第11幕 invader/飢餓流星
「む・・・・夢か」
こんな状況で夢を見るなど、呑気なことこの上ない。
いや、走馬灯と云うやつだろうか。
現在、深い森の真ん中で、小さな都市を建てられる位のクレーターに身を沈めている。
目の前には巨大な蜘蛛・・・・のようなもの。
森の木々より遥かに大きい、全体的に白く、眼だけが青い化け物がいる。
あの日の怒りが俺を衝き動かす。
倒れた木を退けて、立ち上がる。
・・・・ま、俺を差し置いて化け物名乗るのもいただけない。
さっくり退治しようか。
『世界』は必ずしも万能ではない。
実際に、こうして漆黒大天や、純白大天、その他の手を借りている。
今、ジンが行っている、『駆除』もその伝手だ。
ソレ等は、遥か遠くから来た。
棲む星を追われたモノ、新天地を探しに来たモノ、何となく来てしまったモノ。
とにかく、この星の外から来てしまった厄介なソレらは、どこかに降り立つと悠々と食事を始める。
もちろん、食料はこの大地だ。
やって来られた側としては、堪ったものではない。
そのため、『世界』は彼らを『侵略者』と呼び、ジンの狩る対象の一つとして指定した。
「―――――おっとぉ!!」
繰り出された長い肢を躱す。
ジンは深く大地を穿った蜘蛛の肢を他所に、闇の翼を生やして飛び上がった。
「よう、蜘蛛野郎」
奴の八つの眼が、怒りに燃えるのが視える。
魔眼を起こしてカッと見開く。
蜘蛛の頭の辺りで爆発が起こり、その巨体を揺らした。
その隙に、剣を引き抜いて接近する。
「はぁあぁ!!」
まず一本。
蜘蛛の巨大な肢が、音を立てて倒れる。
―――――――――――――!!!!
声にならない叫びを上げて、蜘蛛が襲い掛かる。
攻撃を躱しながら、次々と肢を切り落としていく。
遂に、蜘蛛の肢は残すところあと四本になった。
「沈め!!」
剣を振り上げ、歓喜に叫ぶ。
この緊張感、この優越感、この快感。
何物にも変えがたき感情に酔う。
剣は正確に蜘蛛の額を狙い。
突然、消失した。
「―――――――なっ!!?」
両目に灯った火も消えてしまった。
咄嗟に闇を練るも、全く形にならずに消えてしまう。
そして、怨敵の異常を見逃す蜘蛛ではなかった。
血まみれの肢を上げ、踏み降ろす。
山のような身体から繰り出される一撃は、それだけで脅威だった。
ズン!!
再びジンは、森の真ん中に巨大な穴を穿つ。
「・・・・・が・・・あ・・・・・・」
全力で意識を繋ぎとめる。
受けた傷は、修復可能な範囲。
それより、問題は――――――
(闇の使用を封じられたか)
闇による武器の創造が使用できなくなっている。
体に纏っている闇だけは、防御壁の役を全うしているが。
これこそが、俺に付きまとう欠陥。
強力過ぎる力に体が追いつけなく、やむを得ずその状態に即した力しか扱うことが出来なくなるのだ。
―――――――いや、体が追い付けないのではない。
正確には、心の方が付いて来られないのだ。
笑い話だ。
何千何万という命を喰らってきたというのに、この俺はまだ、自分が怪物であることを認めていないのだ。
だから、自分が並外れた力を持つことを無意識下で拒絶する。
「―――――――――――!!」
飛び退く。
一瞬前まで立っていた地面に、蜘蛛の肢が突き立つ。
感傷に浸るのは後だ。
俺の事情など知ったことではない。
俺はただ、己が責務を果たすだけ。
そして、再び地面を蹴った。
「あ、あったあった」
通りの裏の裏。およそ人目につかない路地裏に、それはあった。
それは、穴だった。
虚空の真ん中に不自然な亀裂が生まれ、その中に、黒々とした闇を湛えている。
ラミエルは、その穴に両手を当て、『創造』の力を行使した。
白い輝きが零れる。
穴は見る見る縮み、遂に消滅した。
後には、ただ路地裏の景色が広がっているだけだ。
「ふう。お仕事終わり」
思い切り伸びをして、狭い空を仰ぐ。
『主、よろしいか』
その時、耳ではなく頭に直接聞き馴染んだ声が響いた。
「あ、チェシャ?どうしたの?」
声の主は、半ば諦めた口調で言った。
『ですから主……そのような品の無い呼称をやめて下されと…………』
「いいじゃない、可愛くて。で、なにかあったの?」
『……………はい。こちらで『世界の傷』を発見しました。そちらが終わり次第来てください。
我輩が待機しておりますので』
「分かったわ。こっちはもう終わったから、そこで待ってて」
『御意』
短く応えた声は、それきり聞こえなくなった。
ラミエルは後ろで腕を組むと、気ままに歩き出した。
とある街の一角。
比較的賑やかな人通りに、一つのカフェがあった。
今日は天気も良く、店先に張り出したテラスでも、多くの客が穏やかな午後の一時を過ごしていた。
その内のテーブルの一つに、金髪の少年が座っていた。
紅茶を啜りつつ読書をするその様は、少年の端整な顔立ちも相まって、絵画のような雰囲気を醸し出していた。
その少年の向かいの席に、どかっと乱暴に青年が腰を下ろした。
少年はつと視線を上げると、青年に声を掛けた。
「やあ、君か。ジン」
青年――ジンは不機嫌そうに応える。
「わざわざ呼び出して・・・・何の用だ、金時計」
金時計はまた本に目を落とすと、何事もなげに言った。
「なに、君が仕事を果たせたかどうか、聴きにきたんじゃないか」
「白々しい。その気になれば『万象の綴り手』から把握出来るだろうに」
「そう言うな。で、どうだったんだ?」
金時計は本を閉じ、傍らに置いて尋ねた。
「いつも通りだ。そうでなきゃ、ここには来れないからな」
「ふむ。いや、君もなかなか板に付いてきたね。私と出会ったばかりとは大違いだ」
「・・・・・・」
それを聴いて、ジンはあの日、彼と再会した時のことを思い返した。
座り込んだまま紅い夕日を眺める。
全身を血に染めながら、未だ両手は獲物を求めて戦慄いている。
頭は混濁していて訳が分からない。
空が紅い。
ここは自分だけの紅い世界。
殺人鬼を閉じ込めるにはちょうど良い、不可侵の檻。
殺人鬼。
確かに、背後に築かれた屍山血河を目の当たりにすれば、言い逃れは出来ないだろう。しかし、自分はこうしなければならなかった。その絶対の確信が、狂気の淵に掛かった彼の精神を押し留めていた。
「―――――――!!!」
苛立ち紛れに傍にあった岩を殴りつける。
ビキリと岩に罅が入る。彼の右手はそれで砕けたが、瞬く間に治癒した。
「く・・・うう・・・・」
「よう、少年。達者か?」
気が付けば、目の前に金の少年がいた。
「これはこれは、派手にやったものだ」
「時計屋・・・・・いや、金時計」
金時計は辺りを見回していたが、直ぐに振り向いた。
「どうやら完全に覚醒したようだな、ジン。ちゃんと『世界』の言う通り出来たじゃないか」
「・・・・・・なん、だって?」
「おや、必要な知識は与えられた筈だが。まあ、いい。後は実体験あるのみだな」
「何を・・・・言って・・・・・・・」
どくん。
それは、全くの不意打ちだった。
憎い。
全身の細胞すべてが火を噴いているような錯覚。
そうだ、これは。
目の前にいる奴が憎い。
殺せと。
その余裕かました態度。
どくん。
目障りだ。
どくん。
どくん。
「うアアアアアアアアアアアア!!!!!」
右手に巻き付いた闇の形を変え、鋭い爪で襲い掛かる。
しかし。
「・・・・・・!?」
がくん。
伸ばした腕はぎりぎりのところで、金時計の眼前で停まっていた。
腕だけではない。
見えない力で、ジンの全身が固定されていた。
「・・・・・!?・・・・・・・・・・ッ!!!」
ぎ、ぎし。
動かない。
「ぐ、おお、おおお・・・・!!」
ぎしぎ、し。
「やめておけ。時間を縛っているのだ。いくらお前でも破れるはずが無い」
ぎしぎしぎし。
「おおおおおおあああああああああ!!!」
ぎしぎしぎぎぎぎ、ぎぎバキン!!
「―――――――ほう」
金時計が掛けた時の呪縛は、ジンの怒気に敗れた。
今度こそ、ジンの魔手が迫る。
だが――――
「―――――!!!」
中空に顕れた黄金の鎖が、ジンの体を十重二十重に縛り付けた。
「―――く・・・・お・・・・・」
今度こそ、ジンは指一本動かせない。
「素晴らしい。我が時の呪縛を破る程の怒り、憎しみ。―――覚えておけ。君の原動力は負の感情だ。そして、その矛先は私に向くものではない」
金時計が指を鳴らすと、鎖は融けて消えた。
ジンは力無く地面に座り込む。
「我等の役目は『世界』を守護すること。その力は、『彼女』のために奮うべきだ」
そう言って、金時計はジンに向かって手を差し伸べた。
「この手を取れ。君にいつかの講義の続きをしてやろう」
ジンは、躊躇うことなく金時計の手を取った。
「―――――良し。今から君の名は『漆黒大天』。我等、『有色魂者』の一員だ」