第2幕 対談/純白の想い
女性はソフィアと名乗った。
いや、未だほのかに幼さの残る顔立ちからして自分の三つ四つ上の少女といったところだろう。
自分の名を告げるときに、もしや、とも思ったが、「へぇ、ジンって王子様なんだ!」の一言で、次の瞬間には話題はテーブルの上の焼き菓子に移っていた。
・・・・・・・まあ、いいんだけどさ。
「ふ〜ん、じゃあソフィアは結構前からここにいるんだ」
二人は直ぐに打ち解けた。
ソフィアは気さくで優しそうだし、ジンはそんな彼女を気に入ったからだ。
「そ。ここでの用事も済んでないから、もうしばらくね」
にこりと微笑むソフィア。
・・・・・・赤くなった頬を紅茶を啜ってごまかす。
「でもさ、この辺って観るものが無くて退屈でしょ?観光地でもないし」
「あら、そんなことないわよ?この海の向こうに島があるじゃない。はら、おっきい樹が生えてる」
「大霊樹の島のこと?」
――――この国から程近い海上にそう呼ばれる島がある。
王族のみが立ち入れる神域で、自分も一度しか行った事が無い。
そして、その島を神域足らしめるのが大霊樹だ。
国の平均的な家屋なら横に五軒は並べられるほどの太さを持ち、高さなら城にも匹敵する巨木。
なるほどあれなら見物の価値はあると納得したのだが。
「ううん、樹の方もすごいんだけどね。私としては隣の山の方がすごいかな」
・・・・・・山、山・・・・・ああ、確かにあったが。高くも無く、されど低くも無い普通の山。
ソフィアは山好きなのだろうか?
「違うわよ。ただそっちの山の方が土地としては優れてるの。星の力が良く循環してるわ」
…なんだろう、また聞き慣れない言葉が出てきた。
霊的に優れてるとか、そういうことだろうか。
「そうね、そんな感じかな。本当はあそこに住もうと思ったんだけど、流石に街が遠くてね」
ははは―、と二人で笑う。
「ははは―――――――って」
―――――そういえば。
「ねぇ、どうしてソフィアは魔女って呼ばれてるの?」
ふとした疑問を口にする。
この国、いやこの世界では魔法など珍しくもなんとも無い。
強さ云々はともかく技術的にはとても簡単で、斯く言う自分も夜道に足元を照らす程度の灯かり位なら熾せる。
要するに、魔法など誰でも使えるのだ。
それなのにどうして人々はソフィアのことを『魔女』と恐れるのだろう。
ジンには彼女が通りに人を喰ったりするとは思えなかった。
「まさか子供を攫って食べたりしてないよね――――――!?」
え、ちょ、なんで、ソフィアが悲しそうな顔してる!?
しまった、禁句だったか!?
「ごめん。今の無し!なんでもないから、クッキー取って来る!!」
そう言って逃げるように(実際逃げている)台所に走る背中を、
「人間はね、自分には理解出来ないものを極端に怖れるのよ」
空気を凍らせる程冷たい声が引き止めた。
「え・・・・・・・?」
愕然とソフィアを見つめる。
椅子に座ったまま呟いたソフィアの貌からはありとあらゆる感情が抜け落ちていた。
「夜の闇。一分後の未来。人の心の中。何があるのか解らない。だから人は恐怖する」
少しだけ、寂しそうに嗤ってから。
「ねえ、もし目の前の人間だと思っているものが、人間じゃなかったらどうする?」
そう言った。
ソフィアから目を逸らせない。
冷たい殺気を浴びせられた体は指一本動かせない。
―――――何だか、酷く、
本当に彼女が人間ではないないかだという気がしてしまった。
「―――――――っ!!」
何を考えている。
ソフィアのことを一瞬でも人間じゃないなんて、いつから自分はそこまで腐った。
それじゃあ考えてることがあいつらと同じじゃないか!!
「違う!ソフィアはそんなんじゃない!」
突然叫びだすジンに目を丸くするソフィア。
ジンは顔を真っ赤にして訴え続ける。
「会ったばかりだけど分かるよ!ソフィアはそんなんじゃない!だから―――――」
そんな顔しないでと、その想いは言葉に成らずに空に散った。
「はぁ、ぁ―――――――あ」
思い切り叫んだ後、我に返ったジンはきまり悪そうに俯く。
そこでようやくソフィアは思い至る。
今の子供らしい拙い慰めは、決して彼女だけに宛てられたものではないことに。
彼もまた心に抱えるものがあるということに。
そんな一生懸命さが、彼女にはとても心地よかった。
「・・・・・・ありがとね、ジン」
その言葉でどれほど救われたのか。
ジンは心底嬉しそうに笑った。
「うん!!」
混沌が渦を巻く。
いずれ来たる自らの王を迎えるべく、
今はただ己が内の想いを掻き回すのみ。