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青春詰め合わせパック(9個入り)  作者: 古川ムウ
[9月上旬]
7/52

<7:恋と畳と柔道着(1)>

平井悟・・・柔道部員の高校2年生。

小原輝雄・・・平井の親友。

小原弥生・・・小原輝雄の姉。演劇部のOB。

秋田隆三・・・柔道部の主将。

瀬田伊織・・・テニス部員の高校1年生。


 「今日も暑いな」

 2年生の平井悟は空を見上げ、太陽の眩しさに目を細める。

 暦の上では秋でも、まだ残暑が厳しい日が続いている。


 悟は柔道着に身を包み、道場へと向かっていた。

 彼は柔道部員なのだ。

 髪は丸坊主で、クッキリと太い眉。体格はガッシリとしていて、胴が長くて脚が短い。古き良き時代の日本男児といった容貌だ。

 外見だけでなく、彼は中身もそうありたいと常日頃から思っている。

 と言うよりも、硬派な男でありたいから、それに合わせた外見にしているのだ。

 彼の足下では、カラカラと下駄が音を立てる。それが柔道部のユニフォームというわけではない。柔道部員でも、下駄を履いて練習に来るのは悟だけだ。

 もちろん下駄は校則違反なので、わざわざ練習の時だけ履き替える。どうせ道場で練習する時は脱ぐことになるのだが、そこは彼のこだわりだ。


 ただし、悟は外見だけの男ではない。

 彼は入部した初日から、下駄を履いてきた。

 それを目にした上級生は、馬鹿にして笑うか、生意気だと怒るかの両極端に別れた。

 しかし悟は真剣な眼差しで、

 「柔の道を究めるために、中学時代から下駄で足腰を鍛えています」

 などと熱く語った。


 その熱さは外見だけでなく、柔道に打ち込む姿勢にも表れた。

 彼は厳しい稽古にも絶対に弱音を吐かず、誰よりも気合いを入れて取り組んだ。

 悟が上辺だけの男ではないと分かり、上級生は彼が下駄を履くことを認めた。

 それぐらい、中身もある男なのだ。



 「お前の格好を見てると、余計に暑苦しいな」

 悟の隣を歩く男子生徒が、冗談めかして言う。

 クラスメイトの小原輝雄だ。

 彼は柔道部員ではないので、制服姿だ。悟とは違い、いかにも現代風の外見をしている。

 スーツを着たら、新人ホストに間違えられそうな風貌だ。

 輝雄が向かっているのは道場ではなく、その向こうにあるテニスコートだ。彼は今、テニス部の1年生部員・瀬田伊織を狙っているのだ。

 つい1週間ほど前に輝雄は恋人と別れたばかりだが、もう次の女に目を向けている。

 彼は悟と違って、外見も中身も軟派な男なのだ。

 入学して以来、今までに6人の女性と付き合っている。


 「おっと、邪魔な風だな」

 つむじ風が吹いたので、慌てて輝雄は髪を撫で付ける。

 「髪が乱れたら、彼女に嫌われるじゃねえか」

 「お前は女のことしか頭に無いのか」

 悟は渋い顔をする。

 「妬くなよ、悟。お前にも、彼女の友達を紹介してもらってやろうか」

 「馬鹿を言うな、女にうつつを抜かしている暇は無い。今は対抗戦に向けて、大事な時期なんだ」

 「たまには生き抜きも必要だぜ。それに対抗戦なんて3年生だけで、下級生は応援するだけだろ」

 「いや、今回の対抗戦で、俺はメンバーに選ばれた」

 「本当かよ。すごいじゃないか」

 輝雄は、からかうようにヒューッと口笛を吹く。

 だが、悟は真面目な顔で

 「練習は嘘をつかない」

 と胸を張った。

 「お前も、今から柔道部に入ったらどうだ。たまには汗にまみれるのも、いいもんだぞ」

 「いや、俺は遠慮しておくよ。汗よりも女にまみれたい」

 「お前という奴は」

 悟は呆れて首を振った。


 「おーい、輝雄。輝雄でしょ」

 その時、背後から女性の声が響いた。

 「また別の女か」

 悟が蔑むように輝雄を見る。

 「いや、まあ女は女だけど、この声はたぶん」

 言いながら、輝雄は振り返った。

 「ほら、やっぱり輝雄だった」

 柔和な笑みを浮かべ、ゆったりとした口調で、その女性が言った。

 女性は城陽高校の制服ではなく、淡いブルーのワンピース姿だった。

 どうやら高校生ではなく、もっと年上のようだ。大きな瞳が印象的な、純和風の美人だ。

 どこかフワフワとした印象を与える女性である。


 彼女を見た途端、悟の両眼は釘付けになった。

 (な、何だ、この感じは)

 悟は激しい動揺に襲われた。

 心臓がバクバクして、全身の毛がサーッと逆立った。

 生まれて初めての感覚に、彼はどう対処していいのか分からなかった。

 体を硬直させたまま、彼は棒のように立ち尽くした。


 そんな悟の動揺など知る由も無く、その女性は、おっとりした調子で輝雄に問い掛けた。

 「どうしたの、こんな場所で」

 「こんな場所って、自分の学校なんだから、いても当然だろ。そっちこそ、どうしてウチの高校にいるんだ?」

 「それがね」

 話し掛けて、彼女は言葉を止めた。そして悟に視線を向け、

 「その前に、そっちの柔道家を紹介してもらえないかしら」

 と微笑した。

 「ああ、こいつは俺の友達で、平井悟。みての通り、柔道部員だ。悟、こっちは姉貴の弥生。ここの卒業生なんだ」

 そう聞いても、悟は何のリアクションも示さなかった。

 蘭をじっと見つめたまま、不動の状態を崩さない。

 「おい、聞いてるのかよ」

 輝雄に強く肩を叩かれ、ようやく悟は我に返った。


 「どうしたんだよ。精神だけが海外旅行にでも行ってたのか」

 「いや、すまん、何でもない。ちょっとボーッとしてただけだ」

 悟は慌てて取り繕う。

 「ねえ、顔が赤いわよ。熱でもあるんじゃないの?」

 弥生は心配そうに、悟の顔を覗き込んだ。

 彼女が急接近したので、悟は慌てて体をのけぞらせた。

 「い、いえ、大丈夫です。自分は赤ら顔なんです」

 「そうなの、だったらいいんだけど」

 下手な言い訳だったが、あっさりと弥生は信じたようだった。


 「それで姉貴、何しに来たんだよ」

 改めて輝雄が尋ねる。

 「あれっ、言ってなかったっけ?」

 「何も聞いてないぞ」

 「演劇部がね、学園祭で『十二番目の夜』を上演するんだって。あれって、私が3年生の時に脚本を書いたの。それで、私にも練習を見てもらって、意見が欲しいって頼まれたのよ」

 「そんな面倒な話、断ればいいのに。大学でも演劇サークルで活動してるんだろ。並行して関わると大変だぞ」

 「こっちの方は、たまに顔を出すだけで構わないって言われてるから。それに可愛い後輩の頼みとあれば、そう簡単に断るわけにもいかないわよ」

 「お人好しだからな、姉貴は」

 「輝雄が冷たすぎるんじゃないの」

 「そんなことはないって」


 そのまま話を続けようとした輝雄だが、パッと悟に視線をやって、

 「悟、練習があるんだろ。こっちに構わず、先に行ってくれていいぜ」

 と告げた。

 またボーッとしていた悟は、その声で心を引き戻す。

 「あら、ごめんなさい、邪魔しちゃったみたいね」

 弥生が申し訳無さそうな表情を浮かべる。

 「いえ、そんなことは」

 悟はブンブンと首を激しく振る。

 「私も、そろそろ行かないと。それじゃあ悟君、またね」

 弥生は手を振って立ち去る。急ぐこともなく、ゆっくりとした足取りだ。


 「マイペースだこと」

 輝雄は呆れたように呟いた。

 「すまんな、悟。お前まで姉貴のペースに付き合わせた感じになっちまって」

 「おい、今のは誰だ」

 輝雄の言葉尻に被せるように、悟は強い口調で尋ねた。

 「誰だって、さっき言ったじゃないか、姉貴の弥生だって」

 「そ、そうか。そうだったな」

 「変だぞ、お前」

 「そんなことはない」


 「お前、ひょっとして姉貴に惚れたか」

 輝雄はニヤニヤしながら言う。

 「ば、馬鹿を言うなよ。冗談でも、言っていいことと悪いことがあるぞ」

 悟は怒ったような態度を示したが、それは明らかに動揺を隠すためのものだ。

 しかし、まるで動揺は隠し切れていない。

 「怒るなよ。女に惚れるってのは、悪いことじゃないだろ。まあ相手が俺の姉貴ってのは、どうかと思うけど」

 「だから、違うと言ってるだろ。俺は柔道一直線の硬派だぞ」

 「でも、そういうのが姉貴のタイプなんだよなあ」

 独り言のように漏らした輝雄だが、

 「そ、そうなのか?」

 と、悟は即座に食い付いた。

 彼は嘘が下手な男であった。


 「ああ、体格が良くて、汗臭いぐらいの人がいいって、良く言ってるよ」

 「本当か?」

 浮かれる気持ちを顔に出さないよう努めた悟だが、声が弾んでいる。

 「だけど、それにしては」

 輝雄が話を続けようとしたところで、

 「おい、平井!」

 野太い怒鳴り声が聞こえて来た。

 柔道部の主将、秋田隆三の声だ。

 なかなか悟が現れないので、様子を見に出てきたのだ。


 「あっ、主将」

 悟は顔を強張らせ、背筋を伸ばす。

 「何をやってるんだ、もう稽古は始まってるぞ」

 「すみません、今すぐ行きます」

 悟は深々と頭を下げ、下駄を鳴らして道場へと走った。

 「あらら、話の途中なのに。あれだと、あいつは誤った情報を頭にインプットしただろうな」

 輝雄は頭を掻く。

 「まあ、別にいいか」

 そう言って、輝雄は女の所へ向かった


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