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The prayers  作者: 星うさぎ
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第22幕 契約完了/龍神さまの行楽

俺は、ぼんやりと思考に耽っていた。


しつこくまとわりついてきたヨエルには、正体不明の解読不能な本を与えて、読んでいろと突き放した。



俺に課された条件は三つ。 

・俺は契約者を守らなければならない。

・俺は契約者の命令には絶対服従。

・俺は指輪を破棄できない。


さらに、俺を封じるためにラミエルが組んだ術は巧妙だった。

その幾つかの誓約を挙げると。


・契約者は指輪を持つ限り、その権利を失わない。

・契約者の指輪は、何人たりとも奪取することはできない。


これだけで、俺は契約者ヨエルに逆らえないことになる。

何が目的でこんな真似をしたのかは不明だが、厄介なことには変わりない。

早いとこ願いを叶えて、自由になるに限る。



「――――で。俺に何を願うんだ」

「・・・・・・」


返事なし。

「おい、何やって・・・・」

「・・・・・・」


ヨエルは本を読んでいた。

その表情はどこか虚ろで、心此処に在らずという体だった。

有り得ない。あの本は全ての言語を理解できる俺ですら読めないラミエルの暗号だというのに、こんな人間に読める訳が・・・・・・


「・・・・・契約者、か」

恐らく、俺と契約を交わした指輪の持ち主しか読めぬように細工しているのだろう。

俺は、内容を尋ねることにした。

「おい。おい!」

「・・・・・ふあっ!?」

夢から覚めたように、ぱちぱちと俺を見るヨエル。

「その本には、なにが書いてあるんだ?」

すると、ヨエルは微笑み答えた。

「もちろんジンのことですよ」

俺のこと?

「そう。ジンが今までどんな風に生きてきたかを、本に訊いていたの」

「・・・・・・それで?」



「ジンは、強くて優しい、わたしの騎士に相応しい人だって分かったわ」



固く握り締めた拳を、背を預けていた樹に叩き付ける。

一抱えはある樹は殴りつけたあたりからへし折れ、重々しい音を立てて大地に沈み込んだ。


「俺が、何だって?」


強化の為に黒い闇で覆われた右腕を見せ付ける。

「俺は人外の人殺しだ。吐き気がするような表現はするな」

「わたしはジンが人殺しでもなんでも関係ないわ。わたしのお願いを聞いてもらえるかしら?」


・・・・・とことん何を考えてるのか分からないガキだ。

いや、いい、落ち着け。


「願いは何だ」

ヨエルは満面の笑みで答えた。


「世界中を見て回りたいの!私にこの世界を案内して!!」




・・・・・は?



「どういう・・・・・」

白髪の少女は右手を振り上げると、どこか彼方を指差した。


「決めたわ!どこまでもあっちに行きましょう!海があったら船で渡って、崖があったら回り道するの!」


待て、待て待て待て。


「なんでそんな行楽に付き合わなければならない」

目の前に指輪がかざされる。

それは不思議な引力で、俺の視線を釘付けた。

やはり、抗い難い力が俺を突き動かす。



「・・・・・・良いだろう。お前が死ぬまで付き合ってやる」

「やった!!」




何故だろう。

ヨエルの無邪気な笑顔を見ていると、遠い昔の何かを思い出しそうなる。

思い出しそうだということは、今はそれを忘れているということ。




俺は、一体何を忘れてしまったというのだろう?









森で一晩を過ごし、翌日、俺たちは街へと下りた。

俺が育った世界といえど、ほとんど土地勘のない場所のために情報収集も必要だ。


差し当たっては・・・・・・



「ねえ、ジン!これ似合う!?」

「ああ、似合う似合う」


「ねえ、ジン!これ似合う!?」

「ああ、似合う似合う」


「ねえ、ジン!これ似合う!?」

「ああ、似合う似合う」



ぼろ布を纏ったままのヨエルを連れ回す訳にも行かず、簡単な着物屋に寄ることにした。

ヨエルに好きなものを選べと告げた途端、凄まじい勢いで試着を始めた。

「ああ!こんなにいっぱい可愛いのが・・・・えらべないよ――!!」


ダメだ。このままでは日が暮れる。

「分かった。全部買ってやるから、片っ端から寄越せ」

「え!?いいの!?」

頷くと、本当に容赦なく数々の服を俺の腕の中に投げ込んでいく。


「ふう。こんなものね」


あっと言う間に一山作ってから、ようやくヨエルは満足げに手を休めた。 

まぁ、懐具合には問題はないし、長旅になるなら替えの衣類は多いに越したことはない。


「待て。今着るものだけ持って着替えてこい」

そう言うと、またがさがさと服の山をかき分けてから、試着室に駆け込んでいった。




店長の度肝を抜く会計を済ませてから、俺は店の外でヨエルを待っていた。

「ジンー、お待たせー」

彼女が選んだのは、袖のある白いワンピースだった。

全身真っ白だったが、確かに他の色合いもおかしい。服選びには苦労しそうな子だ。

「あれ、他の服は?」

「安心しろ。ちゃんと持ってる」

そう言って、外套の内から服の一つを見せる。


闇には形もなければ重さもない。

つまり、この世界のどんなものでも壊すことは出来ないし、物理法則に縛られることもない。

その性質を利用すれば、闇の中に物を収納するなど、幅広く活用できる。


「ジン、ありがとうね!ずっと前からこんな服を着てみたかったの!」

「そりゃあ良かった。行くぞ」

上機嫌で跳ねるヨエルを眺めながら、俺たちは街の喧騒の中に入っていった。






ずっと前から(・・・・・・)、ね・・・・・・・








食事をとった店の店員に訊いたところ、この街は《カイダラウレル》、俺の故郷からはだいぶ離れた

地だった。


懸念すべき事は幾つかある。


まず、この指輪の契約。

何一つ解っていないが、手掛かりが無いわけでもない。

この件については保留としておこう。


次に、ラミエルの思惑。

元々何を考えているのか判らない奴だったが、此処に来て本当に分からなくなった。

もしかしたら、何も考えていないのかも知れない。

この件については、何を思案してもどうにもならなそうだ。やめよう。


そして、言動が矛盾しまくっている少女、ヨエル。

この俺の契約者は、どうやら何かとんでも無い秘密を隠しているようだ。

契約の前に見た幻視も気になる。


仕方ない。

今はヨエルに照準を合わせるしかない。

あらゆる謎は、この少女を中心に渦巻いている。


「ねえ!ジンったら!」


「・・・・・あ?」

「もう、しっかりしてよ。次はあれ買って!」


飛び跳ねながら、何やらもこもこした菓子をねだるヨエル。

「はいはい・・・・・あいよ」

「ありがとう!!」

金を払い受け取った菓子を手渡すと、嬉しそうに礼を言って夢中でむしゃぶりついた。


全く、いい表情かおで笑いやがる。






その夜は街の宿屋に泊まった。

一日を遊び倒したヨエルは早々に寝入り、俺はそのあどけない寝顔を眺めていた。


自分の使命を邪魔する、排除すべき存在。だが、不思議とそういう風に少女を認識することは出来なかった。


たった一日で、俺の何かが変わった。

この少女の、何が俺を変えたのだろう。




・・・・・・・・きて・・・・・・・・・・・




宿の外から微かな声が流れてきた。

「・・・・・・・・」

俺はヨエルが熟睡しているのを確認すると、そっと部屋を出た。



「・・・・・出て来い」

何も居ない通りに声をかける。

すると、ぼう、と燐光を纏いながら『奴』が現れた。


『ごめんなさいね、ジン。ずっと話しかけたかったんだけど、貴方、その子から離れないから』


今の外見は、俺より少し年上風の女性。ただ、足先まで届いていた長い白髪は、何故か肩の辺りで揃えられたショートボブになっていた。


「お前、その髪はどうしたんだ」

『彼女』は朗らかに微笑んだ。

『ジンを縛る鎖に使ってしまったわ』

成る程、あの白く輝く鎖、こいつの力だったなら壊せなかったのも頷ける。

残る疑問は―――――――――――


「何故ラミエルに手を貸した」

『面白そうだったから』





春先の夜気が冷たい。

停まった思考回路が現実を一つ一つ確認・認識していく。

そして、ようやく正常な稼働を再開した。


「面白そうだったからだとぉぉお!?」

顔をひきつらせながら食ってかかる。

『奴』はからからと笑って言った。

『思いつきで動くのは得意なの。大洪水を起こすよりかはマシでしょう?』

「俺の仕事はどうする!!」

『代理を立てたわ。貴方の力が減っているのはそのせい』


絶句した。

瞬間的に怒気が溢れ出し、黒い障気が滲む。


「代理が利くならば、何故俺たちを造った」


『奴』は答えず、静かな光を湛えた目で俺を見る。

やがて、その姿が夜闇に融けていく。




『私が考えたことには、ちゃんと意味があるんだから。貴方たちを造った時も、色々考えたのよ』




そう言い残すと、淡い光を散らして『彼女』は消えた。








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