4話 娘の婚約者の愚痴を聞きました。
いつもお読みいただきありがとうございます。
「故に!!我は今!!非常に感激しているのだ!!義父上という、知己を得た事に!!」
今、目の前では魔王が、演劇の俳優かと思う程に、大仰な身振り口振りで私へと語り掛けてくる。
「そうか……それは良かったよ……」
「良かった!?良かっただと!?我が喜びは、そのような矮小な言葉で表せる程に小さくは無い!!
我が胸の喜びは、雲海を飛び抜け、天に住まう憎き神々の胸を貫いても、尚!!伸び続けているのだ!!最早、この喜びを言葉に表す事すら出来ぬ!!あぁ……なんと、この世は不便なことか!!この胸の内を伝えるには、余りにも言葉が少な過ぎるぅぅぅぅぅ!!」
私との出会いの気持ちで、神様を殺せるとは……どこの、どんな神様が知らないが逃げてくれ、私はそんな事は望んでませんので。
その後も、魔王の演説は止まらない、どこぞの演劇俳優のような調子で、永遠と私を褒め称える言葉を唱え続け、終いには立ち上がりながら身ぶり手振りで、如何に自分が嬉しいのかを熱弁してくる魔王。
やたらと持ち上げらているが、嬉しいかと聞かれれば答えは『否』だ。
何故か?見れば、聞けば分かるだろう?
明らかに、異常にテンションの高い様子に、焦点の合っていない瞳、ふらつく体。
そう……彼は、酔っているのだ。
いくら誉められようが、酔っぱらいの戯れ言で誉められても、全然嬉しくないだろう。
私の会社の上司も、酔ったりすれば……。
「君には、いつも助けらてるよ」だとか「いつも、有り難う」等と言って抱きついたり、握手を求めてきたりもするが、次の日には忘れて、罵声を浴びせてきたりするものだ。
若い頃、何度甘い言葉を鵜呑みにして、痛い目にあったものか……。
しかし、私も迂闊だった……。
まさか、ビールでここまで酔っぱらうとは……。
魔王は、余程ビールが気に入ったのか、次々とビールを御代わりし、気が付けば冷蔵庫に入っていた二十本近い全てのビールを飲み干してしまったのだ。今は、その最後の瓶を手に持って、チビチビと飲んでいる。
それ程、飲めば酔うだろと考えるが、私は安易に「魔王だから大丈夫だろう」となんの根拠も無い考えで、魔王の望むままに杯を重ねさせてしまった。
だって魔王だろう?なんかイメージ的に、酔っぱらうような存在ではなさそうだと考えていた。
結果が、今の状況だ。
ここまで酔う前に、止められれば良かったのだろうが、止めることができなかった。
普段であれば、会社の宴会の席で鍛えた気遣いスキルにより、相手の顔色から状態を察してフォローを入れる位朝飯前であり、会社では『宴席の衛生兵』と評判を得ている。しかし、魔王には、このスキルが通用しなかった。
何故ならば、魔王の顔は『骨』だったのだ。
流石に『宴席の衛生兵』にも、骨の顔色までは察知することができなかった。
一体どこの誰が、骨の顔色を伺えるのであろうか、皮膚も、肉も、血も通っていない骨の顔の表情を読める者がいれば、検死官か鑑識ぐらいだろう。
「義父上よ!!聞いておるのか?!」
「あぁ……聞いているとも、大丈夫だ」
「ならば良い。では、その老いさらばえた耳で傾聴せよ!!」
おい、義父のことを、老いさらばえたとか言うな!まだ、そこまで老いてないわい!!
ないよな……?
「まず、我が義父上に感謝し、感動を覚えたことが何か!!分かるか?!」
「いや、分からないな」
まだ、出会ってから、それ程経って無い、というか、1時間位しか経っていないのに、魔王の心理を読み取れる筈がないだろう。ましてや骨の顔を。
読めていたら、酔っぱらう前に、酒を飲むのを止めていたわ。
「義父上よ!!少しは、思考せよ!!決断の早いことは良いが、諦めの早い事は愚策であり、己の無知を表す事になるぞ!そんな事では、我が魔王軍の知将である、参謀ガルハダのように、軍を統率して戦えはせぬぞ!」
素直に分からない事を伝えたが、怒られてしまった。娘の彼氏に怒られる父親というのは、一体どうなんだろうか……。
というか、ガルハダが誰か知らないが、別に私は魔王軍に入る気は無いし、軍を率いる気はない。再就職するにしても、その選択肢は絶対に無いだろう。
「では教えてやろう!我が義父上に感謝していること……それは……………………
義父上が、我の名を覚えてくれていることだぁぁぁぁ!!」
「………………はい?」
えっ?そんな事で感謝しているの?
確かに名前は長いから、覚え難いけど。
あれ?そういえば、麗香も覚えていなかったな。彼氏なのに。
「我の名を、一度で覚えてくれたのは義父上が初めてなのだ!大体の愚者共は、我の名を覚えられず『魔王様』と呼んで誤魔化してくるのだ!!大体、おかしいであろう?我の配下が王の名を覚えられぬのは!!四天王共も『魔王様』で誤魔化してくるので、一度試しに問うてみれば、無言で目を逸らしおる。脳筋のザイールに至っては『えっーと……ゲロ?』等と汚物のように言いおる!!最初の『ゲ』しか合っておらぬわぁ!!」
魔王……随分と名前で苦労しているのだな。
というか、配下共よ、上司の名前位覚えてくれよ。おかげ一般市民の私が、魔王の愚痴を聞く事になっているぞ。後、ザイールは、魔王を目の前にしてゲロ呼ばわりとは……ある意味勇者じゃなかろうか。
「大分苦労しているな……そういえば、さっきの……知将のガルハダは、どうなんだい?知将と言うからには頭が良さそうだか……」
「あ奴か……我も一度、聞いたが、その時は『我らにとって、魔王たる者は、貴方様だけです。いずれは、王と言う言葉は、魔王様、御一人を指す言葉になりましょう』と言っておったが……あれは、絶対に覚えておらぬよな!?あの時は、何故か納得してしまったが、良く考えれば答えになっておらぬし、質問した時、一瞬だけ目が泳いでおったし!」
知将……どこが知将なんだ。
名前すら覚えてないじゃないか。
いや、ある意味、質問された時の切り返しは、知将らしく上手く誤魔化しているようだ。だが、それならば最初から名前を覚えろよ。
何故、魔王の配下や娘達は、頑なに魔王の名前を覚えて無いんだよ。真っ先に覚えるべき事だろうが。
「そうか……苦労したんだな」
「分かるか!?義父上よ!!故に、我は感激しているのだ!!我が名を覚えし、義父上の知略に!」
さっきは、何か馬鹿にしてなかった?
気にしたら負けか。というより、知略と言う程のものではないだろう。
ただの暗記だろう。
「我だって分かっておるのだ!!我の名が無駄に長いということに!昔から、何らかの書面の氏名記入欄からは飛び出すし、呼び出しの際は短縮して『ゲルさん』と半固形状液体のように呼ばれるし、魔王になる前は、友人知人達からは『骨』って呼ばれるし……。いや、『骨』とは何んだぁぁ!!我はアンデットではなく、純粋な悪魔種だというのにぃ!!我が名、くらいは覚えろよ!!糞がぁぁ!!魔王権限で、書面の氏名記入欄は10㎝長くしたし、呼び出しの際は、必ず最後まで名前を呼ばないと死刑制度にしてやったがなぁぁ!!ざまぁみろぉぉ!!」
魔王は、手に持った最後のビールを一気に飲み干しながら、溜め込んできた鬱憤を、私に吐き出してきた。
どうやら魔王にも色々と抱えている悩みがあるらしい。
どれも正直くだらないが。
しかし愚痴るのは良いが、昔の復讐で呼び出しの係が相当に命懸けなのはやり過ぎではないだろうか?
後、魔王の所では、長さの方式は㎝制度という、何気ない事実が判明した。
「義父上よ……だからこそ、我は一度で名を覚えたその知略に!知謀に!非常に感激しているのだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突然魔王は立ち上がると、テーブルを飛び越えて向かいにいる私へ両手を広げきつく抱き締めてきた。
無論、運動不足の私にそれを避けることなどできず、正面から魔王の胸の中に入ることとなる。
そして………。
「本当に嬉しいぞぉぉぉ!!ちちうぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ベキボキベキボキべキ
「ギャアアアアアアアアアア!!!!!」
魔王的には優しく抱き締めたつもりなのだろう。
しかし、魔王の骨とは思えない人外の怪力による包容は、私の体を鯖折り状態とし、背骨からは悲鳴をあげ始めた。
いや、実際に悲鳴あげてたわ。
「も……と……や……」
「何!もっとやってだと!嬉しいぞ義理父上よ!!よし任せよ!!」
もう止まれ!やめろ!と言ったつもりだったのだが、魔王は逆の意味にとってしまい、より力を増し始めた。
あっ、これアカン、無理、死ぬわ。
段々と意識が朦朧となり、視界がボヤけてきた。
あっ、何か視界の隅に、人骨の顔の鎌を持った人がいる。
魔王さんのお友達ですか?
すみません、見ての通り手が離せなくて大した歓迎もできませ……。
えっ……?違う?俺が迎える方?
ハハハ!そうですか、死神さんですか。
これは、失礼を……。
って!死神ぃぃぃぃぃぃぃ!!
「二人共五月蝿い」
そんな麗香の声と共に鈍い音がし、私の体は突然自由になった。
「ハァハァハァ……あれ、死神は?」
「パパ、もう酔ってるの?ご飯前だから程々にしなよ」
と麗香が呆れたような目を向けながら、流しへと戻っていった。
そんな麗香が流しへと消えていった後、フッと目の前を見ると、そこには股間を抑え悶絶する魔王の姿が……。
あぁ……蹴られたのか……玉を。
どうやら、あまりにもうるさかった為に、麗香により股間を強打されたらしい。
恐るべし麗香……ここまで魔王の下半身を握っているとは……。
しかし、そのおかげで命が助かって良かった……本当に良かった……。何か死神っポイのが見えて、意識を戻す直後にし舌打ちしてたようだが……。
気のせいだろう。
うん、気のせいだ。
こうして何とか命を取り止めた私は、その後、復活した魔王と共に妻の夕食にありつくことができたのだった。
尚、これ以降、何か視界の隅にうっすらと人骨の顔の鎌を持った人が見えるようになったが、きっと疲れからきた幻覚だろう。
そう、幻覚に違いない………よな?
『カタカタ』
「ひぃ?!」
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