表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The prayers  作者: 星うさぎ
37/44

第33幕 異世界/最良の友

目の前の廃屋は、外見からして一階立ての平屋だった。


平屋の中に入ると、そこは外見通りの廃墟だった。

ぼろぼろの壁に朽ちかけた床板。人がいた形跡もなく、文句のつけようのない廃墟だ。

「んー?確かに結界の探査に掛かったはずなんだが・・・・」

他の部屋にも何もない。

魔力の残滓もないし、完全に不発だったか。

「仕方ない。もう一度やり直すか・・・・」

そう言って立ち去ろうとして、


「―――――――――なんてな」


何もない空間に、拳を打ち付ける。

鏡を割るような音と共に世界が砕け、景色が一変した。

「・・・・・ふむ」

廃墟に変わって現れたのは、どこかの洋風な部屋だった。

こちらには、まだ人間がいた跡が色濃く残っている。

「・・・・・体温が残っているな」

どうやら、俺の『眼』に捕まったことに気付き、慌てて逃げていったらしい。

部屋には、大仰な机、燭台など雑多な家具諸々。

こんなところになければ、至って何でもないものだ。

『空間魔法』。連続しない空間の壁を壊し、元ある空間と空間を繋ぎ合わせる魔法。

細かい座標計算や、壁を壊すのにかなりの力を要するため、人間にとっては上級の魔法に位置する。

しかし、これはその更に上位。空間の狭間に別の空間を作り出す、擬似的な異界を創造する業だった。


机の丸めた紙の束や、本などの資料は、ほぼ全て空間魔法、そして時間に関係するものだった。

誰のものかは解らないが、どのような人物かは想像がついた。

つまりは、どんな人間をも虜にする幻想に取り憑かれているのだ。人種、貴賤、あらゆる格差を超えて人々に夢想されるそれらは、ある意味、概念破り(コンセプトブレイカー)を名乗る我々と等しく、この世界に君臨するモノなのかも知れない。


「だとしたら、間違いなく敵だな」


とにかく、例の異界についての情報はなかった。

あれがどのようなものであれ、相手を捕まえなければならない。

この空間が魔法使いの工房ならば、もっと情報があるだろう。

そう考えて、部屋の扉に手をかけ、開けた。


その部屋は、どうやら図書館のようだった。

だが、それを詳しく解析する前に、部屋の奥に置かれたものに意識が集中した。

それは、柱時計だった。なぜそんなものに注意が向いたのか、理解出来なかった。しかし、第六感が危機を告げていた。

そして、その針がちょうど十二時を指した瞬間、溢れ出した白い光の洪水が、俺の視界を埋め尽くした。




ドン!


爆発が起こる瞬間に異空間を飛び出し、平屋を抜け、近くの建物の屋上に降り立った。

「ちくしょう、やりやがったな!」

仮面を外して下に叩き付ける。

あの時、刹那の内に判断を下し、魔眼の加速を使わなければ、空間の狭間に落ちていたかも知れない。

自分の工房を犠牲にしてでも俺を消そうとした、相手の魔法使いの罠だ。

「・・・・・いや、まだ振り出しに戻っちゃいない」

そうだ。相手が空間魔法を使うのならば、この街のどこかに引き籠もっているはず。

少々面倒だが、空間の歪みを洗い出すことは不可能ではない。

「よし。奴の匂いを追うぞ。――――――!!」



ごーん ごーん ごーん



鐘が、鳴った。

「・・・・ぐ、くっ・・・・」

抗う間もなく、俺の意識はノイズに飲み込まれた。






相変わらず、異世界は俺の記憶をごちゃ混ぜにしたような景色だった。

赤錆びた街並みを見ていると、腹の底から吐き気がせり上がってくる。


・・・・・・そうか。

この異世界は『世界』から切り離されているため、『世界』から力を与えられている自分は、相応のストレスを感じるのだ。

「なんだ。『世界』の外でも存在できるのな」

そんな発見に浸る暇もなく、また不気味な人型に取り囲まれた。

何事かをぶつぶつと呟いているのか、幾つもの音が波となって押し寄せる。

「耳障りだ。――――――我は(イヒ)その身を(イア)削り喰らう(ケルヴァ)者なり(ラオベン)


ぞぶ


不快な湿った音が響く。

一様に上半身を無くした人型たちが、ばたばたと倒れて塵に変わっていく。

「・・・・・まず」

さて。これからどうしたものか。

順当に考えれば、この世界に敵は潜んでいるだろう。

妙にのどが渇く。

出来るだけ早く用事を済まそう。




歩けど歩けど、赤錆びた景色が続く。

途中何度か、例の人型に襲われたが、難なく撃退できた。

変化を期待して屋内に入ってみるが、外観同様に、気が滅入るような赤錆があっただけだ。

そして、それ以上に俺を苛む記憶の群れ。

何かに意識を向ける度に、脳裏に過去がフラッシュバックする。


軋むような頭痛を引きずりながら、街を徘徊する。

歪な人型を始末するのにも飽きてきた頃、遠く、何かが聞こえてきた。



―――――、―――、――――。



これは、歌?

幽かな音律を頼りに、方向すら覚束ない街の奥に分け入った。




少しだけ、懐かしい気がした。


足は歌に急かされるまでもなく、自然と角を曲がり、道を辿る。

恐らく、この辺りは俺の古い記憶を元に作られているのだろう。


目を閉じれば、活気に満ちた街の様子が蘇る。

賑やかな人の群れ。

品を売り込む商人、値切りを交渉する客、楽しそうに走り回る子供たち。

その中で、彼の周りに人がいたことはなかった。

それでも、彼は独りではなかった。



歌と記憶に導かれるように、足は歩みを止めようとしない。

気のせいか、歌は徐々にその音色を明瞭にしている。

強く。より強く。


「・・・・くそ、何だこれ」

音色はノイズのように思考を侵す。

それでも歩みは止まらない。

頭痛と、そして記憶がさらに目を眩ませる。

歌は、より強く。

角を曲がる、曲がる、曲がる曲がる曲がる曲がる。

その幾度目とも知れぬ角を曲がったとき。




歌が、止んだ。




「・・・・・・はっ、はっ、はっ――――――あ」

錆びた建物と建物の間。

人一人がやっと通れるような隙間。


いつも、そこにいた。



その奥に、小さな空間があることを知っている。

人々から逃れるように辿り着いたその場所で、彼に出会った。


ずきん。

「・・・・・っ!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


いつも、そこにいた。

訪れるときは気兼ねなく、ただ何か手土産を持って。


今日も路地裏にやってきた。

少年の来訪を察知したか、手土産の匂いに反応したのか、彼の友人は既に狭い空間に待機していた。


「や■、ミア。■気に■■たか■?」


ミア。その鳴き声から名前を付けた一匹の黒猫が、元気に返事した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「・・・・・そうだ。そうだった」

いつの間にか頭痛は和らいでいた。知らず、口元が綻ぶ。

捨てられた子供と捨てられた猫は、人々から捨てられた場所で出会い、ずっと一緒に過ごした。ある日、猫の寿命が尽きるまで。

ここはその、思い出の場所。

良いことなんてまるでなかった記憶の中にも、まだ温かな幸せが残っていた。

それが嬉しくて、しばらくの間、記憶の名残を抱き締めていた。

「じゃあな、ミア」

そう呟いて、路地裏から立ち去った。



狭い隙間を進む。

子供の頃は楽々通れた道も、この体では一苦労だ。

ようやく抜け、これからどうしようかと思案していると。



――――――――――ミア。



ぞくん!!

背筋が凍りついたような悪寒が、自身の危機を告げる。

逃げなければいけない。なのに、足が動かない。


背後に気配を感じた瞬間、意を決して振り返る。

隙間の闇から、黒い何かが迸る。

間一髪身を躱す。

「・・・・ッ!」

その何かを避けきれなかった肩が、まるで引き裂かれたように傷つく。

切れたどころか骨まで砕けているようだが、そんな痛みよりも、再び激しさを増した頭痛に視界が歪む。


だから、目の前のソレも、歪みが生み出した幻であって欲しかった。


地に着いた四つ脚、尖った耳、ピンと跳ねた髭、短めの黒い体毛、長い尻尾は、間違いなく猫の特徴。

だが、その大きさは常軌を逸していた。

肩までの高さが俺の背丈を越える巨大な猫が、血走った紅い眼を向けて唸った。


ぼたぼたと滴る涎を撒き散らし、化け物が疾走する。

またぎりぎりでかわし、今度こそ名前を呼ぶ。

「ミア!俺だ!分からないのか!?」

化け猫は、やはり紅い眼でこちらを凝視すると、地の底から響くような狂気に満ちた咆哮を上げた。

低く、確実に獲物を仕留めんと跳躍したミアを、俺は避けることが出来ない。

今やライオン以上の猛獣と化したミアの爪が、軽々と俺の体を肩口から袈裟に切り裂く。

「・・・・ぐ、あああ!!」

ミア。たった一人の友達。

裂かれた体から、血と共に記憶が溢れ出る。


辛いとき、寂しかったとき、いつも傍にいてくれた。

何も語らず、けれど確かな存在感で励ましてくれた。


その友を、殺さなければならない。

否、そもそも生きてさえいないモノ。だからそんな感傷は必要ない―――――――――


馬鹿な。


どれだけ変わり果てようと、黒猫は彼にとって大切な存在だった。

それこそ、こうして記憶の世界でまみえるほどに。


ミアが吼える。

「・・・・・!!」

突進するミアに完全に反応し損なって、見事に右腕を喰い千切られた。

錆びた砂を散らしながら転がる。

「・・・・・はっ、はっ、はっ」

全身の傷の治療にかなりの魔力を消費したが、少し血の気が引いたことで恐慌状態からは立ち直れた。


アレはミアだ。

だから、殺してやる。


俺の記憶が創ったものだろうが何だろうが、そんなことは関係ない。

俺に出来ることは、殺してやる以外にない。

一度死んだミアを、今度こそ弔ってやる。

それが、この子にとっての救いだと信じて。


静かな決意を感じ取ったのか、ミアが毛を逆立て、低く唸る。

「来い、ミア。終わりにしよう」

魔の紅を瞳に宿し、ミアを見つめる。

魔猫が四肢を張り、猛烈な勢いで飛び出す。

絶叫しながら鋭い殺意を発するミアに心の中で詫びると、静かに腕を挙げる。

「――――――葬天ソウテン

黒猫が迫る。鋭い牙が打ち鳴らされ、荒い息が洩れている。その姿に、かつての面影は微塵も残っていない。

もう、あの頃に戻れないのなら。


俺は、お前を越えて行く。


「――――――非想紅ヒソウクレナイ

腕を振り下ろす。

次の瞬間、ミアの巨躯が炎に包まれる。

外ではなく、負の感情を燃料に内から燃え上がる火焔は、相手が彼を強く憎むほど、より火力を増してその身を攻め苛む。

業火が醒めた後には、炭しか残っていないはずだった。


だが、ミアはまだ動いていた。

焦げた脚を引きずり、漆黒の怪物が近づいてくる。

すぐ目の前に顔を突き出したとき、思わず身構えてしまった。

しかしその眼には、もう一片の殺意も狂気もありはしなかった。

ただ甘えるように。

穏やかに頭を俺の体に擦り付けると、


――――――――――ミア。


か細く一声鳴いて、俺の頬を舐めた。

「・・・・!」

俺は頭痛も忘れて、ミアの顔を掻き抱いた。

「ごめん・・・・ごめんよ、ミア・・・!!」

ミアは満足そうに目を細め、ごろごろと唸ると、みるみる塵に変わって、その輪郭を無くしていった。


「・・・・・・あ」

崩れた黒猫の体から、何かが地面に落ちた。

それを拾い上げる。

それは―――――――――ーー―


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「■ア、お■で!」

そう呼ぶと、黒猫は食べかけの魚を置いて、少年の元に寄っていった。

「ちょっと動かないでね」

彼はポケットから細い皮の紐を取り出すと、黒猫の首に軽く結びつけた。

その紐は、彼がなけなしの小遣いで街の道具屋から買ったものだった。

彼はそれを結び、黒猫の首輪にした。

それは、少年なりの黒猫との絆の証だった。

「ずっ■■緒だ■、ミア」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ