2話 ロリコンと生徒会長 2
「先輩〜! 昨日のドラマ見ましたぁ?」
「! う、うん。見たよ」
「あのシーン良かったですよね! 無理やり唇奪うシーン! いや〜憧れちゃいますよね〜」
「…ゴクッ…さ、彩那ちゃんはそういうの興味あるの?」
「あ、先輩私の唇見て言ったでしょ? セクハラですよ先輩っ! そんなエッチな先輩と話す事はないですっ!」
朝八時手前。サッカー部主将の葉山大翔は、ある後輩女子生徒とすれ違った。その女は174センチある自分よりだいぶ小さく、とても可愛らしい子だった。
その子は少し離れた場所から手を振りながら走って来た。そして、二つ先輩である大翔を歳の差など関係無しにからかってきた。
「え?! いや、ち、違うって!」
「…見てない?」
「見てない見てない!」
「…ならいいんですけど…ほら、そういう所は…そういう関係になってからで…」
振り向きざまに上目遣い&この先を思わせる言葉。美人からそんな言葉言われたらどうなるか。単純だ。
「(あ、待って尊死する)」
可愛さで死にそうになる。以上だ。
大翔はこれ以上居たら不味いと直感的に悟り、この場から逃げ出す準備をする。因みに『不味い』というのは、『本当に尊死する』という意味だ。
「こ、ゴメンね彩那ちゃん! 俺行かないと!」
「あっ! 先輩待って!」
『彩那』と呼ばれた女子生徒は、顔を真っ赤にして立ち去ろうとする大翔の手を掴む。トクン…と一瞬時が止まり――
「部活…頑張ってくださいねっ♡」
「……勿論だ」
上目遣い&可愛らしい声&悩殺ワードを大翔に言った。大翔は、彩那に向けてキリッとした顔を向けて廊下を爆走していった。その後、先生に怒られることになるのだが、それは別の話。
大翔と別れ、一人になった彩那は鞄から手帳を取りだし――
「…えっと、サッカー部主将は堕ちたから…お! サッカー部攻略完了! 私ってば天才〜!」
手帳に書かれた『葉山大翔』の文字に丸をつけた。その手帳には、この学校の名だたるイケメン達の名前が書いており、その3分の2には丸がついていた。
「あ、今日生徒会か…めんどっ」
彩那は生徒会のある別棟を目指して歩き出す。
彼女の名は結城彩那。この学校に通う高校一年生だ。そして、生徒会のメンバーでもある。
彩那は趣味的に『どれだけイケメンを堕とせるか』という奇行をしている。だが、その成果は凄まじく、入学してまだ二ヶ月なのにこの学校の二、三年生のイケメンはほぼほぼ攻略した。
彩那がこの趣味をやり始めた原因は中学時代にある。中学時代、彩那は変わらず美人だった。明るい性格で、クラスに一人は居る『陽キャの女子』だった。それなのに……中学時代一回も告白されなかった。
「何故私は告られないのか」それを大切な受験期の二月に悩むこと三日。ある一つの結論を導き出す。
「……身長か…」
そう。彩那は他の人と比べて身長が小さかったのだ。中学三年の二月時点で152センチ。中三女子の平均身長は156センチなので、確かに少し小さい。
確かに男子達が彩那を見る目は『恋愛対象』より『マスコット』と言った感じ。『可愛い』よりも『ちっちゃい』が勝っている事に自らの力で辿りついた。
そこからは簡単。インターネットや母に聞いた、身長が伸びる方法。豊胸マッサージや言葉遣い等で女性らしさを磨き、ラブコメやラノベを読んでヒロイン力を磨き、遂に迎えた入学式! その日だけで二人に告られましたとさ。
「よっしゃー! ラブコメかな?!」
約二ヶ月少しの期間で身長は爆伸びし、中学時代は澪より小さかったが、入学式で再会したら抜かしていた。身長は152センチから158センチに。「何か危ない薬をやったんじゃないのか?」と中学からの同級生である澪と楓に言われる羽目に。
試しに中学時代少し関わりがあった先輩に、さっきみたいなことをしてみたら、見事告白してきた。それで味をしめた彩那は調子に乗ってどんどん『友達以上、恋人未満』を作っていったとさ。ちゃんちゃん。
「ふわぁ…めちゃくちゃ寝みぃ…」
さっきとは雲泥の差がある言葉遣い。こっちの方がリアルの彩那なのだ。
いつの間にか生徒会室がある別棟近くに来ていた。この学校の生徒会室は、本校舎から少し離れた別棟にある。生徒会だけが使えるこの校舎は、他生徒の憧れでもある。
生徒会室の入口のドアは、木でできた両開きの巨大なドア。これを開けられる者は、生徒会役員、校長、各委員会の役員のみ。全員を合計しても二十人未満だ。
そして、その特別な生徒会室のドアの前で――
「あぁ…どうしよ…」
一人の男子生徒が蹲っていた。一目瞭然のヤバいやつが生徒会室の前で座っている。これは彩那からしたら危機的状況。どう抗っても無関係で部屋に入る事が出来ない。
「これは不味い…」と彩那がその蹲っている生徒をよくよく見てみると、どこか見覚えがある顔をしていた。この男は――
「あれ? 拓斗?」
「! 彩那か。なんだ」
「『なんだ』とはなんだ?」
「…俺はそんなことに関わってられるほど暇じゃないんだよ。どうにかして解決しないといけないことが…」
ドアの前で蹲っていたのは、彩那の幼馴染にして、自分の本当の面を出せる数少ない友人である稲垣拓斗だ。
そんな拓斗が何故ドアの前で蹲っていた居たのか。彩那は理解するどころか興味すら無いので、「さっさと退け」と冷たく言う。だが、拓斗は「ダメダメダメ!」と、過剰反応する。その光景は彩那の記憶史上一番慌てふためいていた。
「…何がそんなに嫌なの? 生徒会室に何か出てる? 拓斗虫苦手だったっけ?」
「違っ……」
「…なんで今日そんな歯切れ悪いの?」
歯切れ悪く話す拓斗。その拓斗の姿に彩那は少しイラッときて、拓斗の前でしゃがんで顔を掴んで上を向ける。
「いいから話せ」
「え? いや、でも…」
「いいから!」
「……実は――」
何かを決意したかのように拓斗は話し始めた。当然彩那も真面目に聞くが、心のどこかで「なんで私がこんな役割を」と思っている。でも、それを口に出さないのが彩那の優しさだ。
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「――拓斗、それはキモすぎ」
「言ったら言ったでこの態度か。俺はどうすればよかったんだ?」
拓斗の口から、澪の妹である萌葉と付き合っている事、萌葉に家に招かれてキスまで発展した事、生徒会室に委員会で来たが、澪が居て気まずい事。包み隠さず全てを彩那に話した結果、真顔で引かれた。
さすがに拓斗も反論する。「聞いたのお前じゃね?」と。
「……でも意外だな。拓斗ってそういうのガン無視で行くと思ってた」
「まあ…フルボッコにされたら嫌でも意識しちゃうよな」
「……なんだって?」
拓斗は青ざめながらそう言う。彩那は「あの澪が楓以外を? 殴った? それって犯罪じゃないか」と彩那は彩那で顔が青ざめる。
「…彩那ならどうする? 確か弟居たよな。ソイツが自分と同じ学校の女子生徒「彼女」って言って連れてきたら」
「そうだね、とりま殴る……ハッ?! 私も同罪?!」
「やっぱ殴るのね…それは俺が悪かったわ…」
彩那には萌葉と同い年の弟がおり、溺愛…とまではいかないが可愛がっている。その弟が自分の知り合いの女連れて来たら……そう考えたら自然と「殴る」とか言っていた。脳みその構造は澪と一緒だ。
拓斗は「家に上がり込んだのは軽率過ぎたな。でも殴る程か?」と思っていたが、彩那の言葉を聞いて考えを改めた。「あ、悪いの俺やん」と。
「…拓斗も私もこんな所で何時までも話してる程暇じゃないっしょ? 部屋に入るか諦めるか。どっちか選んで?」
「…当然入る。入るんだけど……」
渋る拓斗。またも痺れを切らした彩那は、若干呆れが混じった声で拓斗に話す。
「別に澪に萌葉の恋愛を決定させる権限は無いよ。萌葉がどういう恋愛をするのかは萌葉の自由。拓斗も同じ。しっかり事情を説明したらいいんじゃない? ほら、恋愛って自由なものでしょ?」
「――!」
特別何も考えずに言ったその言葉。その一言で拓斗の目に生気が戻る。まるでラブコメみたいな言葉。現実にそれを言ってる奴が居たら少し引くが、残念ながらこの世界はラブコメの世界。くさいセリフを言っても何とかなってしまう。
主人公を支える第二ヒロイン。その立ち位置に彩那は居るのだ。だから、くさいセリフの一つや二つは言うだろう。だが、その全てが主人公を救うセリフになる。めちゃくちゃ役得なポジションだ。
「…ありがとうな彩那。分かって貰えるまで説明するわ!」
「うん…それはちょっとウザイかも」
「なんで私はこのロリコンにこんなに優しくしてるんだろ。幼馴染も楽じゃないや」と心の中で苦労を言ってみる。でも、そのすぐ後に笑い直して、拓斗の方を振り向く。
「仕事中か見るから、ちょっと耳塞いで離れてて?」
「分かった…なんで笑ってんだ?」
「ふふっ、秘密!」
拓斗はイヤホンをして後ろを向く。彩那はゆっくりドアを開けて中の様子を覗く。そして色々衝撃を受ける。
彩那が見た生徒会室は――
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拓斗と彩那が丁度廊下で出会った時、生徒会室では――
「稲垣拓斗って…俺とクラス一緒だったよな」
「そうなんだ」
「はい。…なあ澪、もしその稲垣が「妹ちゃんを俺にください!」って言ってきたらどうする?」
「んあ? ぶち殺すかな」
「そんなあっさり人を殺さないでくれ…」
澪と莉音が仕事を再開していた。
澪は生徒会長として必要な書類チェック。莉音は後日使う会議資料の制作。楓は私情による予算決議。生徒会役員に選ばれるメンバーは天才揃い。話しながらでも余裕で作業出来る。
「てゆうかさ、なんで私がこんな失恋失恋言ってるのにそういう発想が出るわけ?」
「いや、例え話もしも話だろ? 誰もそれがリアルに起きるとは言ってないじゃんか?」
すーっと顔が青ざめていく楓。だが、それでも手の動きは止まっていない。謎のプロ根性だ。
澪はペンを置き、音を立てずに楓の後ろに移動する。当然楓もそれは感じている。だが、声を出したり、変な事をしたら先程の二の舞。黙々と作業に打ち込む。
「…まあ仮に言ってきたら、その場で拘束して、私が好きになるまで調教を続けるかな」
「ち、調教ですか…ヤンデレ系メンヘラかな?!」
「死ね楓」
「ア゛ー!!!」
本日二回目となる楓へのパンチ。無事楓は死亡したそうで……。
「…ねぇ澪? ヤンデレ系メンヘラ以外に何かあるの?」
「そうですね。『ガチ恋系オタク』とかありますね」
「流石に謎いねぇ…」
生徒会内では、楓が殴られることがもはやお家芸化。誰も気にする人は居ない。
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そして、その様子を見ていた彩那は――
「拓斗、死人が一人出た」
「……は?」
拓斗に命の危険を知らせた。楓の犠牲は無駄じゃない……。