Ⅲ
本日の二話目になりますー。
「こちらが、ジュピテルで作られた封魔の力を持つ布です」
以前も通された客室。そこにいるのは俺と、ジュピテルの王女であるイオレーだった。
テーブルの上に一人にそれぞれ布を並べていく彼女は、ときおり部屋の隅に置かれている箱へ視線をやっている。伝説の剣ということで、それなりに興味を引かれるんだろう。
「あの、出してもらっても結構ですよ? というか、どんな剣か非常に興味があるので」
「……まあ、試してみないといけないしな。体調が悪くなったら言ってくれよ?」
「はい」
教会の時と同じ手順で、俺はケラウノスを取り出した。
瞬間、客室の空気が切り替わる。高濃度の魔力で、一瞬にして汚染されたのだ。魔術と関わりのない一般人は、もうこの部屋に入ることが出来ないだろう。
「大丈夫ですか?」
「ええ、今のところは平気です」
体質か、訓練の賜か。ケラウノスの魔力に晒されても、イオレーはいつも通りの様子だった。
ホッと胸をなで下ろしながら、俺は一番右にある赤い布を手にする。
「これ自体に魔力を抑える効果があるんだよな?」
「はい。魔剣や聖剣といった類の鞘にも使われています。ただ最近編まれたモノなので、王の剣に耐えられるかどうかは……」
「? 最近のやつだと駄目なのか?」
「駄目とは言いませんが、王の時代で作られた『封魔の布』に比べると性能は落ちます。……この千年、世界に満ちていた魔力は減少する一方でした。これにより神の加護が与える力は低下、製造された魔道具は年々性能が落ちています」
「……なるほど」
以前、久々に再会した女神も言っていたっけ。地上へ干渉することが出来なくなったと。
確かに千年前では、神は直々に地上へ下りたりもしていた。俺が召喚されるまで、魔王との戦いを担っていたのも彼らである。
もっとも、魔王が神への対抗策を編み出したため、最終的には人間が戦うしかなくなったわけだが。
「加護が弱まった詳しい原因って、何なんです?」
「人々が大規模な魔術を乱用したことにあると言われています。その結果、世界規模で魔力が減少。神は地上に存在できなくなり、魔物は個体数を減らしたと」
「もしかして、召喚術式の乱用もそこに?」
「そう聞いています。……結果、現在の地上には千年前の余波が残っているに過ぎません。魔力、魔術が関係している存在は、このままだと消滅する定めにあります」
「なるほど。あ、ひとまず巻いてみますね」
「はい」
慎重に、大切な宝物へ触れるように『封魔の布』でケラウノスを覆う。
部屋を満たしていた魔力は、その直後に濃度が薄まり始めた。イオレーが考えるよりは、布の効果が出ているらしい。
だが。
「あっ」
「破れましたか……」
赤い生地は、独りでに裂けてしまった。
魔力がまた元に戻っていく。それどころか濃くなっている気さえした。無理に抑えつけようとしたことで、ヘソを曲げてしまったんだろうか?
「う……」
「イオレー王女?」
「す、すみません、少し休んでも宜しいでしょうか? 少し酔っているようで……」
「無理せず、部屋から出た方がいいですよ? っていうかこれ、後日に回しましょうか。今日じゃないと駄目ってわけじゃないですし」
「いえ、わたくしのことはお気になさらず。修行だと思って乗り切ることにします」
「修行って……」
まあ確かに、そういう魔術の鍛え方もあるけれど。
イオレーは本気でそのつもりらしく、部屋の出来るだけ隅に移動した。辛そうな顔は相変わらずだが、続けてください、と訴える視線も相変わらず。
最悪の場合は強引に連れだそう――無言でそう決めると、俺は残りの布に手を伸ばしていく。
結果だけ言うと、すべて失敗に終わった。
イオレーがせっかく持ち込んできてくれたものは、どれも真っ二つに裂かれている。酷い場合は粉微塵に吹き飛んだものまであった。
「駄目でしたね」
「そうですね……」
なお、イオレーはまだ部屋に残っていた。
さすがに身体が慣れてきたのか、顔色はそこまで悪くない。若干汗を掻いているぐらいだろうか。
息も乱れており、妙な色気が漂ってくる。魔力ならぬ魔性の魅力を放っていた。
「……我が王? どうかなさいましたか?」
「あっ、いや、何でも」
いつの間にか、魅了されてしまっていたらしい。ミドリが近くにいたら鉄拳制裁ものである。
「……ともあれ、実験は失敗か」
ケラウノスを箱の中に戻しながら、イオレーに見えないところで肩を落とす。
「せめてこの箱が応用できればな……」
「難しいですね。それに施されているのは、魔術そのものによる封です。一応、解析には回してみようかと思いますが」
「解析できればどうにかなります?」
「もちろん、王の期待には応えられると思います。ただ見る限り、千年ほど前の術式に該当しますので……可能性は低いかと」
「マジか……」
いっそ、他の方法を探った方がいいんだろうか?
室内の魔力が戻っていく中、腕を組んで思案にふける。とにかく携帯できる状態にはしておきたい。このまま持ち歩くのは大変だし、どこかに預けるのも不安と言えば不安だ。
「あの、王」
「はい?」
顔を上げてみると、イオレーは心底驚いたような目で俺を見ている。
「魔力酔いは平気、なのですか?」
「ああ、これぐらいどうってことないですよ。昔、魔王連中と戦ってた頃は、毎日高濃度の魔力に当たってましたしね」
「彼らが自然に吐き出した魔力が、ということですか?」
「そうです。なんで結構、戦う前にやられちゃう兵士とかもいましたよ」
「そこまで……」
イオレーは目を見開いて驚いていた。つまり、この時代にそこまでの魔物はいないんだろう。
意外と言えば意外、先に彼女が教えてくれた世界の現状を踏まえれば、必然的な出来事ではあるのかもしれない。魔物の強さは、その環境にある魔力濃度とイコールだからだ。
まあどちらが先かは分からない。強い魔物がいるから高濃度になるのか、高濃度だから強い魔物がやってくるのか。
「我が王は、戦闘に関して千年前と今で違いはあるのですか?」
「今のところは無いですね。ああ、装備の方で当時との差はありますけど」
「しかし今、その一つを回収したわけですよね」
「そうですね。しかも主力です」
しかし、魔力を抑えられなければ迂闊には持ち歩けない。最悪、町の人々を無差別に魔力酔いにさせる危険性がある。
「……我が王、一つ提案なのですが」
「はい?」
「試し切りをすることで、剣の魔力を抜くことは出来ませんか? こういった魔性の武具から魔力が溢れるのは、魔力が溜まりすぎているからだと聞いたことがあります」
「あー、難しいですよ。コイツ、消費しても直ぐ内部で魔力を生成するんで。それこそ四六時中撃ち続ければ、どうにかなるかもしれませんが」
「撃ち続けた場合どうなります?」
「……昔やった時は、空間そのものが歪んで辺り一帯が消滅しましたね。他にも余波で地形が変わったりとかしたそうです」
「……やらないでくださいね? 人的被害が確実に出ますから」
「もちろん」
でもそういうわけで、妥協案を見つけるのは難しい。二、三日でまた溢れ出す状態に戻るだろうし。
俺達は揃って、思案で喉を震わせる。
「……そういえば昔、気になる噂を耳にしました」
「ほほう、どんなです?」
「ジュピテルの東に住む人狼の一族が、古い魔術を蘇らせようとしている、というものです。といっても数年前ですが」
「……なら行くだけ行ってみましょうか。一度ぐらい顔を見せておいた方が良いかもしれませんし」
「かしこまりました。さっそく森に詳しい者を――」
「そこまでしてもらわなくていいですって。その代り、一つ聞きたいことが」
「何でしょうか?」
「東にいる勇者の末裔って、分かります?」
「末裔、ですか?」
立ち上がっていたイオレーは、口元に指を当てて動かない。直ぐに出てくるほど、明確な候補はいないようだ。
それでも彼女は前置きを作って、思い当たる情報を話し始める。
「確証はありませんが、勇者の教えを広めている、という者ならいます。もしかするともう、ジュピテルへ入っているかもしれません」
「ゆ、勇者の教え?」
「はい。私も詳しくは存じませんが……人々からある程度の支持を得ているのは確かです。かなり北の出身とも聞きますね」
「北の……」
その辺りの地理については、まったく耳に入れていない。情報収集も兼ねて会っておくべきだろうか?
教えを広めている、なんて行動も気になるし。
「本人の特徴って分かりますか?」
「はい。金髪の、白衣を着た男性だそうです。基本的に荷物を持たず旅をしているとか」
「に、荷物を持たず?」
修行か何かか?
ますます興味が湧いてくる。彼をどうして条件に指名してきたのか、それも含めて。
「じゃあ俺、ちょっと探してきますね。いるとすれば町のどの辺りです?」
「コントス経由で来るでしょうから、恐らく北側でしょう。何ならこちらの方で人を出しましょうか? 我が王に手間を取らせるわけには――」
「そ、それぐらい自分でやりますから」
言って、俺は部屋を後にする。
客室の中では最後まで、イオレーが寂しそうにしていた。




