白と大聖堂
起き上がって見るとどうやら大聖堂の中のようだった。振り返って見ると見覚えのある女神の石像がそこに立っていた。どうやらこの国の人は彼女を神とあがめているようだった。
「ありがとうございます」
彼女に向って言った。どうしてそう言ったのかわからないが、彼女になんとなく何か言いたくなって、なんとなく出た言葉だった。
「あらあら、おはよう。昨夜は冷えなかったかい?」
この聖堂のシスターだろうか。40代に見えるそのシスターは僕の方へと駆け寄る。
「あ、いえ!大丈夫です!」
「そんな恰好で?細い体の割にずいぶんと丈夫なのね」
僕は自分の恰好を見て、あの場所にいた恰好と変わらないオフホワイトのぶかぶかの白いシャツにくるぶしまで届かないズボンに視線を下した。転送されたばかりで気づかなかったが、少し肌寒いことに気づいた。
「君はホームレスかい?ここは金欠の冒険者がよく泊まりにくるけど、その恰好じゃ冒険してないようだね...」
彼女の発言で気づいた。
(そっか。この世界の住人は転生した人間の存在を知らないことになってるのか。なら話に合わせることにするか)
「あー、えっと、その、寝場所をお借りしました。で、あの、外だとほら、寒いので。」
「そうよね。女神様の御前だし、若い君を見過ごせないわ。ちょっとここで待っていてなさい」
なんだろう?シスターが女神の前だしと言うからには、きっとそんなに悪いことではないだろう。僕は近くのベンチに腰掛けた。ステンドガラスが美しい聖堂だが、やはり目を奪われるのは目の前にあるこの女神像。
(やっぱり、あの人だよね)
「はー」
溜息がこだまする。吐いた息が白くないのを見るとまだそれほど寒い時期ではないらしい。ふとシスターとの会話を思い出すと、あの短いやりとりでたどたどしく返事していた自分に苦笑いする。
(やっぱり嘘をつくのは下手だな…)
しばらくすると、後ろから声がした。
「君、これ着ていきなさい。まだ秋になったばかりだけど、そんな薄着じゃ風邪を引く寒さよ」
シスターが裏から持ってきたのはこの世界の普段着であろう服を持ってきてくれた。
「これは街の人の寄付で集まった服なんだけど、ホームレスに渡すとあまりいい顔されないんだけどね、君のような若い子を見過ごすと女神様からの天罰をもらってしまいそうだわ。もらっていきなさい」
「ありがとうございます!」
シスターの親切心に心いっぱいに頭を下げた。
「ずいぶんと不思議なお礼の仕方ね」
これはお辞儀のことを言っているのだろうか。
「あー、えっと、とにかくありがとうございます!」
しまったと思いつつ誤魔化したいところだが、なにせ外国の挨拶がわからない。握手すればいいのか?だがシスターの両手はふさがっているため、握手はできなさそうだ。
「ああ、服ね。はいはい」
シスターの手元をジッと見ていたら、服が欲しそうな顔をしていたように捉えられてしまったようだ。
「あ、ありがとうございます...」
服を受け取りながら文化の違いに戸惑う。他に言うことが見つからずに何度も感謝の言葉を復唱している自分にも苦笑いした。
「そうか!君、外から来た子かね?」
「え?」
突然言われてドキッとした。
「いや、いるのよ。たまに異国の冒険者がこの国に来るのよね」
「へーそうなんですかー」
棒読みのような返答で返す。
「その様子じゃ違うみたいね」
しまった。条件反射で話を合わせる事を忘れてしまった。
「えーと、その話もっと聞いていいですか?」
これ以上怪しまれる前にその話を掘り下げてもらおうとした。そうすればまた自分の身分を聞かれることがあっても、その話に合わせて適当に答えるとしよう。
「いいわよ。それがね、よく異国の冒険者がこの国に移りに来るのはいいんだけど、この国の冒険者にたまによくない人達もいてね、彼らから金品やら装備や武器なども奪っていってしまうの。そのせいで帰れなくなってしまった冒険者も少なからずいて困っているのよ。あなたもそのうちの一人なのかと思ったのだけれど…」
「あー…実は…」
精一杯の困り顔を作った。
「あら、やっぱり…なんて言っちゃ悪いわよね。この国を嫌いにならないでね。あれはほんの一部だからね」
「だ、大丈夫ですよ!それにそんな奴らに次は負けないようにするので!」
「まー逞しいわね!こんなに細いのに。しっかり食べてまた冒険者になれるといいわね」
「ありがとうございます。頑張ります」
そうか、冒険者か。確かに最初に聞いた時はワクワクはしたが、元の世界では体の弱かった為、他の職種にも興味があった。女神には確かに元の世界と違って体を丈夫にしてもらったが、体育の授業を断るかのように、他にできることはないかとついつい考える癖が出てしまった。ただ健康的な体や体力はこの世界では生きるのに必要最低条件な為、女神からのプレゼントのようなものだ。なのでそれとは別に女神から一つだけ願い事を聞いたもらった。それは唯一僕から希望できる事だった。この世界では魔法などはあれど、聞いてみると時代はそれほど発展していない、元の世界で言うところの中世時代であろうと思った。冒険者以外の職種でも助けになるであろうものを願った。
(シスターの勘違いとはいえ、冒険者も視野にいれつつ他の職種も見てみようか)
着替え終えるとシスターに感謝とお別れの挨拶をして大聖堂を出た。