85話 荒れ狂いし双頭竜
今回は説明が長い回になってしまいました。
よろしくお願いします。
「双頭竜元帥」………。
それは、伝説上に語られる竜の名を冠した双剣型の古代魔導具である。
無限に近い魔力と、2つの頭を持つ雌雄一体の竜であり、雌の頭からは雷を、雄の頭からは風を吐き出し、全てを薙ぎ払う嵐を起こすことから、天災の化身、または雌雄一体の体から、完全なる生物などと語られる竜である。
竜達の中でも上位の存在であり、その序列は、最高位たる竜帝の次席である元帥の立場に位置し、数多の竜の配下を率いている。
元々は地上に嵐を引き起こす悪しき邪竜であったが、その余りにも目に余る所業に大神たる創世神の怒りに触れてしまい罰せられてしまう。そして、それによって悪逆を悔いて改心し、以後は天にある神の宮殿の門を守る門番となり、神に仇なす邪悪なものを滅ぼす竜神となったとされる伝説がある竜だ。聖王国では、創世神を守る守護十聖の一角としても有名である。
そんな強大な竜の名を冠したその双剣は、その名に違わぬ力を宿しており、それぞれの剣には風と雷を自在に操る力が付与されていて、天候すらも自在に操ることができる。更には、手にした者の身体能力を飛躍的に上昇させる力も有し、それこそ正に荒れ狂う竜の如き力を得られるとされ、古代魔導具の中でも特級にあたる能力を有した一品である。
だが、その能力の発動の代償は相応に大きなものである。
まず、起こした嵐は装備者たる己自身にも牙を剥く上に、急激な身体能力の向上によって肉体に多大な負荷が掛かり、下手をすれば死に至るともされている。
しかし、それ以上に問題とされるのが発動に要する魔力が余りにも莫大であり、常人では発動した時点で魔力枯渇で死に至るとされる程の魔力が必要なのだ。
故に、その能力の凄まじさと危険性から、古代魔導具の中でも上級にあたる神話級とされ、扱える者もいなかったことから、長らく聖王国の地下の宝物庫にて封印されていた。
そう………扱える者が現れるまでは………。
◇◇◇◇
「『双頭竜元帥』」
カトラは手に持つ双剣に魔力を込め、その双剣の名を解放する。
解放された双頭竜元帥ウルボロスは、まるで歓喜の声を上げるかのように一際輝き、その刃に風と雷を纏っていく。
やがて刃に纏った嵐は込められた魔力に比例して巨大になっていき、ついには天にも届くかと思う程の巨大な嵐の刃となる。
天高くまで届いた嵐の刃は、周囲に凄まじい風と轟音を起こし、自らの威容を戦場全体へと示しているようであった。
吹き荒れる風と鳴り響く雷。
尋常ならざる魔力の密度を伴う嵐は、戦場にいる誰もを畏れさせた。
戦場にいる誰もが思った。
あの嵐に巻き込まれれば死ぬ。
誰もがその嵐の刃に明確な死の印象をもっていたのだ。
それほどに、その嵐の刃は恐ろしく、凄まじく、強大であり、何よりも………神の御技の如き畏怖感を戦場に与えていたのだ。
特に、相対する魔王軍などはそのほとんどが嵐の刃を見た瞬間に戦意を喪失している程である。
そんな戦場に死を連想させる嵐の根元……。
そこにはこの嵐の刃を引き起こした人物……青い甲冑を身に纏った騎士こと、カトラがその手に嵐の原因たる双剣を両手に、戦場を駆けていた………………。
「やば……………正直………やり過ぎやしたね………」
この嵐を引き起こし人物………その当のカトラは、両手の双剣から伸びる嵐の刃を見ながら、当事者とは思えぬな発言を呟いていた。
「いやぁ………これの半分くらいのつもりでございやしたが………ちょっち頑張りすぎやしたかね?」
ちょっち頑張った結果がこれらしい。
相対する魔王軍からすれば、たまったものではない理由だ。
何せちょっち頑張った相手に戦意を喪失してしまったのだ。
だが、そんな魔王軍のことなど知らぬカトラは、飄々とした態度でその手の剣を見上げた。
「まぁ………別に大丈夫でございやしよう。さてっ………では………ほいっ………と!」
カトラそう言うと、気軽に………本当に気軽に軽く物を投げるかの如き気軽な気合いの声で呟きながら、魔王軍目掛けてその嵐の双剣の刃を左右横一閃に薙ぎ払ったのだ………。
◇◇◇◇◇
辺りに雷の轟音が鳴り響く。
凄まじい威力の風が吹き荒れる。
地面に伏せさせられたウルファルモは、目を閉じ耳を伏せ、地面に爪を食い込ませ、必死に吹き荒れ嵐に耐えていた。
ウルファルモには、今、何が起きてるのかは全く理解できていなかった。
先程、目の前に巨大な刃を型取ったような嵐が現れた。
そして、それを目の当たりにした次の瞬間には凄まじい光と轟音と、吹き荒れる風圧に己が身が晒され、今にも飛び上がらんとまでしていた。
何がどうなっている?
全く理解が追い付かない。
頭が混乱し、まともに考えることができない。
だが、そんな混乱している中でも、1つだけ確かに理解できることがあった。
それは………『死』。
今、踏ん張って耐えなければきっと自分は死ぬであろうという本能的な直感であった。
耐えなければ………。
堪えなければ………。
踏ん張らなければ………。
この嵐に巻き込まれれば、死んでしまう。
そんな確かな直感だけが彼の体を動かし、必死に嵐に巻き込まれまいと地面に爪を立てて、飛ばされぬように抵抗させていたのだ。
吹き荒れる嵐。その何時終わるやもしれぬ嵐の奔流が過ぎるのを、ウルファルモは歯を喰いしばり耐えた。
目を閉じた真っ暗な世界。
しかも吹き荒ぶ風と雷の轟音が鳴り響く、真っ暗で恐ろしい世界。
そんな世界の中を、ウルファルモは恐怖に耐えながら嵐の終わりを待った………。
そして、そんな嵐の世界が数秒が数時間にも感じるような過酷な中………やがて段々と風が弱まってくるのをウルファルモは肌で感じる。
暴風が強風となり、強風がそよ風となり、やがて無風となり激しい雷の轟音も聞こえなくなっていく………。
やっと地獄の如き台風が過ぎ去った。
安堵したウルファルモは目を開けると、晴れやかな太陽の日差しが目に入る。
その光に一瞬『ウッ!』と目が眩むも、段々と慣れていき頭上に広がる青空が見えてきた。
あぁ………嵐は去ったんだ………。
その青空に急に安息し、ホッと一息ついたウルファルモは体を起こして立ち上がる。
そして地獄を見た。
立ち上がって見た光景。
それは、正に死屍累々という言葉が当てはまる光景………。
幾千もの魔王軍の亡骸が周囲に積み重なった、地獄としか言い様のない凄惨な光景であった。
ある遺体は黒く焼け焦げ、またある遺体は全身が切り刻まれている。中には、真っ二つに切れて、下半身が無い魔族の遺体もある。
そんな死屍累々たる光景に、ウルファルモは言葉も出ずに唖然と立ち尽くす。
一体何があった?何だこれは?
ウルファルモはその凄惨な光景に頭の処理が追い付かず、ただただ唖然と転がる同胞を見ることしかできずにいた。
自分の背後には、幾重にも堅牢に固められた数千の精強な魔王軍の部隊が陣形をとっていた筈である。
だが………。
今、ウルファルモの背後にあるのは、無残に焼け焦げ、或いは切り裂かれた数多くの魔族の死体の山。
とてもじゃないが、精強な部隊とはかけ離れたものだ。だが、事実として目の前にはその部隊が全滅して、死体を野に転がしている。
「………………………?!」
その異常な目の前の事実に、ウルファルモは絶句するしかなかった。
ほんの僅かの間に陣形の前側にいたであろう第1軍から第3軍、総勢数千にも及ぶ魔族の兵士が、物言わぬ亡骸となっていたのだ。
その混乱も当然のものであろう。
よく見れば、更に後ろにいた第4軍以降の軍と予備部隊までには刃が届いていなかったのか、目の前の事態に混乱はしているが、何とか無事なようである。
だが、一瞬にして数千の同胞を失ったという事実に、ウルファルモは己の正気を失い、それにすら気付くことができぬ程であった。
呆然とし、虚ろな目で死体の山となった戦場を見つめるウルファルモ。
まるで魂が抜けたようであった。
しかし、そんな正気を失い、人形のように立ち尽くすウルファルモに、1つの影が近付く。
そして………。
「正気になれ!!」
そんな激しい怒声と共に、ウルファルモの右頬に凄まじい衝撃と痛みが走る。
口の中に鉄のような味が広がり、奥歯が折れる感覚がする。
あまりにも痛すぎて、ウルファルモが逆に意識を手放そうとするも………。
「戻ってこい!!」
今度は左頬に衝撃が走る。
あっ………これ目覚めなきゃ死ぬわ。
本能的にそう察したウルファルモは、痛みを耐えて気合いで己を目覚めさせる。
そして強制的に正気を取り戻し、目覚めた先にいたのは第3撃を喰らわすべく、拳を振りかぶろうとする上官のナゲーナ団長であった。
「だ、団長!目覚めました!スッキリ目覚めました!!」
果たしてスッキリかは分からないが、しっかりと目覚めたウルファルモは両手を振りながら目覚めたアピールを行う。
「ムッ?そうか!よくぞ目覚めたな」
そう言って拳を収めるナゲーナに………。
『あんたのせいで2度と目覚めぬところだったわ!』
………と、言いたい気持ちを押さえながら、ウルファルモは再び凄惨な戦場へと視線を移す。
そこには、やはり夥しい数の魔族の遺体が山となっていた。
正気を取り戻したウルファルモは、その遺体の山を目の当たりにすると、先程は唖然としていて感じなかった激しい悲しみと悔しさが込み上げてきていた。
数多くの同胞の死。それは強い衝撃となって彼の心を貫いた。
だが、それ以上に強い疑問が彼の頭の中にはあった。
故に、ウルファルモは同胞の死を嘆く前に目の前の団長へとその疑問を問うた。
「これは………一体……何が起きたのですか………?」
それは当然であり、必然的な質問であった。
一体何が起きたのか?何があったのか?それはこの惨状を目の当たりにすれば当然の質問である。誰だってこんな異常事態が起きれば知りたいのは当然であろう。
ウルファルモは純粋な興味………だがそれ以上の指揮官としての責任感から、この状況を打開する為にも………これ以上に同胞を失わない為にも、この状況が起きた原因の情報が得るのが先決だと考えたのだ。
このウルファルモ。余りの状況に一時は正気失ってはいたが、これでも一軍の副官を任されるだけあって、それなりの思考能力を持つ優秀な魔族であった。
だが、そんなウルファルモの疑問にナゲーナは答えず、いきなり彼の背を思いっきりひっぱたいてきたのだ。
「ナ、ナゲーナ団長?!」
突然の凶行にウルファルモは驚愕し、背中に激しい痛みを感じながら疑問の声を上げる。
だが、そんな言葉を無視するようにナゲーナが叫ぶ。
「走れぇぇ!死にたいのかぁぁ?!」
一瞬、ナゲーナの言葉の意味が分からず、ウルファルモは首を傾げる。
しかし、次に聞こえた声………いや、雄叫びにより、言葉の意味を理解する。
「「「オォォォォォォォォ!!!」」|
背後から聞こえる雄叫び。その雄叫びにウルファルモは一瞬ビクリとして振り返った後、直ぐに走り出す。
そう、まだ終わっていない。
確かに嵐は過ぎた。
その嵐の事も気になる。
だが、まだ本命が残っていた。
そう………。
数万にも及ぶ、聖王国軍の突撃が。
先程まで部隊が陣形を張っていた方向から、数万の軍勢が雄叫びを上げながら突っ込んできていた。
目の前の魔王軍の陣形が崩れ去り、更に指揮が上がったのだろう。先程よりも凄まじい雄叫びを上げ、こちらを突き殺さんと駆けてきている。
そんな聖王国軍を目の当たりにしたウルファルモは、必死に第4軍がいる方へと走り出す。
陣形が壊滅した今、ここに残ってあの突撃を受けてしまえば間違いなく死ぬ。
槍で突かれ、剣で斬られ………いや、それ以前に馬の大軍に轢かれて死ぬ。
せめて、まだ陣形が壊滅していない第4軍に飛び込まなければ死んでしまう。
ウルファルモは必死に足を動かして走り出す。先祖返りをしたかのように、四つ足で駆けん勢いの前傾姿勢で走り行く。
その横を、同じ考えに至っているナゲーナもまた、その巨体に似合わぬ猛スピードで走っている。
そんな必死に走りながら周囲に目をやれば、自分と同じく生き残った幾名かが起き上がるのが見えた。
「お、お前達!逃げろおぉ!第4軍まで下がれぇ!下がらんと死ぬぞぉぉ!!」
ウルファルモは必死に叫ぶ。
これ以上の犠牲は出すものか!出してなるものか!本来であれば敵前逃亡は重罪であるが、この場合は仕方がない。とにかく足を動かして逃げろと、逃亡を促す。
その声にハッとした者達が、迫る軍勢を見て顔色を変え、慌てて逃げ出す。
何とか立ち上がり、逃げ出す兵士達を見てウルファルモはホッとする。
そして、チラッと横にいるナゲーナ団長を見る。まさか、逃亡協賛やなんかで咎められるのではと思ったからだ。
しかし、ナゲーナ団長は首をコクリと頷いて肯定を示す。
逃亡の判断は、ナゲーナ団長も賛成らしい。
まぁ、確かに自分も現在進行形で逃げているのだがら、これで部下に退却するなというのも酷である。
そんなナゲーナ団長とウルファルモは、並んで第4軍目指して走り続ける。
象と狼が並んで走るという異様な光景。
この場合、狼が遅いのか、象が早いのかは判断がつかないが、ただただ異様な光景であることには変わりがなかった。
そんな並走する二人であったが、ウルファルモが息を切らせながらナゲーナへと話し掛けた。
「ハァ……ハァ……まずい……ですよ団長!あんな大軍にこのまま突っ込まれたら我が軍は……」
「わかっている!全滅は必須だ!だからこうして4軍のもとまで急いでいるのだろいが!今は混乱しているが、俺達が指揮すれば多少は持ち直せるだろう!」
ナゲーナは痛むのか、脇腹を押さえながらながらそう答えた。
「その後は城塞を攻めている隊を退かせて全軍を退却させる!!急ぎ、各地に散らばっている部隊も合流させて後方のバグラムまで退く!」
「なっ?!」
ナゲーナのその指示にウルファルモは絶句する。
バグラムまで退く。それはつまり、現在王都を残して9割方まで支配していたエルネルバ王国領を放棄することに違いなかったからだ。
これまでの戦果の破棄。
そんな指示を、今の全軍の総指揮者たるナゲーナが出したのだ。
「て、撤退ですか?!し、しかしそれではこれまでの戦果が水の泡に………」
「馬鹿が!!ここで全滅するよりは遥かにマシだ!!聖王国の援軍はともかくとして、あの青騎士………蒼壁のカトラまでが出張ってきたのでは今の戦力では撤退せざるを得ないのだ!!」
ウルファルモの言葉を遮るナゲーナの叫び。
そのナゲーナの叫びを聞き、ウルファルモは目を見開いて驚愕する。
「そ………蒼壁のカトラ?い、今、蒼壁のカトラと言いましたか?」
ナゲーナの叫びにあった1人の人物の名前。
その名を聞いたウルファルモは顎が外れんばかりに口を開き、顔面が蒼白となった。
「ああ………言った。あの聖王国軍の先陣を切り、ばかでかい嵐の刃で部隊を壊滅させた青い騎士………あいつがあの蒼壁のカトラだ」
「あ、あ、あ、あい………あいつが………」
今迫って来ている存在。その存在が何なのかを知ったウルファルモは、声と全身を震わる。その様子から、ウルファルモが尋常ならざる恐怖感に襲われいるのが目に見えて理解できた。
「あいつが………蒼壁のカトラ………幾度もの聖王国侵攻の戦で我ら魔族の前に立ち塞がり、数多くの魔族を葬ふり、先代四天王方と対等に渡り合った騎士……。先代魔王様をもって『聖王国を守りしその姿は蒼き壁が如し』と言わしめた………人間兵器たる勇者以上の化け物………聖皇の懐刀……魔の殲滅者……青い死神………その異名を上げればきりがないとされる………」
「そうだ………そのカトラだ………って詳し過ぎないか?説明してるつもりが、説明されている気分なんだが………」
「と、当然です!戦いにおいて情報とは何よりも大切です!詳しい情報があれば、何事も有利に働きますからね!特に、危険な生物や人物、古代魔導具等の情報は逐一調べておりますよ!!聖王国のカトラは勿論、白光の女神アンヌに紅頭巾ミミル、帝国の暴君タナトスと月光姫ニュクスに笑う金色ギャギャルガガン、鬼那之王国の春将軍ライゼンと冬将軍コタツ、魔物なんかは死燐の蛇に大王獣と黒鴃、それに古代魔導具だったら縛鎖大帝と極刑の剣それに………………」
「もういい!もう分かった!!お前が勤勉だったという事は理解できた!」
止まらなく早口に喋り出すウルファルモに、ナゲーナが叫んで止める。
「そ、そうですか?」
まだ話したりなさそうな目で見てくるウルファルモに、ナゲーナは戦慄する。
まさかの部下の博識というか、単なる強者マニアではないかと疑うような一面に、さしもの歴戦の猛者ナゲーナも驚愕というか、呆れというか、説明のつかない複雑な気持ちを襲われる。
(こいつ………こんな奴だったのか………)
ナゲーナの中で先程とは若干見る目が変わった。先程までは少しヘタレな副官だったが、今はヘタレでマニアな副官へと見事に降格していた。
(いや………だが、それだけ調べているという事は、情報には事欠かぬという事であるし、攻略方の糸口が見つかるかもしれぬということなのか?)
ふいにナゲーナはそう考えた。
確かに早口に長々と強者やら魔導具の事を語っているのは気持ちが悪いが、考えようによってはウルファルモの知識は大変役立つのではないかと。
そう考えると、急にウルファルモが知的な参謀のように見えてくる。現代風に言えば、心なしか柴犬の雑種のような横顔が、ジャーマンシェパードのようにキリッとした名犬にすら見えてくるよう………そうナゲーナは感じた。
「ウルファルモよ………それだけ知っているという事は、あのカトラの事も良く知っているのか?」
恐る恐るとウルファルモにそう尋ねる。すると、満面の笑みを返してきた。
「はい!かつての記録を読み漁りましたので、カトラについての情報はバッチリです!」
ナゲーナは拳をグッと力強く握り締める。
(それが本当ならば、カトラ打倒の何らかの糸口を掴めるやもしれん!最低でも、何とか軍を逃がすくらいの時間稼ぎの方法が見つかるかもしれぬな!)
ナゲーナの中で、ウルファルモの株が一気に上がる。
おめでとうウルファルモ。
ぽんこつ狼から知的な参謀狼へと進化した。
「では………奴について教えてくれ」
「ハッ!まずですが………カトラが初めて戦場に現れたのは先代魔王様の時代であり、現聖皇が即位して間もなくの頃です。先代魔王様の聖王国侵攻作戦の指示を受けたていた当時の12師団長の一角たるザッケンナー様が侵攻先の聖王国周辺にて当時一兵卒だったカトラに会敵。戦闘の末に討ち取られ、伴っていた軍も殲滅させられたのが始まりです。当初は新手の勇者の仕業とされ、ただの兵士だったカトラの名は広まりませんでした。そのため、勇者がいない地点を狙って再度遠征軍を大陸へと上陸させました。しかし、そこにいた否注意人物だったカトラによって殲滅。この戦いで逃げ帰った兵士の伝聞により、やっとカトラという名が表世界に広がりました。しかし、その当時はまだ魔王様はカトラを軽んじていて危険視はしていなかったようですが、更なる遠征の際に四天王の一角たるボルゴトゥス様に手傷を負わせたことで一気に危険指定人物となります。その後に起きた、あの血の大戦とされダニキア平原戦争では、大軍相手に怯むことなく突き進んで数多の魔族を葬り軍を半壊状態にし、更には総司令だったバルハルト様へと斬り込んで一騎討ちとなり、互角の勝負を繰り広げた末に撤退を余儀なくさせたという………。
それを聞いた先代魔王様は、カトラを超級危険指定人物とします。そして、その後も幾度もの侵攻を阻止し、聖王国を守るその壁の如き姿から『蒼壁』と呼ばれるようになり……」
「いや!そこらの歴史はいい!寧ろ、俺はその当時の戦争に参加した当事者だからいらないから!トラウマが呼び起こされるから!」
最初は黙って聞いていたが、求めていた話と違った話に、ナゲーナはストップを掛ける。
特に、かつての戦争はナゲーナも若かりし頃に何度も参加していた生き証人である。
話ではなく、身を持って体験しているのだ。
「もっと………こう………カトラの能力とか、弱点のようなものとか………」
「そちらの情報をお求めでしたか」
それ以外に何がある。
そう叫びたかったがナゲーナは我慢する。ここで短気を起こしてウルファルモを殴ったりすれば、気持ちはスッキリするがカトラ攻略の糸口を失うかもしれない。
ナゲーナはさっきと違う意味で拳を握り込む。
「カトラと戦った者は誰もがその風のように素早い動きと、高い防御力を語っていますね。目の前にいたと思えば背後にいて首を掻き切っただとか、いくら攻撃しても倒れずに正面から向かってくるだとか………記録では第8位階の炎魔法を喰らってもケロッとしていて、魔法を放った魔族をメッタ刺しにしただとか………。あっ!力もかなりのもので、ボルゴトゥス様の自慢たる強力なゴーレム部隊のゴーレムを、多くても三撃で破壊してたとか………。後は戦い方が騎士や剣士っぽくなくて、勝つためなら殴るし蹴るし噛みつきもするし罠にもかける………大分変則的な戦い方をするらしいですね。更には持ってる双剣………あれもヤバいですね……神話級の古代魔導具『双頭竜元帥』………嵐を操り、竜の力を得ることができる古代魔導具。記録では読みましたが、実物はヤバ過ぎますね。あれは不味いですね………かつてボルゴトゥス様に手傷を負わせたのもアレだといいま………………」
「いや!もういい!能力とかとは言ったが、求めていたのはそういうんじゃないから!もっとこう……具体的な対応策かなんか……言ってしまえばカトラを出し抜いて倒せるような………参考になるような話を求めているんだよぅ!」
またも話が長くなりそうになる上に、脱線し始めたのでナゲーナは叫んで止める。
こうでもしないといつまでも話ていそうだし、関係のない話でも盛り上がりそうだ。
上がるのはナゲーナの血圧だけで良い。
「倒せるような具体案………ですか………」
「そう!具体案だ!それだけの知識があるならば、何らかの対抗策とか………そんなのが思いつくだろう!!」
血走った目でナゲーナはウルファルモへと顔を詰め寄る。走りながら詰め寄っているので、体が揺れて大分グイグイと押し込み気味だ。
そんなナゲーナの話を聞いたウルファルモは、俯き加減で思案顔となる。
やがて顔を上げると、フッとニヒルな笑みを浮かべる。
(おおっ!この顔は何かを思い付いたのか!)
ウルファルモの笑みに、ナゲーナの期待感が高まる。
もしかしたらあのカトラを倒せるかもしれないと。
そしてそんな期待高まるナゲーナに、ウルファルモは口を開く。
「いや………無理ですね」
「………………………んっ?」
ウルファルモの答えにナゲーナはこれでもかと目を見開てフリーズする。
こいつは何を言っているのか………と。
「いや……だって先代四天王を相手にするような化け物ですよ?普通に考えて無理じゃないですか?策略や何かでどうにかできるような相手じゃありませんよ。そんな事ができたら、先代達の代でやってますよ」
やれやれと手を上げながら首を振るウルファルモ。確かに正論である。だが、そのムカつく態度にフリーズしていたナゲーナが再起動する。
「いや………そこまで強者の事を知っているということは、何か対抗策を考える為に………」
「いやいや!?そんな大層なことは考えていませんよ?!力といい知略といい、絶対に何しても敵いませんから!!精々その強者達と出会わぬように事前に相手の位置情報を調べたり、やり過ごす方法を調べたりしていただけですよ!!強者の癖や位置を知っていれば、隠れる方法や強者達がいる場所に行くまえに部隊の赴任先を変えれるかと………」
ブンブンと手を振って否定するウルファルモ。
これにナゲーナは絶句で、おもしろい程に驚愕に染めた顔をしている。
「まぁ………それだけ調べておいて、こうやって出会ってしまうとは………ハハハ、全く意味がありませんでしたね………。まさか、あのカトラがまだ生きていたとは思いませんでしたよ………現魔王様の代になってからは戦場にも公の場にも出てないと聞いていたので、もうとっくに死んでいるか隠居しているものと考えていたのですが………いや、だって先代の時代………もう数十年前ですから、普通の人間ならもう死んでてもおかしくないと思いますよね………」
乾いた笑い声を出しながら力なく項垂れるウルファルモ。これまで下調べをしてきたというのに、何の意味も成さなかったのが辛いのだろう。
だが、忘れてはいけない。そんなウルファルモ以上に項垂れている者が直ぐ横を並走しているのだから。
「そうか………つまりは逃げる為に情報を仕入れていたと………」
「えっ?あっ、はい。って、いやいや!あのそうじゃなくてですね………そう!戦略的撤退をするための情報収集です!はい!」
口を滑らせて、危うく『逃げる前提』と口に出しそうになるのを誤魔化すウルファルモ。
流石にその発言は危ないである。
だが………既に時遅しであった。
「ウルファルモよ。カトラを撒く良い案が思い付いたぞ」
「えっ?」
突然のナゲーナの発言に、ウルファルモが驚いてそちらを見れば能面のように無表情な象の横顔があった。
なんだが嫌な予感がする。そう思ってもみたが、ここは聞かない訳にはいかない。
彼の野生の感と、部下としての社畜精神的な本能がそう訴えている。
そう考え、恐る恐るとその良い案というのを聞いてみることにした。
「あ、あの………ナゲーナ団長?その………良い案とは………?」
そうウルファルモが聞く。
すると、ナゲーナがその能面のような顔をウルファルモへとくるっと向けて………。
「貴ぃぃぃぃ様がぁぁぁぁ囮にぃぃぃぃなれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
象が鬼の如き顔となり叫ぶ。
それはそうだろう。その知識を期待した参謀が、期待を裏切った上に、果てはぽんこつを通り越したど腐れチキン野郎だったのだから、これが叫ばずにはいられぬというものだ。
おめでとうウルファルモ。ナゲーナの中で、知的な参謀からチキンな囮野郎へと進化したぞ!!
「ちょちょちょ!ちょっと待って下さい!囮?私が?なんで?!た、確かにその……逃亡を思わせるような誤解を………」
「うるせぇぇ!胸に手を当てて考えろやぁぁぁ!!この腐れ狼がぁぁ!!」
「く、腐れ狼?!」
「無駄に過去のカトラの雑学を長々と披露しやがってぇぇ!!思わせ振りに話しておいて、何の対抗策も攻略方もねぇじゃねぇか!このクソ野郎がぁ!!せめてカトラと聖王国軍を引き付ける囮になりやがれ馬鹿野郎!」
「ひどっ!!な、何を期待されていたのかは分かりませんが、そ、それはあんまりじゃないですか団長!!」
「うるせぇ!知識があるなら活かしやがれ馬鹿野郎が!!ただ知っていて話すだけの歴史や雑学なんて、何の役にもたたねぇんだよコンチクショウが!!」
「まぁ、確かに理屈を知らないで話す雑学と、そうでない雑学の話には雲泥の差がありやすね。理屈を知らず、ただ見聞きした事を話すだけの知識なんて、中身が無いハリボテの城みたいなもんでございやすね」
「おう、全くそうだ!!見てみろウルファルモよ!!この御仁もそう言っておるぞ!!」
「いや………あの、あっ………はい………すみません………………………………………ってあの………だ、団長?い、今誰とお話に?」
「誰って………………んっ?」
ナゲーナに散々攻められていたウルファルモであったが、不意に話の中に誰かが紛れ込んでいることに気付く。
そしてナゲーナもまた、ウルファルモに言われて、自分の言葉に誰かが同意を示してくれたことに気付く。
ナゲーナとウルファルモは互いに目を合わせた後に、油の切れたブリキ人形のようにギギギと音でも出そうな動きで首を声のした方向………ウルファルモがいる反対のナゲーナの横へと向けた。
そこには………。
「あっ、チワっす」
馬に乗ってナゲーナ達と並走する青い騎士………件のカトラがいた。
「………………」
「………………」
「………………」
かくして、象を挟んで狼と青騎士が並んで走っているという奇妙な光景がここにできた。
暫し、互いにキョトンと見つめ合うナゲーナ達であったが………。
「で、で、で、で、でたぁぁぁぁぁ?!」
ウルファルモが目を見開き、驚愕した表情で大声でそう叫ぶ。
当然だろう。先程まで話ていた当の本人が真横で並走していれば、誰だって驚くであろう。
「カ、カ、カ、カトラァァァァァ?!」
ナゲーナもまた、ウルファルモと同じような表情で叫ぶ。
「いや………そんな化け物でも見た表情で叫ばんでくださいや」
そんなナゲーナ達に対し、兜をポリポリとしながらそう話し掛けてくるカトラ。
まるで知人にでも話し掛けるかの如きフレンドリーさである。
だが、実際は敵同士であり、ナゲーナ達の反応の方が正しいのであって、カトラの対応は明らかにおかしいものである。
「き、きさまぁ!い、いつの間に?!」
そんなフレンドリーに接してくるカトラに、ナゲーナが叫ぶ。
すると、カトラはウルファルモへと指をスッと指した。
「そこの狼さんが『あいつが………蒼壁のカトラ……』……って言っていた辺りから」
「結構前の方からいやがった?!」
随分と前から横で話を聞いていたようである。
「き、貴様!!それまで黙って横にいたというのか!?隙だらけだったというのに、何故に攻撃をしなかったのだ!!殺ろうと思えば殺れた筈だろうに!!」
横にずっといたと聞いたナゲーナは、そう疑問をぶつける。不覚にも、自分達は逃げることと話すことで精一杯になり、周囲への用心が足りていなかった。その隙を何故に狙わなかったのかと。
問われたカトラは、目をスッと細めて正面を見据えた。
「いや……あっしも隙だらけだったんで直ぐにでも攻撃しようとは思いやしたが……」
「思ったが?」
「流石に話中に斬りつけるのもあれかな……って悩んでる隙に、何だかあっしの過去の話やら個人情報やら2つ名の由来やら………それを話して始めたじゃありやせんか?んで、隣でそれを聞いてしまいやして………後は察して貰えば幸いでございやすね………」
「あぁ………まぁ………理解した」
バツの悪そうな雰囲気で語るカトラに、ナゲーナは直ぐに察して同調する。
カトラの心境………それは、本人がいる目の前で2つ名の説明をしたりなどしたが故に、相当な羞恥心に襲われたのだろう。
要は、本人に対して『何で蒼壁なんて呼ばれてるんですか?』と聞いていたようなものだ。
2つ名の由来を、本人を前にして説明する。
これは相当に恥ずかしいことだろう。
カトラは、たまたまウルファルモが話していた内容が耳に入り、羞恥心かなんかで固まってしまったのだろう。
それで攻撃する機会を逃してしまったということである。
「まぁ………その………なんだ………頑張れよ」
「えぇ……大丈夫でございやすよ。ただ、久方にやられたんで少しきやしたが………」
若干俯くカトラ。
まだ、若干の精神的傷が残っているらしい。
その哀愁漂う姿からは、とても魔王軍の数千の魔族を殲滅した者には見えない。
そんな風に暫く俯いていたカトラであったが、やがて顔を上げて再びナゲーナ達を見据える。
「まぁ………おふざけはこれくらいにしやしょうか………」
瞬間。
カトラの雰囲気が一変し、冷たい視線となり、無機質な声色となって呟く。
更にはナゲーナとウルファルモを凄まじい殺気が襲う。
まるで、全身を針に刺され、神経を直に凍らされるような………冷たく痛い程の殺気がナゲーナ達へと向けられたのだ。
「ッ………?!」
「!?………?!」
その殺気にナゲーナは驚愕し、ウルファルモは全身の毛を逆立てさせながら震えだす。
そんな殺気に当てられたナゲーナ達へとカトラは淡々と………まるで当然の事を口にするが如く呟いた。
「じゃあ………指揮官っぽい二人には取り敢えず死んでもらいやしょう」
その言葉と同時に、ナゲーナ達の首もとへと向かい、銀に煌めく一閃が振られた………。
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