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The prayers  作者: 星うさぎ
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第23幕 発見/禁令

二日ほど経った晩に、ヨエルが街を出たいと言い出した。


「じゃあ、次はどこに行くんだ?」

俺はテーブルの上に地図を広げると、二人で覗き込んだ。


「そーねぇ・・・・・」


ヨエルはしばらく地図と睨み合った後、今居る街から南の方面に向けて、がっと線を引いた。

その行く先を辿ると、幾つかの街と森を越えた先に地図の端に行き着いた。

どうやら、もっと広い地図を買い改めなければならないらしい。

まさか本当に一直線に旅をするつもりだとは恐れ入った。


「本当に何が目的なんだ?」

「何にも」


何を尋ねても、こんな形ではぐらかされてしまう。

仕方無い。しばらくの道楽だ。付き合ってやろう。



背中からベッドに倒れ込むと、同じ様に隣のベッドに寝転んだヨエルが、また本を開いていた。

何も書かれていない筈の本。一体何が―――――――


闇で触手を創り、ベッドに突いて力を込める。

全くの無音で跳ね上がった俺は、そのままヨエルのベッドに着地した。


「きゃ――――!!」


ヨエルの絶叫を余所に、黒い皮の本を覗き込む。


「何々・・・・《ツァルトトラオム》の観光案内だぁ!?」


めくってもめくってもこの地方の観光案内しかない。あろうことか、俺に関する誓約の文面すら消えていた。

「~~~~!!いい加減退きなさ~い!」

ずっと俺の下敷きになっていたヨエルが叫ぶ。

「おい、これなんだ」

そう言って本を示すと、ヨエルは奮然と答えた。

「この本の能力よ。知りたいことを教えてくれるの」


なんだそりゃ。・・・・・いや待てよ!?

物事の検索は《万象の綴り手》への接続(アクセス)権、『銀詩』の許可が必要な筈だ。

つまり、『銀詩』はこの件に一枚噛んでいることになる。

そして、あの口振りでは金時計も何らかの形で手を貸しているのだろう。


要するに、自分以外の三人の有色魂者(カラーズ)と『あいつ』が総出で事に当たっている。

奴ら、そこまで俺に嫌がらせをしたいのか。


「もう!明日も早いんだから、早く寝るよ!」

「はいはい」


灯りを消してなお、俺の頭はこの不可思議な状況を整理しようと躍起になっていた。








早朝、宿を出た俺とヨエルは地図に従って南の街道から、森沿いに進路を執っていた。

涼やかな湿った空気の中、散歩をするようにそぞろ歩く。


「見て見て!こんなに綺麗な花がたくさん!」


道端に生えている花を見つけては、ヨエルは俺を呼び止めてはしゃいでいた。別段珍しくもない、そこらに生えているような花だ。


俺は改めて気付いた。

この少女は何かを見付ける度に、まるで初めて見る物のように面白そうに観察するのだ。

無邪気にはしゃぐその仕草が、愛らしいと言えないこともない。

だが。


あの年頃の娘が、そこら辺に生えている花を初めて見るなんてことは、有り得るのだろうか。


「きゃっ!」


ずさっ。

「ん?」

思考が中断され目を遣ると、先を行っていたヨエルが盛大に転んでいた。

「おいおい、大丈夫か?」

立ち上がるのに手を貸してやると、少しだけ涙ぐみながらヨエルは服に付いた汚れを払った。

「・・・・・足、痛い」

見れば少女の右膝の頭は擦りむけ、赤い血が滲んでいる。

大した怪我ではないが、これからの行程に支障を来すであろうことは明白だった。俺はやれやれ、と仕方なさげに言った。


「ほら、ちょっと見せてみろ」

そして、軽くスカートを託し上げたままのヨエルの手を押さえ、彼女の膝に顔を近付け。


その傷を舐めた。


「ちょっと!?何するの!?」

ヨエルの動揺を無視し、二度三度舌を這わせる。

と、見る見るうちに滲んだ血は消え、擦りむけた皮は新しいものに変わっていった。

代わりに、俺は膝に微かな疼きを感じた。

今、俺の足には小さな擦り傷が付いているのだろう。

まるでヨエルの傷が移ったかのように。


純白大天(ラミエル)が殺生を行えないように、《殺す》守護者の漆黒大天たる俺もまた出来ないことがあった。

生き物を治すこと。

これに関しては、簡単な治療魔法すら行使することが出来ない。


だが、一つだけ方法がある。


生き物の身体異常を治す代わりに、自分の体に移す。それが俺のペナルティだった。

と言っても、並外れた回復力が瞬時に癒すため、大した実害はないのだが。

それは人間相手でも変わらないようだ。



「あれ?治った」

ようやく気付いたらしいヨエルが声を上げる。

その頃には俺に移った傷も癒えていた。

「ほら、行くぞ」






俺はまた思考に没頭していた。

暗黙の了解の内に、俺たちは相手の過去を暴くようなことはしていなかった。


普通なら、相手のそれまでの人生に興味を持つのは当たり前と言える。

それをみだりに聞き出そうとしない理由は一つ。


そいつが自分の人生を語りたくない者だからだ。


相手の話を聞く以上、自分も話をすることは避けられない。

それを嫌うから自分からは聞かない。

俺は、ヨエルもその類だと判断した。

不都合ではない。

俺もまた、自ら語るような過去は持ち合わせていないからだ。


とは言うものの、少女の過去にはかすかに興味を覚えていることも確かだ。

というか、時々零れる情報を拾うだけで矛盾で一杯になる。

少しでも真実に迫らなければ、後々厄介なことになりそうな予感がするのだ。

しかし、何かこの少女からは嫌な匂いがする。まあ、面倒事にならなければいいが。




そこでまた、俺の思考は中断された。


立ち止まったヨエルの前には三人の男。

どいつも簡素な鎧を身に付け武装している。

そして明白な悪意の匂い。


「よォ兄ちゃん。ちょっと身包み置いてってくれや」

俺たちを囲みながら、リーダー風の男が言う。いわゆる追い剥ぎという奴か。

俺の外套を掴むヨエルの手が震えている。

「兄貴!こっちの娘は売れそうですぜ」

別の男が叫ぶ。

リーダーが下卑た笑みを浮かべながら答える。

「そうだな。まあ、その前におれ達が何度か使っても・・・・」

俺は、その吐き気のする男を下から袈裟に斬り飛ばした。

「・・・・は?」

血を撒き散らしながら、何が起こったか分からない顔をしたまま、男はゆっくりと背中から倒れた。

嗅ぎ慣れた血と死の匂い。

降りかかった返り血は、外套や肌に触れた途端、直ぐに吸収されて消える。


俺が殺人の悦楽に浸っている間に脳回路が復旧したらしい別の男が、何事か叫びながら曲刀を振り被る。

少し気分が害された俺は、舌打ち一つで男を炎上させた。

じたばたともがく男。大きく開けた口からは絶叫が迸っている筈だが、炎に撒かれて聞こえず、その様は酷く滑稽だった。


ひとしきり肉の焦げる臭いを堪能してから、最後の獲物を見遣った。

追い剥ぎ最後の生き残りの男は、ようやく相手が尋常でないことを理解したのか、顔を恐怖に歪ませ

ている。

さて。どのように仲間の下に送ってやろう。


「・・・・打ち首だ」


男の末路を宣言してから、既に血塗れた刃を握る。

久しぶりの殺しの興奮を抑えられず、笑みを浮かべて舌なめずりをする。

「相手が悪かったな」

そうして俺は、喜々と黒剣を振り下ろした。




「殺さないで!!」




ヨエルが叫ぶ。


遅い。

もう止まらないし、止めるつもりもない。

死ね―――――――



ぎし。


剣が男に直撃する寸前でぴたりと止まる。

俺は振り下ろした腕を少しも動かせなかった。

「あ?」

瞬間、目を凶暴に輝かせた男が、その曲刀で俺の胸を貫いた。

俺の後ろでヨエルが息を飲むのを感じた。


何が起こった?


「痛ぇな、まったく」

裏拳で男を殴り飛ばすと、突き立ったままの曲刀を引き抜き、男目掛けて投擲しようとした。

だが、どういう訳か、やはり男を殺すのに抵抗を覚えた。

仕方がないので二三回蹴り上げて黙らせ、俺はヨエルの傍に戻った。


「おい、今のはお前の仕業・・・・・」

問いただそうとすると、ヨエルは俺の胸に飛び込んできた。

「ごめんなさい・・・・そんな、つもりじゃ・・・・なかったの・・・・」

泣きじゃくるヨエル。

参ったな。ガキのあやし方は知らんのだ。

「ほら、落ち着け。怪我はしてないから」

そう言って、服を開いて見せてやる。

あの程度の傷は怪我の内にも入らない。


それより先程の現象の方が気になる。

まさかと思うが、いやそんなまさか・・・・・

「ヨエル!本を出せ!」

鬼気迫る俺の表情に、思わずヨエルは泣き止み、その手に龍神の書を顕した。

有無を言わさずひったり、ページを捲る。

探すまでもなかった。

ページは仄かに光を発し、その存在を主張していた。


『漆黒大天は以後、一切の殺生を禁ずる』


今まで存在しなかった筈のページには、確かにそう刻まれていた。





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