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青春詰め合わせパック(9個入り)  作者: 古川ムウ
[9月上旬]
5/52

<5:描けない片想い(1)>

中谷悠太・・・漫画研究部の高校3年生。

野口優作・・・中谷悠太の親友。漫画研究部の部長。

大野吉洋・・・中谷悠太の親友。漫画研究部の高校3年生。

柳沢知良・・・生徒会長。

能登奈緒美・・・生徒会副会長。


 漫画研究部。いわゆる「漫研」の部室は、文科系クラブ棟2階にある。

 階段を上がって最初の部屋だ。

 ちなみに、隣は天文部の部室になっている。


 漫研の活動内容は、かなり自由度が高い。

 他の文科系クラブとは異なり、部活動の時間は決まっていない。放課後や昼休みなど、好きな時に部室に来て、自由に利用していいことになっている。

 全員が必ず集まらなければいけないのは、活動方針を決定する会議や、定期的に作成する漫画本の打ち合わせなど、年に数回だけだ。



 昼休み、3年生の中谷悠太は、部室でクリームパンを食べている。

 小柄で痩せっぽち、マッチ棒のような体に、リスのような顔が乗っかっている。

 昼食を部室で食べるのは、彼の日課だ。

 窓際の椅子に座り、パンを小さくちぎって口に放り込む。


 「オカマか、お前は」

 隣の席で漫画を読んでいた大野吉洋が、その食べ方を見てからかう。

 モジャモジャ頭で、鼻がツンと上を向いている。悠太より背は高いが、貧弱な体付きはどっこいどっこいだ。


 「僕は普通に食べているだけだよ」

 「そんなモン、ガブッとかじりつけよ」

 「じっくり味わいたいんだよ」

 「そうやってチマチマと食べてるから、いつも食べ終わるのが遅いんだよ。俺みたいにガツガツと食べれば、早く食べ終わって、昼休みを有効に使うことが出来る」

 「吉洋、それのどこが有効に使ってるんだよ。ただ漫画を読んでるだけだろ」

 向かいの席で2人の会話を聞いていた部長の野口優作が、すました顔でツッコミを入れる。

 小太りで目は垂れており、七福神の布袋さんのような容姿をしている。


 そこにいる3人は、いつも昼休みになると部室に集まっている。

 特に用事があるわけではなく、ただ昼食を取って、後は昼休みが終わるまでダラダラしているだけだ。

 ようするに漫研の部室というのは、溜まり場のようなものだ。


 「おいおい、部長ともあろう奴が、そんな言い方は無いぜ。漫研にとって漫画を読むことは、勉強の一環だろうが」

 本当に吉洋が勉強の一環として漫画を読んでいるかどうかはともかく、漫研の部室では、そのように自由な行動が認められている。

 吉洋のように漫画を読もうが、携帯でメールを打とうが、無駄話をしようが、一向に構わない。もちろん、漫画を描いてもいい。

 ただし、昼休みに悠太たちが部室で漫画を描くことは、まず無いと言っていい。


 「やるべきことをキッチリとやっていれば、漫画を読もうが、別に文句は無いけどな」

 優作は嫌味っぽく言う。

 「やるべきことって、何だよ」

 「いや、まだ作品が仕上がってないんじゃないかと思ってさ。漫画を読んでいる暇があったら、自分の漫画を描いた方がいいんじゃないかと思ってさ」

 漫画研究部は学園祭において、部員が作成した作品を集めた漫画本を販売することになっている。

 だが、吉洋の作品は、まだ提出されていない。


 「実は、その作品を完成させるヒントを得ようとして、この漫画を読んでいるのさ」

 「お前が描いてる漫画、確かラブコメだろ。それ、格闘技漫画じゃねえか」

 「ラブコメを格闘技漫画のようなスタイルで描いてみようかと思ってさ」

 「嘘つけ。お前、大丈夫なんだろうな。ちゃんと学園祭までに仕上がるのか」

 「それは大丈夫だ、任せろよ。っていうか優作、偉そうに言ってるけど、お前はもう仕上げたのかよ」

 「ふふふ、聞いて驚くなよ。なんと、まだ完成していない」

 「あのな」

 呆れる吉洋。


 「だけどな、お前と違って、オレには事情があるんだぞ。学園祭実行委員会から、ポスターの作成を依頼された。そっちに時間が掛かって、自分の漫画が遅れてるだけだ。ただサボッてるお前とは違うぞ」

 「仕上がってないことは一緒だろ。おい悠太、お前は?」

 「僕なら、完成させたよ」

 パンに視線を落としたまま、悠太が答える。

 「えっ、もう完成させたのか?いつ?」

 「昨日。だから優作に提出してある」

 「ホントかよ。飯を食うのは遅いくせに、仕事は早いな」

 「吉洋みたいにサボらなかっただけだよ」

 「俺はサボってるんじゃない。ただ単に、ネタが行き詰まってるだけだ」

 吉洋は胸を張る。

 「堂々と言うなよ、そんなこと」

 優作が冷めた目を向ける。


 「それで、悠太の漫画って、どんな内容なんだ?」

 「大まかに言うと、少女が地球外生命体と戦うSFアクションだよ」

 「またかよ。お前、この前もSFだったじゃねえか」

 「前回の作品は、もっとホノボノしたテイストで、ジャンル的にはSFファタンジーだよ。今回の作品とは全く違う」

 悠太は口をモグモグさせながら、淡々と説明する。

 「っていうか吉洋、悠太の作品がどんなジャンルだろうと、別に構わないだろ」

 優作が笑う。

 「いや、そりゃ別にいいんだけどさ。ただ、こいつの絵柄って完全に萌え系だし、主人公は必ず可愛い女の子だろ。だからさ、恋愛物とかラブコメとか描けばいいのにって思っちゃうんだよ」

 「それは吉洋の得意分野だから、僕は遠慮しておくよ」


 「そう言えば吉洋は、ラブコメしか描かないよな。それも、男が美少女にモテる話ばっかりだ」

 優作がニヤニヤしながら言う。

 「俺は愛に生きる男だからな」

 「何を言ってやがる。実生活でモテないから、漫画の中で欲望を満たしてるだけだろ」

 「俺はモテないんじゃなくて、理想が高すぎるだけだ」

 「フラれまくってるのに、理想が高いも何も無いだろ。お前、この前の女の子で17連敗だろ」

 「うるせえ、お前だってモテないじゃねえか。同じモテないブラザーズの仲間だろ」

 「勝手にブラザーズを結成するな。オレはお前と違って、フラれまくってないぞ」

 「それは告白してないからフラれないだけだ。告白してみろよ、まず間違いなくフラれるから」


 「やめようよ、不毛な言い合いは」

 パンを食べ終えた悠太が、静かに割り込む。

 「モテない同士の恋愛談義なんて、カッコ悪いだけだよ」

 「お前が言うなよ。お前だってモテないブラザーズなんだぞ」

 吉洋が口を尖らせる。

 「分かってるよ、そんなことは。不細工な漫画オタクがモテるわけないだろ。ちゃんと自覚してるよ」


 「っていうか、悠太って漫画で恋愛物を描かないだけじゃなくて、実生活でも全く恋愛話に入ってこないよな」

 優作が冷静な口調に戻る。

 「お前、好きな子とか、いないのかよ」

 「えっ」

 微妙に、悠太の目が泳ぐ。

 「おっ、今の反応は気になるぞ」

 吉洋の目がギラリと光る。

 「何だよ、お前、好きな子がいるのかよ。同じクラスか?」

 「いや、いないよ。早とちりしないでくれよ」

 「嘘をつくなよ。怪しかったぞ、今の反応は」

 「本当にいないって」

 「いるだろ、正直に吐けよ。っていうか、いるんだったら、さっさと告白しろよ、この俺様のように」

 「お前みたいに告白するってことは、お前みたいにフラれるってことか」

 優作が冗談めかして言う。

 「うるせえ、告白したことの無い奴に何が分かるんだよ」


 「でも、きっと僕はフラれると思うよ」

 悠太が、まるで独り言のように漏らした。

 パッと2人の視線が集中したのに気付き、慌てて、

 「いや、一般論として言ってるだけで、好きな人がいるという意味じゃないよ」

 と付け加える。

 「弱気だな、お前は。俺みたいにガンガンと攻めれば、いつかは当たりが来るかもしれないぞ」

 吉洋は偉そうに言う。


 「すごいよね、吉洋は。これだけ大勢にフラれても、まだ前向きになれるんだから」

 「バカにしてるのか」

 「違うよ、感心してるんだ。僕だったら、絶対に無理だね」

 「じゃあ、悠太は好きな子が出来ても告白しないのか」

 「しないよ」

 悠太は断言する。

 「だって、失恋すると分かっているのに、告白しても無意味だから」

 「分かるな、その気持ち」

 優作が同調し、うなずく。

 「オレたちみたいに見た目が悪くて中身もオタクな男は、女にモテないって分かり切ってるもんな。もっとハンサムでモデルみたいな体型だったら、悠太も女に告白してるよな」

 「そういう考え方は良くないぞ。もしかしたら、お前らみたいな男を好きになってくれる奇特な女性が現れるかもしれないぞ」

 「何度も連続でフラれてる奴が言っても、説得力が無いって」

 優作が失笑する。

 「その奇特な女性を探して、俺はチャレンジしてるんだよ」

 「宝くじみたいな確率だろうな、たぶん」

 「それでも買わなきゃ当たらないんだから、俺は買い続けるぞ」

 「おっ、上手い切り返し」


 (そうじゃないんだよ)

 2人の会話を聞きながら、悠太は心で呟く。

 (女にモテないタイプだから告白しないとか、そういう問題じゃないんだ)

 悠太は、寂しそうに目を伏せた。


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