05
帰宅して、着替えも億劫で、ベッドに倒れこむ。
細く、細く、息を吐いてぎゅっと目をつむった。
『ごめん、私はやっぱり―安藤君とは付き合えない。』
『あー、うん、そっか。』
傷つけた。
優しい人だ。
ずるい私には、もったいない、すごくいい人。
私が臆病で、向き合えなかったことにまっすぐ向き合える強い人だ。
『伊藤は、あの人が好きなんだよな。』
『わからない』
『…それってさ、逃げてんの?』
あいまいに笑って、ごまかした私は本当にずるい。
そうやって笑えば、優しい安藤君はそれ以上私に追及できないってわかってた。
抱きしめたクッションに強く顔を押し付ける。
カバンの中から携帯がくぐもった着信音を鳴らし続ける。
たった一人に設定したメロディが2週目の半ばで途切れた。
透くんからのメールは、まだ読んでいない。
フォルダの中で1行だけ見えた文章は、私を心配する文章だって知らせてた。
お兄ちゃんは、優しいのに。
心配しているってわかってて、大丈夫だといわない私はずるい。
このまま、眠ってしまおうか。
明日には、平気な振りができるだろうか。
安藤君とは気まずくなってしまったけど、もともとクラスメイトとしての接点しかなかったのだから、大丈夫かもしれない。
宇野ちゃんにはどうやって話そう。
面白がっていた節はあるけれど、きっとちゃんと話せばわかってくれる、かもしれない。
ちゃんと話すって、何を話せばいいんだろう?
―あの人が好きなんだよな
あの人、と言われて浮かぶのは言わずもがな透くんだ。
固有名詞を出されたわけでもないのに、ほかの人は一切浮かばなかった。
わからないんじゃないくせに。
頭の中で安藤君が私を責める。
違う、安藤君はそんなこと言わなかった。
ただ、傷ついた表情で笑っていただけだった。
伊藤はずるい。
その声は、だんだんと高くなって、誰より聞き覚えのある声になる。
その声は、私だ。
「ひな、起きてる?」
ドアの向こうから控えめなノックとともに聞こえたテノールに、ばちっと目を見開いた。
「なんで、透くんが居るの…。」
「ひなが電話に出ないから、帰ってきてるか心配になって…出てきて、ひな。話があるんだ。」
「いやだ、聞きたくない!」
やわらかい透くんの声に慰めてほしくなるけれど、ドアには近づかない。
彼女―ひとみさんの前で泣いたことを、どう説明されているのか想像もしたくない。
心配してくれてるのに、こんな態度をとって、嫌われるかもしれない。
ぽろぽろと涙が出る。嗚咽だけは必死で押し殺した。
クッションが湿って、気持ち悪い。
「わかった。」
温度のない、声だった。
思わず、息が止まる。
透くんのこんな声、初めて聞いた。
怒ってる。
どきどきと激しい鼓動に、しばらく動けないでいたが、何も起こらなかった。
きっと、あきれて帰ってしまったんだろう。
もう、何を考えるのもおっくうで、頭が痛くて、疲れ果てた。
湿ったクッションに頭を預けているうちに、意識はなくなっていった。