第27幕 不穏/大樹の家
・・・・・翼・・・・。
暖かい白――――。
懐かしい白――――。
胸を抉るような白――――。
・・・・・白い翼・・・・・・・。
「ジン!起きて!」
「む・・・」
目の前で焚き火が爆ぜる。
うたた寝をしていたようだ。
ぼんやりしていると、なおもヨエルが騒いでいた。
「ジン!手!」
・・・・ん?おお。
見れば、火箸代わりに持っていた枝もろとも、それを掴んでいた右腕が燃えていた。
腕を引き抜いてばたばた振ると、すぐに鎮火した。闇の外套は不燃性なのだ。
「大丈夫!?火傷してない!?」
「ああ、大丈夫だ」
先の闘いではかなりの力を使ったらしい。
唯でさえ制限があるというのに、めいいっぱいはしゃいでしまった。
おかげで、最近眠くてたまらない。
仕方がないので、閉じかけた瞼を押し上げて地図を広げる。
――――――――やはり。
灰狼と別れた後も幾つかの街を経てきたが、恐らくヨエルの指示通り進めば、少なくとも二日後にはある国へと到達するだろう。
ザンザット王国。
或いは、初めからそこへ至るための旅だったのだろう。
つまり、そこが旅の終着。
俺は、この不思議な旅の終わりを感じていた。
焚き火の傍ら景色を眺めると、夜空を映す湖が透明に輝いていた。
森を抜ける途中で日が暮れてしまったため、野宿を余儀無くされてしまったのだが、
「たまにはこんなのもいいかもね」
ヨエルの言葉に頷く。
この落ち着いた穏やかな時間も、悪くはなかった。
「わたし、水浴びしてくるね」
ヨエルが立ち上がる。
「うむ」
「覗いちゃダメだからね」
「はいはい」
さて、薪でも拾ってくるか。
森の木々に遮られ、湖の方は見えない。
が、何かの危険があった際は、すぐに呼ぶよう言いつけてある。
そう心配することもないだろう。
森は微かに湿っており、薪に適した枝はなかなか見つからなかった。
湖から離れる訳には行かないので、闇の中を目を凝らしながら、ぐるぐると周りを練り歩く。
・・・・・お、あれなんか良い具合だな。
「どれ・・・・・・・!!ッ」
屈んで乾いた枝に手をかけた瞬間、全速力で剣を造って振り抜いた。
ぎぃん!
暗闇に火花が散る。
二度三度、迫る脅威を感じる。
ぎん!ぎん!ぎぃん!
全て捌ききり態勢を整えた時、月明かりが差して襲撃者の姿を照らした。
白銀が月光を眩く返す。
全身を鎧で覆い、研ぎ澄まされた長剣を携えた騎士がそこにいた。
エンブレムは付けていないが、間違い無く天界騎士団。
「天使が何の用だ」
黒剣を構えたまま問いかける。その間に、周りの闇に干渉して天使を仕留める仕掛けを造っていく。
「・・・・・・」
天使の姿がかき消える。
ぎん!
激突する剣と剣。
「あの娘は天界のモノだ。返してもらおう」
何?ヨエルが天界のモノだと?・・・・ふざけやがって・・・・。
「あいつは貴様等のモンじゃねぇ。俺のモンだ!!」
ドン!
吹き飛んだ天使の体が木々をへし折る。
「ぜやっ!」
夜気を切り裂いて黒剣が撃ち放たれる。
がぎん!
防御した天使の剣が砕けた。
「貴様等の目的を聞こう。あの娘は天界とどういう関係だ」
新たに剣を造り出して天使に突き付ける。
「極秘だ。だが龍神、貴様は後悔することしか出来ん・・・・」
天使の姿がブレる。
転送魔法!?
「くっ・・・!」
剣を振り下ろした時にはもう、天使はどこにもいなかった。
「・・・・・ッ!!ヨエル・・・!!」
「ヨエル!!」
「きゃあああ!!バカ!!」
ヨエルはまだ湖で水浴びをしていた。
投げつけられた石を避ける。良かった無事か。
「何かなかったか?怪我はないか?」
「いいからあっち行って~~!!」
ヨエルが白い肌を手で隠しながら追い払うので、俺は渋々退散した。
「すぐに上がるんだぞ」
「分かったってば!」
「・・・・・く・・ぅ、はぁ・・・・」
苦しげな溜め息を漏らしたヨエルは、はらりはらりと水面に浮かんだ羽を沈めた。
「・・・・・・ごめんなさい・・・・」
苦悶の表情のまま呟いたヨエルは、すぐにいつもの顔に戻し、ジンの待つ陸に向かって歩いていった
。
焚き火を囲みながら、ヨエルが旅の話を楽しそうにしているが、俺は曖昧に相槌を打つことしか出来
なかった。
ヨエルが天界と関係がある。
天界と言えば、元々ラミエルを産むために創られた為か、通常有り得ない『全ての世界と繋がっている』世界という特徴を持っている。
天界の連中はその特徴を利用して、増えすぎた人口をあらゆる世界に捌いている。
なので、何処に行っても鉢合わせる。
俺はすっかり目の敵にされてしまい、何度も討伐隊を送り込まれた。
その天界と、ヨエルは関係がある。
どうしたものか―――――――――――む。
語りに飽きたのか、ヨエルは柔らかな地面に横たわって、穏やかな寝息を立てていた。
俺はその体を起こして闇の寝具に包んでやり、小さな寝顔を眺めた。
例え、ヨエルの正体が何であれ関係ない。
何があろうと、この少女の笑顔を守るだけ。
この、たった一つの希望ために。
また、帰って来た。
荒廃した生地の瓦礫を踏んでも、感慨らしきものは何一つ浮かばない。
ただ、疑問だけ。
「ヨエル、何故ここに連れてきた」
少女は、瓦礫を踏み砕く感触を楽しみながら答えた。
「偶然だけど?」
嘘を吐け。何もかもを知っているはずだ。
「何にせよ、旅はここで終わりだろう」
その言葉を待っていたかのように――――或いは、そう言うと信じていたかのように――――ヨエルは言った。
「まだよ。ほら」
指差す先には―――ああ、確かに、ある。
・・・・・島に連れて行けと言うのか。
少女の顔を見れば分かる。
そこが本当の終着だと。ならば――――――――――
「さあ、お姫様。手を」
ヨエルの手を取り、翼を広げ、海原を越えるために羽ばたいた。
「ふわぁー。大きな樹ねぇ」
大霊樹を見上げてヨエルが感嘆の声を上げた。
久しぶりに見た樹は、変わることなく悠然と聳えていた。
「・・・・で、こんなとこに来てどうするんだ」
「ここに住みましょ!」
・・・・・あ?
今なんて言った?
「二人でこの樹に家を作るの。それでずっと暮らしましょう」
「家を作るって・・・・鳥じゃあるまいし」
肩を竦める。
まったく何を言っている。
「簡単よ。こうすればいいの」
ヨエルが本を取り出して広げる。
その開かれたページが仄かに光ったと認識した瞬間。
「うおッ!?」
溢れ出した閃光はヨエルを飲み込み、俺を飲み込み、そして世界を飲み込んだ。
「・・・・・・・!!?」
光が失せると、一見何も変わっていないように見えた。
しかし。
「さ、入りましょ」
ヨエルが大霊樹の幹に現れた扉に手をかける。
扉を開くと、そこは・・・・敢えて言うなら屋敷だった。
入ったすぐそこはエントランスであるらしく、広い空間に、正面と左右に扉、二階へと続く階段とまた扉があった。
「世界創造だと・・・・?」
ヨエルはあの本を用いただけで、純白大天にしか出来ない魔法を成し遂げた。
信じられない。
呆然とした面持ちで部屋を見て回るヨエルの後に付いていく。
リビング、書斎(ヨエル、「ここがジンの部屋ね!」)、食堂、浴場、手洗い、ホール、物置、その他多くの部屋。
幾ら樹が巨大とは言え、明らかに空間を無視しているが、それだけの世界を創り上げたのだろう。
きらきらと輝く瞳でヨエルがこちらを見ている。
褒めて褒めてとオーラ丸出し。
「あーはいはい。すごいすごいよよくやった」
ぽんぽんと頭に手を置いてやる。
「えへへー」
嬉しそうに顔を蕩けさせるヨエル。
・・・・・もう、成るように成るば良いさ。