39話 炎の勇者
炎の勇者キシルール=シュレン。
聖王国イスタアールに席を置く、異世界にいる25人いる勇者の内の1人であり、その実力は【序列5位】…‥つまりは、人間最強と称される勇者の中で、上から5番目の力を持つ強力な勇者である。
キシルールは、剣技・格闘術・魔法のいずれもの素養が非常に高く、特に【炎神の加護】を得ていることもあり、炎魔法における技術と知識においては彼の右に出る者はいないとされる程である。
彼の炎魔法は、敵たる魔族や魔物を焼き尽くす豪快な炎滅魔法として聖王国で定評があるという。しかし、彼の本来の魔法の凄さは、その威力ではなく繊細さにあり、熱量を完全に支配して対象の焼き加減や炎の性質を調整できるなどの緻密な炎のコントロールこそが、彼の真骨頂であった。
更に、彼は自らが使う炎のように、燃えるような熱い正義感の持ち主であり、自らの身を犠牲にして民を守ることもいとわない心の持ち主であった。故に、民衆からの人気も高い勇者である。
そんな彼は、その実力を見込まれ、聖王国の上層部より、世界の害悪である『魔王ゲルシュクルシュ=アッシュノート=ルルシフェル』の討伐と、聖王国を裏切り魔王へと加担した堕ちた勇者…‥……『爆撃の魔女』こと『レイカ=サヌゥマ』への神罰を与えることを命じられて、聖兵10万を率いて魔王の支配する闇の地…‥……『魔国 パドラム』へと進撃を開始したのだ…‥………‥……。
というのが約2週間程前の話らしい。
「いやー!あいつら本当に勢いだけで乗り込んで来ててさ!こっちが密偵を放って情報を収集しているのにも気付いてないんだよ?ありえないでしょ?」
「そうか…‥……」
「それで、情報で得ていた通りの単純な陣形で攻めてきたから、前方の本軍に気を取られているうちに、事前に配置していた伏兵とかを左右と背後から奇襲させたら呆気なく瓦解してるの!」
「そうか…‥……」
「その後、キシルールの奴が、『おのれ魔女がぁ!』なんて言いながら単身攻めてきてさ!まぁ、剣折って、あばら折って、股間を蹴ったら大人しくなったけどね!」
「そうか…‥……」
最後にプライドも折ったか。
「でも、そこそこ強かったから犠牲も少し出ちゃったのが反省点なのよね…‥……キシルール!!お茶取って!!」
「はい…‥……」
と、麗香がお茶を取らせる為に呼んだのは、赤い髪を短く切り、髪と同じ赤いアゴ髭を生やし、ナイフのような鋭い目をした20代後半の男性…‥……件の勇者 キシルール君だった。
「じゃあ、お茶おかわり」
「はい…‥……」
麗香が差し出したコップに、か細い返事をしながらお茶を注ぐ勇者。
その目は死んだ魚のようで、ただ無心に麗香に従っていた。
「じゃあ、ママの手伝いに戻ってね」
「はい…‥……」
キシルール君は、お茶の入ったペットボトルを持ってキッチンへと戻っていった。
その後ろ姿は、何故か煤けて見えたのは気のせいではないと思う。
しかし、麗香は本当にとんでもないな…。
家に帰って、死んだ目の彼が出迎えてきた時は、本当に驚かされた。
帰りの道中で、麗香から勇者を連れてきて支度させてる宣言を聞いた時は、『えっ?何言ってんのコイツ?』と娘に対して思ってしまったしな。
詳しく聞けば、例の『リカム玉抜き事件』のあった際に、麗香から戦勝記念の品が送られたが、その時の記念となった戦いで捕縛した勇者らしい。
…‥……どうりで聞いたことがあるわけだ。
それで、帰りの遅い私達の様子を見に行きたいが、夕飯の支度は続けたいなと考えた麗香は、『あっ!キシルールって刃物(剣術)を使えるし、火(炎魔法)の扱いが上手いから、アイツにやらせちゃおう!』と思いつき、『隷属の首輪』だかという物で支配下に置いた彼を呼び寄せて、夕飯の支度の続きをさせたらしい。
うん。話の途中で色々と諦めた。
最初はどう言ったものかと考えたが、話が進むにつれて、もうありのままに受け入れた方がいいなと判断し、黙って様子を見ることにした。
そして今、キシルール君は流しで妻と夕飯の支度をしていて、私は居間で麗香から彼の話を聞かされているのだ。
「ゴクゴク…‥プハッ!まぁ、次に他の勇者が来たら、今回の事を活かした作戦で効率的に狩ってやるわ!」
「そうか…‥……」
麗香は帰って来てから、如何にして聖王国の軍を瓦解させたか、キシルール君を倒したか等を私に聞かせてくる。
親としては、社会に出た娘の活躍は喜んで聞いて誉めるべきなのだろうが、魔王の軍勢を率いて聖王国の軍を討ち滅ぼす娘の活躍を聞かされても、それを誉めるべきか叱るべきか判断もつかないし、何より私のキャパシティを完全に越えている。
なので先程から娘の話に、相づちを打つことしかできないのだ。
「そういえば…‥……ママー!キシルールは役に立ってるー?」
『大丈夫よ~!この子手際がいいわぁ~!どこかの飲食店でバイトでもしてたのかしら?』
「ならいいわ!邪魔したり、逆らったら言ってね!シメるから!」
『わかったわ~』
流しにいる妻へと麗香が大声で会話していたが…‥……最早何処から手をつけていいのか分からない会話内容だな…‥……。
麗香も麗香だが…‥……妻よ…‥……勇者をバイトと勘違いするとは…‥……魔王君の時といいし、妻には異世界の彼らがどのように見えているのだろうか?謎だ…‥……。
「でも、私の采配も悪くないわね。アイツも結構役に立ってるみたいだし」
素晴らしい采配だよ。
世界の希望を流しに立たせるとは。
「しかし…‥……麗香よ。勇者以外でも手伝える者がいるであろうに…‥……。わざわざ奴を連れてくる必要もあるまいに…‥……」
テーブルの向かいにいる世界の絶望…‥…もとい魔王君は、随分とキシルール君に対して拒絶するような反応を見せてくるな?
道中でも勇者が来てると聞いて驚いていたし、家の中でキシルール君に会った時も、骨の顔だから分かり難いが、しかめた様な顔つきをしていたな。
やはり、勇者と魔王だけに拒絶しあうのだろうか?
ついでにハルン君は、二階の寝室で休ませている。
「う~ん…‥でも、料理が出来て、手の空いてるのがアイツしか思い付かなかったからさ。それにしても魔王くん、随分アイツを嫌ってるけど…‥……どうかしたの?」
おや?麗香も気になっていたのか?意外だったな。
「ウ…‥…ム…‥……それは…‥……」
「もしかして、アイツが言った事をまだ気にしてるの?」
言った事?キシルール君が何を言ったのだろうか?
「ウム…‥…やはり、奴がレイカに放った言葉は許してはおけぬ。思い出しただけで奴を八つ裂きにしたくなる…‥……」
んっ?麗香に言った?
「私はもう気にしてないし、あれはアイツの戯言だから魔王くんが気にする必要はないよ」
「だが、しかし…‥……」
「ちょっと待ってくれ。ゲルシュクルシュ君、彼は麗香に何を言ったんだい?」
「パパ?」
「ムッ?義父上?」
二人が何故か驚いた顔で私を見てくるが、今は気にしてる場合ではない。
「教えてくれないかい?」
「えっと…‥……パパ?」
「ムゥ…‥……しかし…‥……」
「教えてくれないかい?」
「オッ…‥……ウ…ウム…‥……」
魔王君が何故かビクついているが、早く何を言ったのかを教えてくれないだろうか。
「あの勇者キシルールは、レイカと相対した際に『この魔女が!』や『裏切り者!』と言った後に『魔王に体を売った淫乱が!』、『魔族専用の性奴隷が!』などと口汚く罵りおったのだ!その上、『中身は化け物だが造形は整っているから、聖兵達の慰みものとなるならば、神も情けを掛けるだろう』などとふざけた事を…‥……と義父上?」
「えっと…‥……パパ?」
「義父上?急に立ち上がってどうし…‥……って何処に行くのだ?義父上?」
「えっ?ちょ!パパなんでバールを持ってきたの?パパ!ちょ!止まって止まって!」
「義父上よ!取り敢えず話そうぞ!落ち着いて話そうぞ!」
「そ、そうだよパパ!もう過ぎたことだし、私は気にしてないし…‥……ちょ!そのバールを降ろそう?まず降ろそうよ!」
「義父上よ!まずは止まって話…‥…な、なんだこの力は!?止まらない!我の力で止まらぬだと?!」
「ママー!!パパを止めて!!パパがヤバイよ!!目がイッテるよぅ!!」
「キシルール!!逃げよ!!我が言うのも何だが、逃げよ!!地の果てまで逃げよ!!」
「パパ!!止まってぇえぇぇぇぇぇぇ!!」
【用語解説:その13】
【魔物の脅威度】
魔物はその強さや危険性によって、脅威ごとにランク分けをされている。ランク分けの基準としては一般人から見た危険性で分けられている。
【ランク分けの例】
【Eクラス】:一般人でも対処可能なクラス。
例:大ネズミ・スライム・角兎etc…‥…
【Dクラス】:武器を持たなければ対処不可能なクラス。
例:ゴブリン・ウルフ・ギガ=フライetc…‥……
【Cクラス】:武器を持った上で、戦闘経験豊富なものでなければ対処不可能なクラス。
例:オーク・人狼・リザードマンetc…‥……
【Bクラス】:軍隊が派遣されなければ対処不可能なクラス。
例:バジリスク・ゴブリンキング・グリーンベア
【Aクラス】:国を上げて対処しなければ倒せないクラス。
例:ドラゴン・ジェネラルエイプ・ギガバジリスク
【Sクラス】:災害指定種。動く天災とされる。
例:ブラックドラゴン・ベヒーモス
【SSクラス】:伝説級。最早崇められる。
例:山脈龍・島亀・フェニックス
【Zクラス】:神話に語られるクラス。
例:死憐の蛇




