?」
そう言って澪が見せたのは、先程楓達が書いていた謎の紙。『↓ここにサイン』と書いてあるところ以外は折られて見えない。怪しさ満載の紙だが、澪は言葉巧みに拓斗を誘導する。
「…怪し過ぎない?」
「そうだね。一応姉として小学生と高校生の恋愛を簡単に認める訳にはいかないし? そんな命に関わる事とかガチでヤバい事は書いてないよ。楓達の承諾も貰ったし」
拓斗が楓の方を見ると、全員がサムズアップしていた。「まあ彩那が認めてるなら…」とペンを持つ。
だが、書く直前に――
「……ホントに命賭けないよね?」
「しつこいっ!」
念の為再確認しておく。ペンを持ち、サインをする。描き終わると、澪が満面の笑みで紙を捲る。すると、そこには――
「…俺を…生徒会に?!」
「おめでとう稲垣拓斗くん! …あ、もう敬語とかくん付け要らないよね。これからよろしくね拓斗!」
『私、稲垣拓斗は、篠崎澪の妹である篠崎萌葉と付き合う代わり、生徒会一年風紀委員を務めることをここに示します』と書いてあった。その紙をヒョイっと取り、印のところに澪が判子を押す。これで誓約書は完全に意味を成す。
やはり澪は拓斗が好きだ。でも、愛する妹から力ずくで奪いたくも無い。だから、自然に強奪することにした(?)。
拓斗が生徒会に入ることによって、萌葉と会う時間が自然と減り、澪と接する時間が増える。そして、立場的に澪は拓斗に色々命令出来る。一緒に居る時間を増やす事で澪のことを好きにさせてやろうという魂胆。中々の策士だ。
「ロリコンくん。兄弟だからって、私を好きにならないでねっ」
こうして、稲垣拓斗は生徒会に半強制的に加入した。まんまと澪の手のひらで踊らされていたということをやっと拓斗は理解する。
「あぁ…ホントヤダな…」
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その日の夕方。澪が家に帰ると、萌葉が玄関で正座をして待っていた。
「…おねーちゃん。あのね? 萌葉と拓斗の――」
「あ、私も萌葉に言うことあるんだ」
満を持して話し始めた萌葉の言葉を遮り、澪はスマホ画面を萌葉に見せつける。そこには拓斗のLINEが写っていて――
「拓斗、私の生徒会に入ることになったから。萌葉がのんびりしてたら…私が貰っちゃおうかな〜」
「……え? えぇ?!」
堂々と宣戦布告。困惑した萌葉は澪の足に巻き付いて説明を求めるが――
「今日のご飯なに〜?」
「ご飯は唐揚げ! それよりなんでおねーちゃんが拓斗のLINE持ってんの?! 生徒会って何?!」
「さぁね〜」
完全無視。少し険悪だった姉妹の雰囲気も元に戻る。
夏に向かって暑くなっていく六月上旬。万能生徒会長の姉と、ただの小学生妹の、一人のロリコンを巡る争いが始まる。
「えっとねぇ……私が好きなのはロリコンのアイツなんだよね〜!」