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キンキョリ  作者: 駒子
悟り少女
3/8

01

高校生になって、何より楽しみにしてた文化祭。

一年生の時は、展示しかさせてもらえなくて、二年生では劇をやった。

やっと三年生になって、念願の軽食の出店を勝ち取って、凄く、凄く楽しみにしてたんだ。

むかしから、楽しみにしているときほど大変なことが起きるから、慎重に準備も体調管理もしていた、のに。


「ひな、お誘いありがとう。」

「あ、ううん。忙しいのに来てくれたんだ、ありがとう。」


長い茶色の髪をふわふわとセットした、きれいなお姉さんと透くんが入ってきて、席に案内する私に声をかける。

声は震えていなかっただろうか。

いつも通り、笑えていただろうか。


「透くん、彼女さんも、好きなもの頼んでくださいね。メニューこちらです。」


お冷やお持ちしますね、と声をかけて裏に引っ込む。

びっくり、しすぎた時って、こうなるのか。

どこか自分のことじゃ無いみたいに、誰か他の人の心みたいに、グチャグチャなココロとは別に、とても冷静な頭が2つのコップに氷と水を入れていく。


「伊藤、水出したら隣のテーブル片付けお願いできる?」

「あ、安藤くん…大丈夫だよ。お盆と布巾ちょうだい」

「ほい、今来たテーブル伊藤の知り合い?」

「うん、お隣のお兄さん。」

「伊藤自慢の幼馴染のお兄ちゃん、か」

「そうだよ。私の、自慢のお兄ちゃん!」

「いいなぁ、俺の妹なんかクソ兄貴呼ばわりだぞー。」

「委員長の安藤くんでもそんな扱いされるんだね。」

「そうそう、と「おい、安藤、伊藤、サボるなー。」

担任の声に思ったより話し込んでいた事に気付く。汗をかいてしまったコップの水滴を拭き取って、お盆に乗せ、透くんたちのテーブルに運んでいく。


「あ、透、ひなちゃんきたよ。」

「お待たせしました。」

「高校の文化祭にしてはしっかりカフェみたいにしてるんだね。」

「衣装は制服にエプロンだけど、ちゃんとコーヒーとかお菓子とかにはこだわったんだよ。」

「ひなは何か作ったの?」

「コーヒーセットに付いてるクッキーは作ったよ?」

「そっか、じゃあコーヒーセット2つお願いします。」

「かしこまりました!何人かで作ったからどれが当たるかわからないけどね?」

「透シスコンだね〜。」

「うるさいな、久野。」


親しそうな空気に席を離れてオーダーを裏の子に渡して、頼まれていた掃除。

極力、透くんたちの席を見ないように、入り口の案内ばかりついた。


「忙しそうだし、俺らはそろそろよそに行くな。」

「あ、うん、来てくれてありがとう。」


あと、5分で私は交代して休憩になる頃に、透くんたちは帰って行った。

交代の子にエプロンを渡して、それでも動き回る気分になれなくて、中庭の自販機前でバナナオレを口に含む。

甘ったるいあじ。


「ひーなちゃん」


後ろから軽く背中を叩かれ、驚き過ぎて、紙パックを握りつぶしてしまった。

8割残っていた中身は勢いよくストローから飛び出して、手をつたってこぼれていく。


「わー! ごめんねひなちゃん、そんなに驚くと思わなくて…」

「…えっと、さっき透くんと来てた…」

「よかった、覚えててくれたんだ。久野静香って言います。透ってば紹介もしてくれないから、不審者と思われるんじゃ無いかとドキドキしてたよ。」


明るく、笑う久野さん。

茶色の髪をキレイに巻いてセットしていて、大人っぽくて、キレイな人。こぼれたバナナオレを丁寧にタオルで拭き取ってくれる、優しい人。


「透くんと一緒じゃ無いんですか?」

「透は理系の展示見に行くって言ってたから。あたしは頭悪いからそう言うの見てもつまんないしね。」

「はぁ…」


なんとも返しにくいことをサラッと言われて、苦笑いしか出来ない。


「ひなちゃんは、透のこと好き?」

「へ!?」


一体どこからそんな話題になったのかわからない。

わからない、けれど久野さんの目がとても真剣で、目をそらしてしまった。


「透はひなちゃんのことが好きだったよ。」


知っている。うちのソファで寝たフリをしたあの日からずっと。

だけど、そうか、過去形なんだ。


「あたしは、透のことが好きよ。」


今の、久野さんの想い。

真っ直ぐで、キレイ。

私は、こんなキレイな想いじゃない。


「それを、どうして私に言うんですか」


「私に、どうしろって言うんですか」


「私が、今更、どうしようも無いじゃないですか…!」


ボロボロと溢れるのは本音と、涙。

わからない、なんてフタをして、目をそらした結果だ。愛や恋なんて、わからないものは怖い。怖いから、逃げたんだ。


恋人っていう、わからない関係よりも、幼馴染の関係が愛しくて、大切で。

わからないわからないわからない。

こわい。


「ひな?」


中庭に面した、2階の渡り廊下の窓から透くんの声が聞こえて、思わず顔を上げてしまった。

涙で、ひどい顔をしていたことを思い出してすぐに顔を伏せる。高校生にもなって、外で泣いてしまうなんて恥ずかしすぎて、埋まってしまいたい。

そうだ、逃げよう。


「久野!お前何してるんだよ!」

「気になるなら降りてくればいいでしょ。」


窓から身を乗り出していた透くんは舌打ちを一つして、引っ込んだ。

ここから一度昇降口を回って来るまで、5分くらいだろうか。

今すぐここから走って逃げてしまえば、会わずに済む。

逃げ出そうとしたことを察して、久野さんが私の腕を強く強くつかんだ。

だめだ、これじゃあ逃げ出せない。


「やだ!離して!」


子供みたいにただ駄々をこねる。


「また、逃げるの?」

「どうして、あなたには関係ない!」

「関係あるのよ」

「そんなの知らない!」

「いい加減にしなさいよ!」


それまで、淡々と言葉を発していた久野さんの激昂に、私の体も思考も停止する。

苛烈な光を宿した、大きな瞳が私をまっすぐに射貫く。

その瞳の中にいる私は、人ごみの中で迷子になった幼子のように情けない表情をしていた。


「今逃げるなら、もう透に近づかないで」


つかまれていた腕が、急に放される。

バクバクと心臓が高鳴っているのに、頭の先から氷を被ったように冷えていく。


「っ、ひな、」


息を切らした透くんの姿を見たとき、私は反射的に背を向けて駆け出してしまった。

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