黒の勇者
目覚めると虹色の空らしき景色が視界いっぱい広がっていた。いつものようにパソコンの前で寝落ち多かと思ったが、横になってる感覚がベッドの上かとも思ったがそれも違った。何故こんな場所にいるのか思い出しながら起き上がり周りを見渡すと果てしないくらいの花畑の中にいることに気づいた。そして、思い出した。
「そっか...死んだか...」
そう呟くと、激しい後悔と自分を納得させる言い訳がぶつかる感覚に襲われ、両手で後頭部を持ち膝の間に押し込んだ。
(((本当にこれでよかったんだろうか)))
強い声が脳内で反響していると、頭上から温かな声が降り注いだ。
「大丈夫ですか?」
見上げるとふわふわの白い服を着た女性が目の前にいることに気づく。優しい後光射す彼女の姿とその笑顔もまた優しく、しばらくその美しさに目を奪われた。
「人生、お疲れ様でした...」
陽だまりのような温かな声。でも、俺には哀れみにも聞こえた。
「ああ...」
目を伏せて言った。もう早くここから離れたいという気持ちでまた膝を抱えていたら彼女から耳を疑うような言葉が出た。
「また、新たに人生を頑張ってみたいと思いますか?」
「は?」
見上げると彼女は温かく微笑んでいるつもりだろうが、聞こえの悪い言葉を聞いた俺にはその微笑みが温かく見えなかった。もう二度と戻りたくない。先に脳内によぎった言葉だったが。
「いや...」
詰まる言葉の続きがこれ以上出ない。久しぶりに話す家族以外の他人ということもあり、もっと言わなきゃと思いつつも、これ以上に声が出なかった。
「そうですか...でも、ご安心ください。ここに来られる方、皆さんは最初は否定されます。あなただけが思い悩んでいらっしゃるわけではないので、ごゆっくりお考えください」
彼女は顔を上げることが出来ずに伏せる俺の後頭部と話しているようなものだった。
きっとあの温かな笑みで言っているのであろうと思いつつ、たくさんの感情が沸いてくる。しかしそれは決してプラスの感情ではなかった。
(何の為に死んだと思ってるんだ)
(人生をやり直す?)
(ふざけるな!)
(俺だけが悩んでるわけじゃない?)
(俺の苦労も知らないくせに)
イライラが沸々と怒りの感情をため込んでいた。しかしため込んでいるにも関わらず、この感情を彼女にぶつけるわけでもなく、怒りが沸いては押し殺しを繰り返していた。そしてひたすら下を向いた。
「えっと..すぐにご決断していただくことではないですよ。ただ、次に行かれる世界の説明だけさせていただいて、それからご自分のタイミングで行かれても構わないのですよ」
そんな壊れた感情の俺を知ってか知らずか、それとも押し殺している自分の体が震えていたのか、とにかく返答のないそんな様子の俺に気を使った言葉を彼女は俺に投げかけた。
しかし息苦しさを感じる空気の中、気になる言葉が俺の感情を少しずつ沈めた。”次の世界”?もしかして、最近流行りの異世界転生とかそいう類か?俺にもコントロールの難しい浮き沈みの激しいこの感情に少しだけ光が差し興味が芽生えた。
「わ、わかった...話だけきく」
目を伏せたまま言った。
「はい」
明るい声が聞こえる。
ひとしきりに次の世界の世界観を聞くと、予想通りの割と王道のファンタジーRPGのようだった。年代的に中世ヨーロッパのようで、進んだ文明生まれの俺には環境の不便さが先に頭に浮かんだ。でも、どうせモンスターだらけの荒野を野宿しながら冒険するものだし、元から不便みたいなものかと納得した。ただ、少し気になったのが、そのモンスター討伐の説明がサラッとしたところ。
(冒険者になってほしいのなら、ゲームにおいて割と大事なチュートリアルなんだけどな。体感すればわかるようなもんなのかな?この女神は体感して分かれタイプか?)
そんなスパルタな想像をしながら聞いていた俺は気づくと、話に合わせて揺らぐ彼女のスカートの裾を見ていた。想像通りの世界観に飽きていた俺は隣に伸びていた雑草を1本抜いてはその抜いた先を指で転がしていた。
「それでは以上がこれから行かれる世界の話です。これから少し休まれるかと思いますので、準備ができ次第、私を強く思い浮かべてください。文字通り飛んでまいりますので。ふふっ」
彼女はそれで冗談言ったつもりみたいだが、正直天界ジョークにどう反応すればいいのかに困る。俺の苦笑いを誘うことに成功した彼女は振り向き、どこかへと飛んでいった。その様子を見ていた俺はここが少し不思議な場所だったことに気づく。人の顔を見ることに慣れていない俺はスカートの裾が回るのが見えて初めて顔を上げた。視界に広がるのは果てしない花畑なのに、彼女は手前で姿が消えた。そして、その奥の花畑が現れた。
(なんだここは...)
立ち上がって呆然と見てた。どこまで続いているんだろうと見たくなった気持ちが沸いたが、すぐにそれを押し殺した。
(いや、やめとこう)
また座り込んで、今度は上を向いた。花畑との境目は白色なのに、空は薄い虹色が不規則にゆらゆらと色ついている。光っているとも言い難いこの謎の空は不思議と居心地良いのかよくわからない、捉え方によっては少し不気味にも見えた。
(彼女の趣味なのかな?)
もう一度花畑を見たが少しずつ居心地悪くなってきた。
(やることもないし、転生しようかな。考えても余計なことばかり考えていつまでも転生しなさそうだし、死んだ俺にはもう居場所なんてもうないんだし、早く居場所を転生先で作った方がましか)
ふとあることを思い出した。
(転生後でも願っていいと言われたけど、俺の願いもうここで使ってしまうか)
彼女に言われたように彼女の姿を強く念じてみたらどこからともなく現れた。それは遠くから飛んできたのかもしれないし、もしくは目の前で姿が突然現れたのかもしれない。とにかく俺のいた地球の物理法則とかなんとかでは言い表せない彼女の存在の不思議さに俺は驚いた。
「あなたの願いと準備が整いましたのね」
彼女の太陽のような笑みを見るのは久々のように感じた。
「あ、はい...」
このコミュ症を本当にどうにかしたいと思った。
「では」
その一言を最後に彼女の陽だまりのような微笑みが俺の視界から真っ白に消え、決して眩しいからというわけではなかったが、何となく目を閉じた。次に目を開いた時には、俺は大聖堂の女神像が祭られている足元で目を覚ました。