だから私は主役になれない
母は美人と言っていいと思う。色々厳しい事もあるけど優しい。
父も美形と言っていいと思う。私には甘いけどちょっと怖い。
自慢の二人だ。私は二人よりも両方のお爺ちゃんに似てるのがちょっと残念。いや、お爺ちゃん達も大好きだからいいんだけどさ。
私の家庭は、平和そのものだった。
「……成功だ……!」
「おお、『要の巫女』様……!」
交友関係にも恵まれていると思う。
幼馴染は何でも話せる大親友だし、最近部活の仲間とは合宿してから今までよりもっと仲良くなった。
クラスは仲良しこよしという感じではないけれど、我関せず、という主義の人ばかりが集まったのか、ちょっとアホな事とかしてしまっても緩く受け入れ流してくれる。これが結構楽なのである。
私の学校生活も、平和そのものだった。
「初めまして、『要の巫女』様。突然の事で驚かれているでしょう。まずは自己紹介とご説明を」
「誰か、巫女様に上着を!」
平和だったんだ、私の日常は。
何だこれは、何だここは。
私はさっきまで、学校帰りで、道を歩いていて、あと少しで家に着くっていうところで、いつもの角を曲がって。
それだけなのに。いつもと変わりないことをしていただけなのに。何で。
気がついたら変な神殿みたいなところにいた。
周りは変な聖職者みたいな格好した人達ばっかりだった。やたらと綺麗な男の人ばっかりだったけど、こんな状況じゃ何も嬉しくない。
色々説明してくれてるけど、それは全部常識では考えられないことばかりだった。
曰く、此処は私がいた世界とは別の世界だ。
曰く、この世界は魔物と負の空気が溢れすぎて崩壊の危機だ。
曰く、『要の巫女』が『世界の淵』で『蝕の儀式』をしなければ崩壊は止まらない。
曰く、その『要の巫女』が私なのだ、と。
何だそれ。何処のファンタジーだ。無理無理無理、私普通の一般人。
「で、出来ません!」
首を振りながら答えれば、「やり方は我々が教えますのでご安心下さい」と金髪碧眼の男の人が微笑みながら言う。そういう問題じゃない。何でもう私がやること前提になってるんだ。
「あの、私本当に、そんなの全然知らないんで……! ひ、人違いじゃないんですか? とにかく、私を元の場所に帰して下さい!」
訴えれば、回りの人間の顔が曇る、歪む、目を逸らす。
嫌な予感が膨れ上がる。まさか。まさか。
「申し訳ございません、巫女様。元の世界に戻す方法はないのです」
「――は?」
目を見開く。
言われた事が理解出来ない。
だってそんな、勝手に連れて来られて、わけのわからない役目をしろと言われて、挙句にもう帰れない? そんな、馬鹿な。
「い、嫌、です……帰して、帰して下さい!」
「巫女様、どうかお心をお鎮め下さい」
「世界の危機なのです、巫女様のお力がなければ皆死に絶えてしまうのです」
「我々に出来る事でしたら何でもします、ですからどうかおぅぶべッ?!」
ワッツ?
ん?! 何?! 何か私の後ろから顔の真横を長いおみ足がシュと飛び出て目の前の金髪碧眼の男の人の顔面と正面衝突というか端的に言うと顔に蹴りが決まった?!
「よーし、お前達に出来る事を言ってやろう! 全員まとめて直ちに死ね!」
「いや別に死ななくてもいいけど、娘は返して貰います」
「お父さん?! お母さん?!」
後ろを振り返れば、蹴りつけた足を戻し笑顔で暴言を吐く父と、嫌悪感丸出しの顔で周りの美形の人達を睨みつける母がいた。ていうかねぇ、その後ろ何? 何か景色が絵みたいに裂けて、その裂け目からぐにゃぐにゃした空間がちらっと見えて、え、あの、え、景色て裂けるものだっけ?!
「無事だな、帰るぞ」
「あんたは何でいつも変な事に巻き込まれるの……」
「は? え?」
呆れ顔の父と母は、へたり込んでいた私の腕を掴むとひょいっと立たせる。そして何事もなかったようにぐにゃぐにゃが見える裂け目へ向かおうとする。
ていうか何でここに父と母がいるの? あ、これ全部どっきりか?
「何だお前達は!」
「であえ! 捕らえろ!」
「巫女様を取り返せ!」
兵隊みたいな人達や魔法使いみたいな人達が現れて私達を囲む。びくりと体を震わせる私に対し、父も母も不愉快そうに眉根を寄せただけだった。
うん? これ本当に私の父と母か? 優しい母は何処? 甘い父は何処? そこら辺は横に置いといても一般的日本人の父とは母は何処?
「おのれ、巫女様を奪いに来るとは……貴様ら『深淵の魔物』か!」
「我ら『光輝の騎士』と『炫耀の魔術師』を相手にして無事ですむと思うなよ!」
「何言ってるか全然わかんねぇ」
父はそう言いながら近くの剣持った兵隊? 騎士? の人達を一気に数人蹴倒した。蹴倒したんだと思う。だって見えなかった。早すぎて見えなかった。今蹴ったよね? え、うちの父、格闘家だっけ? いや会社員だ。
動揺して母の方を見れば、母も近くの変な杖持った魔法使い? 魔術師? の人達を一気に数人殴り倒してた。いや殴ってないな。だって触ってなかった。振り払ってただけみたいな。触れてすらいないよね? え、うちの母、気功の人? いや花屋のパートだ。
「な、何だこいつら!」
「魔物にしても強すぎるぞ?!」
バタバタ倒れていく騎士だか魔術師だかを見て、聖職者みたいな人達が焦りの声をあげる。
そして最初に父に蹴り倒された金髪碧眼の人が、顔を押さえながらこっちを睨みつけて喚いた。
「くそ、何としても巫女だけでも取り返せ! あいつさえ生贄にすれば……!」
「は?」
「あ」
うおおお寒気?!
「あーあ、地雷踏みやがった」
「おおおお父さん?! 今、お母さんが滅茶苦茶怒ってる時の低い声出して、そしたら今背中がぞくって何これ?!」
「落ち着け、そんでちょっと離れるぞ」
咄嗟に父にしがみ付くと、父は私を抱えて母から数歩離れた。そして「よっ、と」と軽い調子で宙に手を振ると、何か光ってる壁が出てきた。
「何この光る壁?!」
「ちょっと簡単な結界をな」
「結界って?!」
「お母さんがガチ切れしたから多分ここら辺は吹っ飛びます」
「吹っ飛ぶの?!」
「吹っ飛ばない為の結界だから安心しろ」
「安心できるの?!」
「あいつより俺の方が強いからな」
「ねぇそれ私の知ってる『強い』じゃないよね?!」
私が怒涛のツッコミを入れてる間にも、ガチ切れしたらしい母がオーラのようなものを纏って本当に色々吹っ飛ばしてた。母は戦闘民族だったのか。
そして父が作り出したらしい光る壁は本当に色々防いでくれた。父も戦闘民族だったようだ。
「な、ななな、なん、なに、なんでここここん、こんな……ッ?!」
混乱の極致にいる私に父が色々と説明を始めた。
「お母さんの前世はちょっと面倒な前世でなぁ」
「前世?!」
「簡単に言うと、お母さんは世界の生贄みたいな役目だったんだ」
「生贄?!」
「だけど途中でその役目がお母さんの妹に移ってな」
「妹?!」
「お母さんはその妹を救おうと頑張ったんだけどそれは叶わなかったんだ。まぁ妹もそれを望まなかったりとか色々あったんだけどな。そんなわけでお母さんは生贄とが犠牲とかが受け入れられないし、そういうのと引き換えに平和を享受する奴らや世界が死ぬほど嫌いです」
「お父さん何言ってるのか全然わかんない!!」
その後も、父は色々と教えてくれた。
父にも前世があるとか、父と母の縁は前世からだとか、前世での力が今もあるとか、私がいなくなったのに気付いたのは父の力だとか、GPS的な力でこの世界を探し当てて無理矢理掻っ捌いて来たとか。
とりあえずもう大丈夫だから安心しろと言われた辺りで私は意識を手放した。完全なるキャパシティーオーバーのせいだ。安心しろ、と父が言った時に、父が私の頭に手を置いてその手がふわっと温かくなったら意識がぐらりと遠のいたなんて事実はきっとなかった。なかったに違いない。私は急激なストレスにより意識を手放したのだ。そうだと言わせてくれ。
* * *
「という夢を見たんだ」
「随分と吹っ飛んだ夢だな」
爽やかな朝、通学路を歩みながら、私は幼馴染の親友に昨日見た夢を語った。親友は眠そうに欠伸をしながら返事をした。
「いやー、久々にリアリティある夢だった。もう帰れないって言われた時の恐怖って言うか絶望? 血の気が引く感じと心臓がバクバクいう感じが夢なのにマジでリアルだった。その後の展開は逆にファンタジー過ぎてワケわかんなかった」
「まぁ無事に目が覚めてよかったね」
「本当にね。目が覚めた時、久々に本気で、夢か! ってホッとしたよ」
やれやれ、と疲れた息を吐き出す。
そう、私はこういうリアリティのあるハチャメチャな夢を偶に見る。
内容は本当に荒唐無稽。
母の友人が泊まりに来た時は、その人に誘われて夜空をピーターパン気分で飛び回る夢を見た。あれは最高だった。翌日、夢の中と同じように飛ぼうとして階段から飛び降りたら、案の定飛べず転がり落ちて酷い目にあった。そういえば母の友人はそれから暫く何故かうちを出禁になった。夢とその人は関係ないのに。
部活の合宿の時には、仲間の内の一人が吸血鬼で私の血の美味しさに気づいて迫ってくる、なんて夢も見た。翌日、夢の内容を語れば当然笑い話になったものだ。これには嬉しいおまけがあって、夢の中で吸血鬼だった子とはそれまで以上に仲良くなった。
学校で居眠りした時は悲惨だった。担任の先生が鬼みたいな化物になって、クラスでリアル鬼ごっこをやる悪夢を見たのだ。捕まった子が食べられる様子が生々しくて暫くご飯が食べられなかった。そういえば夢の中で捕まった子は、現実ではいつの間にか転校してたな。
「あ、今回はあんたが出てこなかったわ」
「……夢の舞台が学校じゃなかったからね」
「あー、そういうことか。通学路じゃなくて学校で異世界に召喚? 拉致? されてたら、助けてくれてたのはお父さんとお母さんじゃなくて、あんただったのかもね」
どうも私は親友に絶大な信頼感を抱いているらしく、部活の合宿の時の夢や、学校で居眠りした時の夢のように、夢の中の舞台が学校や学校の施設だと、大変な事態を助けてくれる役目はいつも親友なのだ。
「何笑ってんの?」
親友が訝しげにこちらを見るので、正直に「や、思い出し笑い」と言えば「キモイ」とざっくり切り捨てられた。
「ひどい!」
「ひどくない。ほら、ちんたら歩くな」
「はーい」
何だかんだで面倒見がいい親友の、夢の中での活躍を思い出す。そうするとどうしたって顔がにやける。
なんせ親友は夢の中で「実は私、ちょっとした神様でさ」とか言って、魔法少女顔負けの変身をして助けてくれたのだ。現実だったら絶対そんな事しない。コスプレなんてネコミミつけることすら嫌がる奴なのだから。そしてそんな夢の内容を言えば、問答無用で引っ叩いてくる奴なのだから。
「あーあ、それにしても自分の夢ならもうちょっと自分に優しくてもいいのにさー」
「どういう意味?」
「だからさー、いっつも夢の中で凄い事するカッコいい役はあんただったり親とか大人だったりで、絶対私じゃないんだよ。私はいっつも巻き込まれる役。もっとさー、私もカッコよくドカーンと魔法使ったりさー、困ってる人をサラッと助けたりさー、そういう主役的なポジションになりたいわけよ。わかる? 主役ー! やらせろー!」
リアリティのある夢の中では、基本的に自分の意思で動き回れる。そこら辺もリアルさを増すわけだけど。
でも、私の行動はどうあがいても普通の人間の行動なのだ。
私は空も飛べない。吸血鬼にもなれない。鬼にもなれない。神様にもなれない。前世も超能力もない。いつも通りの私がいつも通りではない世界をあたふたするだけ。
どうせだったらカッコいい主役になりたい。だけどなれない。現実と同じように、ありふれた一般女子高生になのだ。
呆れ顔の親友に、「魔法少女はいいよねー! 楽しそー!」とブーブー言うと、親友はジトリと睨み私の頭を引っ叩いた。かなり痛くて思わず頭を抱えた。
「……ったく、神に妖怪に魔物まで魅了して、よくわかんない両親に過保護に守られて……よく言うよ」
ボソリと言った親友の声がよく聞き取れなくて「何か言った?」と訊ねるが、親友は「何でもない」と言って私の背を押した。
「はい、夢の中の話は終わり。そろそろ現実を見ろ。宿題やってきた?」
「お前はお母さんかって……やばい忘れた!」
「馬ー鹿!」
ケラケラ笑う親友に宿題見せてと頼み込む。そして素気無く断られる。こんなやり取りが、実は私のお気に入り。
多分きっと、私は今の自分を満足しているのだろう。だから夢の中でも私のままで、だから主役になれないのだ。でもまぁ、それならそれでいいか。
そして今日も私は平和な時間をのんびり過ごす。
自慢の家族と、楽しい仲間と、大好きな親友に囲まれながら。