幕間 それから/side black
彼女が囁く。
助けて。助けて。
彼女が囁く。
殺して。殺して。
「はぁ・・・・はぁ・・・・・」
息を切らしながら、山道を掻き分ける。
ラミエルと別れてから、どの位経ったのだろう。
ジンは小さな体を黒い衣で包み、全身から血を流している。
今では、昼夜を問わずに体が痛む。
ひび割れた皮膚の下からは、得体の知れない黒いもの―――それが闇だと、彼女は教えてくれた―――が覗いている。
目的があるわけではない。ただ、熱に浮かされたように歩き続ける。
《目的地は近い。この寂れた山道の先に、彼女の敵がいる》
色々なことが頭の中で渦を巻いている。
《力が溢れる。抑え切れない》
どうして、何がこんなことになったんだろう。
《どうでもいい。自分は役目を果たすだけ》
木の根に躓いて転ぶ。
もう、立ち上がる気力もない。
それでも、体は勝手に動き出す。
《自分は未だ、鎖に囚われている。『世界』の読み通りだ。やはり、人間には荷が重い》
この身を動かすのは執念。
最も死に近いからこそ、生への渇望は並みではない。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。
それは生物の根幹を成す衝動。
最も基本的な自己防衛。
よろよろと山道を歩いていくジンを、見下ろす影があった。
「いよいよだな」
木の枝に腰を掛け、白に金の刺繍を施した正装をした少年は、時計を弄りながら微かに笑った。
「はぁっ・・・・はぁっ・・・・・あっ!」
山道を抜け、急に広がった視界。
眼下に写る、夕日に映える小さな村。
「よかった・・・・・あそこに行こう」
ジンは安堵のあまり、鋭く痛んだ両目を気にしなかった。
《村を視界に治めた瞬間、彼女の怒りが直に伝わり、眼が激しく痛んだ。もうすぐだ。自分は彼女の憂いを晴らす》
おかしい。
山を下り、村に近づく度に、体が痛む。
病気かも知れない。早く辿り着かなければ。
村の入り口が見える。
ぼたぼたと滴る血も、気にしない。
もう、あそこに行くことが目的になっている。果たして、それは誰の目的なのか?
倒れこむように村の入り口に入る。
瞬間―――――――――――――――――――
《三年前、旅行中の魔法使いが、土地を安定させる方法を伝える。
以来、この村では、周辺地帯から『星の生命』を過剰に引き出す蛮行を続ける。
結果、周辺地帯は枯渇し、均衡は乱された。
以上、『万象の綴り手』の記録。『世界』はこの案件に対して漆黒大天による粛清を要請。
漆黒大天、求めに応じて到着。これより粛清を開始する》
怒涛の勢いで、全く意味の解らない情報が頭に叩き込まれる。
頭痛は絶頂を迎えた。
激しい怒りは彼のものになって暴走する。
やり場のない怒り、憎しみの全てが彼のものになる。
《殺せ。殺せ。殺せ。殺せ》
咆哮を上げる。
驚いた村人達が、何事かと出て来る。
止まらない。
世界の全てを憎む衝動は、血飛沫を撒きながらジンを立ち上がらせた。
世界が紅く染まり、視界が逆転する。
そして、彼は思考を放棄した。
ジンは荒野に立っていた。
村だったものはただの荒地で、命の気配は亡い。
本当の意味で理解した。
自分がどんな化け物なのか。
無数の骸の山に立ち尽くす。
頬を伝う。
それは、夕日よりも紅い、真紅の涙だった。