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The prayers  作者: 星うさぎ
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第30幕 探索/シシリー



「お兄さん、外国から来たのかい?」


金銭感覚を調整しようと訪れた両替商で、開口一番にそう言われた。


銅貨百枚で銀貨一枚。銀貨千枚で金貨一枚。

先程買ったパンは、大体銅貨一枚程度らしい。

と、言うことは。

(・・・・・酒場とパン屋、幸せになってくれ・・・・)

心の中で詫びながら、両替商に礼を言って街中に出た。



少し歩くと、広場に行き当たった。

露店やら見せ物やらで大変賑やかだ。

手頃なベンチを見つけて、腰をかける。

「・・・・・・ふう」

短く息を吐いて、目を閉じる。


「・・・・・接続(アクセス)・・・『万象の綴り手』」


忽ち意識は世界の中心まで吹っ飛び、光の渦に巻き込まれた。

およそあらゆる事象を記録している『万象の綴り手』は、有色魂者(カラーズ)が調べ事をする際には大変重宝する。

但し、莫大すぎる情報を管理するのは『銀詩』なので、彼が過労死しない程度にしか整理されないため、必ずしも求める情報が手には入るとは限らない。


「――――――――見つけた」


街の名前は『クラーゲンドルフ』。比較的豊かな街で、周辺諸国の貿易の中心地と言える。

などなど、必要そうな情報を収集し、接続を切る。

「やはり、綴り手も異変については把握してないか。まあ、処理が追いつかないのかも知れないが、と」

見れば、手のひらがぐっしょりと汗ばんでいる。

魔眼の起動、及び接続は出来る限り控えた方がいいか。


「さて」

立ち上がって大きく体を伸ばす。

より確かな情報は、自分の足で稼がなければならない。



・・・・・・・・・ザ・・・・・・・



一瞬、赤銅色の廃墟が視えた。

「――――――な」

が、一呼吸の間に景色は戻っていた。

(何だ!?)

咄嗟に周辺を魔力走査にかけたが、何の反応も検出出来なかった。

(錯覚・・・?いや、それにしては・・・・)

釈然としない思いを抱えながらも、悩んでも仕方がないので歩き出した。






この街でやらなければならないのは、今ここでどのような異変が起こっているかを確認すること。

それが、『世界』に害を及ぼすのならば処断し、そうでないのなら独断と偏見で潰すなり放置するなりすれば良い。

なので、調査の要点となる場所を見に行く。


町の出入り口の関所で、面倒事が起こらないうちに身分証を作らせる(もちろん幻術を使って)。

そのまま外に出て、それを見つけた。


半分苔蒸したような巨大な岩が、どすんと鎮座している。

これは要石と言って、一定範囲内―――――特に街や集落など―――――の地脈、星の力の流れを整え、常に古い気を排出し、新しい流れを呼び込むという、古来から伝わるまじないの一つだ。

これが正しく配置されていれば、街の安全は保証されたようなものなのだが―――――――――


「やはり、な」


ものの見事にずらされている。

古い気を流すどころか、出口を塞いであらゆる力を逃がさないようにしている。これでは障気が溜まって大変な事になってしまう。

「やれやれ」

そう呟いて、石に触れようとしたとき。


『グルルルルル!!』


岩影から、白く半透明なモノが現れた。

それは、痩せこけた犬のような形をしている。

「・・・・動物霊か」

犬は凶暴に唸ると、牙を剥いて飛びかかった。

「邪魔だ」

軽く手を振り、犬の頭を弾く。

『ギャワン!』

それだけで犬の霊は霧散して消えた。

「・・・・ふむ」

要石を守るための番犬か。

霊とは、いわば魂の残り滓に生き物の自我が焼き付いたようなもので、多少の精神力があれば何の害もないのだが、並みの人間相手なら厄介な存在となる。なので、うっかり石に近付いた人間を脅かす程度ならば、この上ない適任だろう。


「・・・・・さて」


改めて要石に手を置く。地脈に干渉し、歪んだ流れを正してやる。

これで問題は一つ片付いた。この件の見通しも付いてきた。

要石に細工をしたのは、魔法への深い造詣がある人間。あとは、そいつを見付けて始末するだけだ。


本当に、人間という生き物は罪深い。

自分の欲の為に街一つを壊すつもりなのだ。

「あーあ。バケモン相手にしてた方が、気が楽でいいのになあ」








日が傾き、露天商たちも店を畳み始めると、途端に街は静まり返る・・・・・ことはなかった。

そこかしこで酒場が活気付き、賑やかな夜の一面が現れる。その一日を真面目に働いた者たちの、ほんの一時の憩いの時間が始まったのだ。


結局、今日は決定打となる情報を得ることは出来なかった。

気長に行こう。そう決めて、最後に街を俯瞰するために時計塔を目指す。と。


騒ぎがする。

街の賑やかな喧騒に混じって、明確な悪意が匂う。

原因は、揉め事のようだった。

酒場の前で、見覚えある娘がもう一人の図体のでかい男と対峙している。娘の後ろには、頭から血を流している親父の姿があった。

男が一方的に怒鳴り散らしているが、よくある光景だ。興味も薄れて歩き出す。

そのとき、どこからともなく酒瓶が飛んできた。

そして、強烈な回転をかけながら飛来するそれを難無く指先で捕らえると、全くの条件反射で投げ返した。

「―――――――――――あ」

気付いたときには、確かな手応えと共に大男がひっくり返った。

一瞬、その場が静まり返る。


わあっ!!

次いで、やんややんやの大喝采。

仕方がないので、片手を挙げて応える。

「あーはいはい、どーも・・・・・ん?」

取り囲むように立ちふさがる柄の悪い男たち。大男の取り巻きらしい。その数四人。

「あんらられってんだ!ああん!?てンまめれっんされら!!?」

翻訳できない言語でまくし立てる男。

更に仕方ないので、通用するであろう意思疎通手段を使うことにした。


笑顔で中指を突き立てる。

果たして、青筋を浮かべた男たちは、喚き散らしながら飛びかかってきた。


「・・・・・やれやれ」

観衆には、ただ両手を肩の高さまで上げただけにしか見えなかっただろう。

しかしその実、目にも留まらぬ超高速で拳を振るった。

「ぐはっ!」

四人の男たちが一斉に吹っ飛ぶ。一人につき一打で事は済んだが、ある程度の性能確認はできた。

反射神経、問題なし。握力も左右ともに人間レベル。手加減もばっちり。

おっと、それともう一つ―――――――――


「死ねぇッ!!」


起き上がった大男が、不用心に向けられた背中にナイフを振り翳す。

「お兄さん!」

娘が悲鳴を上げが、ナイフは非情にも哀れな青年に突き立てられる、はずはなかった。

ガキン!

有り得ない金属音を立てて、ナイフが弾かれる。

「耐久力、問題なしと」

呆気に取られている大男を引き倒して、強引に視線を合わせる。

「――――――――二度と、俺の前に現れるな」

男が発狂しない程度に狂気の影を魔眼に宿し、睨み付ける。

「ひっ、ひぃぃいいいいい!!」

転けつ転びつ逃げていく男に続いて、取り巻き連中も後を追う。

一件落着か。

さて。


「お兄さん!ありがとうございました!」

「む?」


酒場の娘が感極まった顔でこちらを見つめている。そして、親父も声を上げた。

「あー!今朝の兄ちゃんじゃないか」

「お兄さん!今夜の宿決まってる?」

「いや・・・まだだが」

「じゃあ、うちに泊まってってよ!」

「おう、それがいい!」

そのまま、あれよあれよと扉に押し込まれる。

そのあまりの勢いに、為す術なく従うしかなかった。





大した傷ではなかった親父は、宿代について色々言っていたが、取り敢えず握らせておいた。

これから何か起こったとき、少しでも騒がれたら金をちらつかせればいい。たいていの人間は、金で動いてくれる便利な生き物だ。


暴れていた連中はただの酔っぱらいで、喧嘩っ早いスタンレイ―――親父の名前だ―――が売り言葉に買い言葉とばかりに殴り合いを始めちゃってホントいい年なのに・・・・とは、親父の頭に包帯を巻くおかみさんの談。

「うるせぇぞリジー!おいシシリー!兄ちゃんを案内してやれ!」

はーい、とのんびりとした声が聞こえ、店の方から少女がやって来た。

「もー、父さんも元気なら店に戻ってよー」

頭から血を流していた父を駆り出す娘。

「おう。どれどれ」

立ち上がる親父。逞しいことだ。


「じゃあ、お兄さん、付いて来て」




案内された二階の一室。

そこは、今朝まで俺が使っていた部屋だった。

「お兄さん、この街には何しに来たの?」

部屋を簡単に片付けながら、少女が尋ねる。

「探し物だ」

「ふーん。じゃ、探し物が見つかるまでずっとうちに居ていいからね。・・・・父さんから聞いたときは驚いちゃった。お兄さん、お金持ちなんだねぇ」


片付けが終わると、少女は人懐こい笑顔を浮かべて言った。

「私はシシリー。何かあったら私に申しつけて下さい。お兄さん、お名前は?」

「ジンだ。好きに呼んでくれ」





少女が居なくなると、灯りを消してベッドに横たわり、今日の出来事を整理した。

明日は、より広く街を見て回ろう。

獲物は必ずこの街にいる。

如何に巧妙に隠れようと、迅速に見つけ出してやる。


右手を伸ばすと、嵌められた銀の指輪が煌めいた。

その意味に想い、唇を噛み締める。

あの子のことを考えないように、考える隙も作らないように走り続けた。

少しでも揺らげば、悲しみと怒りで全てを壊してしまいそうで、その狂気が怖かった。


駄目だ。目の前の敵に集中しなければ/もう二度と触れられないのだ。あの柔らかく小さな手に。


「・・・・・ッ!!」

情けない。

この漆黒大天、血と炎の龍神が、たかが一人の少女の死を克服出来ないのだ。

死を司る存在が、笑わせる。

自嘲気味に口元を歪めると、両手で顔を覆った。


あの子が望んだ俺の幸せは、もう何処にもない。

何故なら、それは常に彼女と共に在ったのだから。


元々、希望に縋らなくてはならないほど弱くはない。

だから、戦わなくてはならない。

それだけが、俺の存在意義なのだから。









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