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83話 エルネルバ王国の攻防

  聖王国同盟国エルネルバ。


  実質、聖王国の傘下にある国であり、外部から迫る魔族などの侵攻から、聖王国を守る防衛国としての役目を担う国である。しかし、その防衛国の中心地たる王都は、現在進行形で魔王軍の猛烈な侵攻に合い、いまや亡国の危機に瀕していた。


  今は何とか王都を囲む高く厚い壁と、兵士達の奮戦により何とか都市への侵入を防ぎ守りきることができていた。


  だが、この王都が攻め込まれて既に1週間以上が経過していた。昼夜を問わず攻め込む強力な魔族の軍の相手に、兵達の多くは既に疲労困憊であり、最早気力だけで戦っている状態である。


  更には、かなりの数の兵が戦いの度に魔族によって拐われたり、殺害されたりしていた。故に、城壁上の兵は日に日に少なくなり、今や普段の半分以下にまで減らしていた。そうなると、一人一人に掛かる負担も相当なものであり、疲労困憊の兵士に更なる追い込みをかけていた。最早、城壁はいつ陥落してもおかしくはない状態であった。


  だが、それでも尚、兵士達は来るかも分からぬ援軍を信じ、国を………民を………家族を守る為に、諦めることなくがむしゃらに剣を降り続けて守りを堅め、奇跡的に城壁を保たせていた………。


  そんな兵達が奮戦する城壁の内側………王都の中央には、無骨な形をした縦長に大きな建造物が存在していた。その建造物こそがこのエルネルバを象徴するものであり、王が住まう城であるエルネルバ城であった。


  このエルネルバ城は、城としいうよりはどこかの要塞のような形をしていた。その非常に堅牢かつ実践的に造られた幸三は、正に防衛都市として相応しき威容を放つ城であった。


  そのエルネルバ城の地下には巨大な地下空間が広がっており、その中には人が数百人入っても余裕がある程であった。普段は物置などとして使われる空間であるが、有事の際には国民などが避難できる地下シェルターとしての役目を担っていた。


  そして正に魔族に攻められている今、多くの国民がその地下空間へと避難してきていた。その避難してきている者達は、その多くの者は女子供に老人や病人といった、戦うことができない非戦闘員ばかりである。若い男などは人手が足りない為に、一般人でも前戦へと駆け出されていたのだ。

 

  そんな、か弱い者非戦闘員達は、この戦時の状況にどうすることもできず、互いに身を寄せ合いながら必死に恐怖と耐えていた。ここにいる者にできることは、外で戦っている兵士や家族の無事を神へと祈ることだけだった。


  そんな避難民達の中に、十代後半位の年若い少女がいた。長く赤い髪をポニーテールにし、簡素な服を身に纏った平民らしき少女は、この地下の片隅で他の避難民と共に迫り来る魔族の恐怖に必死に耐えていた。そんな少女の膝の上には同じような赤毛の5〜6歳の幼い少女………恐らくは彼女の妹らしき少女が守られるように抱き抱えられて座っていた。


  そんな幼い少女は、膝の上に座りながら自分を抱いている姉の顔を見上げた。


「ねぇ、お姉ちゃん………」


  あどけなくも、どこか掠れるような声で話し掛けてきた妹に、姉は優しく微笑みながら答えた。


「………んっ?どうしたのネル?おしっこ?」


  そう問いかけてくる姉に対し、ネルと呼ばれた少女は『ううん。そうじゃないよ』と言いながら首を横に振った。


「じゃあ、どうしたの?」


  そう聞いてくる姉に、ネルは少し俯いてから掠れるような声でゆっくりと答えた。


「ねぇ……お姉ちゃん……あたし達……みんな死んじゃうの?」


  ネルのその言葉に、姉だけではなく周囲にいた者達も息を飲んだ。


  それは誰しもがこの状況で一度は考えても、決して口にすることはなかった言葉だったからだ。


  死ぬかもしれない。比喩や冗談ではなく、外にいる魔族の手によって、それが現実となり、今日か明日には本当にそうなるかもしれないと恐れるが故に、誰もがそれを言葉にすることができなかった。


  そのため、幼いが故か、思ったことをそのまま口にしてしまったネルのこの言葉に、誰もが急に背筋に冷たいものを感じながら、ゴクリと息を飲んだのだ。


  ネルの姉である彼女も、自分の膝の上にいる妹のその言葉に一瞬強張りながら目を見開いたが、直ぐに微笑んだ顔となり、しっかりと妹を抱き締めた。


「ネル………大丈夫よ。きっと助かるわ。みんな死んだりしないわ………」


  妹を不安にはさせまい。姉である彼女は自身の恐怖を押さえ込み、気丈に笑いながらそう答える。


「ほんとう………?」


  ネルは姉の温かな体温と、柔らかな匂いを感じながらそう呟いた。


「本当よ?私がネルに嘘を言ったことがあるかしら?」


「ううん………ないよ………でも………」

 

  この優しい姉は、今まで一度も嘘をついたことはない。その思いは確かにネルの頭の中にはあった。だが、それでも周りの不安そうな人々の顔を見ると、そんな姉の言葉でさえ霞んで聞こえてしまう。ネルは尚も不安そうな顔で姉を見つめた。


  そんな妹に、姉は安心するようにとニッコリと笑いかけた。


「それに、お城のお外では強い兵隊さんが戦っているし、何より私達のお父さんが戦っているのよ?負ける訳がないわ」


  彼女はそう言いながらネルの頭を撫でた。彼女達には母親はいなかった、二人が幼い頃に病で亡くなったのだ。だが、逞しくて優しい自慢の父親がいた。力自慢で少し抜けた性格でかなりの脳筋だが、優しく頼れる大きな背中を持つ父親。そんな父親は、ネルにとっても強さと優しさの象徴であった。


  その父親は、この都市を守る兵士達の隊長であり、現在は城壁の上で必死に部下達と共に魔族と戦っているために彼女達の側にいなかった。だが、その父親の存在を思い出すだけで不思議と自然に勇気が湧いてきていた。


  きっとネルも同じ筈。そう思い、自慢の父親が魔族になんかに負ける訳がないよ。姉である彼女はそう言って妹を宥めた。


  すると効果は抜群であった。父親のことを思い出したネルは、直ぐに不安そうな顔から笑顔へと変わり、満面の笑みを姉へと見せた。


「うん!おとうさんは負けないもんね!」


  父親を思いだしたネルは、姉と父親を信じてニッコリと微笑んだ。そして、安心したことで急に眠気に襲われたたのか、姉の膝の上でコクリコクリと眠りだした。


「うん………きっと大丈夫よ………」


  そんな安心しきった顔で眠りだした妹を、姉はギュと抱き締めながら呟いた。

 

  だが、その抱き締める手は恐怖で震えていた。

 

  気丈に妹に接していて姉であったが、本当は怖くて堪らなかった。

 

  逃げ出したく堪らなかった。


  泣き出したくて堪らなかった。

 

  叫びたくて堪らなかった。


  本当は魔族に捕らわれ、犯され、殺されるのではないかという恐怖に吐き出しそうになる。


  本当は、父親は既に死んでしまっているのではないか?という絶望が湧いてくる。


  内側に避難している彼女達非難民は、安全のためにこの閉鎖空間に食事の配膳と用足し以外は完全に外と隔離されており、外の状況が一切分からなかった。そのため、父親が生きているか死んでいるかも確認することができなかったのだ。


  そんな様々な恐怖や嫌な想像が無限に浮かび上がり、彼女の頭の中を侵食し始める。


  だが、そんな沸き上がる恐怖を、彼女は父親や妹の顔を思いだすことで何とか押さえ込む。


  確かに怖い。恐ろしい。だが、そんな恐怖よりも、この幼い妹に情けない姿を見せて、不安にはさせてしまう訳にはいかない。


  彼女はそんな思いから必死に恐怖に耐えた。


  大丈夫。きっと大丈夫と自分に言い聞かせる。そうすることで、少しは気持ちがマシになるような気がした。


  先程の呟きも、妹に対して言ったものでなく、自分に言い聞かせるために呟いたものであったが充分に効果はあったようだ。


  何とか一時的に恐怖に打ち勝った彼女は、腕の中の柔らかな肌の妹を抱き締めながら深く深呼吸をする。


  落ち着け。私が恐怖に飲まれて絶望なんかしたら誰が妹を守るんだ。彼女は必死にそう自分に言い聞かせる。


  そんな彼女の肩に誰かが手を置いてきた。


  一瞬ビクリとした彼女であるが、その手の主を見てホッと息を吐く。彼女の肩に手をやったのは一緒に避難してきた近所の老婆であった。その老婆の横には眼鏡を掛けた老人がおり、この老人と老婆は夫婦であった。


  この老夫婦は彼女の家の隣に住んでおり、昔から家族ぐるみの付き合いがあり、ネル達姉妹にとっては本当の祖父母のような存在であった。


  そんな老夫婦のうちの老婆は、優しげな瞳で彼女を見ながらニッコリと微笑んだ。


「ナルアちゃん………あまり無理すんじゃないよ?怖ければ怖いって言ったていいんだよ?」


「あぁ………婆さんの言うとおりだ。下手に我慢したら、心が先にまいっちまうよ」


  老夫婦は、ネルの姉………ナルアが、無理して恐怖を我慢していることを察して声を掛けてきた。


「お婆ちゃん……お爺ちゃん……でも……」


「ネルちゃんを不安にさせたくないのは分かるけど、それでナルアちゃんが無理したんじゃ本末転倒だよ」


「そうじゃぞ?ナルアちゃんが無理して駄目になったりしたら、ダミアの奴に申し訳がたたんよ。もっと素直に自分を出したってええんじゃよ?」


  尚も無理をしようとするナルアに、二人の老夫婦は優しげに、それで諭すように無理はするなと告げる。ついでに、ダミアとは姉妹の父親の名である。


「お爺ちゃん………でも………」


「わしらがおるんじゃ。もっとわしらを頼っとくれよ」


  老人は、ニッコリと笑い、その薄く痩せ細った自分の胸を叩く。

 

「お爺さんの言うとおりよ?私達は家族みたいなものでしょう?何だってさらけ出してちょうだい。きっと受け止めるから」


  そんな二人の慈愛に満ちた優しい言葉と雰囲気に、ナルアの琴線はとうとう限界に達した。彼女はポロリと涙を溢して老婆へと頭を寄せて震えながら泣き出した。


  老婆は、そのナルアの頭を優しく包み込むように自分の胸へと引き寄せた。


「うぐっ……ごべんなさい………。わたし………もっとちゃんとお姉ちゃんをしなきゃいげないのに………でも、怖くて怖くて仕方ないの………。魔族は人間を捕らえてから食べるっていうし………それに、お父さんが死んでるんじゃないかって………悪いことばかり思い浮かぶの………」


  グスグスと泣きながら嗚咽を漏らすナルアの背を、老婆は安心させるように叩きながら、優しい口調で話だした。


「無理するこなぁないよ。確かに妹を守ろうとする勇気は大事だけど、姉だからって怖いもんは怖いんだ。そりゃ仕方ないことさ。でも、だからって無理に我慢して自分を押さえ込むことはない。怖いもん同士、一緒に励まし合えばいいんだよ?そうすりゃ大分気持ちがマシになる。荷物は1人で全部しょい込むより、皆で分けた方が楽になるからね」


「………皆で分け合う………」


「そうだよ。分け合って………均等にすりゃ1人で背負う荷物は小さくなる。だからナルアちゃん………無理はしないでちょうだい」


「お婆ちゃん………」


「それに、あの頑丈さだけが取り柄のダミアがそんな簡単にくたばる筈がないじゃろう?どうせ今頃は、剣を振り回して暴れとるじゃろう」


「お爺ちゃん………うん、そうだね………そうだよね。お父さんが簡単に死んじゃう筈がないよね」


  二人の励ましに、段々とナルアに笑みが戻ってきた。その笑みは、先程の気丈に振る舞っていたものと違い、無理のない自然な笑みであった。


「やっと笑ってくれたのう。それで良い。今は儂らには何もできぬが、取り敢えず共に外にいる兵隊さん達の安全と勝利を願おう。それに何かあれば儂が魔族をとっちめちゃる!これでも昔は冒険者として活躍しとったからのう!」


「一体何十年前の話をしているんですかお爺さん………まぁ、とにかく、無理はしないで何でも私達に打ち明けてちょうだい。こんな年寄りでも、少しは役に立てる筈だから」


「お爺ちゃん……お婆ちゃん……うん……ありがとう………もう、大丈夫だわ」


  老夫婦の言葉に、ナルアは微笑みながら返事をする。そして、目に浮かぶ涙を拭ってから、自身の腕の中でスヤスヤと眠る妹を見た。その後、視認することはできないが、父がいるであろう城壁がある方向へと顔を向ける。


  そして、心で願う。


  お父さん。こんな臆病な私だけど、ネルのことは任せて。私とお婆ちゃん達………皆で絶対に守りきるから。だから、お父さんも頑張って………絶対に生きて帰ってきて……と。

 







 ◇◇◇◇


  エルネルバ城壁上部。


  そこでは城壁を越えて王都内へと侵攻せんとする魔王軍と、押し返して国を守らんと戦うエルネルバ王国軍とがぶつかり合う正に激戦地である。


  魔族と兵士の怒号が響き、剣と剣がぶつかり合う金属音。魔法が着弾する爆発音から、兵士達が倒れる鈍い音。


  とにかく、あらゆる轟音や声を響かせながら、互いの軍の攻防戦は続いていた………。


「コノォ!クソ魔族野郎がぁ死ねやぁ!!」


「ゴォアアアアア!!」


「弓だ!もっと弓を射かけろ!!奴等を牽制するんだ!!」


「ギギギ!愚かな人間共よ、大人しく降伏せよ!」


「誰が降伏するか!クソッがぁ!!てめぇらこそ降伏しやがれ!!」


  城壁に次々と途切れることなく取り掛かってくる魔族の軍勢に、城壁にいる兵士達は息つく間もなく対応に追われていた。


  そんな戦場の中に1人の兵士がいた。赤毛の髪を短く刈り上げ、引き締まった筋肉をした壮年の男である。男は、周囲にいる兵士を鼓舞しながら、状況に応じた指示を出しつつ、共に剣を振るい城壁へ上がってくる魔族を斬り倒していく。


「オイ!右側の方が攻め込まれているぞ!第3隊は援護に向かえ!もっと弓を射かけろ!!気合いだ!気合いを入れろ!!」


「「「了解!!」」」


「デカイ奴には1人で掛かっていくな!!5人一組になって連携をとれ!牽制をしながら、確実にとどめを刺せ!!」


「「「ハッ!!」」」


「重傷を負った者には手を貸せ!!後方に下がらせて、休憩がてら治療魔法をかけてもらえ!!治ったら戻らせろ!!」


「重傷を負った時が休憩って………無茶苦茶っすねダミア隊長………」


「うるせぇ!!無駄口叩いてる暇があるなら矢の一本でも射かけろ!!」

 

  そう、この男こそ城壁の上の部隊の指揮を任された隊長であり、今は城に避難しているナルア姉妹の父親のダミアであった。

 

  ダミアは今、この王都を東西南北で囲う城壁の中で、最も魔族の攻撃が激しい西壁に配属され、そこで全体の指揮を任されていた。


  本来であればダミアのような部隊長クラスではなく、将軍級の指揮官が指揮すべきであるが、その将軍達の多くが魔族により真っ先に捕らわれたのだ。そのために指揮できる者が少なくなり、周り回ってダミアへと指揮権が与えられたのだ。


  いきなりの大抜擢であったが、叩き上げで兵卒から部隊長となったダミアには高い経験値があり、鍛え上げらた状況判断能力により、時に効率的に、時に奇策を用いて西の城壁を防衛していた。


  だが、その防衛にも昨日から明らかな限界が見え初めていた。


  これまで何とか城壁から越えさせることはなかった魔族を、昨日からは城壁の内側までの侵入を許すほどになっていたのだ。


  このままではいずれ、城壁への侵攻を完全に許してしまい、守護塔にある結界晶を破壊されてしまう。そうなればどうなるか………。


  飛行型の魔族が王都内部に襲いかかり、一気に王都は陥落してしまう………。


  一刻も早くこの状況を打破し、対策をとらなければいけない。それは部隊長として当然の判断であり、義務でもあった。


  だが………ある理由により、最早やこの戦況を、どうにかできるものではないものとなっていたのだ。


  そう、最も単純かつ重要な理由によるものでだ。


  そのことは、長年前線で戦ってきたダミアが一番に理解していた。だが、どうすることもできなかった。


  もう、策や気合いなどを振り絞っても、どうすることもできない理由………。


  その理由は………。


(クソッ!兵が………人手が足りねぇ!!)


  そう、連日の戦いで多くの兵士や将校が魔族によって捕らわれたり戦死したりしているのだ。既に、城壁にいる兵士達は通常時の3分の1以下であり、これで防衛していることが奇跡のような数であった。


  これまではダミアの奇策や鼓舞により、何とか保たせていたが、昨日に多くの熟練兵が蜘蛛の魔族に拐われたことを皮切りに、城壁の防衛力が一気に低下、更には兵士の疲労もピークに達し、最早限界が見え始めたのだ。


  もう、策や気合いではどうにもならない状態。

 

  これまで何とか騙し騙しに戦ってきたダミアだったが、流石に物理的に足りない兵力をどうにかすることはできない。


(クッ………昨日よりも確実に押し込まれてやがる。それに、兵達の動きや連携も悪い……。皆、心も体も限界か………)


  グッと歯を食い縛りながら辺りを見回す。


  既に、城壁の上には大量の魔族達が押し寄せており、今の兵力だけでここから押し返すなどかなりの……いや、最早無理だと断言できる。


(援軍さえ来てくれれば何とかできるかもしれないが………)


  援軍………一瞬その単語が頭に浮かんできたが、ダミアは頭を振ってその考えを捨てる。


  一応は早馬を出して近隣諸国と聖王国には援軍の要請を出してはいる。だが、正直それは期待できなかったからだ。


(今の状況で近隣国が援軍を送るとは思えないし、聖王国に至っては………)


  つい数年前まで、聖王国の連合国は黒の大陸へと大規模な遠征軍を送り込んでの侵攻作戦を行っていた。この遠征軍のために、聖王国は各連合王国から兵を募ったの。すると、各国は戦後の利権やおこぼれを狙い、少しでも多くの戦果を得るため率先して多くの兵達を動員した。その結果、数十万もの例を見ぬ連合軍を編成することができ、この侵攻作戦は大いに成功した。一時は黒の大陸内陸部までの侵攻に至っていた程である。


  だが、2年程前から事態は急変する。魔王軍の動きが急に組織的かつ激しくなり、侵攻していた連合軍は壊滅、撤退を余儀なくされ連合軍は大敗したのだ。その際、攻め込んでいた数十万の兵士達は黒の大陸内部に置き去りとなり、今や生きてるか死んでるかも分からなくなっている。


  この予期せぬ理由から、各王国は慢性的な兵力不足となり、自国を防衛するだけの兵力しか残されていなかった。故に、近隣諸国に援軍を出すような余裕はないであろうし、援軍を出すよりは魔王軍の襲来に備えた自国の防衛に力を回すだろう、それはこのエルネルバ王国も同じである。聖王国に至っては聖王はともかくとし、周りにいる枢機卿や大司教などは自身の身を守ることしか頭にないような連中が多いので、そう簡単に自分達の戦力を削いでまで、援軍を出すとは思えない。


  それに、風の噂ではその連合軍の指揮をとらせていた者………勇者という人類最強の守り手の1人が魔族に捕らわれたとも聞いているし、他の勇者数人も『黒影こくえい戦姫せんき』とかいう魔女によって倒されているという。


  そんな状況で聖王国が援軍を送る筈がない。まして、自国の壁としているようなこの国に、わざわざ援軍を送るような殊勝な心掛けを持っている筈がない。


  そんな思いから、ダミアは援軍という考えは早々に捨てて、この場にいる戦力だけでどうにかしようとしたのだ。他の兵士や貴族や盗賊なども既に承知済みであり、知らないのは一般市民たる避難している国民だけである。


  無論、その理由は余計な混乱や暴動を防ぐためであるが。


  この、ほぼ援軍が来ないという絶望的状況。既に、魔王軍に目を付けられた最初の時点でこの国は終わっていたのかもしれない。


  そんな考えがダミアの頭をよぎる。この国は既に終わりかけている……。魔王軍の波に飲まれて消え行く運命さだめなのか……。


(聖王国程ではないが、それなりの歴史あるこの国の最後がこれとはな………あっけないものだな………)


  そんな諦めの考えが浮かび、自然と嘲笑が漏れ出る。


  だが、そんな思考が浮かびつつも、ダミアは剣を振るう手を止めない。


  兵達を鼓舞することも、指揮することも決して止めない。


  最早、援軍が来ないと分かっている時点で負け戦であり、諦めてしまった方が楽なのにも関わらずダミアは戦うことを止めない。


  もう、エルネルバ王国は既に滅んでしまう。最早これは避けられない事態だろう。


  だが、それでもダミアは………兵士達は戦いを決して止めなかった。


  剣を振るう手を止めず、弓を射り続け、盾で押し返す。誰もかれもが抵抗をし続ける。


  何故諦めて降伏せず、魔族へと挑むのか?


  国への忠誠心故か?


  王への忠誠心故か?


  はたまた金か?名誉の為か?


  否。今、彼らを突き動かしている行動理由は、単純かつ明解な理由である。


  それは何か?


  それは………。




(それでもなぁ………国が滅びようとな……俺は家族を……娘達だけは絶対に守りきる!!それが妻とした最後の約束だからなぁ!!)




  そう、彼等が命をとして戦い続ける理由。それは、自分達の背後にいる最愛の家族を守りたいという一心が故であった。


  ここにいる彼等は皆、己の父を、母を、妻を、息子を、娘を………ただ、家族を守りたかったのだ。


  最早、国が滅びるのはどうにもならないのかもしれない。だが、それでも、せめて家族達にだけは魔族の牙を向けさせたくない!


  その一心で、せめて少しでも多くの魔族を倒して家族を守るべく、彼等は奮闘し、剣を振るい続けるのだ。


  家族だけは守りたい。


  それは、彼等の自己満足な思いかもしれない。

 

  自分勝手なのかもしれない。


  独善的な思いなのかもしれない。


  だが、その純然たる思いこそが彼等を奮起させ、最後の力と勇気を振り絞らせ、死地へと向かわせているのだ。


  そんな彼等の強い思いを誰が責められようか。


  否。誰にも責められまい。


  国を投げ出し、家族だけを守りたいという考えは国を守る兵士として間違えているかもしれない。だが、1人の人間として………男として………愛する者を守りたいと思う心は決して間違っていない。


  誰しもが、愛する者を守りたいと思うのは当然のことであり、最早摂理ともいえる思いなのだから………。


  ダミア達将校の采配もあるが、そんな愛すべき者を守りたいと願う兵達の感情が一体となり、結果的にこの城壁を幾万もの魔族達から奇跡的に守ることができているのかもしれない………。


「オラァ!このクソ魔族がぁ!絶対に民は……家族は……娘は殺らせねぇぇ!!」


  ダミアは更に鬼気迫る顔つきになると、凄まじい勢いで剣を振り、城壁の縁に上がってきていた魔族を斬り倒して落としていく。


  周囲にいる兵士も、ダミアに習い槍や剣、はたまた岩を落として城壁を登ってくる魔族の群れを叩き落としていく。


  皆が皆、同じ思いを抱きながら、強大な敵へと立ち向かっていた。


「オラァァァ!魔族共が!ただじゃ俺らは殺らせねぇぞ!1体でも多く道連れだぁ!」


「突けぇ!ダミア隊長に習って魔族共を突いていけぇ!!絶対後ろにいる家族達の下には行かせるなぁァァ!!」


「「「「オォォォォォ!!」」」


  正に、一丸となってダミア達城壁守備兵は魔族達へと抵抗を続ける。


  この余りの指揮の高さに、魔族達は困惑を隠せずにいた。


「ウキィエ?!に、人間ごときがぁぁ?!」


「な、なんなんだこの指揮の高さはぁ?!これが滅亡寸前の国の高さかぁ?!」


「ゴハァ!?くっ、に、人間如きがぁぁ!!な、なんなんだこいつらは?!」


  剣で斬られ、槍で突かれ、岩を落とされ。魔族達は人間の必死の抵抗に辟易する。最早風前の灯たる国の兵士の指揮力じゃない。魔族の誰もがそう考え、得体の知れない不気味さを感じていた。


  だが、だからといって魔族側も手を抜くわけにはいかない。こちらもエルネルバ王国の陥落を目的として来ているのだから。その向こうがそれほどに抵抗をするならば、更なる兵力を持って押し潰せばよいのだ。


  そう判断した城壁下にいた魔族の部隊長は、背後に控えさせていた予備軍なども次々と城壁の攻略の為に進軍させていった。


「第3軍!4軍!5軍!それに予備軍も前に出よ!!最早城壁は陥落寸前!残すは僅かな抵抗勢力のみ!ならば、その僅かな塵共を数で消し飛ばしてしまえ!!」


「「「「ゴォォォォォ!!」」」」


  指揮官の号令の下、控えていた魔族達が一斉に城壁へと群がり、ほぼ垂直な壁を賭け上がっていく。この部隊の魔族は、ほとんどの者が獣系の魔族であり、獣系の特徴たる鋭い爪や凄まじい筋力を用いて、このような壁も一気に登ることができるのだ。


  その更に駆け上がってくる魔族の群れに、守備兵達は一瞬畏れるものの、次の瞬間には獰猛な顔付きとなり、次々に武器を振るって魔族を押し留めようとする。


  槍を突き出し、魔法を撃ち込み何とか軍勢の勢いを殺すことに成功する。だが、それでも数多くの魔族が城壁登頂部へと辿り着いて爪を、牙を、武器を古い振るって守備兵達へと襲いかかる。


  幾人かの槍を持っていた守備兵が、虎魔人ワー・タイガーの魔族の爪に襲われる。


  魔法を打ち込んでいた魔法兵が、サイ獣魔人ライノマンの棍棒の一撃で昏睡させられる。


  弓兵が、接近してきた狼獣魔人ワー・ウルフにより、為す術なく地に伏せる。


  イタチ獣魔人が、手に持って鎌で次々と守備兵へと斬りかかる。


  次々と守備兵達が無力化され、城壁内部に魔族の兵が溢れようとしていた。


「クソッ!!右側の方がやられたか!!直ぐに応援に向かえ………」


  西壁の中央付近の位置で剣を振っていたダミアは、右側へと応援を送ろうとする。だが、自身の周りの光景を見て、口をつぐむ。


(もう………兵が………いない………)


  既に、ダミアの周りには三人程の部下しかおらず、その他の兵士は魔族達の足元に倒れて生きてるか死んでるかも分からぬ状況となっていたのだ。更には周囲を完全に囲まれていたのだ。


「ダミア隊長!も、もう駄目だ!俺達しか守備兵は残ってねぇ!!」


「クソッ!魔族共が更に登ってきやがるぞ!」


  残った三人も、既に体力・精神共の疲労の限界なのか、青を通り越して真っ白な顔で、体をふらつかせながら、ダミアの周りで必死に槍を突き出していた。


「クソッ!クソッ!お前ら、陣形を組め!互いに背を預けて………」


「ダ、ダミア隊長!あ、あれを!!」


  ダミアが陣形の指示をしようとした時、その声を遮り1人の部下が上を見上げながら叫ぶ。


  ダミアが部下が見ている方に顔を上げると、そこには絶望があった。


  エルネルバ王国の空を覆っていた筈の結界が、中央付近からスッーと霧散しながら消えていっていたのだ。


  結界の消失………それが意味することは、ただ1つ。


「城壁の守護塔が………結界晶が………破壊されたのか………」


  そう、守護塔にある結界晶は、1つでも残っていれば微弱であるが結界を展開し続けることができる。だが、完全な消失ということは結界晶が全て破壊されたという事であり、同時に塔を守護している四方の城壁も既に陥落しているということである。


  ダミアが目の前の事態に唖然としながら呟く中、更に見上げたままの空に幾百もの影が現れる。


  それは飛行型の魔族。鳥や翼の生えた悪魔のような空飛ぶ魔族達が、結界の消失と共にエルネルバ王国内へと雪崩れ込み始めたのだ。


  そんな侵入してくる飛行型の魔族の群れを、ダミア達は見ていることしかできなかった。


「あっ………あっ………結界が………」


「クソ………終わりなのか?もう、終わりなのかよ?!」


  ダミアの部下達は、結界の消失により一気に心が折れる。最早、自分達にはどうすることもできない程に深刻な事態となっている。


  これまでに覚悟はしていたが、国の滅亡という事態が秒読みとなって実現しようとしている。これにより、一気に部下達の戦意は萎えたのだ。


「えぇ、えぇ。もう終わりですよ。いい加減に諦めて武器を捨ててくださいな。人間」


  そんなダミア達に向け、魔族の中から一体の魔族が歩み寄りながらそう声を掛けてきた。


  身長は2メートル近く、ガッチリした体格に緑色の鎧を纏った魔族。その臀部には、フサフサの巨大な尾が生えており、頭の上から飛び出す程である。


  そして、その顔は………クリリとしたつぶらな瞳のリスであった。


「貴様は………」


  近寄ってくるリスの獣魔人に、ダミアが油断なく剣を構えると、リスはクククとくぐもった笑いを漏らす。


「ククク………私はこの西壁の前線部隊の指揮を執っていた者………獣牙1団の第3部隊班長のシーマ=リッスと申します。以後お見知りおきを………」


  シーマと名乗る魔族は、尚も笑みを張り付けたまま、優雅に一礼をする。その姿は一見しっかりとした礼節のようであるが、ダミアにはシーマの隠しきれぬ嘲りが見えていた。


「フン………シーマか………俺はダミアだ。それで?俺達に武器を捨てろ………だと?」


「はいはい。最早、この戦の結末は明らかです。ならば、無駄な怪我をしないうちに武器を捨てて投稿してください。なぁに、悪いようには致しませんよ?」


  両手を広げながら余裕綽々といった様子で語ってくるシーマに、ダミアは舌打ちをする。


(悪いようにはしない………か。はっ!どうせ捕虜にした後に、奴隷なり食料にするなりして嫐ってから殺すんだろうよ………だったら、せめてヒトタチ入れてやるよ………)


「おやおや?どうしました?何か不服そうですが?まさか………その数でまだ戦うおつもりですか?」


  明らかな嘲りの笑みを見せたシーマは、大仰な手振りをしながらそう叫ぶ。すると、周りにいた魔族共が指合たように大声で笑い出す。


「何がおかしい………」


「ククク………だっておかしいではありませんか?もう決着は付いたも同然だというのに、まだ戦おうなど………言っちゃなんですけど………馬鹿じゃないですかぁ?クククククク!!」


  シーマの笑いに周りの魔族も同調するように笑い出す。完全に馬鹿にされ、侮られている。


  この魔族達は自分達の勝利を疑わず、自分達が無駄な事をしている愚か者であると考えている。


  ダミアはシーマを真っ直ぐに睨みながらそう確信する。


「ククク………しかし、人間が愚かだとは思っていましたが………ここまで愚かだとはねぇ……。最早哀れみさえ感じますよ」


「そうかい………俺達は愚かかい?」


「えぇ、えぇ。滑稽な程に愚かですねぇ。この状況判断ができない戦士など、戦士てしては失格。落第ですね。あっ、道化としては合格ですが?」


  シーマの言葉に魔族がドッと笑い出す。シーマ自身も腹を抱えて笑っている。


  その光景にダミアの背後にいた三人の部下はブルブルと震えている。恐怖からの震えではない。悔しさと怒りからの震えである。


  そんな三人の震えを背後に感じたダミアは、剣を構えながら真っ直ぐにシーマを睨みながら口元を緩める。


「クハハハハハ!クハハハハハ!」


  そして、次の瞬間には魔族達よりも大きな声で笑いだした。その姿に、シーマら魔族も、部下三人もキョトンとする。


「クハハハハハ!こりゃ傑作だな?!」


  ダミアは笑みを見せたまま、剣を真っ直ぐに構え直す。


「ダ、ダミア隊長?」


「何をキョドっているんだお前ら?見ろよ?これから死ぬっていうのに、こいつら気楽に間抜け面で笑ってやがる!」


  ダミアは尚も笑いながら魔族達に剣を指し示していく。そして、最後にシーマへと剣向ける。


「特に、あの似非紳士の出っ歯を見ろよ?アイツがあの面のまま死んでる所を想像してみろ?リス公が間抜け面で天を仰ぐ………これ以上の笑える見せ物はないぞ?」


  ダミアの言葉に部下達は想像をする。リスが仰向けになって、焦点の合っていない目のままま呆けた顔で死んでいる。確かに何となく間抜けで面白い。


  すると、これまで強張っていた三人の部下に自然と笑みが戻り、緊張が解ける。


「ハハハ………確かに傑作ですね」


「多分、死んでることに気づいてないんじゃないか?」


「まぁ、脳ミソが小さいから理解できないんだろうよ。脳より、歯と目の方がデカイんじゃないか?」


「クハハハハ!そりゃ言えてるな!見ろよ?あのリス野郎、プルプルと震えてやがる!どうやら図星らしいぞ!」


  見れば確かにシーマは肩を震わせている。


  良く見れば、ほぼ黒目の目玉であるが、僅かに見える白目部分が血走っているので、罵倒されて相当にお怒りらしい。毛皮で見えないが、人間ならば額に青筋も立っているだろう。煽ってくるわりに、煽り耐性は低かったらしい。


  そんな怒り心頭の様子のシーマを満足気に視界に納めながら、ダミアは剣を構え凛とした表情となる。


「いいか………シーマさんよ。お前ら魔族に理解できないだろうがよ………。人間ってのは守るもんがある内はどんなに追い詰められようと、負け戦だろうと………どこまでも戦えるんだよ………」


  部下の三人も、ダミアの言葉に合わせるように凛とした表情で各々の武器を構える。


「例えここで死のうと………愛する者を守る為にだったら、この命を懸けて一体でも多くの魔族を道連れにしてやる覚悟だってある………」


  ダミアは剣を持つ手にグッと力を込める。それこそ、渾身の力を………。


「だからよ………俺らは守るべき者のためだったら死ぬまで戦える!笑うなら笑えや!その大口に剣を捩じ込んでやるよぉ!このクソ野郎共がぁぁぁ!!道連れだぁぁ!!」


「「「オォォォォォ!!!」」」


  ダミアの怒声と共に、四人は一斉に駆け出し周囲の魔族へと斬りかかっていった。


  せめて一体でも多く。家族や友に迫る魔族を減らすために。死出の覚悟を持って飛び出していったのだ。


  周囲の魔族は、突然の奇襲に困惑し対応が遅れる。幾人かの魔族が、不意を突かれて斬り伏せられる。


  完全に侮っていた相手からの一撃に、どの魔族も戸惑いを隠せずにいる。


  正に、窮鼠猫を噛む。追い詰められた人類の、精一杯の反撃に、魔族は対処しきれずにいる。


  その突然の事態に一瞬驚愕していたシーマであったが、直ぐに頭の中を冷静にし指示を出す。


「落ち着け!構えを直して対処しろ!ただの闇雲な突進だ!落ち着いて対処すればどうとでもなる!複数で囲んでやれ!力も数も、此方が圧倒的に上なのだからな!!」


  流石に指揮官なだけあり、冷静に指示を出して隊を安定させてくる。魔族の兵も、シーマの指示に隊を立て直し、ダミア達を確実に囲っていく。このリスは、腐っても上に立つ者らしい指揮能力を見せる。


  だが、一見冷静に見えるシーマだが、その目には確かな怒りの炎が見えていた。


  このシーマという魔族………誇り高いとされる獣魔人達の中では珍しく、陰湿かつ執念深い性格をしている。本来の獣魔人は実直な性格であり、戦いに対しては誇りを持って正々堂々と戦うのが一般的である。


  しかし、このシーマに至っては種族的に戦闘力が低い為か、悪知恵を働かせて搦め手で相手を貶めたり、部下にやらせたりといった姑息な手を使う下衆な輩であった。これまでも、そのような手で相手を騙したりし続けて、この地位にまでついたのだ。しかも、ばれそうになれば部下の責任にしたり、持ち前のあどけなさで誤魔化すなど、質の悪い性格なのだ。


  そのシーマの影響か、彼の部隊の魔族も似たような性質となっているので尚のこと始末に負えない。何せ部隊絡みで悪事の証拠隠滅を図ってくるのだから。


  そんなシーマは、今回の標的たるダミア達四人が部隊の魔族達に囲まれるのを確認すると、周囲に聞こえるだけの声量で呟く。


「レイカ様には『抵抗激しくやむ無し』と報告する。存分に痛めつけてから………殺しなさい」


  酷薄な笑みを浮かべたシーマがそう指示をすると、周りの魔族は剣や爪を納める。そして、棍棒や拳などの打撃をもって、ダミア達へと攻撃を開始する。完全に痛め付ける気である。その顔にはシーマと同じ笑みがあった。


  強者が弱者を嫐ろうとする………愉悦に歪んだ醜い笑みが………。


  まず、ダミアの部下達が獣魔人達の激しい猛攻を受けていた。最初は何とか抵抗していた三人だが、やがて武器を折られ、身体中を殴り蹴られ、血や歯片を撒き散らす。地面へと這いつくばされ動きがなくなっても魔族の猛攻は止まなかった。


  それは最早、戦いではなくリンチである。


  ダミアはそんな凄惨な光景を横目で見ながら歯を食い縛る。覚悟はしていた、だが実際に見ると頭に血が登って仕方がない。


  倒れた部下達の想いを乗せ、ダミアは剣を振るう。迫る幾人ものまを斬り倒す。


  だが………何事にも限界は訪れる。


  バキッ!!


「なっ?!剣が?!」


  サイ頭の獣魔人の棍棒に剣が当たると、半ば付近からボキリと剣が折れたのだ。


  既に連日連夜の戦いで、ダミアの剣は限界だったのだ。


  剣が折れ、武器の無くなった獲物を、この非情な部隊が放っておく筈がない。獣魔人達は、次々に拳や棍棒を振るい、ダミアを蹂躙していく。


「ぐっ?!ガッ!ゴハッ?!く、くそがぁぁぁぁぁぁぁ?!」


  ダミアも必死で拳で応戦するが悲しきかな。そこはやはり魔族と人間という種族の差か、対してはダメージを与えられない。


  そんな非力な獲物を前に、獣魔人達の目は更に被虐的に染まる。


  殴り蹴り踏みつける。


  倒れたら再び強制的に立ち上がらせて繰り返す。


  ダミアの体は次第にずだ袋のようにボロボロとなっていく。顔は晴れ上がり、出血は激しく、歯も折れている。


  最早、ダミアに無事なところがないような様である。


  だが、ダミアの目の闘志は消えない。目の前の獣魔人を睨み、拳を構える。尚も諦めようとしないダミアに、獣魔人達は嘲笑を浴びせながら更に激しく攻め立てる。


  すると、一体の狐獣魔人ワー・フォックスがよろけるダミアの頭を掴むと、その顔目掛けて膝蹴りを喰らわせる。


  その強烈な蹴りで吹っ飛ばされたダミアは、城壁の縁へとぶつかり、そのまま壁に寄りかかった。


  すると、それを見た狐獣魔人ワー・フォックスは愉快そうな笑みを浮かべ、隊長たるシーマへと提言した。


「隊長ー!もうリンチも飽きましたし……とっとと殺っちゃいましょうよ?せっかくだから、城壁から飛び降りてもらえれば事故として片付いて済むんじゃないっすか?」


「クハハハハハ!そりゃいいですね。確かに事故で済む。それに、戦士が落下死………なんて間抜けで笑えますねぇ」


  狐の提案に、シーマは歪んだ笑みで肯定を告げる。この城壁の高さは30メートル近くある。人間が落ちればまず助からない。しかも、運が良い………いや、悪ければ、全身を打ち付け、複雑骨折の状態で生き長らえてしまうかもしれない。


  そうなれば、地獄のような苦しみの後に、確実な死が待ち構えている。


  それ故の残酷な処刑の提案であった。

 

「了解!じゃあ………さっさっと落ちてもらいましょうか?その後は、中にいる『守るべきもの』………とやらで………遊んであげるっすよ?」


  愉快に染まった笑顔で近寄ってくる狐に、ダミアは激しく怒りを覚える。だが、既に体は動かず、意識も朦朧としてきた。


  もう、ダミアの体は活動の限界を通り越していた。



(ハッ………ここで………終わり………か)


  ダミアは背後に広がる城壁の外に広がる光景を、霞む視界で見ながらぼんやりと考える。


(守る………って約束………したのに………結局は………娘も………守れ………ないのか………。情けない………父親だ………チクショウが………)


  城壁の石壁に拳を打ち付けながらダミアは無念の気持ちに飲まれる。自分はもうここで死ぬ。家族を………娘を………守ることもできずに………。


  一歩一歩ゆっくりと近づいてくる処刑人の気配を感じながら、ダミアは天を仰ぐ。


(すまない………ナターシャ………俺は駄目な父親だ………)


  病で先に旅立った妻へ約束を守れないことに謝罪の念を送りながら、ダミアは天へ祈る。


(神よ………創世神様よ………本当にいらっしゃるならば、せめて………せめて………我が娘達の命を助けてくれ………頼む………頼む!!)


  聖王国の傘下にある国の生まれながら、あまり信心深くはない質のダミアであったが、今初めて心の底から神へと切実に願う。


  娘を………助けてくれ………と。


  だが、そんな願いも虚しく、処刑人たる狐獣魔人の手がダミアのひしゃげた鎧の胸元を掴む。


「ハハハ!じゃーな。馬鹿人間」


  ダミアの体が持ち上げられ足が地面から離れる。後は、城壁の外へと塵のように投げ捨てられるだけ………。


(最早………これまで………)


  ダミアは目を瞑り、死を覚悟する。





  その瞬間………。






  ドパーン!


  ドパーン!


  ドパーン!





  何かが発射される音………花火のような音が辺りに響く。


「な、なんだ!何の音だ?!」


  狐獣魔人が驚き、ダミアから手を離なす。落下して自由となったダミアは、城壁の縁に捕まって立ち上がり空を仰ぎ見た。


  見上げた空………そこには3つの鮮やかに輝く青い光があった。


  白い煙を上げながら、緩やかに落下する青い光………その謎の光に魔族もダミアも戸惑いを隠せぬ表情を見せていた。


  いや、ダミアだけは別の種類の戸惑いであった。困惑とも言っても良い。何故ならば、ダミアにはその青色の光の意味することが分かっているからだ。


  だからこその困惑。


  そんな事は、ある筈がないと思っていたからこその戸惑い。


  そんな複雑な考えがダミアの頭を支配する。


  しかし、そんな戸惑うダミアであったが、次の瞬間には再び現実へと引き戻される。理由は地面が………いや、城壁が大きく震えていたからだ。


「な、なんだ?何の揺れだ?!じ、地震か?!」


  シーマが困惑しながら叫ぶ。いや、シーマだけではなく、城壁上にいるほとんどの魔族が状況を理解できずに混乱している。


  そんな中、ダミアだけは急に冷静になる。


  違う。地震じゃない。これは地震の揺れではない。これは………これは………。


  兵士(・・)であるが故に理解できる振動。この振動により、ダミアの困惑は確信へと変わる。


  これは………この揺れは………。


  あの………あの光は………。





 ◇◇◇◇◇◇


 


  余談であるが、古来より、創神教において色というものは重要な意味合いを持っているとされる。


  赤や緑、黄色や白などのそれぞれの色にはそれぞれに色言葉といって、神によって様々な意味や特色が順に4つ付与されているという。


  その中で、最も聖なる意味を持つとされるのが『神聖』『浄化』『純潔』『光』とされる『白』であり、邪を払い身の潔白を表す聖なる色として、聖王国の主要色とされている。


  そして、白の次に重要視されているのは『青』であり、その意味は………。


『救世』『守護』『救済』『水』………。


  青とは守護色………。


  何かを助け(・・)守る(・・)ということを意味する色である。


  そして、今………エルネルバ王国の天空に、その守護を意味する青き魔法信号の光が3つ(・・)輝いていた。


  つまりは3つ目の意味を指し示しており、3つ目の意味は『救済』………。


  それの意味することは………。


 



 ◇◇◇◇◇


 


  今、ダミアの目の前には信じがたい光景が広がっていた。西壁から反対側の方向………東側の方向から………聖王国が位置するであろう方向から、凄まじい大音量の地鳴りと共に、大量の土埃が舞っている。


  土埃を舞わせながら、その何か(・・)は、地を駆けて真っ直ぐこちらに向かってきている………。


  地平の大地を覆い、地を、大気を震わせるそれは………ダミアが諦め、期待をしていなかったものであった。


  ダミアは何とか動く手を懐に伸ばし、胸元にしまっていた携帯用の小型望遠鏡を取り出す。


  そして、震える手を押さえながら、望遠鏡を覗き、その東方より来るものを見る。



  丸く狭い望遠鏡………しかし、しっかりと遠方を見渡せることができるそれを覗くと、その先には………。



  馬を駆り、数多くの旗をはためかせ、此方へと凄まじい速度で向かってくる鎧騎士の軍団がいた。


  その数は目算でも万を越し、最早大軍の大行進であった。


  その軍団が掲げる旗………それは紛れもなく、聖王国の紋章の旗………。



  それは、つまり………。




「来て………くれた………のか………?」




  それは紛れもなく、ダミア達が諦め、期待せず………だが、心の中のどこかで待ち望んだもの。


  その望んでいたものが現実となり、今やって来たのだ。


「あ………あぁ………神よ………感謝します………」


  ダミアはこの日、心の底より神に感謝し、祈りを捧げた。



 



  青の3つの発光信号………それの意味は『救済』………。



『我コレヨリ、援軍ニ向カウ也』



  エルネルバ王国を救うべく、聖王国の万にも達する援軍が轟音を成らしながら駆けつけて来たのだ。

 

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