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67話 秋子の教育改革

ご意見・ご感想をお待ちしております。

「生きているって……素晴らしいな……」


  呆然と天井を見上げていたら、フッと自然と呟いてしまった。


  私は、自然と生きている喜びが口から溢れてくる程に、生きる尊さと命の儚さにとてつもなく感動している。


  今ならば、何らかの悟りの境地に立てそうだし、命の素晴らしさを問いた本も執筆できそうだ。


  うむ。何らかの大賞も狙えるんじゃないか?


「よし。本でも書こうかな?」


「パパ、パパ………。そろそろ現実に帰ってきてよ………。もうすぐ晩御飯だから……」


  これから執筆活動でもしようか?と考え込んでいると、横から心配そうな顔でリリちゃんが肩を叩いてきた。


「なんだい、リリちゃん?私は常に現実にいるよ?そう……命溢れるこの世界……アガペーが降り注ぐ、この世界……いや、大宇宙に確かに存在し………」


「ママー、ママー!パパが………」


「ようし、テーブルでも拭くか!さぁ、今日の晩御飯はなんだろな?」


  魔法の言葉『ママ』『妻』『婦人』により、私は本当の意味での現実世界へと帰ってくることができた。帰ってきてしまった。


「うんうん、パパのそういう変わり身の早いところ好きだよ。まぁ、現実逃避したい理由は分かるけれど………」


  苦笑いをしながらそう言うリリちゃんは、お手伝いをするのか、そのまま背を見せて流しへと向かっていった。


  はぁ……現実逃避か……。そうか、私は現実から逃げていたのか……50にもなって情けないな……って、いや、逃げたくもなるだろ?あんな目に合えば?思い出しただけで鳥肌が立って、体が震える………。


  あの時……ペンチを片手に、夫が女性を連れ込み、いかがわしい事をしていると勘違いし迫る妻を、リリちゃんが止めて事情を話さなければ、私は今頃あのリカム君と同じ目に合い、明日から男として振る舞えなくなっていた………。


  本当に恐ろしかった………。


  なんか途中で骨夫と花畑で追いかけっこしてたような気がするが、気のせいだろ。


「あらあら?お父さん、早くテーブルを拭いて下さいな?ご飯を並べられませんよ?」


「はい。ただいま」


  物思いにふけっていたが、様子を見に来た我が家の裏ボスの一言で、直ぐ様に濡れ布巾を持ってテーブルを拭くのだった。




 ◇◇◇◇



「うーん、うーん!このカレーってやつ……ちょっと辛いけど美味しいね!!」


  辛さを紛らわす為に、汗をかき水をグビグビと飲みつつも、夢中で初体験のカレーを頬張る様子から、リリちゃんは余程カレーを気に入ってくれたようだ。


「あらあら?気に入ってくれてよかったわ」


「あぁ、そうだな」


  その光景を微笑ましく見つつ、私もカレーを口にする。


  うん、美味い!舌がヒリヒリする程の辛さだが、それがまた良い。妻が作るカレーの、この突き抜けるような辛さが堪らない!!汗が吹き出てくる。


  尚、我が家のカレーは昔から辛口だ。


  大した理由はなく、ただ家族全員が辛党で辛口が好きというだけの理由だ。


  私と妻は、昔から辛口のカレーが好きだし、その血を引いた子供達も相当な辛党であり、昔は学校給食のカレーが甘くて気持ち悪いと言っていた程だ。特に、綾香などは私以上の辛党で、このカレーに色々とスパイスを足して食べる程だ。


  だから正直、このカレーを食べれるリリちゃんは大したものだと思う。我が家のカレーは大の大人でも辛くて食べれないという程だからな。見た目は子供でも、中身は大人だけはある。現に、隣でカレーを食べている骨夫などは、汗をかきながら、カレーにハチミツを入れて食べてやがる。というより、骨なのに汗をかいているのだが、どういう原理だ?明らかに汗腺とかないだろ?


「あらあら?お父さん、お代わりを持ってきますか?」


「うん?」


  そう言われて自分の皿を見ると、既に空となっていた。骨夫に気を取られてしまい、食べきったことに気が付かなかった。


「そうだな……もう少し貰おうか?」


  そう言って空となった皿を妻へと差し出した。


「はい、分かりました。じゃあ、お願いね?エルちゃん?」


「イエス・マム!!ついでに・足りなく・なった・水差し・の・水も・持って・きマス!」


  私から受け取った皿を、更に隣にいる女性……修理が終わり復帰したエル=ムーへと渡す妻。


  エル=ムーも、軍人さながらの立派な敬礼しつつ皿を受け取り、水差しも持って足早に流しへと向かって行った。


「あらあら?本当に気の利く娘ねぇ?料理の時も手際がいいし、顔も可愛いし……ロボットにしとくのは勿体ないわねぇ」


「うんうん!僕の最高傑作だからね!」


「あらあら?流石はリリちゃんねぇ。えらい、えらい」


「えへへ………」


  流しへと向かったエル=ムー君に大して、妻とリリちゃんが微笑ましく、そんな会話をする。


  あの後、私が妻にお仕置きという名の拷問を受ける直前、リリちゃんが助け船を出してくれると同時に、エル=ムー君が人形であるという事を含めた、簡単な概要と共に紹介をしていた。


  そんなリリちゃんの説明を聞くと、妻はあっさりと彼女の存在を受け入れ、エル=ムー君を直すのに必要な部品の提供等などの援助を行い、無事に修理完了とあいなった。


  本当に妻の適応能力の高さには、驚きを越して尊敬の念さえ沸いてくる。


  ただ……リリちゃんの説明中に………。


『あらあら?リリちゃんが作ったの?凄いわねぇ。夏にクラスで発表すれば金賞が貰えるわよ?』


  などと、彼女を夏の工作貯金箱レベルで見ていることだけが些か気になったが、妻なので仕方あるまい………。


  その後、修理が無事に終了したのだが、何故かエル=ムーの中で妻がリリちゃんを越した。最優先命令指揮官となってしまったのだけがリリちゃんの予想外の結果らしい。


  なんでも、妻の凄まじい闘気を前にして、疑似生命体としての危機察知の本能が、プログラムを大きく越えたらしく、先程のように妻に対して絶対服従となってしまったのだ。


  機械が屈服するとは……我が妻ながら恐ろしい………。


  尚、リリちゃんは相当なやガックリしていたな………『こんなの計算外だぁ』って呟いてたし。


「ケンゾウ・様・カレー・を・お持ち・しまシタ」


「んっ?あぁ、ありがとう」


  考え事をしている内に、エル=ムー君がカレーのお代わりを持って脇に来ていた。


  そのカレーを受け取ると、彼女は一礼をしてから壁際へと下がり、正座をしながら待機の態勢となった。彼女は食物などを食べる必要が無い為、一緒に食卓は囲んでいない。


  というより、彼女がマスターと横に並ぶなど不敬と言って下がったのだが。


「あらあら?エルちゃん、ありがとうね?」


「どう・いたし・マシテ・マム」


  感謝を述べる妻に、首だけを妻に向けて無表情で答えるエル=ムー君。


  うーむ………完全に上下関係が成立してしまっているな。流石は妻だな。


  ついでにその隣ではタケシが座って?いつでも妻の指示に動けるように待機している。こいつもこいつで、水と日光があれば生きられるという事で食卓には着いていない。


  しかし、この二名が並んで座っているとシュールな光景だな………。


  といより、何だか最近妻に付き従う奴が多くないか?確か、このタケシ……筍を送ってきたイノセリアって虫の魔族も、妻に対しての敬意と忠誠の証とかで送ってきてたからな。


  虫に筍にロボット………妻は彼らを引き連れ、一体これから何処に向かって行くのだろうか?


  いや……骨と狐と幼女(仮)を引き連れた私も同じ様なものか………。


  何だか麗香が魔王君と婚約してから、私達の常識も崩れてきているなぁ………。

 

  そんな事を思いながら、お代わりしたカレーを口に運んだ。







 ◇◇◇◇



「あらあら?それじゃあ、学校での初のテストは百点だったの?凄いじゃないの!」


「えへへ………まぁ、まぁ、楽勝だったよ」


  夕飯後のお茶の時間、皆で茶を飲みながら談話を楽しんでいた。


  今の話の内容は、リリちゃんの最近の学校での近況などの話である。何でも、この間の初の算数のテストで百点満点を取ったという話だ。


  まぁ、実年齢は私達より上だし、魔王君の所では研究者みたいな事をしてた程の天才だという話だから、小学生の算数程度は楽勝なんだろう。


「まぁ、まぁ、算数ってのは解読方さえ分かれば直ぐに理解できるからね。ただ、国語?ってのに手こずってるけどね………」


  流石に天才でも異世界の国の語学は難しいらしい。まぁ、当然だろう。我々だって英語みたいな外国語を覚えるのは一苦労だからな。それを、文化も文字通り世界すら異なる異世界の語学を覚えるというのは相当なものだろう。


  そういうのも考慮して、妻は魔王君から借りた催眠状態にして操る棒で学校の教師一同に催眠を掛けた際に『リリちゃんは帰国子女で日本語に慣れていない』という設定を入れたらしい。


  抜け目がないな………我が妻よ。


「しかし、それでも多少なりとも授業には付いていけてるんだろう?凄いじゃないか」


  そう、リリちゃんから聞いた話では、一応はそれなりに授業には付いていけてるらしいから大したものである。


「まぁね、まぁね。周りの餓鬼……同級生の話を聞いたり、無の……先生の講話内容から推理したり、教科書の内容を解読したりして、やっとついてけるようになったかな?」


「………そうかい」


  なんか色々と本音が漏れているが………気にしないようにしよう。


  しかし……言ってることが完全に幼女の発言じゃないよな………。こういう大人というか、何と言うか……とにかく、何の気なしに話す内容の部分部分に、やはり相当の時間を生きたのだなと感じるものがある。


「あらあら?本当に凄いわねぇ。お母さんは鼻が高いわあ」


「えへへ………」


  だが、誉めらる度に照れる当たり、見た目相応の年齢に見えてしまう。


「でも、勉強の事といい、エルちゃんを作ったって事といい……リリちゃんは元から頭が凄くいいし、色々と知識はあるけど、元々は何処かの学校に通っていたの?」


  確かにリリちゃんは頭が非常に良いが、その知識は元々は何処から学んだのか些か気になる所である。やはり、学校みたいなものがあるのだろうか?


「うん?うん?学校とかには行ってないよ?そもそも魔王領内に学校が無いし」


  お茶請けの饅頭を食べながら、リリちゃんが何とも信じられない事を言ってきた。学校が無いのだったら子供はどうやって勉学を、学んだりしているのだ?


「学校が無い?じゃあ、どうやって学ぶんだい?」


  そうリリちゃんに質問すると、彼女は腕を組んで考え出した。


「うーん、うーん……学ぶ……。まぁ、ぶっちゃけて言ってしまえば、皆が揃って学ぶって考えが無いってのが現状かな?」


「考えが無い?」


「そうそう。今の魔族の現状は大概が子供でも働き手というのが普通かな?少しばかり過酷な環境だし、余裕がある家ばかりじゃないから基本は子供でも働きにでるね。流石に、簡単な読み書きや、生活の知恵は親が教えるけど」


  リリちゃんが何の気なしに話す内容に戦慄が走る。


  私は些か……いや、大分思い違いをしていた。何となく、向こうの文明レベルは日本と同じくらいだろうに思っていた。


  だが、今リリちゃんが言ったことが本当ならば、魔王君の治める地は此方の世界の発展途上国より下くらいの状況である。なんてことだろうか………。


  いや、そもそも異世界を此方と同レベルに考えるのがおかしかった。もしかしたら向こうがこっちより発展している場合もあれば、その逆だって有り得たのだ。


  現に、向こうは魔法が発達し、此方は科学が発達しているという凄まじい違いがあるのだからな。


  だと言うのに、私はそんな事も考慮せずにずけずけと当然だろうとばかりに不躾な質問をしてさしまった………。


  子供は誰であろうと、学校で学ぶことができるという平和な世に生きる、現代日本人の楽観的先入観により………。


  なんと愚かなのだろうか………。


「リリちゃん………すまない………」


「私も変な事を聞いちゃったわ……苦労したのね……リリちゃん。後で魔王さんには、政治家として現状を改善するように言っておくわ。全く……あの人は普段は何をしてるのかしら………?」


  妻も妻で、私と同じ思いに至ったようだが、その思いを向ける方向が違うようだ………。


  1つ言えるのは、後で魔王君が大変だということか………。


  そんな暗くなる私達二人に、リリちゃんが慌てた様子で両手をパタパタと師はじめた。


「あの……あの……一応言っておくけど、別に魔族全体が貧しいって訳じゃないからね?ただ、基本的に魔族は本能的に生きてる奴が多いから、学校みたいな所に行くよりかは実際にってのが主流なんだ。弱肉強食的な考えも強いから、集団で座って時間を掛けて学ぶよりかは、現場で経験して学ばせて、強い者のみ育てるって脳禁が多いんだ。だから、学校みたいに集団で学ぶって習慣は流行らないんだよね………」


「………それはまた……凄まじい教育環境なんだね………」


  なんだその脳筋教育環境は?私が思っていたような貧民的な状況ではたいようだが、それでも酷い教育環境だな………。

 

  弱肉強食って………いや、確かにリカム君とかイノセリア君みたいに動物みたいな姿の奴がいるから、そういう考えもあるんだろうけど………。


  それにしてもな………。


「やっぱり魔王さんには教育環境の改善に動いてもらわなければ駄目ねぇ。子供は平等に学ぶ権利がある筈ですから……。まずは教師の育成と、学校の建設……それに……」

 

  妻は妻で、既に頭の中で魔王君に対する教育環境の改善案が考えられているらしい。こうなった妻は、経験上止まらないから是非とも魔王君には頑張ってもらいたい。


  ファイトだ魔王君。


「まぁ、まぁ、それでも高い知識……薬学、医学、錬金術、魔法学……そういったものを求める者は、その手のエキスパートである人の下で師事して学ばせてもらうんだ。僕もそうだしね」


  腕を組んで何処か誇らしげに言うリリちゃん。


  なるほど。勉学したければ、それ専門の人に自分から足を運んで教えてもらうって事か。

 

  確かにそれならば、やる気が全然違うだろうな。我々の世界と違い義務で強いるのではなく、純粋に学びたいと思う気持ちで学ぶんだからな。リリちゃんが誇らしげにするのも、自分に自信があるからだろ。


「でもでも、師事する人を間違えると悲惨なんだよ?だって、それを信じて学んだのに、独り立ちした後でそれが間違いだらけの知識だったりして恥かいたり………」


  うむ、そうだろうな。個人に教えてもらえば分かりやすいが、周囲に他の者がいないから、それが間違いかどうか確認する術がないよな………。


「あらあら?それじゃあリリちゃんは賢いんだから、リリちゃんが教えてもらった人は優秀な方だったのね?」


  急須からお茶を汲みながら、妻がそう質問をする。すると、リリちゃんは何とも言えない微妙な表情となった。


  な、なんだその顔は?どうしたんだ?


「うんうん……まぁ、確かに僕が師事した師匠……Dr(ドクトル):ラ=オーっていうんだけど……確かに優秀な方だったよ……。なんせ魔族史上最高の頭脳の持ち主って言われてるからね………」


  魔族史上最高?な、なんだか凄い人の下で師事していたんだな……。でも、そんな人の師事を受けてたら誇らしい筈では?


「でもでも、同時に魔族史上最大の奇人変人としても有名でね……。興味のあるものに対してはどこまでも追及する性格で世界の果てまで出向くし、許可も得ずに所構わずに研究や解剖をしたりする。果ては実験で研究所を吹き飛ばす……。『探求のラ=オー』なんて呼ばれて畏れられてたよ。僕も一度解剖されたことがあるよ……あの時程、不死者(アンデッド)の体でよかったと思った事はないよ……」


  その時を思い出したのか、リリちゃんは青く疲れた顔を表情を見せてくる。


  ………な、なんだそのヤバそうな人物は?聞く限りでは完全にマッドサイエンティストじゃないのか?絶対に近寄りたくないぞ?!


「あらあら?随分と愉快な先生に教わったのね?実験が好きって、なんだかテレビに出てる、でん◯ろう先生みたいねぇ?」


「母さん!でん◯ろう先生は精々ビーカーは爆破させるけど、研究所は爆破しないからね!?」


  妻よ………。比べる対象のスケールが違いすぎると思うぞ?!


「うんうん。まぁ、確かに愉快な師匠ではあったね………悪い意味で。でも、僕に色々と教えてくれたり、エル=ムーを造るのに協力してくれたり………何だかんだで手を貸してくれたから憎めないんだよねー」


  何処か懐かしむように語るリリちゃんからは、その師匠のことを尊敬しているという思いが伝わってくる。


「良い方なんだね。で、そのラ=オーさんは今はどうしてるんだい?魔王君の所にいるのかい?」


  なんとなしに聞いた質問であったが、何故かリリちゃんは眉をしかめて、もごもごと口ごもりだした。


  なんだろうか?何か言いにくい事でもあるのだろうか?


「リリちゃん……言いたくないなら言わなくても大丈夫だよ?無理して聞きたい訳じゃないから?」


「うーん……うーん……ごめんねパパ。ちょっと師匠達の現状については、外部に漏らせないんだ……本当にごめんよ?」


「いやいや、別に構わないよ」


  まぁ、どうしても無理して聞きたい事でもないからな。リリちゃんに話させる必要もないだろう。


  しかし……外部に漏らせないって事はかなり重大な案件なんだろうな。それに師匠の事を聞いたのに『達』って言っていたし………。



  ………まぁ、考えても仕方がないか。



「サー・マム。お湯・が・沸き・マシタ」


「あらあら?ありがとう。お父さん、お茶のお代わりは?」


「んっ?あぁ、貰おう」


「はいはい。タケシ、新しいお茶の葉を取って」


「ワガッ"ダァ"」


「ママ、ママ!饅頭もう1つ食べていい?」


「いいわよ?ただし、歯磨きはしっかりするのよ?」


「はーい!はーい!」

 


  色々と疑問はあったが、こうして家族団欒の時を過ごす内に、その疑問も頭からフッと消えていった。




 

 

 





  尚、後日魔王君が我が家に訪ねてきた際に、妻により『魔王領内学校設立案』を正座状態で長時間延々と聞かされた魔王君は、半ば洗脳状態で学校設立を決議したのは、また別の話である。

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