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プロローグ

「うん?」


 気付けば、そこは真っ白な空間だった。

 どこを見回しても、濃い霧が立ち込めているような白。神秘的と言えば神秘的で、人知の及ばない空間にいるような錯覚を与えてくる。


 いや、実際にそうなのだろう。


『久しぶりだな』


 声を反響させながら、女性らしき存在が語りかけてくる。

 姿は見えない。声も、霧がある方向すべてから聞こえているような感じだった。まるでこの空間そのものが、彼女であると言うように。


 俺は腰に手を当てながら、少し不機嫌な心境で話を聞く。


『おや、突然こんなところに呼び出された驚きは無いのか?』


「随分と白々しいな。――二回目じゃないか、これ」


『ふむ、その通りだ』


 首を縦に振っているのか、声の主は短いあいだ返答を寄越してこなかった。


 二回目。

 そう、俺にとってこの現象、この空間に招かれるのは二度目だ。以前は突然のことで戸惑っていたが、経験があれば冷静なままでいられるというもの。


『じゃあさっそく本題といこう。以前、君を召喚し、君が救った世界のことなんだが……ちょっと問題を起こしていてね』


「問題? 魔王だって倒したし、国家間の対立だって止めただろ? 他に何が残ってるっていうんだ?」


『増えすぎたんだ』


「は?」


『異世界召喚の魔術が、人間にも知られてしまってね。そしてあの世界では、大量の召喚者が跋扈するようになってしまったのさ』


「た、大量?」


 どういうことなのか。問題の趣旨が掴めず、俺は女性に聞き返す。


『異世界の人々は救世主を求め、そして君が召喚された。君は私達の加護の元、破竹の勢いで魔物を倒し、そして世界に平和を与えた。……ここまではいいね?』


「ああ」


 俗に言う、異世界召喚。

 事実は小説より奇なり、なんて言うが、まさか現実に起こるとは思いもしなかった現象。


 選ばれたのは、目立たないぐらいが取り柄の地味な少年だった。それでも彼は奮闘し、先ほど言った通り世界を救うことになる。


 とはいえ、その後に待っていたのは退屈な日常だった。

 世界を救った後、俺は即座に地球へと帰還してしまったのだ。ファンタジーのファの字もない、退屈なだけの環境に。


『召喚された勇者は、極めて高い戦闘能力を持つ――君という前例があって、世界はそういう認識を持った。だから異世界召喚を連打するようになったのさ』


「一種の兵器として、か?」


『そうそう、理解が早くて助かるよ。といってもまあ、君に比べたら粗悪品がいいところだけどね。持ってるスキルの数も少ないし』


「……何となく予想はつくが、さっさと本題を言ってくれ」


『もう一度だけ異世界・アンブロシアに行って、増えすぎた召喚者、およびその末裔を始末して欲しい。……連中には本当に迷惑してるんだ。君が生きていた時代の国家も、彼らによって滅ぼされてしまったし』


「なに!?」


 かつて共に戦った人々の顔がよぎって、俺は怒りを露わにする。

 あんなにいい人達が、どこの馬の骨とも知れない連中に滅ぼされた? 信じられないし、許せない。彼らにはまだまだ恩を返していないというのに。


 俺達が戦って救った世界だ。

 乱されて、黙っているなんて出来っこない。


『前よりは楽な仕事だと思うんだけど、どうだろう? 日常を楽しみながら仕事をしてもらう形でもいいし』


「楽な仕事、ねえ」


 それだったら自分で解決しろと言いたいが、無理だから俺に声をかけてきたんだろう。


 まあでも、断るつもりはない。他人の尻拭いをしている感じはあるが、あの世界に行けるなら他はどうでも良かった。


『君の能力については、世界救済後のモノに固定している。他の召喚者に後れを取ることはない。世界最強の戦力さ』


「……もう一つ、頼みたいことがある」


『? 何だい?』


「面倒事が全部片付いても、俺を向こうに戻すのは止めてくれ」


 アンブロシアが好きだから。

 そんな本音を最後に付け足しながら、俺は正面の霧を睨む。前回の恨みを、これ見よがしに込めながら。


『つまり、一生を異世界で過ごしたいと?』


「ああ。仕事の報酬、ってことで考えてくれればいい」


『ふむ、それぐらいならお安い御用だ。ああ、一緒にいた知り合いについてはどうすればいい? 君が再召喚されたと気付かれないために、ダミーとして巻き込んだんだが』


「……一つ質問させてくれ。まず、どうしてダミーが必要なんだ?」


『単純さ。君は最強の勇者・英雄王として歴史に名を残している。そんな男がまた現れたらどうなる? 君を抹殺しようと目論む人もいるんじゃないかな?』


「それを防ぐために紛れ込ませると?」


『その通り。まあ敵対者はすべて蹴散らしても構わないんだけど、目立たないに越したことは無いだろう? さっき言った文明の衰退が原因で、勇者の信用自体も下がってるからね。体裁だけでも一般人の方が好都合なのさ。あ、召喚先の女王や王女には、君の正体や事情を話してある。神として彼女らには知らせたから、スムーズな対応をしてくれると思うよ」


「……分かった。じゃあ、次」


 一緒にいた、知り合い。

 恐らくは三十人近くいるクラスメイトのことだろう。この空間に来る直前、俺は授業に出ていたのだから。教室の隅で、息を潜めるように過ごしながら。


 あまり良い思い出のある連中ではない。ただうるさいだけの人間だった。

 その連中と一緒に異世界へ行くなんて、穏やかな気分ではいられない。まあ、最初の短い間だけになるだろうけど。


「そっちの連中は、それぞれに決めさせてくれ。やつらの責任まで押し付けられるなんて、俺はご免だからな」


『おや、いいのかい? 君と一人、浅からぬ関係の少女がいたと思ったけど』


「……彼女のことも彼女に決めさせてくれ。って言っても、変な真似したら怒るぞ? 大切な幼馴染なんだから」


『分かったよ。――でも君、少し元気がないな? どうかしたのか? 気落ちしているというか』


「そりゃあ、一緒に呼んでくれた人間の中には嫌いなヤツもいるからな。頭のネジが外れてるやつもいるし……喜んでばかりもいられないぞ」


 まあ今さら言ったところで、召喚が取り止められる可能性は低いだろう。彼女――女神はその辺りも見越して、クラスメイトを含ませたかもしれない。

 実際、霧の向こうから謝罪は聞こえてこなかった。


『いいじゃないか、そういう連中がいて。面白くなりそうだ』


「お、面白いって……あの世界にとってプラスどころか、マイナスになるかもしれないんだぞ? 仕事の邪魔になるかもしれないし」


『そうか? 君と並ぶ能力は与えていないし、最悪の場合は私の権限で強制転移させるさ。勇者達の方だって、いま直ぐ解決して欲しいわけじゃないからね』


「いいのかそんなんで……」


『もちろん。私達の楽しみが一番、ってね』


 なんて、悪びれもせずに言ってくれる。

 まあ平常運転と言えば平常運転だ。この女神を始め、異世界の神々は非常に感情的で人間味がある。つまり問題児な神様だ。


 なんで、俺は彼女達へ好意を向けられない。以前も散々、酷い目に遭わされたし。


『ま、とにかく楽しんでくれ。任務さえ達成してくれれば、私達は何も言わないから』


「だからってアイツらまで一緒に……」


『だから気にするな。君だって退屈は嫌いだろう?』


「う」


 返し辛い、卑怯な反撃だった。


 俺が口を閉ざしたところで、周囲の霧が更に濃くなる。五感も鈍くなり、もはや自分が立っている感覚さえ消えつつあった。


『ではでは。素敵な異世界ライフを』


 女性が言い終えた瞬間、視界は一転して黒で塗り潰される。

 強烈な眠気に似た何かが、俺の意識を狩り取った。

ストックは五万ほどあるので、今日と明日で上げきろうと思います。

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