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The prayers  作者: 星うさぎ
27/44

第24幕 アンノウン/恋慕

次の街の宿に着くと、ジンはすぐにヨエルを問い質した。

あの現象の正体を突き止めるためだった。


「あれは、一体、何だったんだ?」

一語一語確認するように言葉にする。

ベッドに腰掛けたヨエルは、じっと耐えるように床を見つめていた。

やがてぽつりと言った。


「誓約よ」


「何?」

「契約の一環。契約者が龍神にやって欲しくない行動を禁じることが出来る」

ジンは溜め息を吐いた。

何とも厄介なものを背負い込んだものだ。

「いいか、良く聞いてくれ。まず、俺がどういうモノかは知っているな」

こくんと頷くヨエル。

「俺は殺すのが仕事なんだ。存在意義なんだ。自己証明なんだ。これだけは勘弁してくれないか」

ヨエルは依然として床を見つめたまま、ぽつりと言った。

「・・・・・でも、生き物は死んだら生き返れないって、本に書いてあった・・・・・」

「あ?」


ちらりとこちらを見、すぐに目を伏せる。

「生き物は死んだら終わりなんでしょう。どうしてジンはあんな簡単に、当たり前みたいに人を殺せるの?」

「・・・・・!」



ジンは面食らって、すぐに言葉を返せなかった。

何故殺す。

それは何千何万と繰り返してきた疑問。

その答えはもう出したのではないのか。



「・・・・・俺は殺すことが役割。全ての『負』を担うものとして、世界のバランスを・・・・・」


言っている内に、ヨエルの顔を直視出来なくなっていた。

少女が無言で告げる。


それは自分への言い訳。

貴方は本当は納得していない。

これで、このままで良いの?


気が付けば、ジンはヨエルをベッドに押し倒し、その細い首を締め上げていた。

「お前に何が解る!俺は龍神!それだけで十分だ!」

「・・・・ジン・・・・」

ヨエルは苦しげな顔をしていたが、一瞬悲鳴を上げて顎を仰け反らせ、押し黙った。

静寂の時間が流れる。

そっとヨエルの首筋に手を当てる。

あるべき脈動はなく、硬く強ばっていた。



・・・・・・死んだ?



何故?何で?どうして?

断片的な思考が、意味もなく脳内を錯綜する。

処理不能。

ヨエルの死に顔から目を離すことが出来ない。

「あ・・・あ・・」

想定された貧弱な対抗措置が火を噴き、あっと言う間に中枢区に侵入する未確認(アンノウン)

「また・・・俺が・・・・」

顔を掻き毟り身悶えするジン。その眼は限界を超えて赤く輝いていた。

正体不明の感情に支配された黒天は、暴走を防ぐ最終手段として原因の消去(デリート)を選択する。

トラウマに捕らわれたジンの意志に関係なく、炎を纏った右手が持ち上がる。




『だ~め』




その時、硬直したジンの顔を、小さく白い手が押さえた。


『また貴女はそんな事をして・・・・。思い通りに行かなくなったら全部消して、無かったことにするのは良くないって教えたじゃない』


ヨエルは悪戯をした子供を叱るように優しく諭した。

『人間を理解しきれない貴女が如何に対抗措置を執ろうが、また想定外が発生するだけよ。こんな有り様なら、最初から無策でいればいいのに』

ふふふ、とヨエルが上品に笑う。姿こそ変わっていないが、その雰囲気はあまりにも普段の彼女とはかけ離れていた。



『人間の感情は一つとして同じものはないの。人間一人一人に様々な感情が宿り、それは時に背反する。解ったらジンを解放なさい。この子は彼が気に入っているの。それに、貴女も人間の可能性を探るために彼を造ったのでしょう?』









「・・・・・!!」

俺はヨエルの首を締め上げていた。ヨエルはぐったりと横たわっている。

慌てて両手を離す。

「ヨエル!ヨエル!」

呼びかけても返事がない。

「ちぃ・・・・」

少女の胸に手を当て、具合を視る。

呼吸安定、脈拍安定、その他患部は・・・なし。 

思わず、安堵に胸を撫で下ろした。

俺は深く息を吸って落ち着きを取り戻すと、昏睡したヨエルを丁寧に寝かせた。


そのまま、自分のベッドに倒れ込む。


何か、ろくでもない夢を見ていた気がする。

その夢では、ヨエルに、いや、ヨエルと何かもう一人(・・・・・・)に、激しく責め立てられていた。

俺は、今眠りに落ちれば、またあの夢を見るのではないかと怖れながら、例えようのない疲れに導かれて瞼を閉じた。







「・・・・・・ッ!!?」

不意に枕元に気配を察知し、飛び起きた。

「お前か・・・・」

いつの間にか目を覚ましたらしい。

ヨエルが心細そうに立っていた。

「どうした?」


「ねぇ、ジン。一緒に寝ていい?」



ジンとヨエルは、背中を合わせて一つのベッドに寝転んだ。

どこか気まずい沈黙の中、まずジンが口火を切った。

「さっきは済まなかった。自分でも何がしたかったのか、分からないんだ」

「ううん、いいの。・・・・わたしこそごめんね。よく考えたら、わたしがジンのことについて知ってるのは、全部本が教えてくれたことだけだった。実際のジンについては、わたし、何も知らないのね」


聞こえる溜め息。

孤独の香り。


「・・・・・俺は人間と接触した機会が少ない。意図せずお前を傷付けてしまうかも知れない」


だから、と言いかけたとき、ヨエルが言った。


「あのね、それでいいと思うんだ」

「なに?」


「わたしも自分以外の人はあまり知らない。だから、お互いに歩み寄ろうとして、傷付いて、そうやって相手を知っていこう。わたし、ジンを知るためだったらどんなに傷付いても構わない。ずっと一緒にいたいの」



ずきん。

両眼に刺すような激痛が走る。

ヨエルの感情が理解できない。

打算でもなく、同情でもない。

あらゆる理屈を超えたこれは。



――――――――――そうか、これが、『愛』か。



『あいつ』が初めて生き物に分け与えた感情。

全ての理屈を無効にし、超越するプログラム。


身動ぎしてヨエルの方を向いたとき、ヨエルもまたこちらを見ていた。

無性に、目の前の決意に震える小さな体を抱き締めたくなった。


ずきん。

両眼が痛む。

戦慄く腕を、どうしてもヨエルの肩に掛けてやれない。

それが、龍神(おれ)の弱さになってしまいそうで―――――――――――――


今ジンの中では、二つの衝動が競り合っていた。

愛しすぎる存在を、この腕に抱きたいという甘え。

そして、漆黒大天である以上、貫かねばならない矜持。


捨てなければならないのはどちらだ?


ふと、ヨエルの両手が、彼の頬に添えられた。



「・・・・!!」



一瞬、柔らかい感触。

ヨエルが、自分の唇を俺のそれに押し付けたのだ。

すぐに離したヨエルは、口元を押さえて、「やっちゃった」と呟いた。


「・・・・・お前、何の、つもりだ・・・・」

初めての感触に酔う前に、疑問が先に立つ。

ヨエルは、恥ずかしげにはにかんだ。

「ジンがあんまり暗い顔するから、いたずら♪」


ずきん。

やめてくれ。

俺を見るな触るなそんな感情を向けるな痛い虫酸が走るこの感情が理解できない俺を弱くするどんなに叫んでも届かない痛い掴んだものを守れない痛い痛い痛い俺にそんな資格はない痛い痛い痛い痛い痛い痛いこの、悼みを――――――――――――――――――



「いいんだよ」



頭を抱えて苦しんでいた俺は、顔を上げてヨエルを見た。

ヨエルは、微笑んでいた。

「ジンはずっと独りで戦ってたんだから。今だけでも、弱音を吐いてもいいんだよ」

その笑顔の誘惑に負けそうになる。


遂に、固く結んだ口から言葉が零れ落ちた。


「・・・・・俺は、何も守ることは出来ない。そんな気がするんだ」


天井を見上げ、韜晦する。

長年に渡って抱き続けていた不安は、留まることなく吐き出された。


「今までずっとそうだった。守ろうと手を伸ばしたものは、全て目の前をすり抜けていった。きっと、お前の事も守ってやれない。そうだろう・・・・?」


血を吐くような懺悔。

今ここに居るのは、幾つもの死山血河を築き上げた龍神ではない。

行き過ぎた力を与えられた、しかし無力な少年がうずくまっていた。


どうしたいのか分からない。

ただ飢えていた。

今まで必要な感情のみを動員していたジンには、今触れているこの感情が理解できない。

いや、そもそも感情自体に意味を求めようとしなかった。


渇きに惑えばこれを喰らい、怒りに猛ればこれを屠る。


彼にとって、感情などただの行動原理に過ぎなかった。

怒りも悲しみも憎しみも飢えも渇きも。


では、この感情は?


そして、ラミエルに刃を突き立てる時の感情は?


あれは怒りではなかった。憎しみでもなかった。


では何だ?


その全ての思いをヨエルにぶつけた。

彼の持つ感情の混沌(カオス)

人智を超越した莫大なエネルギーは、矮小な人間に受け止められるはずはなく、



「大丈夫。ジンならみんなを守れるよ」



故に、彼女はジンの全てを受け止めた。

ジンは自身の中で、何かが砕けるのを感じた。


「きゃ・・・!?」


抱き締めた。

ヨエルという存在を決して手放さないよう、固く掻き抱いた。

それは、彼女に縋り付いているようでもあった。


「お前は、俺が守る・・・・!・・必ず、この命を賭けても・・・・!」


知らぬ内に涙を流しながら、ジンは、自分が、『忘れた』感情に手が届いたことを知覚した。

まだこの思いに名前を付けることは出来ない。


この温もりを守り通す。


それだけを誓って、彼は、優しく頭を撫でるヨエルに身を任せた。






















かたん。


風に煽られ、『テルミヴィルド』と刻まれた木の看板が傾いだ。


夜も更け黒雲が月を覆い隠しているというのに、この街には明かりが一つも灯ってなかった。


勿論、人の姿もない。

あるのは、そう、無数の『影』と、すえた死の香りだけ。


彼は、そんな跳梁跋扈する化け物たちを眺めていた。

通常であれば、こんな所に人間が居れば、ほんの数刻まで幸せそうに団欒していた者たちのように喰われて終わりなのだが、彼には同類の血の匂いを感じたのか、『影』たちは彼の周りを飛び回るだけで危害を加えようとはしなかった。


不意に立ち上った負の匂いに誘われ、幾つかの『影』が彼に群がる。


きん


だが次の瞬間には、ばらばらの細切れになり、闇に融けて消えた。

彼は動いていない。



「早く来い、龍神・・・・」



燃える決意を瞳に宿した彼――――灰狼は、虚空を見つめて昏く呟いた。






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