<6:悩んで悩んで悩むのだ(1)>
角田雄一・・・3年3組の生徒。
星慎吾・・・角田雄一の親友でクラスメイト。
三上茂輝・・・角田雄一の親友。3年2組の生徒。
柳沢知良・・・角田雄一のクラスメイトで生徒会長。
美濃部昭宏・・・角田雄一の担任教師。
和田律子・・・パン屋のおばさん。
全ての授業が終わり、3年3組の教室では生徒たちが帰り始めている。
そんな中、角田雄一は椅子に座ったまま、ハアッと溜め息をついた。
「どうするかなあ」
ポツリと呟き、団子鼻を手でつまむ。それが、何かを考える時の癖だ。
ウーンと呻いた後、赤茶けた髪に手をやり、ガシガシと荒っぽく頭を掻く。
こちらは考え事をする時の癖ではなく、ただ痒くなったから掻いただけだ。
「どうした、深刻そうな顔をして」
クラスメイトの星慎吾が、明るく声を掛けた。雄一とは最も仲の良い親友だ。
「深刻そうじゃなくて、実際に深刻な悩みがあるんだよ」
雄一は重々しく告げる。
「どうした、何かあったのか」
「慎吾は、もう進路は決まってるのか」
「進路?じゃあ、お前の悩みってのは、進路のことなのか」
「ああ、そうだ」
「どこが深刻な悩みだよ、くだらない」
「くだらないとは、言ってくれるじゃないか。高校3年生にとっては重大なことだぞ」
雄一が憤る。
「いや、重大なことだとは思うけど、そこまで深く悩むことでもないだろ」
「もうすぐ進路指導の三者面談だろ。それまでに、とりあえずの方向性だけでも決めておかないとマズいと思うんだ」
「ってことは、雄一はまだ進路について何も決めてないのか」
「ああ」
「今までにも、時間は充分にあっただろ。何をやってたんだよ」
慎吾は呆れたように言う。
すると雄一は開き直ったように、
「今までは高校生活を楽しんでたんだよ。三者面談が近付いてくるまで、進路の事なんか気にしてなかった」
と言う。
「そうか、お前、宿題も休みが終わる前日になって、慌てて取り掛かるタイプだもんな」
「悪いか」
「良いとは言えないな。それで、進学希望なのか就職希望なのか、それぐらいは決まってるんだろ」
「いや、それも分からない」
「分からないって答えは無いだろ。ただの二択だぞ。大学に行きたいのか、行きたくないのか、それぐらいは分かるだろう」
慎吾は思わず苦笑する。
しかし雄一は真面目な顔付きで、
「分からないんだよ」
と返答した。
「お前、将来について、何も考えていないのか」
「考えてるよ。だけど、これだと思える道が決まらないんだ」
「両親は、何か言わないのか」
「一応は話もしたけど、何よりも俺の希望を優先すべきだと言ってる。進学しようが、就職しようが、好きなようにすればいいって」
「いい親じゃないか。頭ごなしに大学へ行けと要求する親も多いのに」
「だけど、いっそ強制してくれた方が、俺の場合は楽かもしれない。そうじゃないと、全く進路が決まらないんだから」
雄一は、深く息を吐く。
「おいおい、重すぎるって。もっと楽に考えろよ。何か、やりたいこととか、将来の夢とか、そういうのは無いのか」
「それが無いから困ってるんだよ。俺には人生の夢も目標も、何も無いんだ」
「だけど、まだ高3だし、そんなのは珍しくもないぜ。むしろ、明確な人生設計がある奴の方が少ないんじゃないか」
「慎吾、お前はどうなんだよ。もう進路は決めたのか」
「俺か?俺は一応、大学へ行くつもりだ」
「何か大学でやりたいことでもあるのか」
「いや、全く」
慎吾は軽薄な調子で言う。
「さっきも言ったように、人生の目標がハッキリと決まってる奴の方が少ないんだよ。俺もそうだ。だから大学へ行く」
「何だよ、それ」
「遊ぶために大学へ行くってことさ。良くあるパターンだろ」
「そうかもしれないけど、俺は何となく、何も目的を持たずに大学へ行くことにためらいがあるんだよな」
「お前、妙なところで真面目なんだな」
慎吾は眉をひそめる。
「だけど、大学へ行って、4年間は適当に遊んで、それから人生を考えても遅くないぞ。いわゆるモラトリアムって奴だ」
「何だ、そのモラ何とかって」
「モラトリアム。人間が大人になるまでに許されている、猶予期間のことさ」
「難しい言葉を知ってるんだな」
「そんなに難しい言葉じゃないけど。まあ大学受験をする身としては、それなりに学力も無いとな」
「そうか、お前は大学へ行くのか」
雄一は、改めて口にする。
「雄一も、そうしろよ」
「うーん」
「何だよ、深い話でもしてるのか」
そう言いながら、2組の三上茂輝が教室に入ってきた。
クラスは違うが、雄一と慎吾とは仲がいい。
「おう、茂輝。お前からも言ってやってくれよ、そう深刻に考えるなって」
慎吾が笑いながら言う。
「何のことだ?」
「雄一の奴、進路のことで異常に悩んでるんだよ」
「異常じゃないだろ、普通だろ」
雄一が口を尖らせる。
「進路の悩みって、具体的にどういうことだよ。親から何か言われたりしてるのか」
茂輝は空いている椅子を引き寄せ、雄一の隣に座る。
「そうじゃなくて、自分が進路をどうすればいいのか悩んでるんだよ」
「どこの大学に行くか、決められないのか」
「それ以前の問題で、大学に行くかどうかも決まっていない」
「おいおい、マジかよ」
茂輝は馬鹿にしたように笑う。
「おい茂輝、その態度は無いだろ。俺は真剣に悩んでいるんだぞ」
「すまん、すまん。でも、進学するかどうかで悩む意味が全く分からないな。何か、他にやりたいことでもあるのか」
「いや、特には」
「だったら、進学すべきだろ。大学で合コンやサークル活動に励んで、楽しく過ごせよ。その内、やりたいことも見つかるだろ」
「お前も慎吾と同じ、モラトリアム派か」
「何だ、それ?」
「気にするな、こっちの話だから」
慎吾が軽く受け流す。
「それより茂輝、お前も大学へ行くのか?」
「いや、俺は料理人になるつもりだ」
茂輝は即答した。
「そうか、お前の実家、中華料理店だもんな。後を継ぐのか」
「すぐに継ぐわけじゃないけど、いずれは、そうなるだろうな。そのために、しばらくは親父の知り合いの店で修業させてもらうことになってる」
「そうか、家業を継がなきゃいけないってのも、大変だな」
慎吾が言う。
「まあ店を継ぐことになるのは、前から分かってたしな。それに俺、自分でも普通に大学へ行って、サラリーマンになるのは向いてないと思ってたし、料理も嫌いじゃないし。ただ、合コンはしたかったなあ」
「お前の進学への未練は、そこだけかよ」
「ああ、そこだけは、大学へ行く慎吾が羨ましいよ」
「俺からすれば、茂輝の方が羨ましい」
2人の会話を聞いていた雄一が、ポツリと漏らす。
「俺も実家が商売をやっていたら、自動的に跡継ぎというレールが敷かれていたのになあ。ウチの父親、ただのサラリーマンだもんなあ。くそっ、誰かが俺の人生、勝手に決めてくれないかなあ」
「おい、雄一の奴、マジなのか?」
茂輝は慎吾の耳元に口を近付け、小声で尋ねる。
「残念ながら、マジみたいだぜ」
慎吾は肩をすくめた。