第6幕 再開/平穏
カーテン越しに射す朝日が顔を照らし、目を覚ます。
「・・・・・・・」
まったく見覚えの無い部屋。
上品な調度品に清潔感溢れる雰囲気。
そもそも自分はどうしてこんな所にいるのか。
白い騎――あか―――く―い刃。
「ッ!!」
思考にノイズが奔る。
思い出さなきゃいけない気がして、思い出せば破滅すると本能が告げる。
ともかく、まずはここがどこだか判明しない限りは――――
「あら、起きたのね、ジン」
「―――――――え?」
気が付けば、部屋にいるのは一人ではなかった。
光輝く金紗の髪。
優く微笑む少女は、
「――――ソフィア」
間違いなく彼女だった。
「―――どうし、て」
驚きを隠せず呟く。
と、白い少女は不満そうに口をとがらせた。
「どうしてってどういうことよ?あ、ちょっとそのお化けを見るような顔やめてちょうだい」
「お化けもなにも・・・・・」
胸を貫かれ倒れた彼女。
その貌は明らかに死者のそれだった。
が、ソフィアは確かな生者の存在感をもって目の前にいる。
「やぁねえ。私は魔女と呼ばれた女よ?魔女はあの程度じゃ死なないわ」
けらけらと笑うソフィア。
どこか釈然としなかったが、そんなことより。
「?どうしたの、ジン?黙り込んじゃって。―――きゃっ!とと」
ソフィアの腰に抱きつく。
何があったかなんてどうでもいい。
ただ、彼女が生きていてくれたことがこんなにも嬉しい。
「・・・・・・・・」
ソフィアは、穏やかな微笑みを浮かべてジンの頭を撫でた。
(どうやら、昨夜の記憶はないようね・・・・。さて、どうしたものか・・・・・)
彼女の心は決して覚られることなく、とある秘密をひた隠す。
それから、ソフィアとの生活が始まった。
今、城に帰るのは危険ということで、しばらくソフィアの家にいることになったのだ。
深い森の奥にある小さな家。
この場所で再び、二人だけの平穏な日々が過ぎていく。
「ソフィアー!木苺摘んできたよーー!!」
「まあ、それじゃあ台所に置いといて。今度ジャムを作りましょう」
「はーい」
外で洗濯物を干しているソフィアに手を振り、てけてけと走って家の中に入る。
今やすっかり慣れ親しんだ廊下を進む途中、
「ん?」
居間のテーブルの上で、小さく何かが光っている。
それは、まるで誰かに自分の存在を示すように明滅を繰り返す。
「うーんと」
とりあえず、ソフィアを呼ぶことにした。
「これは手紙ね」
ソフィアはこともなさげに光の球に触れる。
すると、球体はくるくる回りながら展開していき、最後には四角いフレームの中に次々と文字の羅列を写していった。
彼女は無言で文字の列を目で追う。
その視線は往復する度に鋭くなっていく。
「えーと、親愛なるラミエル様へ。例の件についてお話したいことがあります。明日、天界においで下さい。それと―――」
「きゃ―――!!!」
突然、悲鳴を上げて光をかき消すソフィア。
「な、なによジン、字が読めるの?」
そして失礼なことを訊いてくる。
「当然だろ。一応王子だよ、僕は」
少し落ち着いたソフィアは、腰に手を当てて窘める。
「ダメよ、ジン。人の手紙は横から覗くものじゃないわ」
「ごめんなさい。ところで、ラミエルってソフィアのこと?」
彼女は頷くと肩を竦めた。
「そうね、私の通り名みたいなものかしら。でも、ここでは必要ないわ。あなたには今まで通りに呼んで欲しいから」
そういえば、と内心で思う。
自分はソフィアについて何も知らないんだな・・・・・。
どこで生まれたとか、何をしているとか、何が好きとか。
そういうことを何も知らないままでいるのはいやだったから。
彼女のお願いに頷いた。
「うん、いいよ、ソフィア」
彼女はにっこりと笑ってくれた。
「そういうわけだから、明日はちょっと出かけてくるね」
夕食の席、ソフィアの絶品揃いの食事を皿に取りながら言葉を聴く。
「戻るのはたぶん夕方ぐらいになると思うから、昼食は自分で用意できるかしら」
「うん、大丈夫。まだパンの残りがあるでしょ。それでいいや」
そんなことを話ながら団欒は終わる。
ソフィアに挨拶をしてベットに潜り込む。
直ぐに眠りに落ちることはない。
この時まで無理矢理動かしていた全身を緩ませる。途端―――
「が、ああぁぁあ・・・・・」
一日溜め込んだ分の苦痛が小さな体を蹂躙する。
「ふぐ・・・う、ああぁぐぅうう・・・・・!」
シーツを噛んで悲鳴を抑える。
ソフィアに覚られてはいけない。余計な心配は掛けたくない。
鋭く痛みが閃く度に赤い光景が脳を焼く。
彼は原因の解らない激痛に苛まれていた。
日中はまだしも、陽が沈んでからは意識が沸騰するほどの苦しみ。
この数日間、穏やかな眠りを迎えられたことはない。
「お、おおおぉぉぉ……」
彼は眠りより先に訪れる意識の喪失によって、この痛みから解放される。
「・・・・・。・・・・・・・。・・・・・・。」
皮膚の下を這い回る怖気に耐えながら、彼の残酷な夜は更けていく。