第16幕 黒の衝動/白の決心
「―――で、いいのかい?」
互いの姿を確認出来る闇の中、『銀詩』が言った。
「何のことだ?」
湯気立つ紅茶を啜る金時計。
「あの二人のことだよ。今会ったら間違い無く殺し合いになる。現状ではラミエルちゃんはジン君に勝てない。もし彼女が死ねば、世界を覆う結界が破れて―――」
「―――『侵界者』が溢れる、か?大丈夫だ。まだそこまで弱ってはいない」
「それに我々には完全な死は存在しない。あるのはただ漠然とした消滅だけだ」
『銀詩』の頁を繰る手が止まる。
「・・・・・ところで。君はどっちなんだい?」
「だから何のことだ」
「君はジン君の考えに賛成なのかい?」
「ふむ。それは人間を滅ぼしたいということか?」
「彼は本気なのかな」
「まあ、本気だろうな。そもそもあいつはそうなるようプログラムされている」
「というのは?」
「元々、私たちは『世界』が造るまでもなく存在していたものだ。それに『世界』が戯れに形を与えたに過ぎない。
だが、彼らは違う。あの二人は本来存在し得ない概念を元に造られた。言わば、『世界』が描いた絵だ」
黒い槍が『影』たちを穿っていく。
周りは全くの無人。
暴動と勘違いした駐屯していた騎士団が出張ってきたが、大抵は『影』に乗っ取られるかジンの攻撃の巻き添えを喰って散り散りになって逃げ出した。
「・・・・・こんなものか」
破壊し尽くした町の中心で、ジンか独り呟いた。
『影』たちは全て消滅し、闇の淵も沈黙している。
いつも通りの破壊。
だが、何かが足りない。
その何かが満たされない限り、自分は剣を執ってはいけない気がする。
それは、自分が漆黒大天であるための行動原理だったはず。
・・・・まぁそんなことはいい。
壊すこと。それが俺の存在証明。
と、勝手に自己完結。
「ん、何にせよこれで終わりだ。帰るか」
そして踵を返しかけたとき。
眼下に映る二つの影――少年少女。
咄嗟に判別つかず、取り敢えず殺しておくかと二本の槍を生成・投擲。
行方を見守ることなく空間を曲げ。
迫る光弾。
振り向きざまに一閃、弾き飛ばす。
襲来する一、二、三発の確認、防御。
煙の向こうから現れた丸い障壁と、背に子供たちを庇った純白の女神。
「―――ラミエル」
向けられる、責めるような、嘆くような、憐れむような目。
「あなたがしたかったのは、こんな無差別な殺戮だったの?ジン」
悼み。《守る》守護者は散った命に安寧の祈りを捧げる。
「俺の役目は殺すことだ。お前の価値観を押し付けるな」
「あなたの相手は《侵界者》だけでしょう!?もう、人間を殺さないで!!」
「――――だから、お前は駄目なんだ」
ばしゃ。
黒い液体がラミエルの頬を濡らす。
撃ち出された黒槍がラミエルの障壁を抜いて、彼女の背後から襲い掛かった悪魔憑きと化した子供たちを貫いたのだ。
「・・・・あ・・・・・・」
脳裏に蘇る記憶。
教会の惨劇―――純白大天として目覚めたきっかけ。
絶望と悲しみと怒り。
それに彼女は歯を食いしばって耐えた。
そして、龍神を見上げて言った。
「それでも貴方は間違ってる。だから、私が止めてみせる」
その手に光が宿り、やがて白く輝く剣が握られた。
ジンの手にも漆黒の剣が現れる。
「止めてみろ。お前の全存在をかけてな」
ラミエルの背に光の翼が咲いた。
矢の如く飛び出した白剣を黒剣が防ぐ。
「それでいい。二匹の龍は喰らい合いながら世界を創る・・・・!」
鍔迫り合ったのも束の間、圧倒的な力を誇るジンの猛攻の前に、瞬く間にラミエルは防戦一方に追い込まれる。
「どうした!お前の力はこんなものか!?」
「・・・・!!くっ・・・!」
ジンが大きく振りかぶる。
ラミエルには反撃する隙はなく、確実に致命傷を与えるデッドコース。
「―――――――聖盾よ、我が身を護れ―――フリーデンシルト!」
思わず呪文が口をつく。
輝く障壁に剣を弾かれたジンの口元に笑みが広がる。
呪文詠唱――弱体の証拠。
「盛れ、紅蓮!」
ジンの周りの空気が揺らぐ。
龍の如くうねる炎の塊がラミエルに牙を剥く。
「エラトマ・フロガ!!」
ラミエルの概念破りの力――光に質量に与える――は、ジンの力と同様、形を持たない『光』を物質的な存在に造り替える術である。
今ラミエルが造り出した光壁は、ジンの炎に灼かれ砕かれ光を散らして消えた。
「その程度かぁあぁぁあ!!」
「光燐よ、彼の者を縛る鎖となれ!!」
煌めく光の鎖が迸る。
それはジンの体に絡み付くと、彼を空中に括り付けた。
「私は光の守護者よ。日中の私に適うと思った?」
縛られて動けないジンを前に、渾身の虚勢を張る。
実のところジンを縛る鎖は千切れんばかりに軋んでいる。
(やっぱり無理があったかぁ・・・・)
幾ら昼が彼女の領域と云えど、戦闘に特化した彼に勝てる道理はない。
ジンもそれなりに消耗しているようだが、この挑戦は無謀であった。
「ガァアア!!」
遂に鎖が千切れ、光へと還っていく。
既にジンのテンションは絶頂状態だ。
唸りを上げて繰り出される斬撃を凌ぐだけで精一杯。
純白の衣装は紅く染まりつつある。
斬。
「・・・・・・!!」
振り上げた剣が右腕ごと斬り飛ばされた。
「くっ・・・・ああぁ!!!」
鮮血が散る。
間合いを置いてジンの猛攻が止む。
・・・・・・どうやら、再生する余裕をくれるらしい。
肩の傷口を眩い輝きが覆い、光の粒子が腕を象っていく。
ラミエルの腕が再生する様を眺めながら、ジンが尋ねた。
「何故そこまで人間に肩入れする?」
ジンの周りに十本の黒剣が現れる。
それらはラミエルを威嚇するように空を舞っている。
「俺たちの役目は人間を護ることではない。そうだろう?」
ジンの剣が揺れる。まるで自分の望む答えが得られなければ、それを解き放つように。
完全に腕を取り戻したラミエルはしかし、激しい魔力の消費に肩で息をしていた。
「でも、人間を殺すことも役目ではないわ。貴方は自分の感情に振り回されすぎている。少し頭を冷やしなさい」
黒剣がラミエルの肩に突き刺さる。
「答えを聞いていない。何故、そうまでして人間を庇う」
ジンの双眸に火が灯る。次こそ―すと告げている。
ラミエルにはそれが、泣き叫んでいるようにしか見えなかった。
「・・・・人間がね、面白いからよ」
彼女には彼が望む答えをあげることが出来ない。ならばせめて、彼女の答えをぶつけることが彼への誠意だった。
「私が人間だったとき以上に、長い間彼等を観ていて分かった。人間は一人一人が色々なことを考えている。あらゆる世界の人々がね。その無限の可能性が、いつか世界を救うわ」
飛来した剣を障壁で弾く。
「それが私の答え。無限に繰り返される螺旋の中で見つけた、唯一の答えよ」
突然、ジンの眼から怒りが消えた。
代わって彼の眼に浮かんだのは―――――――
「俺の答えは―――――滅びだ」
再び、烈火に燃える。
「させない。私が必ず止めてみせる」
震える切っ先を向ける。
そして、幾十本もの黒剣が、ラミエルに殺到した。
タイムマシンがあったら、バベルの塔の建設阻止と数学者たちをどうにかしたいです