06
長くなってしまいました…
難産…
目が覚めた時、まだ暗かった。
携帯のディスプレイで時間を確認すれば、21:00の表示。そんなに時間はたっていないんだな、なんてぼんやり考えた。
泣きながら眠ったせいで、瞼は腫れてしまって重いし、頭もなんだか働かない。
のども乾いているし、水を飲んで、顔を洗って、せめて少しでもマシになるようにしないと今日も学校がある。
部屋を出たところで、腕をつかまれた。
「ひっ」
「やっと出てきた…。思ったより早かったけど。」
「えっ、透くん…なんで? 帰ったんじゃ…」
「話があるって言ったよね。」
「…明日、聞くから、」
「ダメ。もう待たない。」
「なんで」
「逃がさない。逃がすつもりもないけど、もう待つのはやめる。」
「ちょっと、透くん何言ってるかわからないんだけど」
「好きだ」
吐き出すように伝えられた透君の言葉に、呼吸が止まった。
そのまま抱きしめられて、圧迫感に浅く息を吐きだした。
混乱したまま、ゆっくり息を吸い込む。全然、意味が分からない。
「ひな、俺はひなが好きだよ。」
「い、みわかんない…だって、透くんはひとみさんと付き合ってるんでしょ…?」
「なんでそこで久野が出てくるわけ…あぁ、文化祭の時か。久野とは付き合ってないよ。それに久野も含めて俺の友達は俺がひなを好きなこと知ってるし。」
「へ?」
あれだけ言われたのに、透くんとひとみさんは付き合ってない…?
いや、でもひとみさんからも透くんが好きと言われた。あれは嘘なんかじゃないはず。
透くんが私を好き『だった』とも言われた。
過去形だったから、もう気持ちはなくなったか諦められたかしてひとみさんと付き合ってるものだと思っていた。けれど全部勘違いということか。
「ひとみさんって、どこから計算なんだろう」
自分の勘違いと暴走、ひとみさんに吐き出した言葉や態度に恥ずかしさで消えてしまいたくなる。
「ねぇ、そんなことより久野のことをそんなに気にするってことはやっぱりひなも俺のこと好きなんだよね?」
「えっ…わ、わかんな」
「わかんない禁止。わかるまで離さないけど。」
「や、やだ!お母さんとか通るよ!」
「別に困らないよ、俺はね。おばさんも知ってるし、いつかひなをお嫁にもらうっておじさんにも言ってる。」
「透くんの行動力ってどうなってんの!?」
「言ったよね、逃がすつもりなって。」
恥ずかしさで顔を上げられず、額を透君の肩に当ててうつむいたままだけれど、透くんの表情が目に浮かぶ。若干黒さを含んだ笑みを浮かべてるはずだ。
どれだけ私の外堀埋まってるんだろう?
「ひーな」
「うぅ…。」
現実逃避していた思考が透くんの呼びかけに戻ってくる。
でもだってそんな。
考えたこともなかった、わけじゃない。
中学のはじめ、同じクラスの子にからかわれたことだってある。
『本当のお兄ちゃんでもないのに、どうしてそんなに仲がいいの?』
『だって生まれた時からお隣さんだったし…』
そんな感じでその時は答えた。
お隣さん。
家族ではなくて、他人。
「ひなは俺のことが嫌い?」
「そんなわけない!」
「うん、知ってる。じゃあ好き?」
「透くんが意地悪だ…。」
「いつもだったら嫌いじゃないって即答してくれるだけでもよかったんだけどね。もう、それじゃ我慢できないんだよ。」
「…透くんってそういう恥ずかしいことをサラッと言う人だっけ…?」
「いわないとあいつに勝てなさそうだからね。これでも焦ってるんだよ。」
「あいつって…もしかして安藤君のこと?」
「名前は知らないけど。今日一緒だったの、安藤っていうんだ。」
「あ、うん。」
「ひなはあいつのことが好きなの?」
「え、うーん…人としては好きかな。でも付き合うっていうと別というか」
「ふぅん」
「あの、透くん…?」
考え込んでしまった透くんに、居心地が悪くなる。
1分、2分と時間は経っていくけど、腕をつかまれたままだから動けない。
「わからないっていう、ひなのために整理させてあげる。」
「うん?」
いったい何を整理させてくれるっていうんだろう?
私にわからないのは確かだけど、それをまるで透くんはわかっているような言い方だ。
「ひなは俺が嫌い?」
「そんなわけない」
「じゃあアンドウってやつは嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
「アンドウのことは人として好き?」
「うん」
「俺のことは人としては好き?」
「もちろん」
「じゃあ、その好きは同じ?」
「…えっ」
思考が停止した。けれど透くんの質問は終わりじゃなかった。
「アンドウに彼女ができたとして、どう思う?」
「おめでとう、かな」
「俺が久野と付き合ってる、って思った時もそう思えた?」
「…思えなかった。」
その時の気持ちを思い出してしまって、胃が重たくなる。
私はこんなにも気持ちが悪いのに、目の前で透くんはそれはそれは嬉しそうに笑った。
「あー、もう。本当はひなにはっきり自覚して言葉にしてもらいたいんだけど、そんな顔されたんじゃ仕方ないよね。」
「それってどういう意味?」
「ひなは俺が好きなんだよ。俺に彼女ができたら嫌だと思うくらい。」
嬉しそうに笑ったまま、透くんは私を抱きしめた。
くすくすと笑っている息が耳にかかってくすぐったい。
透くんの言葉が、ストンと胸にはまった。
「私は透くんのことが好きなんだ」
改めて言葉にしてみると恥ずかしくて死んでしまいそうだ。