イセカイ・シンドローム⑩
お風呂に入って綺麗さっぱりした男に、今後はまず私や教会のアモンを頼ること。大抵のことは協力してあけるから。そう約束して、ひとまず「今日のところは」事件は幕を閉じた。
◇◇◇◇
それから私たちはまっすぐ直帰はせず、エリアさんの家に寄っていくことにした。「動く」ルカ君に挨拶をするためだ。
「ほんとうに、ユーノさんはやさしいです」
道中、天使ちゃんが呟いた。
「え?なんで?」
「今日、時が止まったとき、私は一人で解決に向かうつもりでした。私、ユーノさんが一緒に来てくれた事、とっても嬉しかったです。でも、事件を解決するのは一人でも十分とも思っていました。思い上がり、でした。もし私一人だったなら、あの男の人をただ倒して終わりにしていたでしょう」
「……それって、勇者番付の挑戦者を片付けるみたいに?」
「ふふっ。はい、その通りです。でもそれでは本当の解決ではないんですよね。ユーノさんは、優しくて、本当に、世界の救世主みたいに、周りの人を包み込むように手を差し伸べるんですね」
「おだて過ぎだよ。今回は、たまたま」
「(いえ、ユーノさん、今回も、ですよ。他の人のために魔法の指輪を使って、自分が傷つく事もいとわないで。だから私は、そんなユーノさんを━━)」
……それっきり、天使ちゃんは黙り込んでしまった。
でもよかった。ほんとうに、驚くほどあっさりと、あの男は「時止め」スキルを解除してくれた。スキルを解き放って世界の動きを止めたこと。それはきっと目的があってやったことじゃなくて、突発的に、衝動的に、耐えられなくて、要はー
「ま、ちょっと寂しかったんじゃろ(経験者談)」
つまりは、そういうことだった。ひとりぼっちで、新しい世界で躓いて、にっちもさっちも行かなくなってしまった転移者の、「時を止めるほど苦しいんだ、誰か、気づいてくれ、助けてくれ」という救難信号、のようなものだったのだと思う。
それにしても、今回は偶然私たちがいたけれど、もし彼が他の街に住んでいて、本当に誰も「助けに」現れなかったとしたら、と思うとぞっとする。もしも彼がスキルを解き放ったまま、孤独と苦しさに押しつぶされて、そのまま生きることを諦めていたとしたら━━
なんとか彼は持ち直したみたいだけど、でも、それで全部解決したわけじゃない。大事なのは、これからだ。新人転移者の彼が、ほんとうにこの世界を価値あるものだと思って、時間の歩みを止めさせたくないと心から思わなければ、意味がないのだ。そしてそれは、すぐに解決することじゃないと思う。
◇◇◇◇
エリアさんの家に、今度は家屋侵入じゃなくちゃんと招かれて入ると、ルカ君がキッチンで料理をしていた。思えば、あの時のレッスンの後から、ルカ君には会ってない。魔法も上達しただろうか。
「あっ、母様、どこへ行っていたんです。僕、なんだか体中が痒くって。どうもべとべとしてるっていいますか……あっ、ユーノお従姉ちゃん……お久しぶりです……」
「「「「えっ?!」」」」
(お従姉ちゃん……?)
ちょっと理解できずに固まる私たち4人を置いて、ルカ君は続ける。
「やっぱり、気づいてなかったんですね。僕、ユーノお従姉ちゃんとは小さい頃に会ってるんです。覚えていませんか、ユーノさんのお父さんと、僕の、血のつながったお母さんが兄妹で、僕たち一緒に遊んだんですけど……」
確かに、覚えている。あのときの男の子。ルカ君はお父さんに似ているな、一緒にいると落ち着くな、とは思っていたけれど、まさか……
「僕の血のつながった両親は亡くなってしまって、親戚はユーノお従姉ちゃんだけになってしまいました。あの、これからもどうぞよろしく……あ、今、料理を作っているんです。よかったら、食べていかれませんか……?」
そう言って、ルカ君は顔を赤らめる。
……まずい。ルカ君には自分しかいない、そう思っていたエリアさんが、予期せぬお従姉ちゃん(しかも幼い頃のきれいな記憶付き、つまり私)の登場で、勇者にあるまじき邪悪なオーラを放っている。
「ち、血のつながり……?そんなのって……卑怯……」
いや卑怯と言われても。そしてなぜか天使ちゃんまでじとっとした冷たい目で
「ふふっ、仲いいですもんねーユーノさんとルカ君」
なんて呟いている。口では笑ってるのに、いつもの幸せそうな笑顔ではない。ツアラは……
「我もお腹へった」
そうだね、お腹、減ったね。せっかくだしご馳走になろうか……でもなんとなく、今はツアラの横にいたい、そう思った。
「じゃあ、ゆっくり食事にしましょうか。ユーノには、聞きたいこともあるし。飲み物は、お水?ジュース?田舎麦酒もあるわよ?」
「まじかの!」
いや、そんなに長居はしたくないんですが……




