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The prayers  作者: 星うさぎ
38/44

第34幕 虎狼二門/獣憑き

ぼんやりと、満天の星空を見上げる。

次いで屋根の上から見下ろすと、爆発した平屋はまだ煙を上げていた。

前回は気付かなかったが、異世界に取り込まれている間はほとんど時間が経たないらしい。


「・・・・・帰ろう」


麻痺した頭で、それだけ思考した。






外傷はないが、満身創痍の体に鞭を打って歩く。

夜闇の中にいれば、ある程度の自己回復が望める。

宿。あそこに戻るまでには、もう少しマシにしておかなければ。・・・・・何のために?


「オイ、兄ちゃん」


肩を叩かれて振り向くと、同時に強烈な拳が俺を殴り飛ばした。

無抵抗で地面に転がり、起き上がると、数人の男たちが見下ろしていた。

「アンタ、オレの部下をよくもやってくれたなァ。覚悟は出来てンだろうなァ!!」

男が何事かがなり立てている。

何のことを言っているのかも分からない。どうでもいい。

殴られた箇所が痛む。それも些末なことだ。


俺は今、とんでもなく機嫌が悪いんだ。


対象を見つけることが出来ず、漠然と蟠っていた思いが、そう、彼すら理解していなかった感情が、この出来事によって別のものにすり替えられた。


ゆらりと立ち上がった彼に、男たちが怯む。

「何だァ!やんのかコラァ!」


消えてしまえ。


そう呪いを込めて、片手で男を指し示したとき。



「マスター。二秒お待ち下さい」



夜の街に突然、炎の風が吹き荒れた。

瞬く間に男たちを飲み込んだ炎は、二度三度と逆巻いてから弾けた。


再び、街に夜の静けさが戻る。

しかし、一瞬前まで存在していた男たちの姿は、もうどこにもなかった。


代わって闇の中から現れたのは、二つの影だった。 


一つは、足元まで溢れた髪に、大人びた鋭利な風貌を持つ少女。

もう一つは、セミショートの髪に、まだあどけなさの残る顔立ちを持つ少女。

どちらも闇に融けるような漆黒の髪に、燃えるような赤いメッシュが入っている。更に、どちらもディティールは異なるが黒い衣服を纏っていた。


少女二人はジンの傍に歩み寄ると、その足元に跪いた。

長髪の少女とセミショートの少女が口を開く。 

「漆黒大天が僕、炎狼、馳せ参じました」

「同じく僕、炎虎、馳せ参じました」


『僕』。『世界』の使いたる有色魂者カラーズが、その活動をよりスムーズに行うために補佐をする存在。

ジンの僕は、目の前の少女たちだった。


「ご主人様―――!!」

炎虎と名乗った少女は叫ぶと、飛び上がって彼の首に抱き付いた。

「ホント久しぶりですね―!フォルは寂しかったです!」

ジンは首にかじりついた少女をはぎ取ると、地面に投げ捨てた。

次に、炎狼と名乗った少女が進み出ると、静かに一礼してから口を開いた。

「お久しぶりでございます。マスター」

「何をしに来た」

ジンは無表情で問う。

「は。『御前様』より、マスターの助力をすべしと下知を受けました」

そんな正当な理由を聞いても、彼の顔から固さが抜けることはなかった。

「お前たちには島の管理を命じていたはずだ。そちらはどうしている」

「はい。《銀詩》様のご報告では、マスターは窮地にあると伺いまして、速やかに指令に従ったのです」

「そうだよー。ヒンテ姉なんて、心配のあまり血相変えて飛んできたんだよー」

「・・・・・っ!!余計なことを言うな!」

炎狼は頬を染めて短く叱咤すると、咳払いをしてからジンに向き直った。

「聞けば、相手は空間魔法使いとのこと。細かい座標計算などは私の得意分野です。必ずやお役に立ってみせましょう」

「フォルも頑張りま~す!」



「・・・・・必要ない」



「え?」

彼女らは、街の闇が一層密度を上げたのを感じた。

主の二つの紅い輝きは遠く感じるのに、その気配は粘着くように背後にある気がする。

二人は漆黒大天の僕ということで、ある程度は彼の権能、つまり闇を味方に付ける方法を持っている。

しかし、今彼女らは闇に恐怖した。

夜の闇の中で揺れる、なお昏い影。

この暗闇の世界において、闇が敵に回れば彼女らに味方するものはいない。

「・・・・・・!!」

殺意も何もかもがない交ぜになった感情の波に耐える。

一瞬のうちに喰われるという、予感と確信と諦めの後、圧倒する威圧感が消えた。

「お前たちの助力はいらない。島での待機を命じる」

全身汗をかきながら、炎狼と炎虎は頷いた。

主人の危うさに気付きながらも、それを知らせてやることが出来ない。

今は退くしかない。そう考えて、二人は別れの言葉を口にして、炎を纏って消えた。






「・・・・・はぁ」

溜め息を吐いて、また足を止めた。

ようやく宿の傍まで来た。

こんな時間にふらふらしていたんだ。せめて怪しまれないように身なりだけは・・・・いや、窓を開け放してあるはず。そこから入ればいい。

そんな、普段なら有り得ない思考をしていると。


獣の、匂いがした。


誰もいない道の真ん中。

嗅ぎ慣れた、しかし街中ではまずしない匂い。

いや、最近そんな違和感を感じたか。

それは―――――

道脇の建物の影から、何者かがふらりと現れる。

「・・・・・シシリー?」

間違いなく彼女だった。

だが、今や波打つ栗毛はくしゃくしゃに乱れ、目は充血し、月明かりの下ということを差し引いても、その肌は青白く生気を失っていた。

尋常ではないシシリーの様子に驚き、思わず声をかけようとしたとき、さらなる異常に気付いた。


先程から漂う人ならざる匂いは、彼女から発せられていた。


「シシリー!お前・・・・!!」

その異常を看破した瞬間、シシリーが跳ね上がり、猛烈な勢いで飛びついてきた。

「ァァァアアアアアアアア!!」

迸る絶叫は人間のものではない。

疲労と驚愕に、ほんの少し反応が遅れた。

「・・・・・!!」

初めの突撃を避ける。

勢い余ったシシリーはそのまま壁を蹴ると、反対の家屋に飛び移った。

明らかに、普段の彼女の運動能力を超えている。


「ァアアアア・・・・・」


獣のように四足で身構えると、再びシシリーは飛び出した。

「くッ・・・・!」

どうする!?どうすれば―――――!?

しかし、何をどうする間もなく、シシリーの手を躱してその腹を突いてしまった。

「・・・・ッ!!」

シシリーは一度だけ息を飲むと、意識を失って倒れ込んだ。

慌てて受け止め、反射的に攻撃してしまったことによる怪我を危惧したが、幸いにして骨にも内臓にも異常はなかった。

困惑した面持ちで、表情を無くして目を閉じているシシリーの顔を眺める。

「これは、まさか・・・・ッ!?」

足音と共に、ランタンの灯りが目に入る。

念の為に臨戦態勢をとると、来訪者の様子を窺った。

だが、そんな必要はなかった。

「に、兄ちゃん!何やってんだい!?」

やってきたのは、宿屋の親父だった。




宿屋の二人曰わく、シシリーはずっと顔色が悪く、深夜は女将が様子を見ていたらしい。

すると、一時間ほど前に突然暴れ出し、宿を飛び出したのだという。

それを捜しに来た親父と鉢合わせたという訳だ。


「―――――さて」

現在、一階の厨房奥にある夫婦の寝室。

まだ目覚めないシシリーは、猿ぐつわを噛ませてベッドに縛り付けている。

親父が不安そうに尋ねる。

「やっぱり、悪魔祓いを呼んだ方がいいのかね?」

「いや、たぶん大丈夫だ」

この考えの通りならば。恐らく。

「あんた!シリーが!」

お女将が叫ぶ。

シシリーは目を覚ますなり唸りだし、自身を縛る縄を引き千切ろうともがいた。

並みの人間では不可能なはずだが、ベッドの支柱は軋みを上げて、今にも罅割れそうだ。

「始める。――――しっかり押さえていてくれ」

二人がシシリーの体を押さえるのを確かめてから、そっと傍らに歩み寄る。

シシリーは脅威を感じ取ったのか、必死に手足をばたつかせた。

くぐもった叫びを上げながら、赤い目が恐怖を訴える。

「失礼」

短く断ってから、シシリーの服の胸元を引き裂く。

「兄ちゃん!?」

露わになった白い肌を見た親父が騒ぐが、無視する。

手を当てて、正確に心臓の位置を確かめる。

異物感。間違いない。

口元をシシリーの胸に寄せる。

そして、脈打つ心臓の上で歯を噛み合わせた。

「・・・・・・ッ!!」

がくがくと痙攣するシシリー。

さらに親父が慌てる。

が、どちらも構わずソレを引きずり出した。

『ギギィイイイイ!!』

ソレは、青白い猫のような姿をしていた。

凶悪な面を歪ませて、じたばたと死の牙から逃れようとしている。

躊躇わずにソレを喰い殺すと、驚きすぎて白くなっている夫婦に言った。

「動物霊だ。あんたの娘に取り憑いて、いわゆる獣憑きにしていた。もう大丈夫だ」

しばらくしてようやく理解が及んだのか、女将が素っ頓狂な声を上げた。

「なんで、シリーがそんなモノに!?」

理由は思い当たる。が、一般人の不安を煽っても仕方ないので、ここは理由は伏せておく。

「解らん。病みたいなものだ。そう気にしないほうがいい」


闇を刃にしてシシリーを縛っている縄を切断すると、懐から取り出した(ように見せかけて闇で造った)首飾りを、一つずつ夫婦に手渡す。

「それを付けていれば大丈夫だ」


「・・・・・兄ちゃん、何モンだい・・・?」

「―――――魔法使いだ」


そして、もう一つ首飾りを造ると、横たわっているシシリーにかけてやろうと振り向き、

「・・・・・・・・・・?」

上半身を起こして、不思議そうに辺りを見回している彼女と目があった。

シシリーはぼんやりとした目つきで俺を眺めた後、ゆっくりと自分の体を見下ろし、破れた服から覗く、決して小さいとは言えない白い双丘を目に留めた。

「・・・・・・・・・・・っ!!!?」

シシリーの目に生気が戻り、見る間に顔が赤く染まっていく。

「待て、これは違」

咄嗟に、超高速でどうフォローするかを計算したが。


「―――――――――――いやぁああああああああ!!!!」 


間に合うはずもなく、彼女の全力の拳が顔面を直撃した。




・・・・・・もう、駄目かも知れん。

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