77話 魔剣デスガイア 『決意』
更新が遅れて申し訳ありませんでした。リアルの方で仕事が忙しく、更新が疎かになってしまいました。大変申し訳ありませんでした。
『どうした大将?何だか今日は暗いな?』
早朝、主が朝食を作り終えて片付けをし、我が水切りの所で佇んでいると、包丁が相変わらずな気軽な雰囲気で、そう声を掛けてきた。
『……別に、いつもと変わらぬよ』
『そうかい?何だかいつもの尊大な態度が控えめに見えるんだがな?』
こやつめ……昨夜は些か様子がおかしかったが、すっかり調子が戻っておるではないか。
『フン。余計なお世話だ』
『おっ?戻ったな?』
こやつ………。しかし、昨夜サンキュッパが言っていたように、我に立ち位置を奪われているというのに、こやつは良くもこんな呑気な態度を取れるものだ。
『貴様……よくもまぁ、そうヘラヘラとしていられるものだな』
『んっ?どういう事だい?』
『どうもこうも無いわ。我に貴様の立ち位置を取られたというのに……何故にそこまで笑っていられるのだ?悔しくはないのか?』
昨夜のサンキュッパとの事もあり、つい我慢できずに率直にそう聞くと、包丁は一瞬唖然としたが、直ぐに気を取り直した。
『あー……急にどうしたんだ?アンタが俺のポジションの心配なんて……というより、まぁ想像はつくがな……。オイ、サンキュッパ!お前、昨夜俺が寝てる隙に何か余計な事を言っただろ?』
『………………』
包丁がサンキュッパへと問いただすが、奴は昨夜の饒舌が嘘のように無言を貫きおった。
『たくっ……すまねぇな、何を言われたか知らないが気にしないでくれ。それに、立ち位置を奪われる……っても、そもそも折れた包丁には、もうどうこうすることもできないだろ?』
『ムッ?確かにそうだが………』
確かに、根元から折れてしまった包丁には何もすることはできない。結局は、使い手たる主次第だが、我という新品の刃物があるのに、わざわざ壊れた包丁を使うことはないだろう。
だが………だからと言って、こやつには未練はないのだろうか?
『それに何よりも、主が気持ち良く仕事ができるように支えるのが俺ら道具の本懐だ。だから俺としては寧ろ、役立たなくなって直ぐに、俺の後釜が出てきてくれたのは喜ばしいことなんだぜ?』
我に仕事を奪われ、未練は無いのかと考えていると、包丁は朗らかに笑いながら、そう言ってきた。その言葉からは、嘘のようなものは一切感じず、心から言っていることが理解できた。
こやつ……自身のことよりも、持ち手たる主の心配をするとは……。色々下等だと罵しっていたが、こやつの道具としての有り様は、正に道具の鏡とも言える程のものではないのか?
近年では、魔剣の中でも主よりも自身の存在を優先させる刃物が多い。だが、我ら道具は、本来は人々の生活等を豊かにするために存在するもの……。それなのに、最近は作者たる主達よりも己を優先する剣が増えている。
そんな世にあってこやつは……。
こやつの評価を数段上げなければな。………我もこやつのあり方は、少し見習わなければならぬな。
『フン。包丁の癖に……少しはまともな事を申すものだな………』
我は思ったままに、つい口に出して呟いてしまった。すると、包丁が少し驚きながらも、ニヤニヤとした面をしてきおった。
『おっ?なんだい、急になんだい?少しは俺を認めてくれたのかい?』
『………調子に乗るでない』
こやつめ……少し誉めれば図に乗りおってからに………。
『ハハハ!すまねぇな、少しは大将に誉められたのかと思うと、ついつい嬉しくなっちまってな。まぁ、本当に俺の事は気にしないでくれていいからな?さっきも言ったが、主が気持ち良く仕事ができるのが一番なんだからよ』
先程と同じように、笑いながら語る包丁であるが、我には何故かその姿が急に眩しく写って見えた気がした。
こやつは本当に主を信頼し、その幸福を何より願っている………サンキュッパが言っていたように、長年に渡って愛着を持って使われてきた故の忠義と信頼なのだろう。そう考えると、急に包丁が輝いて見えたのだ。
この我が……包丁如きを輝かしく感じるとはな………。
かなり悔しいし、憎らしいが………何よりも羨ましく感じるな………。
『フン!包丁如きに言われずとも、気にもせぬわ。我は魔剣だ。それほどに弱い精神はしておらぬわ!』
だが、表面上でそれを悟られたくやいので、精一杯の皮肉を込めて言いはなった。
『ハハハ!手厳しいな!だけど……それでいいぜ………大将』
包丁は、いつものように笑いながら、そう返してきた。
なんだろうか?どこか包丁に影が差したような?まぁ、気にすることもあるまい。
その日も、包丁とそんなやり取りや、主についての話をされている内に昼・夜と時間は過ぎ、夕飯だの片付けだのが終わり、あっという間に深夜となり我は眠りについた。
◇◇◇
その夜、我は夢を見た。遠い過去の………かつて、我が初代魔王と共に、魔族の完全統治の為の戦で戦った記憶の夢だ。
その夢の中では我は正に最強無双であり、一振りされるだけで数多の敵が吹き飛び、地が割れ、天が裂けていた。
あの頃は、黒の大陸内では幾つもの種族の魔族が自称魔王を名乗り、互いに争い真なる魔王の座を賭けて戦っていた。無論、我が主たる後の初代魔王も戦いに参戦し、我と共に激しい戦いの日々に明け暮れていた。
我が最も輝いていた時代だ。あの頃は、本当に日々が楽しく、魔王と共に戦うのが誇らしかった。
主の為に役立つ。
主と共に戦える。
主を守れる。
そんな日々が嬉しくて、楽しくて、幸せだった。
だが、その輝かしき日々はある時終わりを告げた。
主が魔族を完全統治し、黒の大陸を支配する初代魔王となった。その頃から、主は我を手離すことが多くなった。
というのも、完全統治した後の魔族領内では戦いではなく、魔族達を治める為の政が主流となってきた。その為、次の戦いでは剣は筆となり、盾は書となり、我ら刀剣の出番はなくなった。それでも、多少は争いはあったが、小競り合い程度であり、我を出してまでの戦ではなかった。
故に、魔族の代表たる主は、我に触れる機会は眼に見えてめっきり減っていった。
たまに手に取っても、手入れ程度であり、我の生き甲斐たる戦いは全くなくなった。
更に時が経ち、主が老いてくると我を手に取ることさえなくなった。
一応は『偉大なる魔剣』『国宝』などと持て囃されて大切には扱われていたし、部下の者が手入れをしてくれだが我はそんな待遇は求めていなかった。
我はただ……主に手に取って欲しかった。主に手に取られ、再び我を振るって欲しかった。共に戦って、守らせて欲しかった。
再び主が我を手に取ることを、我は強く願った。
だが………その願いは叶うことなく、終わりを告げた。
主の死という終演で。
結局、主は魔族完全統治後は、我をまともに手にすることもなく、老衰で死出の旅路へと出ていってしまった………。
我は主の死を、掛けられた壁の上から呆然と見ていた。主は我を振っていた時とは同一人物とは思えない程に老けて痩せ細り、力無くベッドの上で目を閉じて2度と目覚めることはなかった。
更に主の死と共に、我と主を唯一繋げていた魔力の繋がりも切れて、我は大剣の姿から宝物庫にしまわれていた剣の姿へと変わってしまった。
我と主との関係は、本当の意味で終わってしまったのだ。
無念だった。
主が死んだこともだが、その主の道具たる我が主を差し置いて、未だに存在していることが無念で悔しくて………情けなくて仕方なかった。
確かに、我ら道具は生物と違い老いることもないし、病気や怪我などにも縁は無い為に、長い時間存在し続けることができる。
時には、我のように使い手たる主人よりも長く存在していることもある。
だが、我はそんな事を望んでいなかった。
我は……例え短い時間でも、主に使われ続け、戦い、守り、いつの日か……壊れてしまうまで我を振るい続けてほしかった。
そう、道具の本懐……壊れる最後まで、我を握り続けてほしかった………。ただ、それだけが我の願いだった。
だが、その願いは叶うことなく主の死で終わりを迎えた。
そして、そんな主の傍らで、最後まで主に支えることがどきたのは、我ではなく木でできた何の変哲もないただの杖であった。
我はその時に思った。
最高の素材と技術を使われて作られたにも関わらず、最後は飾りとなっていた剣と、ただの木で出来た杖だが、最後まで主に役立てた杖………どちらが、道具として幸せなのか?
そんな事は分かりきっている。幸せなのは後者である。我だってそう考えている。
だが、剣としての誇りと、技術の結晶であるという考えがあり、我は素直にそれを認めることができなかった。
故に、『刀剣こそが道具の中では至高であり、その他は下等なるものである』と考える事で本心を誤魔化し、貴重な存在である我だからこそ、我はこうして後世まで残った。
我は杖の存在から目を背けるように、そう考えるようにした。
故に、後に様々な者達が我を求めても、我は傲慢な態度をとり、『資格が無い』『持ち手に相応しくない』だのと判じて切り捨てて、新たな主を選ぶことはなかった。
だが……その本心としては怖かったのだ。
新たな主にも、最後まで使われないのではないのか?飾りになるのではないか?……と。
そして同時に、前の主………初代魔王である女傑……エカテリーナ=マナ=ハート………彼女の面影をあるものを探していたのだ。
何とも女々しい理由である。最強の魔剣と呼ばれる我が、かつての主の面影を求め、使われないのは嫌だという理由で主を選ばない。
何とも情けないものだ………。
故に、そんな前の主……エカテリーナに似た雰囲気を持つ今の主を感じた時は、随分と興奮し、使われないかもしれないという恐怖心も忘れて飛び出してしまった。
まぁ、怠惰な時間が長過ぎて、暇だったというのも多分にあるが………。
そんな訳で、後先考えず主を選んでしまい、包丁となってしまった。何とも間抜けな話だし、当初は最悪な気分であったが……今はそんなに悪くはないと感じている我がいる。
というのも、今の主は毎日我を使ってくれているし、喜んでくれている。これは、道具冥利に尽きるというものだ。
それに何より………あの折れた包丁………。
あやつのあの折れた姿………道具としての耐久性が無くなるまで使い古された姿………。
あれこそが、かつて我が求めた姿だ。
一見みすぼらしいが、道具としての本懐を遂げた誇り高い姿………あれこそが、どんな宝石や装飾で纏われた姿より、遥かに輝いて美しい姿だ。
更には、折れた自身を恥じずに胸を張り、素直に次の世代にバトンを渡そうとする思い。
その姿と心根に衝撃を受け、最近は本当に刀剣至上主義の考えとなっていた我のちんけな思いを簡単に溶かしてしまった。
故に、我はあやつの姿が眩しく写ったのだろう。羨望と憧れ………。
最強の魔剣たる我が、一介の包丁に憧れを抱いてしまうとはな………。
カラドボルグなどには絶対に言えぬことであるな。
まぁ、あの包丁……あの本懐を遂げた姿と、道具としての誇り高さ……正直癪であるが、認めてやってもよいかな………。
まぁ、次に起きた時に、少しくらい誉め言葉を上げてもよいだろうな。
我はそんな思いを考えながらも、夢の中で、かつての主と、今の主に使われている我の姿を思い描き、そんな姿に幸せを感じながら、文字通りの夢見心地を楽しんでいた。
◇◇◇
『デス………ア………デス……ガイア』
『………ムッ?』
だが、そんな夢は、我を呼ぶ声によって終わりを迎えた。
『………何用だ、サンキュッパ?』
眠りから覚めて辺りを見れば、時刻はまだ太陽も顔を出していない夜更けであった。
我は夢を邪魔されたことで若干苛立ちながらも、声の主………まな板のサンキュッパへと何用かと問いかけた。
『寝ている所をすまないな』
無理矢理起こした事に罪悪感はあるのだろう。サンキュッパは我の苛立ちを感じてか、素直に謝罪してきた。
だが、我としては謝罪よりも、何用で起こしたのかを知りたいので話の先を急がせた。
『構わん、それで何用なのだ?』
『あぁ……それなんだが……包丁がデスガイアに話があると』
『包丁が?』
包丁が?こんな夜更けに?一体何用だと言うのだ?というより、用があるならば自身で我を起こせばよかろうに………何故にサンキュッパを通してきたのだ?
『用件は分かったが………何故にサンキュッパを通すのだ?』
我は思ったことを口にすると、サンキュッパは重苦しい雰囲気で話し出した。
『もう……大きな声を出すことができないようでな………。俺が変わりに起こしたんだ』
『声が出せない?どういうことだ?』
我はサンキュッパの言っている意味が分からず、どういうことだと包丁へと視線を移した。
そして理解した。いや、理解してしまった。
そこには、やけに弱々しく、存在感が薄くなった包丁がいたのだ。
これまで包丁は魔剣程ではないにしろ、それなりの存在感………命の輝きとも言うべきものか?とにかく、そのようなものを放っていた。
この輝きは、他の只の道具等には無く、我のような魔剣や、包丁やサンキュッパのような意思のある特殊な道具にのみ宿る、意思ある証ともいうべきものだ。
だが、今我の目の前にある包丁からは、その輝きが希薄にしか感じないのだ。まだ僅かに輝きがあるとはいえ、これでは只の道具と指して変わらない程である。
『サンキュッパよ!包丁の存在感が薄くなっているぞ!?こ、これはどういうことだ?!』
我は再びサンキュッパへと視線を移すと、サンキュッパは一度呼吸を置いてから、その理由を話出した。
『以前に、包丁から俺達の存在について、聞いてはいたな?』
『あぁ、確かツクモガミとかいう道具に魂が宿った存在であろう?長年に渡って愛用された道具に、魂と意思が宿った存在………それが貴様らであろう?』
以前に包丁自身から聞いた事をそのまま話すと、サンキュッパはウムと頷いて(首は無いが雰囲気的に)てみせた。
『そうだ……長年に掛けて使われた道具に魂が宿ったのが俺達ツクモガミだ』
『それで、その話が一体、包丁の今の状況とどういう関係が………』
『ならば、使われなくなった道具はどうなる?』
我の言葉を遮り、サンキュッパはそのように言ってきた。
使われなくなったら……だと?これまで長年に渡って使われてきたツクモガミ達が、使われなくなったら?そんなもの、道具としての存在価値が無くなり………って、まさか?!
『サンキュッパ?!』
我はまさかと思いながらも、今考えたことが恐らく正解だということが、なんとなく理解できた。しかし、一応の望みを賭けて、サンキュッパへと答えを求めた。
だが……その解答は、無慈悲なものだった。
『察したか……そうだ、使われなくなったツクモガミの自我は……いずれ霧散して消え去ってしまう。ここまで言えば………理解できるだろう?』
淡々とした冷静な口調で、残酷な事実を言ってくるサンキュッパに、我は驚愕し、唖然としてしまう。
『なっ?自我が消える………だと?な、ならば………包丁は今まさに………』
『そうだ。今、まさに包丁の自我が消えようとしているのだ』
サンキュッパは平然と恐ろしい現実を口にしてきた。
あまりにも突然すぎる事態に、さしもの我もどうすれば良いのか困惑してしまう。
『なっ………何故に急にそんな………先程までは平然としていた………』
『いや………平静を装っていただけで、既に限界は近かった。本来ならば、もっと前に自我が消えていた筈だ』
な、なんだと?平静を装っていただと?ならば、これまでは自我の消滅に耐えていたというのか?いや……確かに、時折ボッーとしていることがあったし、眠いからと眠っていることが多々あった……あれはその予兆だったのか?いや………それしか考えられぬな。
しかし、自我の消滅など、どうしようもないような事態を、それほどまでに耐えるとは………何だかんだと言っていたが、本心ではやはり、我に包丁の座を奪われるのが嫌で、この世に留まろうとしていたのか?
いや………それが自然か………。誰しも、自分の存在価値を他者に奪われることを良しとするものがいる筈がない。それも、見ず知らずの者ならば尚更だ。この包丁にとっては所詮は我も突然に現れた余所者。そんな者に、信を置ける筈があるまい………。
『そうか………やはり、それほどに未練があったのか………』
我がフッとそう呟くと、サンキュッパは呆れたように、溜息を吐いてきた。
『何だサンキュッパよ?呆れたように溜息などを吐きおって』
『フゥ……何を考えているか……大体は想像がつくが………それは違うとだけいっておこうか。あいつはアンタを余所者だと思っちゃいないぜ』
?!………こ、こやつ………あの一瞬で、我の心情を読んだというのか?や、やはり、油断できない奴よ………。
いや、それよりも今は包丁の真意を聞くことが先決か?こやつが言うには我の読み違いだと言うしな。
『………だとすれば、何故に奴はそんなに耐えてまで、自我の消滅を拒んだというのだ?』
我がそう尋ねると、存在感が希薄となりつつある包丁を見ながら、包丁の真意を語りだした。
『奴はな………自分が折れて使えなくった瞬間に既に自分の運命は受け入れていた。自身の自我が消えて、その後に包丁の身は破棄される………そんな運命をな』
な………なんだと?既に自身の辛い運命を受け入れていたというのか?何より、破棄される運命までも……な、なんという覚悟の持ち主なのだ………。
そんな我の驚愕を知ってか知らず知らずか、サンキュッパは更に話を続けた。
『だが……そんな奴にも一つだけ心残りはあった……たった一つの心残りが………』
『心残りだと?』
それほどの覚悟の持ち主が、一体どんな心残りがあるというのだ?
『そう……その心残りとはな……自分が使えなくなってしまったことで、主の料理に支障をきたしてしまうんじゃないかというものだ。つまりは……自身の身よりも、主と主の家族の食べる料理の心配をしていたのだ』
『なっ?!』
言葉も出ない。
我はそれ程に驚愕していた。確かに、道具として生まれたからには壊れるその日まで使って欲しいという思いは道具には誰しもある。だが、もっと欲を言えば壊れずにいつまでも自分を使って欲しいというのが本音だ。
誰しも、本音は壊れるのは嫌な筈だからな。
人間だって、騎士が『立派に死にたい』と言っても死の間際になれば『死にたくない』と懇願する。それと同じだ。
いざ本当に壊れた際に、大概の道具達は道具の本懐を達した事よりも、後悔や無念の思いを宿すのが普通だろ。
だが、この包丁は道具の本懐を達したことを受け入れただけでなく、それどころか主達の明日の夕食の心配をしている………。
なんたる高潔にして慈悲深い包丁なのか……。
最初に包丁だからと愚弄していた数日前の我を、金床に叩きつけてやりたい気分だ。
『だが、その心配も杞憂だったと笑っていたな。折れて間もなくだというのにな』
我が包丁の高潔さに感激していると、サンキュッパがそのように言ってきた。
『杞憂?どういうことだ?』
『お前だよ。あいつが折れて間もなくに、お前という明らかに切れ味の良さそうな包丁が現れたんだ』
なっ!?……そうか……あの時か……我が主を選別したあの時………。
『最初は主が何処とも知れぬ包丁を連れてきた事に俺は正直イラついたが、あいつは喜んでいたな……『これで主の料理に支障が出ない。それに、俺よりも切れ味が凄そうだ』とな………』
『あやつ………』
自身の立ち位置を奪う輩が来て、喜んでいたというのか?己の仕事を奪い、その身を破滅へと追い落とす者を相手に……一体あやつはどこまで主に忠義深く、懐が広いのだ。
『それであいつは………ある決意をした』
『決意だと?』
『そうだ。自身の自我が消えて、何も考えられなくなる前に、少しでも早くお前にここでの生活と、主達の癖や家庭環境を知ってもらおうと、様々な情報の提供や、出来る限りの補助をしようと考えたんだ』
『なっ?!………で、では、まさか………』
『そうだ。奴が自我の消滅に耐え、今日まで自分という存在を残してきた。その理由は……全てお前の為だったんだよ………』
まるで刀身を金槌で殴られたような衝撃に襲われた。奴がこの世に執着し、自我の消滅を耐えてきたのは全て我の為………だと?そんな………我の為にあやつは………。
いや………そうだ。良く考えずとも、あいつは四六時中、主についての話などを我にしていた。あれは我に様々な情報を教えようとしていたのか?それを我はただのお喋りな奴だと流していた………。
知らなかったとはいえ、なんという………我はなんという愚かなことを………!!
それに、そんな包丁に対し、我は様々な暴言を………今更になって悔やまれて仕方がない!!我はなんと愚かで、傲慢だったのだ!
『サンキュッパ………我は………』
『何も言うな』
我が己の愚かさを口にしようとすると、サンキュッパはそう言って言葉を絶ってきた。そして、一呼吸置いてから我をジッと見据えてから口を開いた。
『お前が今更何を言おうと、一度言った言葉を取り消すことは不可能だ。例え謝罪しようとも、それで過去を消すことなど出来はしない』
正論だ。一度放った言葉は、例え後から謝罪しようとも、完全に消すことなど出来はしない。その時に相手を傷付けた言葉は、ずっと相手の中で残ることになるのだからな。過去に犯した過ちは、過去に戻らぬ限り消すことはできないのと同義だ。
その辺りを分かっている辺りやはり、このサンキュッパ………かなりの出来る奴であるな。
そう考え、サンキュッパの評価を更に上げていると、サンキュッパは真剣な様子で言葉を続けてきた。
その様子には、初めてサンキュッパの感情が現れていた。
『だから……もし、お前が過去の過ちを返上したいのならば………あいつの……包丁の意思を継いでくれ………あいつが安心して逝けるように………頼む………』
絞り出すようなその声には、悲しみ、怒り、困惑………あらゆる感情が、凝縮したような、何とも悲壮感が漂ってくる声であった。
ずっと気丈に振る舞っていたが、サンキュッパだって長年の相棒の自我が消えるというのに平気であるはずがない。いまだに表情に感情は出してはいないが、放ってきたその言葉には、何とも言えない悲壮感と、願うような強い思いが感じらた。
………普段、感情を表出さないサンキュッパが、ここまで感情を出す程に、こやつも本当は辛いのだろう。その上で、その辛さを堪えながら、我にこれまでの包丁の思いを伝えてきてくれた………。
しかし、包丁の意思を継ぐという事は、我は最早刀剣としてではなく、包丁とし生きよということ………それは、我に魔剣としての矜持を捨てろという事に他ならぬ。
そう………魔剣として………刀剣としての存在価値を………。
いや………悩む事はあるまい。答えは既に決している。
一本の刃物が、刃物としての意地と誇りを譲ろうとしているのだ!!
いくら我が数千年の間を無駄に怠惰に過ごしいようと、そんな思いを無下にするほどに、我は刀剣として……いや、刃物として堕ちたつもりはない!!
『サンキュッパよ……その包丁の思い………我が引き受けよう』
我はこれまでの刀剣として………魔剣としての誇りを捨て、包丁として生きる決意を口にした。この決断は我という強大な魔剣の存在価値からすれば、間違っているかもしれぬ。
だが、たった一本の刃物として………同じ刃物の思いを無駄にはしたくない。
それに………最初は流れで仕方無く包丁となっていたが、今ではそんなに悪い気分ではない。というよりも、些か満ち足りた気分となっている我がいる。
いつの間にか、この平穏で笑顔で料理を食べてくれる家族に毒されたのかもしれぬな……。
この決断も、実は流れで受けてしまったような気持ちが少しあるが………この選択に悔いは無いと確実に言えることができる。
『デスガイア………』
我が決心が本心であると感じたのが、サンキュッパは感激したような声で我が名を呟いた。
ふむ………サンキュッパに好意的な感情を出されたのは初めてかもしれぬな。
『デスガイア……お前のその決意に心から感謝する。………その思いを包丁に伝えてやってくれないか?きっと安心するだろう。それと、あいつの最後の言葉を聞いてやってくれ……。もう、あまり時間が無いだろう』
『………了承した』
我は懇願してくるサンキュッパから、包丁へと視線を移した。そこには、更に存在感が希薄となりつつある包丁がいた。
我はそんな包丁に、ゆっくりと、大きめな声で話し掛けた。
『包丁よ………』
『……………………デス………ガイア……か?』
随分と間を取ってから、弱々しい声で包丁が我へと視線を向けてくる。
その姿からは、普段の………それこそ夕飯時までの明るい包丁の様子は感じらなかった。
………どうやら、本当にこれまでは随分と痩せ我慢をしていたらしい………。
そんな様子に気付かぬとは………何が最強の魔剣だろうか………。
『そうだ包丁よ。我だ。デスガイアだ』
我がそう言うと、包丁は弱々しくも笑顔(雰囲気的に)になりながら、かすれるような声で話出してきた。
『まって………いたよ………』
こうして我と包丁の………最後の会話が始まった。
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