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The prayers  作者: 星うさぎ
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第5幕 狂騒/狂乱

「―――――――――入れ」

「失礼します」

「報告を」

「――はい。先刻、隣国ザンザットにて起こった爆発の被害は、王城を中心に国境付近にまで達しているとのことです」

「・・・・・・・原因は?」

「現在調査中です。向こうの見解だと何等かの儀式の失敗によるものだとか」

「儀式の失敗で国一つが吹き飛ぶものなのか?・・・・・まぁいい。引き続き調査を頼む」

「了解しました。―――失礼します」

「・・・・・・・・・この騒ぎに乗じて、他の連中が動かなければ良いが……」










目を覚ますと、満天の星空が見えた。


「・・・・・・・!?」


森、だった。

夜風になびく黒々とした木々の間にジンはいた。


「ここは・・・・・どこだ?」


疑問を抱えたまま、とりあえず歩き出すことにした。


ずきり、と体が軋んだ。




歩き出して数刻。

どうやらここはどこぞの山らしい。

徐々に山頂を目指して傾斜を上って行くのを感じる。


目が覚めてからどうも頭がハッキリしない。

そのくせ体中が燃え立つように熱い。

「は、ぁ・・・・・あ――――」

乾いた溜息を漏らしながら歩く。

何故歩き続けるのかすら分からないまま。





さらに数刻。

体の疼きは今や激痛に変わり、ジンを責め苛む。

ズキズキと軋む頭は既に中身(のうずい)を焼き切っているかのよう。

「あ・・・ぐあ・・・・・は、」

それでも歩く。

何かに誘われるように。









痛い。痛い。痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い


もう何も考えられない。

知覚出来るのは痛みだけで、痛みだけが彼の全てであった。

「がぁ、あぁ…ぐ、ぅ」

両目が焼けるようだ。

喉は苦悶に引きつり。

脳は満足に回らず。

両腕には感覚が無い。

肌の下から刺すような錯覚。

この体を巡るのは、果たして赤い血液なのだろうか。

それすらも疑わしくなるような異常。


「!・・・・・あ、れは――――」

そんな中、唯一つ彼の気を引くものがあった。


山頂に程近い高所。

辺りを俯瞰出来るここから見えたのは。


「大霊樹・・・・・?」

間違いない。

周りの木がか細く見えるほどの圧倒的な巨木。

たった一度だけ、間近で見上げたことのある霊樹だった。


―――そんな、馬鹿な。


もしそれが本当なら、自分は城から海を渡ってこの島に来たことになる。

訳が分からない。

どうしてそんなこと・・・・・!?

「・・・・・ぐ・・あぁ・・・・」

頭蓋が軋む。

駄目だ。考え事なんて出来ない。

頂上に行こう。そうしたら、なにか――――――




山頂に辿り着く。

果たしてそこには。


頭上には煌く黄金の月。

ふと、視線を下げれば、夜風にさざめく黒い木々。

少しだけ開けた小さな広場と。

自分の前に立ちはだかる白い騎士達がいた――――――。




黄金の満月を背に漂う。

忽然と現れた影は、何かを捜すように下界を見下ろす。

やがて。

その白い羽を羽ばたかせて、一点に向けて舞い降りていった。




目の前には白い騎士達。

それこそ物語のような輝く鎧とはためくマント。

悪い冗談のようだ。

その騎士達が皆、自分に向けて尋常じゃない殺気を放っているのだから。


「・・・・・・・・・・」

五つの視線がジンを見据える。

兜の向こうからでもそれと分かる冷たい眼。


「おい、これが本当に龍か?まだほんの子供じゃないか」

「間違いあるまい。感じないのか、あの禍々しい邪気を」

「然り。あれこそ世界を破滅へ導く邪龍じゃろうて」

「・・・・間違いは無いんだろうな」

「議会の最上位が動いたんだ。間違い無いだろう」

「サマエル議長自らが指揮を執るのだ。楽観視出来る問題では無い」

「そうか。ならばやることは一つ」

「失敗は許されんぞ」


五人の間でぼそぼそと囁きが交わされる。

何を話しているかは分からないけど、僕に何の関係があるのだろう。


そんな、こと、より。

あた、ま、が痛く、て。


再び騎士達が向き直る。

「お前達、何者だ・・・・?僕に何の用だ・・・・・?」

無理矢理言葉を紡ぐ。

騎士達はそれに答えず、

そのうちの一人が宙に何かを放る。

「?・・・・・・・・・・ぁ」


気付いた時にはもう遅い。

呆、と空を仰いだジンに別の騎士が疾風の如く駆け寄る。


どすり、と。

衝撃と鈍い音。


「あ・・・・・?」


臓腑の内から血液が逆流する。

そして、そのまま腹を貫いた白銀の槍に滴る。


ず、どさ。


突き刺したのと変わらぬ容易さで引き抜かれる槍。


「――――任務、達成(ミッション クリア)


どこか遠くでそんな呟きを聴いた。



血の海に沈む。

その、鮮やか過ぎる(あか)に当てられて頭が朦朧とする。

これから死んでいくというのに、不思議と怖れは無かった。

在るのはただ安堵。

ようやくずっと背負ってきたものを降ろしたような解放感。

腹に開いた塞ぎようのない孔から命の雫が漏れていく。


―――ああ、これで、

          僕もソフィアのところに行ける―――――

そして、穏やかな表情のまま、ジンは最期に深く息を吐いた。




騎士達は動揺していた。

出撃の際、彼らは上司から、「失敗するな」「必ず仕留めろ」と激励されて来た。

しかし、すわどんな怪物を相手にするのかと思いきや、見付けたのは小さな子供。

確信を以って討ったものの、あまりの手応えの無さに困惑するのも当然のことだった。


「とにかく、これで終わりなんだな」

「ああ。後は死体を持ち帰ればいい」


頷き合って動こうとした時。


「ん?何だこれ」

少年を刺した騎士が立ち止まる。

「どうした?」

「この槍、穂先が・・・・・」

仲間に槍を見せる。

その穂先。赤く血に濡れた部分が仄かに煙を上げている。

「これ・・・()けてるのか・・・・?・・・・・・・!!」


咄嗟に視線を向けることが出来たのは、練磨の戦士のみが為せる業だろう。

その視線の先。

そこで起きた信じ難い出来事。


「なん・・・・だと・・・・・・!!?」


むくり、と腹に孔の開いた死体が身を起こしていた。

否。ソレは元々死んでなどいなかったのだ。


呆然とした面持ちで傷に手を当てる。

そこには孔など無く。

代わりに真っ黒な何かが詰まっていた。



刹那の沈黙。

即座に我に返った騎士達が襲い掛かる。


それを。


「―――――――――――――――――!!!!!」


獣じみた咆哮が夜気を薙ぐ。

憎悪と恐怖で真紅に染まった瞳が迎え撃った。










山頂に辿り着く。

果たしてそこには。


ぐじゅり、とぬかるむ短く草の生えた地面。

少しだけ開けた小さな広場は今。

(あか)い沼地と化していた―――――。


「・・・・・・・」

悲痛な面持ちで進む。

そして、そこかしこに散らばる肉片の一つに歩み寄る。

他のモノに比べてまだ原型を保っていられたそれは、確かに白い騎士のものだった。


「これは……主天使(キュリオテテス)の紋章………」


騎士の破れたマントに付いていた紋章を見て呟く。


・・・・。・・・・・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・・・・・・。


広場のさらに奥。

さらに深い血溜りに、咽び泣く少年がいた。



刺した。

腕を脚を腹を掌を顔を耳を腰を脛を

背を額を眼を口を頬を頸を顎を指を

足りない。

首を鼻を胸を手を腿を肘を肩を喉を

刺した刺した刺した刺した刺した刺した刺した

刺した赤い血が刺した刺した刺した刺した刺し

た刺した刺した刺した刺した刺した刺し刺した

た刺した刺した刺した刺した黒い血が刺した刺

足りない足りない足りないまだ死ねない・・・・・・!!!!


無我夢中で自分の体を滅多刺しにする。

ジンの手には肌を突き破るようにして現れた黒い結晶。

ナイフのように鋭いそれで刺した。

それが何であるかなんてどうでもいい。

ただどうして刺しても刺しても死ねないんだ・・・・・!!!


引き抜いた後から直ぐに黒い何かが傷を覆う。

幾度も幾度も痛みと恐怖に怯えながら刺す。

既に撒き散らした血で足元は沈んでいる。


―――ぱしゃり。


血の海を散らす足音。


「ッ!!・・・・・・アアァ!!!」


唸りとも悲鳴ともつかない叫びと共に手中の凶器を振りかざす。

しかし、屈強な騎士達の悉くを屠った魔の一撃は、あっさりと受け止められる。

「―――――――!!」

瞬時に手を引いて逃れようとするジン。


だが。


ふわりと視界を白が覆う。

抱き締められる彼の体。

血溜まり只中、月光に照らされた姿は紛れも無く―――――


「―――――ソフィ、ア―――」


彼の意識は、そのまま白光に包まれた。



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