5話 娘の婚約者と夕食を食べました。
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「「「いただきます」」」
私と妻と娘の三人は、久々に親子揃っての食事前の挨拶をした後に食事を開始した。
昔から我が家では、食事前のマナーだけは厳しくしつけたかいもあり、食事を開始する前の動作は、家族一同で軍隊の行進並みにピッタリである。
あの後、股間に一撃を喰らった魔王の酔いも覚めた為、これ幸いと晩酌を切り上げて、出来上がった夕食を食べることにした。
今日は久方に麗香が帰って来るのと、婚約者をつれて来るということだけあって、妻は相当張り切ったらしく普段より豪勢な夕食となっていた。
麗香の好物に加えて、刺身や寿司、七面鳥まで食卓を飾っている。
……あれ?七面鳥って関係なくないか?
まぁ、気にしても仕方が無いなと思いながら、目の前にある唐揚げへと箸を伸ばし、口へと運ぶ。
噛んだ瞬間、ジュワァと肉汁が広がり、鳥の旨みやプリプリの食感、私好みの塩味の味付けが舌を楽しませてくれる。
「うん、旨い……母さん、また腕をあげたんじゃないか?」
「あら?そう言ってもらえれば頑張って鳥を絞めた甲斐があったわ」
「ハハハ!流石は母さんだ!」
って、あれ?……えっ?絞めたのか、鳥を。
まさか、この七面鳥も?
時折、我が妻は、一体何者なのかと思うことがある。
以前も、テレビで大間の鮪のドキュメンタリーを観ていて「こういう天然の新鮮な鮪を一度は食べたいな」とボヤいたら、翌日の夕食に鮪の刺身が大量にあり、「どうしたんだ」と聞いたら「お父さんの為に頑張ったわぁ」と朗らかに笑っていた。
その時は、スーパーで奮発して買ったのかと思ったが、流しにビールを取りに行ったら解体済みの鮪の赤身や尾頭を見て、何も言えなくなってしまった。それから暫くは鮪尽くしだったな……。
間違いなく、麗香は母親似だな。
などと思い出に浸っていると、向かいの魔王が、困惑したように周囲をチラチラと見ていた。
「どうしたんだい?食べないのかい?」
「ウム……いや、何。先ほど義父上達が何やら唱えていた呪文は、何かと気になってな……」
呪文……?もしや「いただきます」のことか?
異世界には、そういう文化は無いのか?
いや、外国でも無い所は無いって聞いた覚えがあるから当然か。
「何か………怪しげな呪いの一種か?」
「『いただきます』のことなら……呪いでも、呪文では無いな。何と言うか……食前の挨拶のようなものだね」
「挨拶?食べ物に挨拶をすると?」
魔王は怪訝そうな顔?で腕を組んで唸りはじめた。
納得がいっていないのだろう。
しかし、ここは私の得意分野だ。
昔から食事のマナーを守らせる為に、子供達へと分かりやすく納得させる説教をしてきたので、お手のものである。
「食べ物というより食べる側が、犠牲になってくれた命の恵みへと感謝を伝える儀式……は言い過ぎだけど、祈りみたいなものかな」
と教育テレビの朗読の人みたいに説明をしてみた。
これまで、この説明で我が娘達や親戚の子供達が納得していったのだ。
子供が理解できる説明を、魔王たる者が理解できない筈があるまい。
さて、どうだ!魔王!
若干どや顔をしながら魔王を見ると、肩を震わせながら怒……いや、笑っている?
「ク……ククク……」
あっ、完全に笑っている。
何か可笑しな事を言っただろうか?
「ど、どうしたんだい?」
「いや何……やはりレイカの父上なだけに深淵なる哲学を持っているのだと思い、感激しているのだ」
「哲学?そこまで深いことは言……」
「我は此れまで、弱者から奪い喰らうことこそが強者の特権であり、世界の真理であると考え、それ以外に何も思うことがなかった。
しかし、義父上は己が生き永らえる為に収奪せし弱者の命に対し、一片の慈悲と労いを懸けてから喰らう事こそが強者としての姿だと言う。
確かにそうだ!!弱者を思うままにいたぶる事など、誰にでもできる!!
しかし、慈悲はどうだ!それこそ本当の絶対なる強者のみが弱者に与えることができる『余裕』ある姿ではあるまいか?!
そうだ!!それこそ我が求めし真なる支配者の姿でははないか!何故今まで気付かなかった!!まさか、このような異世界で支配者としての立ち振舞いを知ることになろうとは!!クハハハハハハ!!義父上よ!感謝する」
「…………………………どういたしまして」
最早、何処から指摘すればいいのか分からない程の過大な解釈に、私はどうすることも出来ない。
こういう時はどうするか?決まってる。
完全に匙を投げた、それはもう遠くまで投げましたよ、そのまま地平の果てまで飛んでいけ!!戻ってくんな!!
などと、妄想の中の私が匙を勢いよくスローインしている時に。
「魔王くん。面倒臭く考え過ぎ、いだだきますは、ご飯を食べる前の挨拶って考えればいいよ」
まさかの麗香から、匙の投げ返しが来た。
「そうよ。あんまり難しく考えちゃ駄目よ。
ただ、ご飯を作った人や食材に『ありがとう』って言う意味だと思えばいいわぁ」
更に、横から匙どころか槍が飛んで来ただと!
「ムッ?そうなのか?」
「昔からパパはこの手の話になると話が長いし、一人の世界に入っちゃうから適当にあわせてればいいわ」
「繁信や親戚のコウちゃんも同じことを言っていたわねぇ」
母娘から投げられた匙は、速度と回転力を増しながら、的確に私の胸へと突き刺さり、巨大な穴を開けていった。
「なるほど理解した……では、いだだきます」
そう言うと、魔王は妻から渡されたフォークで何とも無かったかのように、食べ始めた。
普通に食事を始めた魔王を視界にいれつつ、私は一人悲壮感に包まれていた。
知らなかった……知りたくなかった……。
まさか、娘達からそんな風に思われてたとは……。
というか妻よ、知ってたならコッソリ教えてくれてもいいだろうに……。
それと誰かフォローくらいしてくれよ。
と孤独感に際悩まされていると、誰かが私の肩にポンと手を置いた。
おぉ……慰めてくれるか!と背後を見ると。
例の鎌を持った人骨の幻覚が、指をグッと立てながらいた。
ギャァァァァァァァァァァァァ!まだいたぁぁぁぁぁあ!!
私は驚き味噌汁を溢し、妻から頭をはたかれた。
魔王 ゲルクルシュ=アッシュノート=ルルシフェル
Lv:850
称号:【魔王】【魔導の探求者】【統べし者】【覇道ヲ往ク者】【深淵二近キ者】
【名前長ぇんだよな………】【愛妻家「仮」】
HP:550000
MP:35000
攻撃力【物理】:2800
防御力【物理】:3000
攻撃力【魔法】:6600
防御力【魔法】:6000
素早さ:2700
知識:3300
運勢:850
装備:【絶望の王杓】【暗黒の魔導衣】
【悲鳴の指輪】【星閠の指輪】【悲哀の指輪】
【七罪の指輪】【悪逆の指輪】【餓蝕の指輪】
【百殺の指輪】【魂縛の指輪】【獄門の指輪】
【(株)高島屋ハートのプラチナペアリング】