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通りすがりにキャラメルフラペチーノ

 平日の朝の駅前は、何かと騒がしい。だけど、大勢いる人たちがどんな仕事をしているのか?どこまで通勤しているのか?までは知る由もない。


 僕は時間ギリギリよりも幾分余裕をもって通勤したい派なので、かなり早く最寄り駅に到着する。駅の改札前で人間ウォッチングをするのが趣味のようになっていた。

「皆さん、ご苦労様です……」

 僕は、いつも心の中でそう呟きながら慌ただしく改札を抜けていく人波を見ていた。僕自身は、大した仕事をしているわけじゃあない。倉庫街の物流センターでのピッキングや梱包作業程度の仕事だ。因みに時給は、九〇〇円。朝から夕方まで頑張ったって1日7000円くらいにしかならない。仕事自体が退屈なので、せめてもの楽しみとして朝の駅で人間ウォッチングをする。まあ、これ自体もそんなにワクワクする程の趣味ではない。


「さて、そろそろ自分も出勤しよう!」

 僕は、気怠い身体を引きずるようにして駅の改札を抜けていった。


 勤務先の最寄り駅に着いた。さあ、いよいよ仕事開始だ!その前に、まだ時間の余裕がある。今度は駅の構内にあるカフェでコーヒーブレイクの時間だ。僕は、いつだって抹茶フラペチーノを頼むことに決めている。理由は特にないけどコーヒーブレイクという割には、コーヒーは嫌いだから絶対に飲まない。


「抹茶フラペチーノのお客様!お待たせいたしました!」

 大して可愛くないけど愛想の良いいつもの女性店員からトールサイズの抹茶フラペチーノを受け取った僕は、狭い喫煙室に入った。僕はタバコがやめられない(たち)なんだ。


 まだ出勤時間まで余裕がある。抹茶フラペチーノとタバコの相性は、正直良くない。お互いの良さを殺し合っているような感覚だ。

「今日は、朝から忙しいらしいから早めに行くか……」

 いよいよ出勤だ!


 トレイ等を片してから店を出ようとしたその時、まるで美少女漫画から飛び出してきたような可愛いらしい女性とすれ違った。彼女の髪の毛から、とてもいい匂いが漂っていた。

「目の保養にはなったかな?」

 僕は、一人ほくそ笑みながら一瞬だけ後ろを振り返ってみた。彼女は、当然だけどカウンターで何かを注文していた。

「素敵な女性だなぁ……」

 いや、僕だって女性にしっかりと興味はあるんだよ!ただ、極度のあがり症と内気な性格が災いして今までの二六年間の人生で付き合った彼女は、未だにゼロなんだ。悲しいけど、それが現実。頭の中の妄想では、数え切れないほどの女性と交際してきたんだけどね。


 駅から出ている送迎バスに乗るために停留所へ向かった僕は、一瞬ハッとさせられてしまった。さっき僕の嗅覚を大いに刺激した、あのいい匂いが何故か?また漂ってきた。

「うん?どういうことだ?」

 送迎バスが来るはずの時間は、あと十分ほど。僕は、さりげなく周囲を見渡してみた。

「おかしいな?誰も居ない……」

 結局、わけの分からぬまま僕は会社の送迎バスに乗り込んだ。



 勤務先の倉庫に到着した。これから夕方六時までひたすら働くのだ。その時、今日三度目のあの香りが漂ってきた。当然その場で周囲を見渡した。

「やっぱり誰も居ない……」

 なんだか気持ちの悪い違和感を覚えながら、僕はいつものように倉庫の中に入っていった。



 午前九時。朝礼の時間だ。

「はい、皆さんおはようございます!」

 所長の朝礼が始まった。この後ラジオ体操やって今日の予定を聞いてから作業が始まる。


「え~、本日から新しいアルバイトの方が加わります。それじゃあ軽く自己紹介してもらおうかな!」

 少しだけみんなが(ざわ)めきだした。一体どんな人なんだろう……



「有吉美咲と申します。よろしくお願いいたします!」

 みんなの騒めきが、より一層強くなった気がした。僕の位置からは、その「有吉美咲」なる女性の姿がよく見えなかった。


「今朝、駅の構内のカフェですれ違った男性の方が、今、私の視界にハッキリと映っています。同じ送迎バスに乗っていました!」

 彼女は、新人アルバイトにしては余計な事を喋り出したので、みんなの反応は正直冷めていた。

 その後、ラジオ体操を無難にこなした僕は、まずピッキング作業から始める準備をしていた。


 僕は、ピッキング作業中にさっきの新人アルバイトの女性の事を考えていた。カフェですれ違って同じ送迎バスに乗っていた?いや、僕は違うだろう。送迎バスの中は大体いつもの顔ぶれだったし……僕は衣類をピッキングし終わって次にアクセサリーのピッキングに向かった。台車を押しながらアクセサリーコーナーに入った僕は、今日四度目のあの香りを感じ取った。


「初めまして!ううん、私は、いつもあのカフェであなたが頼む抹茶フラペチーノを見ていました。やっとあなたと同じ職場に入れました!」

 えっ!?この子が……

 僕は、朝から何度も感じていたあのいい匂いの正体を遂に倉庫内のアクセサリーコーナーで見つけた。

「これからもよろしくお願いします!」

 彼女は、そう言って僕の横を通り過ぎていった。

 彼女の髪の毛から放たれたいい匂いに隠れん坊していたその独特の香りを感じ取った時、僕はようやくその正体を確信した。


 あの時すれ違った「有吉美咲」は、きっといつもと同じ『アレ』を頼んでいたはずだ。

 何故ならば、僕は彼女を一年も前から知っていたからだ。


 彼女はいつも禁煙席の決まった場所に居た。いつも喫煙席の端っこの壁際に居た僕とギリギリ対角線で結べるような位置関係で、僕と有吉美咲はいつの間にかお互いを認識し合っていた。いや、僕は違ったかもしれない。彼女だけは僕を意識してくれていたのかもしれない。僕は彼女の事を気にしながらも、心の中の倉庫のシャッターを閉めたままにしていた。気付いていながら気付かない振りを一年間も演じ続けてきた。


 でもね。まさか彼女が僕の職場に入社して、いきなり自己紹介までされたからって……変わり映えのしない僕の偏屈な人生は果てしなく長く続くんだろう……そう思っていた。



 夕方六時。終業のベルが倉庫内に響き渡った。

 心地良い疲れを感じながら、僕は帰宅する為の準備を始めた。やっぱり今日は忙しかったな……


 正直もういいよっ!て感じだった。

 だって……倉庫を出ようとしていた僕の身体に、またあの香りが巻き付いてきたからだ。


「あの、出来れば連絡先を交換したいのですが……」

 有吉美咲……これはいわゆる「逆ナン」っていうやつか?

「え~っと、連絡先ですか?じゃあ、僕の自宅の郵便番号を教えますね!」

 不器用な僕が考えた精一杯の冗談?だった。

「アハハッ!何で郵便番号なんですかぁ~!?」

 笑ってくれたんだ……こんな冴えない冗談で。

「う~ん、じゃあ送迎バスが駅に着いたら二人であのカフェに行きませんか?勿論禁煙席で!」

 うわっ!こっちから誘っちゃったよ!僕は、内心一瞬でも積極的になった自分に驚いていた。

「はいっ!行きます!!」

 彼女は、天使のような笑顔で僕の顔を見つめていた。



 三か月後。僕と有吉美咲はいつの間にか恋人同士になっていた。

 あの日感じたいい匂いの中に、ほんの少しだけ彼女の自己主張が存在していたとしたら、それはきっと香水の匂いなんかじゃなくて『アレ』だったんだ。



「キャラメルフラペチーノ」


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