60話 聖王国イスタアール
投稿が遅くなり、申し訳ありません。
しかし、明日からも暫く仕事の都合で再び遅くなりますので、よろしくお願いします。
聖王国イスタアール。
魔王の納める黒の大陸からみて、南東に位置する『白の大陸』と呼ばれる地の、中央部にある人族の国であり、多くの人々や国々が信仰する一大宗教である『創神教』の教えを広めた総本山たる国でもある。
各国王族も信仰し、その国々では国教ともされている創神教の総本山たる聖王国の影響力は凄まじく、あらゆる商業や政治、軍事関係にも多大な影響力と権限を有する程の国であり、一王族でも逆らうことができない程の強国であった。
そんな聖王国の中心には、国の中枢たる都市である『聖都イングラシア』があった。
四方を白く巨大な壁に囲まれた都市は、その多くの建造物も白陽石と言われるもので造られている為に、都市全体は真っ白になっていた。更に、都市全体には多くの湧水からなる水路が曳かれており、水路の水の反射した光が町並みを更に引き立てていた。
その白く輝く町並みから、『清浄都市』とも言われ、正に聖地として相応しい場所であるとされ、他国の創神教を信仰する人々からは巡礼の地とされる程の都市であった。
その都市の中央には、白亜の巨大な神殿が建っていた。
白く長い尖塔を中心に、周囲をその半分の長さの塔が囲うように建てられており、所々には細かな細工が施され、中には今にも動きだしそうな石像等も配置されており、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
その白く巨大にして美しい神殿こそが、聖王国の中枢たる場所…‥『イスタアール大神殿』であった。
創神教の信仰の象徴ともいえる白亜の美しき神殿は、見るものに感動と畏敬の念を与え、信者たる人々の心に安寧と清浄なる思いを浮かばせていた。
しかし、そんな神秘的な大神殿の一室では、清浄な雰囲気とはかけ離れた空気を出している部屋があった。
神殿の内部中央付近。
壁や天井は白く、床には赤く豪奢なカーペットがひかれた百人程は入れるような講堂。
中にある家具や調度品は、どれも見ただけで高価なものであることは予想できるものばかりで、壁には女神らしきものを描いた美しい絵画等の芸術品もところ狭しに飾られていた。
だが、そんな高価な調度品や美しい芸術作品の存在感さえも忘れさせる程の重苦しく、暗い空気がその講堂の中には充ちていた。
その空気の発生源は、講堂の中央であった。
そこには、これまた高価そうな長さ20メートル、横幅3メートルはある赤く細やかな装飾がなされた長机があり、その机の両脇には合わせて30名程の者達が席についていた。
席に着いているのは、歳の若い男女数名から
皺の深い老人数十名であり、歳や性別にバラツキはあれど、誰もが沈痛な顔付きで黙って席に座っており、中には拝むような態勢の者や、天を仰ぎ見る者もいた。そんな者達から、苦悩から来る重く暗い雰囲気が漂っていたのだ。
「えぇい!クショ!!一体どうなっているのひゃ!」
すると、思い空気を打ち破って、机を拳で強打する鈍い音と共に、若干空気の抜けたような金切り声にも似た男の怒声が広い室内に響いた。
机を叩きながら怒声を放ったのは、禿げ上がった頭に小太りで緑色の豪奢な法衣を纏った、上の前歯3本が無い初老の男であった。
そんな怒声を放つ男の様子を一瞥しながら、机の向かいに座っていた青色の同じような豪奢な法衣を着た、白髪の長髪で、病的に痩せぎみの細目をした老人が、溜め息を吐いた後に口を開いた。
「落ち着いてくださいゾルック大司教。ここで喚いた所で状況は何もかわりませんぞ」
「これは落ち着ふいへらるか!!きはまは今の状況をわはっているのは?!ヒステ大司教よ!!」
目を血走らせながらゾルック大司教と呼ばれた男は、痩せぎみの老人…‥…ヒステ大司教へと怒声を上げながら、睨み殺さんばかりの視線を向けていた。
しかしながら、至って本人は真面目に言っているのだろうが、前歯の無いゾルック大司教の喋りは空気の抜けたような話し方であり、場違いな間抜けさを彼から醸し出していた。
ヒステ大司教と呼ばれた呼ばれた老人は、ゾルックのそんな喋りに、正直笑いそうになりかけたが、今はそんな場合ではないと気を引き締め直し、再度ゾルックを正面から見据えた。
「分かっておりますとも。それ故に、今後の対策を練るべく、このように我々聖王国の重鎮達が集い話し合っているのではありませぬか?ここで愚痴を叫んでも、何の良案も浮かびますまい」
重鎮達…‥……現在この大神殿の講堂では、聖王国でも、上層部に位置する者達が集まり、迫り来る魔族達の現状報告を聞きながら、その対策を練るべく集まっていたのだ。
そして、このゾルックとヒステの二人もまた、聖王国には10人しかいない大幹部であり、位の高い大司教であった。その権力は相当なもので、他の小国の王よりも強いとされていた。
そんな上層部達が集い、魔族の状況報告を聞いていたのだが、その内容はどれも悲惨なものであり、更には様々な失態や追い込まれた状況が浮き彫りになっていたのだ。そして、苛ついたゾルックが我慢しきれずに怒声を放ったのだ。
「うふぅ…‥……」
ヒステ大司教のたしなめるような言葉に、ゾルックも正論だと思ったのか、ぐうの音も出ずに唸りながら黙ってしまった。
黙って席に座り直したゾルックは、それでも納得がいかないのか、顔を赤くしながら向かいにいる余裕顔のヒステ大司教を、忌々しげにギロリと睨んでいた。
だが、当のゾルックを静かにさせたヒステ大司教は、そんなゾルックの視線を気にするほどに、実は余裕はなかった。
なぜならば…‥……。
(なんなんだ…‥…『うふぅ…‥』って?恐らくは『グヌゥ』って言いたかったんだろうが、前歯の無い箇所から空気が抜けて『うふぅ…‥』になったのか?止めてくれ!こんな重苦しい会議の場で笑わせるな!私に何か恨みでもあるのか?…‥…って、こっちを見るな!欠けた前歯の部分から、息がヒューヒュー漏れているぞ!見るな!こっちを見るな!本当に…‥…)
ヒステ大司教は、必死に笑いを堪えていたのだ。
しかし、笑いを堪えれば堪える程に、自然と我慢する為に体に力が入り、いつの間にか彼の体はプルプルと震えていた。
「どうしましたかヒステ大司教?何やら震えていますが?」
そんな彼の様子を怪訝に思ったのか、横にいた黄色の法衣を纏った鋭い目付きの老婆が、心配そうに小声で声をかけてきた。
「な、なんでもありませぬ…‥…ロウム大司教。いや、口ではあのように言っても、私自身も些か憤ってしまっているようです…‥…」
一瞬、声を掛けられたヒステは、戸惑った表情をしたが、直ぐに冷静を装い、この場に相応しいであろう理由の嘘をついた。
「左様ですか…‥……お気持ちは分かります」
そう言って納得したのか、ロウムと呼ばれた老婆は視線を元に戻した。
(お気持ちは分かります…‥……分かったら貴女も震えている筈ですがね…‥…笑いを堪えるが故に…‥……)
そんな事を考えていると、突如『シャラン』と清らかな鈴の音が、重苦しい講堂の中へと響いてきた。
すると、これまで苦悶の表情を浮かべながら
各々に天を仰いだりとしていた者達が、一斉に音の発生源…‥…机の上座へと顔を向けた。
そこには金で出来た豪奢な椅子に座り、これまた細かな装飾がなされた金の長い帽子と白を基調とした金細工がなされた法衣を纏い、手には先端に鈴が3つ付いた金の錫杖を持った皺が深く背の低い老婆と、その両脇には老婆を守るように二人の男女が控えていた。
「皆の者よ…‥…まずは落ち着きなさい。冷静になり、怒りと恐怖を治めるのです。我々が怒り、恐怖すればそれは悪しき魔族共の糧となり奴らをより増長させます。まずは落ち着き、心を平静にするのです」
枯れた古木のような、皺がれた老婆からとは思えない優しくも、どこか威圧感を感じる声に、その場にいた一同は直ぐ様冷静さを取り戻して、先程とは売って変わった戦う者の顔付きとなっていた。
「申し訳ありまへぬ…‥……聖皇様…‥……見苦しきしゅがたを見へてしまいました…‥……」
ゾルックが先程までの怒りに満ちた顔から一転し、飼い主に叱られた犬のようにしおらしい姿で老婆へと謝罪を述べた。
そう、この老婆…‥…いや、彼女こそが、創神教の頂点であり、実質的に聖王国とその他の国々を動かしている実力者。
大聖皇ミシュリアム=アシャグレムー=ミルカエルその人であった。
「気にすることはありません。信仰を…‥民を蔑ろにされて怒らぬものなどおりません。しかし、度を過ぎた怒り業火となり己の身を滅ぼします。以後注意するように」
「は、はひ!」
ニッコリと微笑みながらも、威圧感が込められた声で注意を受けたゾルックは、直ぐ様返事を返すと席に戻り、額の汗を拭いだした。
その様子をヒステ大司教は、内心震えながらながら見ていた。
(…‥…化け物だな…‥……あれが120歳近い老婆から出る威圧感か?)
そんなことを思いながら、ヒステは手の内に汗をかき、横目で聖皇をチラリと確認する。
齢120とされる聖皇の体は、重ねてきた年月に比例し、枯れた木のように細く折れそうな手足に、皺だらけのまるで木乃伊のような顔、少し押してやれば折れてしまいそうな華奢な体付きをしていた。
しかし、彼女の目は猛禽類のように獰猛かつ鋭い眼光を放っており、彼女が発する威圧感はまるで全身を針や剣で刺してくるかのような鋭さがあった。
(この威圧感…‥…これが僅か7歳にして神託の勇者として担ぎ上げらから今日まで、日夜、魔族と戦い続けたが故に得た必殺の殺意というものなのか?どちらにせよ、100を越えた者の雰囲気ではないな…‥……)
ヒステは自分達の頂点に立つ者の相変わらずの化け物ぶりに、味方で良かったと思う安心感と、純粋に強大なる存在を目の当たりにした恐怖感との入り雑じった複雑な心境となっていた。
聖皇ミシュリアムは、元はとある地方の片田舎で生まれた農民の娘であったが、生まれた時より、神の声を聞けるという特殊な力と勇者の素質を持っていた。そして、その力で様々な奇跡を起こし、村の人々からは奇跡の子として称えらていた。そしてある時、その力を偶然に見た当時の創神教の上層部により、僅か7歳にして創神教の象徴として祭り上げられていたのだ。
その理由として、当時は魔族の進撃が凄まじい時期であり、多くの人々や国々が魔族による犠牲となっていたのだ。だというのに、当時の創神教の上層部は自分達の身や貴族、一部の富裕層のみを助け、民の救援などを一切行っていなかった。
故に、そんな自分達が祈っても救ってくれない神と創神教に対して人々の鬱憤が爆発寸前まで溜まり、いつしか民は暴動寸前となっていた。流石にこの事態に慌てた創神教の上層部は、その人々の鬱憤を少しでも晴らす為の苦肉の策として、特殊な力を使えるとはいえ、まだ幼い7歳のミシュリアムを聖女に急遽認定し、神輿として担ぎ上げ『神託の勇者』として人々に公表し、『神は我らを見捨てず、奇跡を地上に与えたもうた!』と言って、一時的にでも暴動寸前の民の目を誤魔化そうとしたのだ。
だが、これはあくまで苦肉の策であり、一時的にでも暴動を収めて時間を稼ぎ、その隙に対抗策を考えようというものであり、ミシュリアムには最初から期待などしていない…‥完全に彼女を捨て駒にする雑にして、上層部の自分勝手な作戦であった。
だがしかし、その結果は上層部の予想を越えた、想定外のものとなった。
特殊な力があるとはいえ、まだ幼い筈のミシュリアムであったが、彼女は少女とは思えぬ程の言動で人々を励まし奮い立たせ、奇跡の力を行使し、次々に多くの人々を癒していったのだ。更には、まだ幼い少女だというのに自ら戦い方を学び勇者としての力を開花させ、率先して魔族との闘いに身を投じていったのだ。
そんな彼女の自身を犠牲にし、他者を助ける勇敢にして清らかな姿に多くの者達が心を掴まれ心酔していった。
やがて多くの人々や国々までもが、彼女こそが創神教の頂点に立つことこそが相応しいと声を上げはじめた。彼女もまた、上層部の腐敗を感じ民の意思にのっとり、これの一斉掃討を掲げたのだ。
創神教の上層部は、この事態に大きく慌てたが時既に遅く、創神教の内部の奥深くまで彼女の信徒が入り込んでおり、呆気なく当時の創神教の上層部は陥落した。そして、新たにミシュリアムを頂点とした創神教が立ち上げられ、彼女の指示の元にこれまで以上に民を助けると同時に、魔族を苛烈に滅ぼそうとする今の創神教が出来上がったのである。
それから今日に至るまで、ミシュリアムは魔族と闘い続けた。あの頃から約100年近く経って、老いたが故に前線を退いたものの、それでも現在でも尚も創神教の頂点として現役で聖王国軍を指揮し、君臨しているのだ。
そんな頼もしくもあるが、同じ人間とは思えない程の彼女の生き様と奇跡の力に、幹部達のある者は尊敬を、またある者は畏怖を込めた念を持って接っしており、理由は様々であるが、誰もが彼女に頭が上がらずにいた。
ヒステは後者の畏怖の念を持っており、正直に言えば聖皇は苦手であり、彼女と目が合っただけで心臓を鷲掴みにされたような心地となるのだ。
(まったく…‥……いつまで経っても、あの方には慣れないな…‥……とてもじゃないが、同じ人間とは思えぬしな。いや、勇者という時点で我々とは…‥……)
「ヒステ大司教」
「えっ?あっ、はい!?」
ヒステが考え事をしている最中に、突然に名を呼ばれて狼狽した。
まして、呼んできた相手が考えていた相手である聖皇ならば尚更であった。
「な、何か御用でしょうか?」
落ち着きを取り戻しながら、ヒステは席から立ち上がり聖皇へと体を向けた。
「いえ、用と言う程のものではないのですが…‥…あなたが何か思い悩んでいるように見えたものですから。何か悩みがあるのかと」
(そ、そんな顔に出ていたのか?)
ヒステは、よく周囲の者達からは無愛想だの無表情だのと言われていたし、自分でも余り表情には出さない方であると思っていた。
しかし、そんかヒステの心の機微を聖皇は読んで声を掛けてきた。
これにヒステは驚愕し、何と答えればいいのかと悩み背中にジットリと嫌な汗が浮かんできた。
「はっ?…‥……い、いえ…‥……特に悩みなどは…‥……ま、まぁ、強いて言いますれば、やはり魔族に脅かされる民の救援のことを…‥…」
ヒステは一瞬だけ顔を俯かせた後、直ぐ様に平静を装い当たり障りの無い返答を返した。
「そうですか…‥……あなたも私と同じ悩みを考えていたのですね。それならば皆と共に、解決法を探しましょう。一人で悩むより、皆で知恵を出し合った方が良いですからね」
「は、はい…‥……」
そう言って微笑む聖皇の姿に、ヒステは安堵しながら席へと着いた。
(何とか誤魔化せたようだな…‥……まさか、当の本当が苦手なことが悩みなど、口が裂けても言えないからな…‥……しかし、よく私の心境が分かったものだ…‥……流石に何を考えているかまでは分からなか…‥……)
「時にヒステ大司教。他にも悩みがあるならば、後で個人的に相談にのりますよ?例えば…‥……苦手な方がいる…‥……とか?」
ー後に、この時程ヒステ大司教が、大口を開けて顔を真っ青にして表情を顔に出して驚愕したことはなかったと、隣にいたロウム大司教は語っている。
「フフフ…‥……さて…‥……雑談で少しは場の空気が和んだところで…‥……もう一度各地の状況報告の続きを致しましょうか?」
聖皇は、そんなヒステ大司教をクスクスと笑って一瞥した後、直ぐに表情を引き締めて各地の状況確認へと戻ったのだった。
【用語解説:その21】
【聖皇】
人族数百万人が信仰する最大宗教である創神教の頂点に立つ者で、代々女性がこの役職に就く。
創神教におけるあらゆる権限を持ち、その力は他国の王すらも越えており、他国の軍や政治にも関与することができるとされている。
元々は、創世の神より信託を授かった巫女から始まり、その巫女が創世の神を崇める宗教を立ち上げ信者を増やし、いつしか聖なる王といわれ始め、やがて聖皇となり今の創神教の頂点となった。
尚、今でも聖皇は創世の神から時折神託を受けていると言われているが、定かではない。




