第17幕 天使たち2/世界創造
「・・・・・、・・・え?」
目を開いても、そこは見慣れた自分の『城』ではなかった。
一度消滅すれば、自分の『城』で目覚める筈なのに・・・・・・。
打ち出された黒剣はラミエルの眼前で停止していた。
彼女の周りに張り巡らされた青い障壁が、ジンの攻撃から身を守ったのだ。
「これは・・・・」
確信が頭の奥で閃いた時、二つの影が降りてきた。
「女神の『剣』、ミカエル!」
「・・・・女神の『本』・・・ウリエル・・・・・」
「「見参!!」」
「貴女たち!?」
現れた天使たちを前に、一層驚愕するラミエル。
「助っ人に参りました!」
燃えるようなセミショートのミカエルが大きく剣を振って言った。
「・・・ヤハウェル様のご命令・・・・・」
口を開きかけたところを青髪をなびかせたウリエルが先手を指す。
「貴女たち、どうして此処が!?」
「うちの女神の 『文』・ガブりんをナメちゃいけませんよ。あの子にかかれば一発です」
ガブリエル・・・・・探索と情報戦のエキスパート。
『えへへ、褒めてくださぁい』
脳裏に無邪気な声が響く。
ラミエルはわざわざ切っていたはずの念話を通して、遠く離れた天界でニコニコ笑っているであろう黄色の天使に返答した。
「天界に帰ったらシバくわ」
『ふぇぇ!?何でですかぁ!?』
「早く逃げなさい!貴女たちではジンに適わないわ!!」
ジンはこちらを窺っている。今のうちに、早く・・・・・。
そんなラミエルの心中を知ってか知らずか、彼女を守るように二人の天使は立ち並んだ。
「ヤハウェル様のご命令です。今はこの場を逃れましょう!」
「駄目・・・・私はあの子を止めなきゃいけないの・・・・・!」
ラミエルがミカエルを押しのけ両手を広げる。
瞬間、ジンの黒剣と障壁が火花を散らした。
「・・・・・くぅっ・・・!」
ジンの眼が紅く輝く。
ラミエルの障壁に罅が入って砕けた。
猛然とジンが突っ込んでくる。
ラミエルは障壁が破られたショックで硬直して動けない。
迫る剣の切っ先。吊り上がる口元。
「じゃあ、こういうことにしましょう」
黒剣を防ぐ青い障壁。
次いで振り抜かれた剣の軌跡に沿って、鋭い風が奔り抜けた。
ジンは瞬時に闇を纏って防御する。
「一仕事終えてから、一緒に帰りましょう」
ミカエルの剣から風圧が迸り、ウリエルの手には巨大な魔導書が現れた。
「何を言ってるの!貴女たちでは勝てないって分かったでしょう!?」
雷光の如く迫るジンを、光の檻が食い止める。
三人を囲った檻はその頑丈さを以て刃を弾き返す。
「分かってます。あたしたち二人掛かりでも勝てそうにないです」
「だったら・・・・・」
「でも!!」
そこでミカエルは声を強くして言い放った。
「あたしたちを守るたびにラミエル様が死ぬのはイヤなんです!」
「!!」
天界にも《侵界者》が攻めてくることは珍しくない。
彼らを狩るのはジンの仕事だが、『世界』中を飛び回る彼の手が回らないケースもままある。
そんな時、《生かす》守護者であるラミエルは、不殺生の禁忌を犯して《侵界者》を葬る。
そして対価として、与えた分の死を受け入れる。
不死身であるラミエルにとってはなんのこともないペナルティではあったが、彼女を慕う天使には耐え難い苦痛であったのだ。
・・・・何時の間に、自分はこんな当たり前の感情を無くしていたのか。
その事実に、ラミエルはただ愕然とした。
誰かを失えば辛い。
それは真実だ。決して無くしてはいけない、当たり前の感情だ。
気付いた自分はまだきっと戻れる。
後は、今も血溜まりの真ん中で啜り泣いているあの子を引っ張り上げるだけ。
「うん。ありがとう、皆手を貸してくれる?」
「「勿論!」」
光の檻が解かれ、再びジンの目に標的が映る。
この時、既に彼は何のために剣を執ったのかを忘れていた。
彼は気付いていない。胸の内にあるのが、意外なことに憎しみではなく――――
「はぁぁぁ!!」
ミカエルが剣を構えて飛来する。
彼女が剣を振るう度に、切り裂くような風が追随し、ジンの外套を裂いていく。
「何だ、お前はこの前の羽虫じゃないか」
ミカエルのこめかみに青筋が浮く。
「羽虫って言うな!」
上段に振りかざした剣を叩きつけようとして、
「潰れろ」
紅い魔眼と目があった。
「・・・・・ッ・・・!!」
全身を蝕む恐怖。
一瞬後には命を寸断される。そんな予感に気が触れそうになる。
だが、すぐ傍に感じる二つの温もりが、ミカエルの理性をつなぎ止める。
「・・・・だぁらっしゃあぁぁ!!」
剣を受け止めたジンの顔に、仄かに驚きの色が差す。
「少しは肝が据わったな。流石、あれの守護天使だけはある」
「お褒めに与り、どーも!」
冷や汗を流しながら、ミカエルはジンと必死に切り結ぶ。
ジンが本気を出していないことなど、彼女は端から気付いている。
自分の役目は時間稼ぎ。引き留められるだけ引き留められればいい。
『ミカエル・・・退いて・・・・!!』
「!!」
ウリエルの呼び掛けに咄嗟に飛び退き、高く空に上がる。
「吹き荒れよ、風の暴君!汝が唸りは千刃の咆哮!!」
俄にジンの周りに風が逆巻く。
「タイラントストーム!!」
瞬く間に膨れ上がった竜巻は、容赦なくジンを呑み込んだ。
・・・・・いくら龍神が怪物と言えど、風魔法の最強クラスのアレを喰らえば少しは・・・・。
そう踏んでいたウリエルは、いきなり紐解かれた嵐を見て目を見張った。
龍神は呑み込まれた時と同じ姿のまま、ただ右手を軽く掲げて浮いていた。
解かれた風はその右手に集められていき、
「なかなか良い風だ。―――ストームジャベリン」
巨大な槍となって撃ち出された。
「・・・・・!!!」
ウリエルの正面に青い壁が現れる。
槍はまるで紙のように障壁を貫き、ウリエルは地上の街に墜ちていった。
「ウリエル!!」
翼を翻して仲間を救出しようとしたミカエルの前に、ジンが立ちふさがる。
「余所見をしている場合か?」
危ういところで眼前に迫った黒剣をかわす。
ミカエルは繰り出される剣を捌き続けるが、焦りの為かその動きは目に見えて鈍っていた。
「つまらん。所詮は人間か」
受けた剣では防ぎきれなかった衝撃が頭部を叩く。
「っあ・・・・!」
一瞬、世界がブレる。
全てが二重三重に見える、致命的な刹那。
躊躇うことなく放たれる斬撃。
彼女の首を切り落とす筈の剣は、しかし寸前で軌跡を変えて空を舞った。
「フレイムインパクト!!」
完全な死角から飛んできた火の砲弾を防ぎきるジン。
その視線の先にはウリエル―――少しばかり翼が傷んでいるが、概ね無事。
「・・・しっかりして・・・ミカエル!」
ミカエルの顔に安堵の色が広がる。
「ありがと、ウリエル!」
再び向き直った顔には更なる闘志が漲っていた。
「・・・・・時間をかけ過ぎたようだ」
深く溜息を吐いたジンの周りに、黒い気が溢れる。
それは漂いながら不定形の姿をジンに巻き付けていった。
ミカエルとウリエルの二人に緊張が走る。
「《深闇の帳》、変ぜよ《黒騎士の・・・・」
その時、大気が鳴動した。
ジンの目が天使たちを越えて、その後ろで今までずっと式を組み続けていたラミエルを捉えた。
「・・・・・描くは夢想の箱庭。我が幻想は現となれ。―――『世界創造』、命名・『白亜神殿』――!!」
ラミエルの両手の内の光がほとばしる。
やがて、全てが白に塗りつぶされた。
なんか、こう・・・蓬莱の薬的なものが欲しい・・・・Oh Help me Eri(自重