第1幕 出会い/白
青空がきれいな日だった。
いつものように丘に登り、海を眺める。
風に煽られ束ねられた髪が舞う。
丘の上にはいつも一人の少年。眼下の世界を見つめて溜息をつく。
「・・・・・・・」
言葉は、無い。
街は活気に満ちていた。
海があり港があり店があり、男がいて女がいて子供も老人もいる。
当たり前の光景だ。
此処はザンザット王国。領土も人口もいたって並みの一つの国なのだから。
ついでに言うと、街を見下ろしている少年。彼は国王ジャード・ライ・ザンザットの三人目の息子。
名をジン・リューク・ザンザット。つまりこの国の王子である。
そんな王子様がこんな所で何をしているかと言うと・・・・
何もしていなかった。することが無い。
原因は彼の容姿にあった。
見苦しいわけではない。むしろ整った方と言える。
闇夜色の艶やかな髪。星を映す漆黒の瞳。
―――曰く、黒には邪悪が宿ると云う。
事実、国民の内に黒髪も黒瞳を持つ者はいない。王家の人間も皆金色を誇っている。
「―――だからって、悪魔扱いしなくたっていいじゃないか・・・」
寂しそうにジンは呟く。
父親や兄弟が彼を疎み蔑めば、自然、家来や民も悪魔だ災いだと噂する。
そうして居場所を無くした彼が最後に辿り着いたのが、この丘だった。
誰もいない代わりに自分を揶揄する者もいない。
「・・・・・・・・・」
ただ風が流れる。
――――生きていることに意味は無い。
まだ十四にも満たない自分に、生きる意味を見つけることは出来ずにいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
他人を羨んだことは無いが自分の存在を否定されるのは、辛い。
意味があれば、理由があれば、こんな自分にも自信が持てるのだろうか―――?
「・・・・・・・・」
見上げれば空。そんな当たり前の在り方に憧れを覚えた。
「――――キミ、そんな所で何やってるの?」
声をかけられる。
「え―――――?」
突然のことで反応できなかった。
「だから、いつも独りで何やってるの?」
振り向く。と、そこには――――
綺麗な女性だった。純粋に心からそう思った。
滑らかな金の髪。鮮やかな翡翠色の瞳。純白の衣。
真っ黒な自分が恥ずかしくなるくらい美しい人だった。
「ねぇねぇ」
「――――あっ!えとその、あの・・う・・海を見てたんだ」
しどろもどろになって答える。
「海?」
目を丸くする女性。そのうち先程の彼女の言葉が引っ掛かった。
「いつも?いつも僕がここに来てるって、どうして知ってるの?」
それこそ不思議そうに答える白い女性。
「何故って、いつも自分の家の前に人がいれば分かるわよ」
はっと思い当たる。
「家って・・・・・まさか・・・・!」
女性の後ろには一軒の小さな家。
今までこんなものは無かったはず・・・・・!!
だとすれば・・・・・
「白い・・・・魔女・・・・・」
僅かな畏れとともに吐き出された言葉に、眉をひそめる彼女。
街で流れる噂の一つ。丘に棲む魔女の話。
「あ〜あ。そう言われるのがいやだったから隠れてたのに。自分から出てきたら世話ないなぁ」
明るく振舞おうとしているが、どこか悲しげだった。
「そうだ。キミって街の子でしょ?下で私がどうゆう風に言われてるのか気になるなぁ。
ちょっと我が家でお話しない?お茶、出すわよ?」
・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。正直。かなり躊躇した。
噂だけとはいえ、中には人を取って喰う、と言う話も在るほどだ。
怖い。そんな人についていくなんて、正気では無い。
でも。
「・・・・・・えと・・・・」
それでも。やっぱり。
その女性が、あまりにも綺麗だったから。
「・・・・・うん。ちょっとだけなら、いいよ」
もっと綺麗な彼女の笑顔を見てみたいって、そう思ったんだ。
「よ〜し。それじゃあ早速行こう!お菓子焼いてあげるからね〜〜〜」
きれいな青空の下には、
嬉しそうに歩き出す彼女と、
はにかみながらついていく自分の姿があった。
――――それが、出会い。
その後、世界が滅びるまで、
文字通り斬っても切れない間柄となる、純白の天使との馴れ初めだった。