お父さんの仕事の都合で引っ越したら異世界だった③
でもこのお店、開いているみたいなのに商品がなにもない。小さくてカラフルな屋台には、垂れ下がった看板と、古ぼけた机と椅子だけがあって、その椅子には男の人が座っている。
少し気になったので、私は「ふしぎな免税店」のお店の人に話しかけてみることにした。
「こんにちは、あの、ここは何のお店ですか?」
私の質問に店員さんは少し驚いたようだった。
「ほほ……この店に気づくことができるとは、あなたは強い力を内に秘めているようですね。こんにちは、お嬢さん。ここはふしぎな免税店。占いとお守りのお店です。お嬢さんも、旅の安全におひとついかがでしょう」
この人は何をおかしな言っているんだろう。ちょっと変だけど、ここは「そういう設定」のお店なのかな。でも、時間もまだあるし……
「じゃあ、お守りを一つ、お願いします」
「お守りを一つ、ですね。わかりました。お嬢さん、何か思い入れのある物をお持ちでは?私のできあいのお守りよりも、人の思いの籠ったものに願いを込めた方がお守りとして効果があるのです」
人の思いの籠ったもの……
少し考えて、私は友だちから貰ったプレゼントの中から、あの男の子の指輪を取り出して、お守り屋さんに見せた。
「じゃあ、この指輪におまじないをかけて下さい」
お守り屋さんは私の指輪を手に取ると、目を見開いてしげしげと見つめた。
「これは……汚れのない、純粋な愛の力を感じます。んー、なんと美しい、甘酸っぱい初恋の証!力の依り代として、これ以上のものはないでしょう。それで、何のおまじないをかけましょうか。やはり、縁結び、ですか?」
私はこの指輪の事はなにも言っていないのに、なぜかお守り屋さんはお見通し、みたいだった。
それにしても、縁結び。私とあの男の子が、恋人同士になるお守り。恋人同士ということは、二人でデートして、手をつないで、それから……
ちょっと恥ずかしい。恋人、というのは私にはまだ早い気がする。でも、他にこれといって思いつく願掛けもないし……
旅の安全?それも大事だけど……
少しだけ考えて、私は言った。
「じゃあ、世界平和?でお願いします」
「ほほ、愛の依り代に世界平和の願掛けとは。人一人の背負いきれる願いとしては大きすぎる気もしますが、いいでしょう。では。」
そう言って、お守り屋さんは指輪に何か力を込めた。
その時、時間が止まった、気がした。空港の雑音が消え、周りの人は動きを止めて、世界から色と光が少しずつ失われていき、真っ暗闇になっていく。感じるのは、「私がいる」という感覚と、お守り屋さんの存在。そしてしだいに、私と世界の境目があいまいになっていく━
「はい、これで愛と世界平和のお守りの完成です。これはとても強いお守りですよ。それでお代ですが……」
お守り屋さんの声で、私は我に返った。
……しまった。値段を聞いていなかった。おたかいものだったらどうしよう。
「お金は、結構です。その代わりに、あとで愛の力に見合った働きをしてもらいますね。それが、あなたの運命なのです……」
変なお守り屋さん。私はこれから海外に行くのだから、後から何かしてくれと言っても、もう遅いっていうのに。