試作:果たして俺に恋愛ものなど書けるのだろうか
人には得手不得手がある。
なんでもできる万能超人はなんでもできるけど極まった物のない人とも言えるし、何かが極まった人は何かを犠牲にしていたり、何かを犠牲にする以前にダメダメだったりする。
俺にとってそれは…遠回しな表現とか、人間の機微とか、愛とか、浪漫とか、言うのは簡単だが書き表し理解してもらうと言うのは難しい物を書くと言うのが著しく下手くそである。
…少なくとも俺のように、俺のようなと言うべきか?
まあ、半端者には難しい事があるのだ。
半端じゃない人でも足りないところがあるのなら俺は足りないところばかりだろう。
恋愛経験は薄いし、人に興味がないし、他人よりも自分が大切だ。
共感してくれる人居るだろうし、理解してくれるような物好きもいるかもしれないがぶっちゃけそんな沢山はいないだろう。
要するに少数派、察するにマイナー、どうあがいても三流、まあ、人生八十年のいまの世の中エルフ並みの長寿だとすれば十数年、いや物心がつき、そして思考力が猿から人になったあたりから数えれば未だ数年の我が人生、物書きとしてはあまりに未熟で人間としても最低レベルに達して居るかどうか、甲斐性もなければむしろ養ってもらいたいと公言するダメ人間…
まあこき下ろすのはここら辺で、なにせ親に申し訳ない。
で、だ。
もしこれが日記文学めいたものでタイトルが最初について居るなら確実な事があり、そして流れと言うものがある。
つまるところなんだと言う話かと言うと…
「君が好きです!」
我が世の春は来てしまったと言う事だ。
それはなんて事のない、そしてこれからの人生で一番の景色となる夕暮れで、下手な屋上、浮き足立つ二人、顔を赤くした少女、鼻をかく俺。
俺の薄汚れた上履きが恥ずかしくなるくらい真っ白な上履きの持ち主は赤くなるとかそれを通り越して沸騰していた。摂氏100度である。体温計もお手上げである。
呼び出しを食らったのは俺で呼び出したのは彼女、この時ほど表情筋を恨んだことはない、なにせピクリとも動いていないのだ。いつもなら下手くそな愛想笑いと先生に評定をギリギリ温情でもらえる程度には素敵な好青年スマイルが繰り出せると言うのにこの状況を前にして顔の表情筋が反乱を起こしたように全くもって動かない、動き出す気配もない。
夕暮れにカラスが鳴いて何処からか横の小学校からかなのかは知らないがカラスと一緒に帰ることを迫る童謡が流れる。
ちなみに現在気温は天気予報通りの一桁台、ぶっちゃけ寒い、浪漫とかドキドキで壊れそうな心臓とかそれ以前に寒い。
「あの!え〜っと!」
「…」
障害物がない屋上という空間は風が吹けばそのまま吹き付けてくる。せめて教室でとか色々やりようはあっただろうに…
一応告白される側の人間で、相手がいい出すまで待ちなのはなのだが非常に甘酸っぱい何かが込み上げてくる。勿論嘔吐物でないのは確かだ。というかそうだったら困る。
なんというかしみじみ思うが高校生になって周りが青春というものを謳歌していたり色々なものを得たり捨てたり卒業したりと忙しい中勉強にも部活にも打ち込まず小説のような何かを書くということに睡眠時間と健康を投げ打って来たのだが、そんな変人にもこんな瞬間は来てしまうのかと言うべきか、それとも来てくれてありがとうと言うべきなのか…
目の前の彼女を見る。
…うん、女子だな。
ギャルではない、チャラチャラ系ではない、文学少女と言われればそうなのかもしれないが生憎クラスメイトの名前すら覚えていないポンコツヘッドが周りを見て居るはずもなく。小説のネタになりそうだと思って何人か覚えたキャラが濃いやつらと違ってあまりに普通で普通に普通だった。
髪型は…なんだろう、流行りの髪型など知らないのでなんと言う名称かわからない、シニョン…ではなくて、ゴムバンド?ボンボン?わからないが髪を後ろで縛って居る。ポニテではないと思うのだが…分からん、全然分からん。
状況は相変わらず向き合ったままであるが彼女の呼吸がようやく整った。ついに来るのか…あの言葉が。
「〇〇君、だよね?」
は?
「…ああ、そうだな。うん、確認は大事だよな。」
びっくりした。この期に及んで本人確認とは恐れ入った。というか顔がわからないのかそれともすごく前にあっただけで顔が変わって居るのか…というか今更だがこの俺の何処に魅力があったのか…
「私、小学校の時…」
すごい前だった。というか大昔だった。
どうしよう、すでに小学校の頃の記憶などないのだが?ガキ大将に後頭部を壊れた水鉄砲でぶん殴られたりとか、特に意味もなく学校の近くの民家にモンキーめいた群れで小石をぶつけて怒られたとかそういう記憶しかないんだが?
「君の弟に会って。」
え?そうなる?そこは俺との出会いじゃないの?というかそれなら弟の方に告白するんじゃないの?うちの弟チビで性格悪いけどイケメンだよ?きっとそっちの方がいいよ?
『俺は兄貴よりすごいやつになる!』
とか目標はちょっと低めだけど上昇志向溢れる若人だよ?
「こんな身勝手な人のお兄さんにあって見たいと思ったんです。」
「…少し…不思議だな?」
というかかなり不思議ちゃんである。よくこの時不思議ちゃんで済ませたな俺、一瞬前の出来事だが感心した。表情筋が動作不良でもさすがのお喋りスキルである。
…というかこの状況を作っておいて弟の話からいきなり俺に直結するとかどういう思考してんだこの女子。
「ええ、そうかもしれませんね。でも興味を持ったのはそこからなんです。」
笑顔の可愛い子だ…不思議ちゃんだけど。
ちなみにメガネ女子である。メガネは好きか嫌いかで言えば嫌いである。掛けるのが億劫で、弟が良く粉砕して居るのを見ると不便そうだなと思う。まあ、見て居る分には好きである。
「ということで好きです。付き合ってください!」
「いや、待てなんか色々飛んだぞ?」
なんか色々喋って緊張をほぐそうと画策していたのだろうが話が終わる前に緊張がほぐれたからといってそのまま告白に直行するのはどうかと思うぞ?
…あ、というか今告白されたのか。
うーん?なんか…コレジャナイ感が…
「そうですね、焦りました。今日はもう限界なので連絡先だけ交換して帰りませんか?」
そして切り替え早いなオイ。最近の女の子はみんなこんな感じなの?それとも俺がおじさん過ぎるだけか?というかへたれてるのか俺、告白の返事しといた方がいいんじゃない?冷静になって見たらどうしてあなたが好きなのかわからなくなっちゃったとか言われる前に先制攻撃したほうが良くね?
一瞬の思考ののち俺の口が動く。
「…ああ、そうか…わかった。付き合おう。」
「ほえ?」
俺の口撃は…どうやら効果があったらしい。
真っ赤だったのが引いて元の肌色になったはずの彼女の頬は再び真っ赤に、ついでに目から涙が出てきてしまった。
「う…ぐえ…」
「大丈夫か?」
ハンカチじゃなくて今日に限ってタオルだが差し出して見る。涙でぐちゃぐちゃというわけではないがあまり泣き顔というのは見たくない、というか女子を泣かせると次の日から周囲の空気が淀む。お兄さんは中学ではやんちゃしてからねよく知ってるのさ!
「うぐう…〇〇君の匂い…」
…ちょっと変態さんかもしれない。だが付き合うといってしまった以上責任を取らねばならない、少なくとも彼女が飽きるまで、もしくは俺が彼女に耐えきれなくなるまでこの契約は継続する。
あとついでに釈明しておくがタオルからはソ〇ランの匂いしかしないはずである。多分、メイビー。
ああ、言っておくがあの最初の文言にたどり着くまでここから一年と半月かかった。
すでに終わりがある物語であるように見せかけて一年と半月後の俺にとってはこの倒置法、じゃないな。先に結論を置いて説明をしていくという形のこの話は恋人から彼氏彼女と呼べる関係に成長するまでの植物観察日記のようなものだ。
実もなければ花もない、なにせ花開いたのはつい数時間前である。
まあ夏休み最後に観察日記を全部書くように、俺は彼女との馴れ初めと高校生活の終わりに向けての長い長い話を添削と圧縮を繰り返し書くだけだ。
なぜ書くのかと言われると少し難しいが…要は記録なのだ。
これはあらゆる全てを忘却してしまうであろうポンコツな俺が大切な記憶を残すための保険であり、いつか別れたり、もしかしたら結婚するときに見る思い出ノート、あるいは飯の種、あるいはネタ帳である。
だが忘れがたい衝撃的な事実というのはいつもある。
例えばそれは泣き止んだ彼女が俺の電話番号を渡してきて俺が慌てて電話番号を何かに書こうとしたら彼女が『あ、もう持ってるんでいいです。』と言ったことととかね。