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青春詰め合わせパック(9個入り)  作者: 古川ムウ
[9月上旬]
1/52

<1:恋愛熱血少女(1)>

戸川春菜・・・高校3年生。

柱谷秀彦・・・戸川春菜の担任教師。

能登奈緒美・・・戸川春菜の親友でクラスメイト。生徒会副会長。


 「いいか、お前ら。高校3年生の2学期は、1度しか来ないんだぞ」

 3年5組の教室で、柱谷秀彦が握り拳を作って生徒達に語り掛けた。それは2学期になって最初のホームルームである。

 柱谷は5組の担任教師で、担当教科は国語だ。横と後ろを大胆に刈り上げた短髪で、劇画から抜け出してきたような彫りの深い顔立ちをしている。


 「もちろん勉強は頑張ってやれ。だけど、それだけが高校生活じゃない。色んなことにチャレンジしろ。今しか無い青春を、無駄に過ごすな」

 柱谷は握り拳を作り、熱い口調で演説をぶつ。だが、生徒達は退屈そうな顔をして、適当に聞き流している。

 ただ一名を除いては。


 「よし、それじゃあホームルームは終わりだ。クラブに行く奴は、全力で励め。帰る奴は、気を付けて帰れよ」

 柱谷はパンと両手を打ち鳴らし、教室を出て行った。



 ドアが閉まるのと同時に、教室がガヤガヤとうるさくなった。

 「やれやれ、メラ谷の熱さには参るわ」

 生徒の一人、能登奈緒美が苦笑する。メラ谷というのは、柱谷のことだ。メラメラと熱すぎるので、生徒達からは密かにそう呼ばれている。

 柱谷は28歳と、まだ若いくせに、古い青春ドラマに出てくるようなセリフを良く口にする。いわゆる熱血教師になりたいようだが、残念ながら生徒達の心を掴むことは出来ていない。「古臭い」「暑苦しい」と評され、呆れられている。

 ところが。


 「やっぱり素敵よねえ、柱谷先生」

 奈緒美の隣で、うっとりとした目をしている女子生徒がいる。

 彼女が唯一の例外、戸川春菜だ。ポニーテールの似合う、ごく普通の、今時の女子高生である。

 柱谷は今年の4月に赴任してきたのだが、自己紹介で人生論を熱く語る姿を見て、春菜はすっかり心を奪われてしまった。

 別に彼女は、古い青春ドラマのマニアだとか、レトロな趣味があるとか、そういうわけではない。つい最近までは人気男性アイドルのファンだったし、その前は若手俳優に夢中だった。特に性格や好きなタイプが変わっているわけではない。

 しかし柱谷との遭遇は、彼女に強烈なインパクトを与えた。初めて見る熱血男にカルチャー・ショックを受け、それが恋愛感情に結び付いたようだ。


 「やれやれ、また始まったよ」

 奈緒美が肩をすくめる。

 「高校3年生の2学期は1度しか来ないってメラ谷は言ってたけど、あいつ、1学期も同じことを言ってたわよ」

 「ブレてないってことよ。そういう所も男らしいじゃない」

 春菜は一人で納得する。

 「あんなに熱く語っても、今の高校生は誰も付いていかないって、そろそろ気付かないのかな」

 「あの熱さがいいのよ。それが分からない奈緒美たちは、お子様ね」

 「むしろ、メラ谷に惚れてるアンタの方が子供じみている気がするけど。この学校の男子生徒で、もっとマシなのが何人かは見当たるでしょ。例えば柳沢とか」

 柳沢というのは、生徒会長の柳沢知良のことだ。奈緒美は生徒会の副会長を務めているので、彼のことは近くで見ている。


 「柳沢君は確かにカッコイイけど、柱谷先生は次元が違うから」

 「女子の中でも人気抜群の柳沢を、次元が違うと言い切るなんて、すごいわね。メラ谷のどこに、そんな魅力があるのやら」

 「先生の魅力が分からないなんて、可哀想だわ。あんなに素晴らしい先生なのに」

 春菜は真剣な眼差しで言う。

 「まあ、悪い人じゃないけどね」

 奈緒美は口元を緩めた。

 悪態をついたものの、彼女は柱谷を嫌っているわけではない。むしろ、学校では最も好感の持てる教師だと思っているぐらいだ。彼女だけではなく、他のクラスメイトにしても、本気で柱谷を嫌悪している者は皆無だ。

 「暑苦しいけど愛すべき先生」

 というのが、大半の生徒からの評価だ。


 「ところで奈緒美、あの一件、調べてくれたんでしょうね」

 急に春菜が声色を変え、顔を近付けた。

 「ああ、あれね。調べたわよ」

 「それで、どうだったの?」

 「そんなに慌てなくても、教えるわよ」

 奈緒美が面倒そうに言う。



 あの一件というのは、夏休みに遡る。

 親戚の家へ遊びに出掛けた奈緒美は、柱谷の姿を目撃した。奈緒美の親戚と柱谷の家は、近所なのだ。

 その時、柱谷は女性と一緒に歩いていた。若くて綺麗な女性だった。奈緒美は物陰に隠れて、その様子を観察した。何となく、顔を合わせるのは避けた方がいいように思えたのだ。

 柱谷は、その女性と楽しそうに語り合いながら、レストランへ入っていった。


 柱谷と女性が席に座るのを確認して、奈緒美はその場を立ち去った。彼女にも用事があったし、ずっと張り込むほど暇でもなかった。

 その後、春菜に電話を掛けて、その出来事を話した。すると春菜は激しく動揺し、その女性について調べてほしいと頼んだのだ。



 「私には何の関係も無いことなのに、なんで調べなきゃいけないんだか」

 「元はと言えば、奈緒美が私によからぬ情報を吹き込んだのが始まりでしょ。だったら責任を取るのが、友人として当然だわ」

 「はいはい、分かりましたよ」

 奈緒美が、いなすように言う。

 「その女性は、花屋の店員さん。年齢は26歳。名前は、えっと、何だったかな。ちゃんと親戚に聞いたんだけど」

 「それで、肝心なことは?」

 「ああ、どうやら、メラ谷とは付き合っていないみたいよ」

 「本当?」

 「たぶんね」

 「たぶんって、頼りないわね」

 「しょうがないでしょ、親戚とか近所の人から情報を集めただけなんだから」


 「そうか、でも付き合っていないのなら、良かったわ」

 「だからって、お互いの気持ちまでは分からないけどね。もしかしたら、好意を持っていて、これから付き合おうと考えているのかも」

 「嫌なことを言うわね、友達のくせに」

 春菜は頬を膨らませる。

 「でも、あの二人、何となくお似合いって感じだったし」

 奈緒美は、からかうように言う。

 「私を困らせるのが楽しい?」

 「冗談よ。でも、あの二人が実際に付き合っていた方が、アンタのためかもね。そうすれば、アンタも目が覚めて、諦めがつくだろうし」

 「ちょっと、そんなことで私が先生を諦めるとでも思ったの?」

 春菜は強い口調で言う。

 「ライバルがいた方が、恋心ってのは燃え上がるものなのよ。私、その女性のことを聞いてから、前よりも先生への気持ちが強くなってるのよ。知ってた?」

 「知らないわよ、そんなの」


 「だから私、決めたの。これからは、積極的に自分をアピールしていこうって。そうやって、先生の気持ちをこっちに向かせるわ。もし、その花屋が先生のことを好きだったとしても、私は負けないからね」

 やる気満々の春菜。

 「はいはい、頑張ってちょうだい」

 呆れる奈緒美。

 「ちょっと奈緒美、他人事みたいな言い方をしないでよ。貴方にも手伝ってもらうわよ」

 「ええっ、どうしてよ。私は関係ないじゃない」

 「友達でしょ、協力してよ」

 「あーあ、友達、やめよっかなあ」

 「私が先生と上手く行ったら、やめてもいいわよ」

 春菜は真面目な顔で言う。

 「怖いわ、アンタ」

 やれやれといった感じで、奈緒美は頭を押さえた。


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