Ⅵ
森を出た先にある、オライオンの町。
当然ながら簡単に入ることは出来なかった。周囲は高い城壁で囲まれ、出入り口には多数の兵士が配置されている。
加えて通るには、通行証のようなものも必要らしい。が、俺達にそんなものはなく、正面からの侵入は鬼門でしかなかった。
まあ何事にも、裏口はあるようだが。
「ここが、オライオンの町よ」
「ほー」
階段を上っていくと、ジュピテルと似た街並みが目に入る。
しかし周囲に人の姿はない。あったとしても疎らなもので、みな一様にフードを被っている。まるで頭にある何かを隠すように。
「あの人達は……」
「アタシと同じ人狼よ。穏健派の人間も、ここを根城にしている者は多いわ。そのための場所だから」
「なるほどね」
頷きながら後ろを向くと、地下へ通じている階段がある。
俺達が通ってきた道だ。ミルリウスや里の者達も、オライオンに来る時は使っているらしい。ある意味、人狼達の必需品というわけだ。
「さあ行くわよ。この路地を通っていけば、騎士団が詰めてる建物の裏に回れるわ。貴方が目指している地底湖もそこから行ける」
フードをかぶり直しながら、ミルリウスは表通りの方を眺めている。
俺達がいる場所とは異なる、日差しの当たる場所。そこにいるのは人間だらけだ。何か事情を隠している者は一人もいない。
それを疎ましく思うのは、とてもヒトらしい反応だ。
しかしミルリウスの方にはお気に召さなかったんだろう。彼女は自分自身を笑うような溜め息の後、オライオンの南へと歩き始める。
「……しかし、この辺りは結構暗いんだな」
「日差しの関係があるからね。……朝はこの辺りも明るいのよ? 反対に東側の一帯は暗くなってしまうけど」
「そこにも人狼が?」
「ええ。……仲間達は解放の日を待ってる。貴方が現われ、世界に戦いを挑む時を待ってるの。毎日毎日、虐げられながらもね」
「解放の日、ねえ……」
「迷惑、かしら?」
「どうだろうな」
寧ろ彼女達に迷惑じゃないかと、逆に心配になってくる。
俺は一人の小僧に過ぎない。暴れまくった結果に魔王を倒したけれど、根本的にはやっぱり子供だ。……ミルリウス達を救えと言われても、戦う以外の策は出てこない。
それは多分、愚策と呼ばれて然るべきなんだろう。
今のミルリウス達が、人間に対して反感を持っているように。
「アタシも里の皆も、貴方のことを信じてる。アタシ達を暗闇の中から連れ出してくれるって。……まあ、プロキス辺りは反対するかもしれないけどね。巻き込むなって」
「巻き込んでるのは俺の方だと思うんだけどなあ……聖王教会? だってさ、結局は俺が残したようなもんだろ?」
「そ、そんな筈ないでしょ。貴方はアタシ達との共存を望んだ。教会や騎士団がやってることは、その反対じゃない」
「でも俺の名前が使われてるのは事実だ。それに、俺が魔物と共存を望まないで、人間に加担しなかったら、世の中どうなってた? ミルリウスはもしかしたら、今よりも平和な世界にいたかもしれないぞ」
「……魔王は人間との徹底抗戦を望んでた。人間が滅ぶ代わりに、魔物はもっと数を減らしてたかもしれないわ」
「じゃあその先にある世界と、今の世界。どっちがマシだと思う?」
「……」
ミルリウスは閉口すると、遠慮なく俺の方を睨んできた。
まあ、ちょっと意地悪な質問ではあったかもしれない。人間が滅んだ未来は、彼女によって有益なものに見えるだろう。現状がこうなのだから当然だ。
「……一つ聞かせて。貴方は千年前、何のために戦ったの?」
「それ以外の生き方が無かったからだよ。召喚された直後から、俺には色々な特典がついてた。それを生かすよう周りは求めてくるし、逃げるための外堀なんて簡単に埋められた」
「じゃあ……英雄様には、世界を救うつもりはなかったの?」
「んー、断言はできんけど、まあ無かったかもな」
あの時はただ、必死だった。忙しく動くことで、現状を忘れたい気持ちもあったのかもしれない。
平穏な、命の危険を感じることもない世界。
それが俺の故郷だったけれど、常識は一夜で反転した。生と死、戦いが渦巻く異世界へ召喚されたことで。
「……ま、そうよね。冷静に考えれば、英雄様は巻き込まれた側だものね。これ以上アタシ達の世界に付き合わせるのは、ちょっと虫が良すぎたかしら」
「? 別に嫌だとは思ってないぞ。魔王と戦うための旅路は、俺にとっての宝物だ。それだけは断言できる」
「で、でも、世界を救う気は無かったって……」
「ああ、そこに間違いは――」
無い、と続けようとしたところで、妙な感覚が第六感を揺さぶった。
何だこれ? 懐かしいような、それでいて違和感があるというか。偶然にも真下、地底湖があるんだろう場所から伝わってくる。
「……ミルリウス、もうこの下は湖なのか?」
「そうね、たぶん端の方には入ってると思うけど……それがどうかしたの?」
「いや、ちょっと気になることがあってさ。悪いけど、もう地底湖入っていいか? 例の騎士については後回しで」
「い、いいけど、どうやって入るの? 派手なのは止めて欲しいんだけど」
「ああ、じゃあスマートだ」
持ち込んでいたケラウノスの封を、何の迷いもなく開放する。
あとは軽く、地面に向かって振るだけだ。
「は?」
「まあ見てろって」
何もない空白。しかしケラウノスの切っ先で撫でられて、そこは確かに穴を作っていた。
その向こうには薄い暗闇が広がっている。太陽の光はどこにもなく、炎の光が壁を照らすだけだった。
「こ、これ、まさか地底湖……?」
「ああ、ちょっとケラウノスでこじ開けた。あんまり距離があると出来ないんだけどな」
「さすが神の剣ね……」
話している間に、俺は空間の裂け目へ飛び込んでいく。ミルリウスも躊躇いがちに後から続いた。
「っと」
短い自由落下の後、俺は目的地の一つへと到着する。
辺りは何とも神秘的な雰囲気があった。その主な理由は地底湖自体にある。青い光を放ち、光の球が天井へと上っていくのだ。
何となく、地球にいるホタルを思い出す。……この異世界では一度も見たことがないためか、どこか郷愁を感じる羽目にもなっていた。
「小精霊ね。意思を持った魔力とも呼ばれる、魔物の一種よ」
「あんまり人がいない場所に出るんだよな? 川とかにも出るって聞いたことある」
「ええ、千年前はそうだったらしいわね。……でも今は違う。小精霊は物凄く臆病だから、地上からは姿を消したって言われてるわ。ここは人工的に、小精霊を残してるみたいだけど」
「そりゃあ迷惑してそうだなあ……」
先ほどから、天井に向かっていく光があるのはそのためだろうか。
二つの光に挟まれたまま、俺とミルリウスは湖へ近付いていく。幸い、周囲に人はいない。小精霊に余計な刺激を与えないようにするためだろう。
俺達も直ぐに去った方がいいような気はするが、かといって自分の目的を忘れたわけじゃない。達成するため、精霊を利用することになるのだとしても。
「プロキスさんが言ってた修復って、どうすればいいんだ?」
「湖の中にケラウノスを浸すだけでいい筈よ。……小精霊達も、喜んでやってくれると思うわ。貴方のことは認識できている筈だし」
「善意が重いねえ」
彼らを解放してやりたい気持ちと、自分の目的を優先したい本音。
後者を無視することは出来ず、俺はケラウノスを持った手を地底湖へと伸ばしていく。
「……?」
「どうしたの?」
「さっきの気配がする。いや、匂いか? こっちに近付いてくるぞ」
「匂い? アタシには何も感じないけど……」
しかし間違いない。町に入った直後から感じていた気配は、確実に強くなっている。というか、こちらに近付いている。
となると気付いているんだろう、俺達の存在に。
楽しい雑談でもしたいところだが、そういうわけにもいくまい。ここにいるということは、高い確率で騎士団の関係者。とどのつまりは敵である。
「……ま、引くのも面倒だ。倒しちゃった方が、色々と楽だろ」
「た、戦うつもり!? ここは町の下よ! 何かあったら――」
「そうならないように努力はする。でももし駄目だったら……まあ諦めてくれ」
「貴方本当に英雄!?」
「だから、ただの子供だって」
言い合っている間にも、気配は確実に近くへ来ている。
いまさら逃げるという選択肢もなく、俺達は警戒しながらその方向に目をやった。
「――久しいな、戦友」
「おいおい……」
こちらからすれば数カ月、向こうからすれば千年の再会。
かつて魔王と戦った同士が、俺達の前にやってきた男だった。




