第13幕 VS・・・・・?/天使たち
試験勉強・・・・眠い・・・・・突っ込まないで下さい
ガラガラと瓦礫が崩れていく。
廃虚の街を踏み分けながらジンは物思いに沈む。
此処はかつてそれなりの繁栄をみせた一つの国だった。
ザンザット王国。
それがこの廃虚の名前だった。
今では美しかった街並みは消え失せ、豊かな緑は白い灰に変わっている。
ジンが漆黒大天として覚醒した瞬間に暴走した力は、国一つを完全に『殺して』いた。
あれからどれくらいの時が経ったか。
何故再びこの地を踏んだのか。
何故今あの女のことを想っているのか。
「・・・・・・俺は、迷っているのか?」
にゃーお。
「・・・・!?」
とっさに身構える。
と、白い灰と化した家の後ろから小さな影が飛び出した。
猫だ。
白猫は緑の瞳でジンを見つめると、奥の瓦礫の中に駆けて行った。
「猫・・・・か」
まただ。
白。緑の瞳。
また彼女を思い出した。
頬を叩いて渇を入れる。
「甘えるな漆黒大天。お前の役割は、そう―――――」
振り返る。
そこには、千に達する天界の大軍勢が並んでいた。
知らず、口元が笑みを浮かべる。
「さあ、龍神。あなたの力、しっかり見せてもらうわよ」
隊列の一番後ろでミカエルは呟いた。
「聞くのであ~る!我の名はサドキエル!貴様を成敗しに来た!大人しく正義の鉄槌を受けるであ~る!!」
先頭の顎髭を生やした男が宣言する。
立派な鎧を着けたその天使は、どうやら体長格らしい。
「そうか。俺を殺すことが正義か」
「当然である!我らが天界、ヤハウェル様のお膝元には入り込ません!!」
サドキエルは剣を振り上げ、背後の兵士を激励した。
「さあ、神の子等よ!!憎き悪魔の手先を討ち果たすのだ!!・・・・・・どうした?」
急に揃って顔色を変えた兵士たち。
怪訝に思ったサドキエルも振り返る。
「どうした正義の使者。俺を殺すのだろう?」
そこには大きく翼を広げ、高々と舞い上がったジンがいた。
その紅い両目に見据えられ、天使たちは蛇に睨まれた蛙のように身動きがとれない。
「思い上がったな人間。貴様等の相手は神と知れ」
巨大な黒鳥の翼が羽ばたかされる。
同時に、何百もの羽が撃ち出された。
まるでダーツ。
動かない兵士を的に次々と黒針が突き刺さっていく。
「・・・・・・あ」
サドキエルは隣にいた兵士の頭が砕けた音を聴いて、漸く理性を取り戻した。
「た、退却、退却―――!!!」
一気に隊列を乱す天界軍。
散り散りになって、我先にと逃げ出して行く。
「もう少し付き合えよ!滾れ、灼熱の憎悪!火界大怨呪!!」
唸りを上げて炎の嵐が吹き荒れる。
断末魔ごと焼け焦げていく兵士たち。
中心で哄笑する龍神。
嵐が去った後には、黒い灰が遺っているだけだった。
「・・・・くっうぅ」
辛くも空に逃げ、炎の手から逃れたミカエルは愕然とした。
「あれだけの魔法をたった二節で完成させるなんて・・・・・・!!」
本来魔法とは、世界に存在する『現象を起こす原因』に魔力を流して刺激し、対応した現象を引き起こす術である。
呪文とは流した魔力を誘導するためのもので、強力な魔法、複雑な魔法ほど長い呪文詠唱が必要になる。
龍神の魔法は少なくとも十節、儀式レベルの大魔法だった。
「あんなのに勝てるわけない。逃げよっ!」
そうして羽をはためかせて飛び去ろうとした時、
「お前、ラミエルの匂いがするな」
「・・・・・!!!」
耳元で、声がした。
直ぐ後ろに龍神がいる。
『死』が、そこにいる。
「お前、ラミエルの知り合いか?どうしてやろうか。バラバラにして奴の前に放り出してやろうか。それとも黒焦げがいいか?」
龍神はえらく興に乗っている。
今なら逃げられる。
そう自分を鼓舞しても体の芯まで侵した恐怖は拭えない。
恐怖。
指先さえ動かすことが出来ない。
死ぬ。
無言で龍神が自分の行く末を告げる。
ひた。龍神がミカエルの肩に触れた。
「―――――・・・・・・・・!!!!!」
息が詰まる。
触れられただけで頭が白く霞む。
(イヤだ、助けて、ヤハウェル様、ラミエル様―――――!!!)
「!!?」
龍神の動きが止まる。
瞬間、ミカエルの前方の空間が歪み、そこから細い手が伸びた。
「うえっ!?」
手はミカエルの襟首を掴むと、歪みの中に引きずり込んだ。
・・・・・一瞬だけ、紅い眼と歪みの奥の蒼い眼が合う。
それも直ぐに元に戻った空間に遮られ、ジンは伸ばした手の遣り場を無くした。
「あれほど龍神と闘り合っちゃ駄目って言ったでしょ!!」
ミカエルを回収したのはラミエルだった。
「私が気付かなかったら貴女は死んでいたのよ!!」
聖母の塔の床にへたり込んだミカエルは、俯いたまま謝る。
「ごめんなさい。どうしても試してみたくって・・・・」
「・・・・お説教は・・・・・その辺にして・・・・如何しますか・・・・・ラミエル様・・・・」
ミカエルの傍に付き添っていた少女が言った。
その少女は青い髪の上に、楕円形の大きな帽子を載せている。
「そうねぇ。貴女はどう見る?ウリエル」
青い少女、ウリエルは携えた胴の丈ほどもある巨大な本を開いた。
「龍神には・・・・魔眼と・・・闇に形を与える力しかない・・・・・・」
「嘘ぉ!?」
落ち着きを取り戻したミカエルが叫ぶ。
「本当。・・・・単純なだけに広く応用が利く。・・・・なかでも厄介なのが魔眼。・・・・魔法行使の補助だけでなく・・・・生き物の・・・負の感情を取り込んで・・・魔力に変える・・・・・」
「何それ?」
ラミエルが説明する。
「龍神はあらゆる『負』の塊だからね。ヒトの感情を食べて強くなるのよ」
「彼を憎む人ほど・・・・彼の前では無力・・・戦術も戦略も通用しない・・・・・強敵」
ベッドで寝ころんでいたヤハウェルは言った。
彼女は子供のようにばたばたとベッドを蹴っている。
「敵って訳じゃないわ。こちらが何もしなければ何もしてこないんだから」
聖母の塔に不思議な沈黙が降りる。
「・・・・・やっつける方法はないんですか?」
ミカエルが悔しそうに言う。
ラミエルは考え込んだ。
「うーん。天界で戦うなら勝機はあるかも。彼も弱ってるみたいだし」
「どうして天界で戦うと勝てるんですか?」
「此処が私の生まれた世界だからよ。でも、みんなに迷惑掛かっちゃうからなぁ」
「・・・・龍神が弱っているというのは・・・?」
ウリエルが尋ねる。
「えっとね。元々私たちは呪文の詠唱は必要ないのよ」
「そうなんですか!?」
「そうよ」
魔法とは『世界』が世界を創る時に使った術である。
そのため、『世界』の落とし子である彼らはあらゆる現象を難なく操ることが出来る。
「それでも私たちの『星の生命』が弱まると、少しだけ詠唱しないと強力な魔法は使えないの」
「つまり、一節でも呪文を唱えたってことは龍神が弱っている証拠ってことね」
「そういうこと」
(でも・・・・)
そうラミエルは心の中で続ける。
(ジンが弱ってるってことは、私も弱ってるってことなんだけどね・・・・)