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The prayers  作者: 星うさぎ
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第3幕 兆し/焦燥

ザンザットの地には今日も穏やかな光が満ちていた。

緩やかな丘の上。小さな白い家の縁側にはソフィアと彼女の膝の上で眠るジンの姿があった。


ソフィアと出会ってから一週間ばかり経った。ジンは毎日のように彼女の元を訪れていた。

少年にとってソフィアはかけがえのない友人となっていた。そのあどけない寝顔を見れば、彼女に対して僅かな警戒心も抱いていないことが判るだろう。



「ん〜〜やっぱり平和っていいわ〜」

心から、ただし膝の上の少年を起こさないように呟く。

成さねばならないことはまだ沢山あるが、今はまだこの仮初めの平穏を感じていたかった。

「ねぇ、もう少し位いいかしら?」

空に言葉を投げる。それを受け取る者は誰もいないかと思われたが。


『まったく、相も変わらず気楽でいいな、君は』


彼女の背後。家の奥に呆れたように返事をする声があった。


姿はない。ただ声だけが響く。

『大規模な力の行使をしたと聞いて見舞いに来て見れば、すっかり順応してからに・・・・』

姿はない。ただその声はあまりにも説教臭かった。


「いいじゃないもう。今は本当に疲れてるんだから」

対するソフィアはあくまで気楽そうに会話する。一度も視線を交わらせないまま。


『まぁいいだろう。今日は本当に見舞いに来ただけだ。そうしつこく追求するつもりはない。純白――いや今は『ソフィア』だったか?』

声の主が尋ねる。

「そうよクロちゃん。今の私は『ソフィア』。もうしばらくだけね」

そこにいるのは紛れも無くソフィア。しかし、纏う雰囲気だけはまるで別人だった。姿無き声は仕方なさ気に答える。

『・・・・・クロちゃんはやめてくれ。わかった、君がそう言うのなら判断は任せる。頃合を見て復帰してくれ』


声は深く息を吐き、続ける。


『解っているな、『ソフィア』。その人間、素質があるぞ』

そう告げた。

その示すところに心当たりがあるのか、少女は頷き、


「大丈夫。この子は私が護るから」


力強く返した。


二人――声とソフィアの間の空気が凍る。互いに互いの隙を窺うような沈黙。


それは。


『何を護り、また何から護るのか・・・・・』


静かに紡がれた言葉によって破られる。

声は最後に、

『全ては我等が母の決めること―――――』

そう呟いて、完全に気配を絶った。


後には、ジンを愛おしそうに見つめるソフィアだけが残された。






そうして帰路に着くジンを見送る。今日も一日ソフィアの元で遊んだ彼は、躊躇いも無くいつも通り「また明日」と彼女に笑いかける。

それは少年にとって何の疑いも無い、破られようの無い約束。

だが、少女は知っていた。


「ジン、ちょっと贈り物があるの」


その約束を守り続けることが出来なくなったことを。

「? 何これ、指輪?」

小さな手のひらに転がり込んだのは銀の指輪だった。


装飾は何も無く、鏡のように光を返した。

「内側を見てみて」

ソフィアに促され、指輪の内を覗き込む。


『ジンからソフィアへ』


彼に手渡された指輪にはそんな文字が刻まれていた。

ソフィアはさらにもう一つ指輪を取り出す。そちらには『ソフィアからジンへ』と刻まれていた。


「これは・・・・・?」

突然のプレゼントに驚くジン。

その様子を見て満足そうに微笑むソフィア。


「これはね、私達の友達の証」

そう言って手の内の指輪を掲げる。日の光を受けて輝く銀色。

「私達がこの世界のこの時代のこの場所で出会って友達になったっていう証よ」


「証・・・・・」

呟いて自分とソフィアの名を刻んだ指輪を眺める。

こんな物が無くてもソフィアへの思いは揺ぎ無いとも思ったが、確かな形があるのはなんとなく嬉しかった。


刻まれた文句通り互いの指輪を贈り合う。

それはささやかな儀式。

世界の片隅で交わされた二人の約束。



左手に嵌めた指輪にソフィアとの絆を感じながら丘を駆け下りるジン。

今度こそ見送るソフィアの微笑に、寂しげな影がさした。








息を切らして城に辿り着く。

途中何人かの兵士とすれ違った。

誰一人声の一つ寄越さなかったが、今日はそんなこと、気にもならなかった。


厨房でパンを失敬して自室へと歩を進める。


「小さくも愛しの我が部屋〜〜」


上機嫌で廊下を歩く。

いつも通りこのまま誰と出会うこともなく部屋へと到ったところで。


「遅かったな、ジン」

「・・・・・父上?」


部屋の前には数ヶ月まともに姿すら見掛けなかった父親が居た。


本来なら久しぶりに声を掛けられたことを喜ぶはずだったが。

薄笑いを浮かべて自分を見下ろす父親にどうしようもなく嫌な予感がした。

そして、その予感は、


「最近、丘の方によく行くそうじゃないか。何をしに行ってるんだ?」


最悪の形を以って現実のものとなった。


「えと、海を見に・・・・・」

白々しく誤魔化す。

だが、そんな拙い嘘は通じなかった。


「先日、お前が帰った後にあの魔女の元に使いを遣った。今すぐこの地から出て行けとな」

ジンの体が凍り付く。


国王の命令。

今日一緒に遊んだソフィア。

途中すれ違った兵士。


「結果、あの魔女めは図々しくも我らの地に留まりおった。あの使いは私なりの配慮だったのだ。

 ――――――無事に逃がしてやるとな」

「父上、どういうことです?」 


震える体を抑え付けて問いかける。

まさか、まさか、まさか、まさか、


「明日、魔女の処刑を行う」


まさ、か。


「父上ぇぇえぇぇ!!!」

血相を変えて飛び掛かるも側仕えの兵士に取り押さえられる。

「お前があの魔女と懇意にしていたことは知っている。まぁお前に釣られて姿を現したようだからな。その点については良くやったと言っておこう。明日の処刑には立ち合わせてやるから、それまで大人しくしているがいい。―――――連れて行け」


国王の合図で兵士がジンの体を引いていく。

必死に抗うが力の差は歴然としていた。

最後、全力で問いかける。

「何故、何故彼女を!?」

国王は忌々しそうに答えた。


「あの魔女は人間ではない、恐ろしい化け物だからだ」















ピチャン。


ジンは暗闇の中に蹲っていた。

明日まで勝手なことをしないように、地下牢に閉じ込められたのだ。

湿り、カビ独特の饐えた悪臭が鼻を衝く。


だが、そんなことはどうでもよかった。

彼の頭の中にあるのは唯一つ。


「どうして、どうしてソフィアが?」


分からない、分からないことが多すぎる。


―――人間ではないから。


ダン、と石畳を殴る。

そんなの理由にならない。第一、あんなに優しい彼女が化け物な訳がな―――――――


―――――――少し前、自分が人間ではなかったら?、と寂しげに微笑んだ彼女。


「ぐッ――――!!」

分からない解らないわからない判らないワカラナイ


それでも一つだけ気付いたこと。

「ソフィアは僕が助けないと―――」


でも、どうやって?まずこの地下牢から出ないと、どうやって?でもソフィアを助けないと――――





























どの位そうしていただろう。

疑問ばかりが巡り、全く機能しなくなっているジンに、

いつしか、傍らの闇が語り掛けてきた。


『貴方は何を悩んでいるの?』


「・・・・・・それは、」

何の疑問も抱かず受け入れるジン。

「どうすればソフィアを助けられるのか、分からないんだ」



闇は揺れるように蟠り、少年の焦燥を一笑した。

『何を言っているの?どうすればいいのかなんて、貴方が一番良く知っているのではなくて?』

言葉は耳朶を打つのではなく、直接彼の中に響く。


「僕が、良く知っている――――――?」

呟いた瞬間。




   赤  バラバラの 叫び 炎が 王  千の剣  苦しみ

 暗闇 閃光が身を焼き  原型を留めない 断末魔。

  憎しみ   星が堕ちる。紅蓮  崩れる  嘆き 恐怖を

  紅い 暗い 死が。 影とて 血  嗤い 白  怒り

 

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ



―――――――黒い、影が―――――――――――




「!? づッ、ぐぁ、あ――はぁ、は、ぁ」

今の、は―――!?


一瞬で流れ込んだ映像(イメージ)に耐え切れず、床に嘔吐する。

「う、ぐ・・・ぁ」


楽しそうな影の笑い声が響く。

『道は示したわ。後は貴方次第。ちゃんと、私の期待に応えてね』


遠のいていく声。

そして、牢の入り口が開いていることに気付く。


「―――――――、あ」

未だ朦朧とした頭を抱えて、ゆっくりと石段を上っていった。



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