第35幕 過去より/滅びた栄冠
小説家になろうよ、私は帰ってきた―――――!!(キャラ崩壊気味)
「・・・・・お話は大体解りました」
現在、シシリーの寝室にて正座中。
ベッドに腰掛けた彼女は、寝間着姿でむっつりと俺を見下ろしている。
獣憑きの後遺症はないようだ。
「私が何かの病気で、お兄さんが治して下さったんですね?」
「そうだ」
「しかしですね、お年頃の女の子の肌を気軽に、とゆーかあんな風に雑に扱うのは頂けないというか・・・・もっと雰囲気があってもいいんじゃないかと・・・・」
「雰囲気?」
「いえいえっ!なんでもないです!」
また顔を赤くしてばたばた手を振ると、咳払いをして居住まいを正した。
「そう言えば、一つ訊いていいですか?」
「あん?」
「ヨエルさんって、どなたです?」
不意打ち気味に飛び出したその名前に、思わず息を呑む。
「・・・・・どこでその名を?」
訊くと、何故か顔を赤らめながらシシリーは答えた。
「ほらあの、今朝お兄さんが寝ぼけたときに、私のことをヨエルって呼んだんですよ」
そうか。つい今朝方のことだというのに、酷く遠く昔の出来事に思える。
疲れ切った心が、堅い口の結び目を解く。
「ヨエルってのは、俺の大切な奴だった」
その曖昧な表現を、シシリーは敏感に察した。
「恋人さんですか?」
恋人、か。
そうかも知れない。
あまりにも特殊な状況ではあったが、俺は、確かに、あの子を、
「愛してたんですね」
「・・・・・っ」
――――それは、そうだったのか?
確かに、あの子を、愛していた。
愛していた?
あの感情は、愛だったのか?
俺はあの子を愛していた。
だが、その感情は果たして、本当に愛だったのか?
俺は、あの子を愛してやれたのか?
愛など知らない、最も遠い所にいる俺が。
――にさえ捨てられたこの俺が。
その不確かな感触が、信じていたもの、信じるべきものの在処を見失わせる。
「ふあぅ」
小さな欠伸が、迷走した思考を打ち切った。
口元に手を当てながら、眠たそうにシシリーが言った。
「ごめんなさい、引き留めちゃって」
悩む顔が疲れたように見えたのか、シシリーは心配そうに顔を覗き込んだ。
「お兄さんも、とても疲れた顔してますよ。もうお休みにしましょう」
そうして、せき立てられるようにシシリーの部屋を後にした。
手渡された灯りは点けず、暗い廊下を歩く。
難なく自室に辿り着くと、体は限界を訴えてベッドに倒れ込んだ。
漆黒大天は夢を見ない。
ならば、今こうして観ている世界は、人間が夢見ている観ている幻なのだろう。
山の頂上にある神殿の玉座で目を覚ますと、澄んだ歌声が耳を撫でた。
霞んだ目を凝らすと、島全体の景色の中で、少女が腕を広げて歌っていた。歌詞は聴こえず、ただ静かで優しい旋律が心を癒やす。
気配に気付いたのか、少女がこちらを振り返る。
逆光の所為だろうか、その顔はどうにも良く見えない。
「―――――」
少女が何事か叫びながら手を振る。
ここに来いということだろうか。
でも、駄目だ。
どうしても体が動かない。もう少し待ってくれ。もう少しで、立ち上がれるから。
「―――――」
やはり少女は何事かを訴えている。
だが、聴こえない。
しきりに手を振り、まるで迫る何かに怯えるように表情を変える。
行かなくては。
そう思うと、少しだけ指に力が籠もった。
ざらり。
握った玉座の感触に違和感を覚える。
いつの間にか、玉座には赤い錆が浮いていた。
玉座だけではない。神殿が、いや、景色全てがじわじわと錆に侵されていく。
少女が叫びながら手を伸ばす。
玉座を蹴って立ち上がる。
走る。
少女の体が端から錆に変わり、ざらざらと融けていく。
手を伸ばす。
指と指が触れようとした瞬間、遂に少女は錆に飲まれて消えた。
世界が錆色に変わっていく。
青空は赤く染まり、神殿の大理石の柱も朽ちていく。
木々は葉を落とし、世界は死に絶えた。
また、廃都に立ち尽くしていた。
響く歌と、周囲を取り囲む人型共の上げる怨嗟の声が、酷く耳に触る。
苛立ちに任せて、一息で木偶を斬り飛ばす。
消滅していく人型を眺めていると、視界の隅に白い姿が見えて、角に消えた。
「・・・・・・」
この世界に取り込まれた以上、ここのルールに従わなくてはならない。
それが、例え罠であっても。
そんな煩わしい思考を打ち切り、遠い幻覚を追いかけた。
歌と白い後ろ姿は、一つの扉の前で消えた。
虚ろな目で扉を見る。
今更何を臆する必要がある。
この世でただ一人の友を手に掛けたのだ。
例え何が飛び出てこようと、躊躇いなく始末出来るだろう。
扉の取っ手を掴む。
次は何だ。ラミエルか、あの子か。
何でもいい。
今はただ、気兼ねなく引き裂く敵が欲しい。
この傷を癒すには、何かの血を以て他にない―――――――
扉を開けた瞬間、取り巻く世界が姿を変える。
踏み出した足がついたのは、硬い罅割れた大理石の床。
そこは、見知らぬ王宮だった。/そこは、見知った王宮だった。
視線の先には玉座があり、 /ならばそこには玉座があり、
嘘のように何者かが佇んでいた。/当然のようにソレが君臨していた。
呆然と、ソレを見つめる。
身に纏った豪奢な衣装は色褪せ、頭髪は渇き縮れ、肌は青白く肉は削げ落ちている。
変わり果てたその姿。
だが、違えようがない。
知らず、鼓動が上がっていく。
違えようがない。
落ち窪んだ眼窩。
いつだって厳格な輝きを放っていた。
ソレの前では常に反抗心を挫く程の恐怖に晒され、出来る限り遠ざけようと逃げてばかりいた。
知らず、目が離せない。
何故?という疑問。/ああ、という納得。
衝撃の余り停止した頭のどこかで、必然だと過去が告げる。
知らず、呟いた。
「・・・・・・・父上」
ぐしゃ
鋭く飛来した巨大な鉄塊ごと、壁に叩き付けられる。
「・・・・・・が・・・は・・・・!!」
脇腹が骨ごと砕け、くすんだ壁に鮮血をぶちまける。
流れ出る魔力を感じながら、目だけは鉄塊を見ていた。
十字の形をした鉄塊は長い鎖に繋がれ、その先端はソレの腕に巻き付いている。
見覚えがある。
それはどこでだったか――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
偶然、父の部屋を通りがかったとき、その扉が開いていた。
好奇心に勝てず、覗き込んでみる。
「わあ・・・・」
見たこともない数々の品。
そのまま這入り、物色した。
その中の一つ。
壁に立てかけれた碇。
あれは確か、父が海を荒らしていた海賊を征伐した折、街の港の野郎衆が感謝して贈ってきたものだ。
あまり感情を表さない父は珍しく、『こんなもの、どこに置けばいいのだ』と少し悩んでから、結局自分の部屋に置いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
直撃した碇が血の跡を残しながら引きずられていくのを、目だけが追っていく。
碇は長い鎖に巻き取られると、骨の浮いた腕が掴み上げた。
父の亡霊は、感情の無い貌で排除対象を見る。
息が詰まる。
何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故。
理解出来ない。
この手の震えが、瞠目が、白くなった思考が。
傷はとうに癒えている。
動こうと思えば動けるのに、手足が萎えて言うことを聞かない。
「・・・・・!!」
振りかぶられた細い腕が、信じられない力で鉄塊を撃ち出したのを目視する。
身を捻って転がり、危ういところで碇を回避する。
碇は再び壁を穿ち、地震の如き振動と瓦礫の雨をもたらした。
為す術もない。
為す術もないまま、丸まり転がり、いつかのように逃避する。
否、逃避することさえ許されなかった。
何処まで逃げても、必ずあの目が逃がさない。
ミトメナイ
心の臓、いや心を鷲掴みにされるような恐怖。
ニガサナイ
立ち向かうだけで足が竦むような恐怖。
ユルサナイ
汗が噴き出し、心拍も呼吸も無限に上がっていく。
コロシテヤル
無間の闇を越えてなお追いかけて来る恐怖。
何故。何故。
何――――――――
・・・・・・・・・・そうか。
呼吸が止まる。
体中に心音が響く。
無間の闇の向こう。
まだ真っ当だった頃の自分。
そうだ。
初めて―――――
そう、初めて―――――
「―――――俺が初めて殺した人は、父上、あんただったんだ」
あの世界が燃えるような激昂の中、視界の端でどうでもいい藁くずのように消し飛んでいったその姿を、かつての彼は覚えていた。
もしかしたら、それがかつてと今の彼を繋ぐ、唯一の傷だったのかも知れない。
その彼が今、恐怖に駆られた彼に握り潰される。
「あぁ・・・あああああああああああああああああ!!!!」
殺さなければ。
認める為に。
殺さなければ。
逃げる為に。
殺さなければ。
赦す為に。
殺さなければ。
生きる為に。
四肢が燃えていく。
黒天と成ってから、只の一度も恐怖から殺意を持ったことは無かった。
怒りや憎しみはあっても、恐怖だけは抱いたことは無かった。
本物の殺意。
『殺さなければ生きていられない』という殺意が、最後の矜持を砕く。
「アアアアアアアアアァァァ!!!!!」
両目に業火が灯り、手を足を黒い鎧が覆っていく。
爆ぜる。
絶叫を迸らせながら、燃える足で虚空を駆ける。
一瞬で距離を詰めると、咆哮を上げながら腕を突き出した。
生々しい、肉を貫く感触。
同時に、鏡が割れるように世界が暗転した。
暗闇の中、幼い少年が泣き声を上げている。
『何故!?何故、僕を愛して下さらないのですか!?』
背中を向けた初老の男は、視線さえ向けずに返答した。
『・・・・・お前は、愛を知らないからだ』
「違う!俺は愛を知っている!!」
叫ぶ。
「俺は確かにあの子を愛した!!愛したんだ!!」
老人が振り向く。
その顔には貌がなく、のっぺりとした闇が張り付いていた。
『それが愛だとでも言うのか』
ごきぐきと歪にカタチを変えながら、ソレが覆い被さる。
『その者の最期を思い出すがいい!誰が殺した!誰が死なせた!』
「あ・・・あああ」
影が責める。
お前が殺した。お前が死なせたと。
『よくも軽々しく愛などと!何者かを死なせることしか能の無い貴様には、そのような資格は一片たりとも在りはしない!!』
「やめろ・・・やめてくれ・・・・・」
がっしり掴む腕が、目を逸すことを許さない。
暗い闇は心を映す。
擦り切れ、崩れ落ちる寸前の己の姿が見えた。
おーけーみんな。言いたいことはよく分かる。
「お前サイレント・ヒルやっただろ?」だろ?
そうさ、その通りだ。
一見ゼロのようだがしっかりシャッターも盛り込まれてる。でもやっぱりゼロだな。
だが信じてくれ。構想自体は静岡行く前から出来てたんだ。
ただ少しS.HとかP.Eが面白すぎただけで。『緑の王』知ってる人、是非友達になってくれ。
受験?・・・・今、死刑宣告待ちだよ。